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2016/06/09

■節子への挽歌3202:「愛する方に出会い支え合う関係になれる可能性は何%?」

節子
昨日、この挽歌を読んでくれている、若い女性に会いました。
彼女は昨年、あることで湯島に来てくれたのですが、今回、私の話を聴きにわざわざ来てくれたのです。
話している時にはまったく気づかなかったのですが、話し終えてから、声をかけられたのです。
その時に、彼女が挽歌を読んでいることを教えてくれました。
思ってもいなかったことです。
まさかまさか、という感じです。

そして今朝、こんなメールをもらいました。

佐藤さんのブログは寝る前の楽しみです。
一生のうちに愛する方に出会い支え合う関係になれる可能性は何%でしょうか?
私は独身ですし、佐藤さんと奥様のような生活を夢見ています。
他の女性の生徒さんも同意見でした。
若い女性が、こんな読み方をしてくれているとは、ちょっとうれしいです。
いささかの気恥ずかしさはありますが。

愛する方に出会い支え合う関係になれる可能性は何%でしょうか?
というのがもし私への質問であれば、100%というのが私の考えです。
なぜなら、ひとめぼれということはあるとしても、愛とは育むものだからです。
愛する人に出会うのではなく、出会った人を愛すればいいだけの話です。
支え合う関係もまた、育むものです。
そして、「支え合う関係」から、愛が生まれ育っていきます。
すべては、そうしようという、自らの思いから始まることなのです。

愛は、出会うものではなく、育てるものだということに、気づけば、相手は誰でもいいとは言いませんが、まあ誰でもいいかもしれません。
少なくとも、支える相手は、よほどのことがなければ、誰でもいいでしょう。
そして、誰かを支えることの喜びに気づけば、「支え合う関係」は自然と生まれ、育っていく。
そして、愛もまた生まれ育っていきます。
愛する人との支え合う関係をつくりだすのは、そう難しいことではないのです。

前にも書いたかもしれませんが、誰かに愛されるのは自分ではできませんが、誰かを愛するのは、その気になれば誰にもできることです。
愛していれば、相手から愛されなくても、何の問題もないでしょう。
愛や支え合いは、決して対称関係にはないのです。
すべての出発点は、よく言われるように自分なのです。
ですから、自分がその気になれば、だいたいにおいて、そうなるでしょう。
これが私の体験です。
ですから、きっとこの方も、愛する人との支え合う関係を実現するでしょう。

まあ、あんまり役にも立たないことを書いてしまいましたが、ブログの読者が話を聴きに来てくれたことが、とてもうれしいです。
今日は、ちょっと用事が立て込んでいて、疲れていたのですが、頑張って書きました。

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