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2016/07/30

■節子への挽歌 3252:人はなぜ歩くのか

節子
ベルナール・オリヴィエの「ロング・マルシュⅡ」を読みました。
前に読んだ作品の2巻目です。
前作に関しては、この挽歌でも書いたことがあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2013/11/post-6504.html

著者のオリヴィエは、61歳から64歳までの4年間をかけて、イスタンブルから西安まで、12000キロにおよぶシルクロードをたったひとりで歩きとおしました。
その記録を3冊の本にまとめていますが、今回読んだのはその2巻目です。
今日、この本を読んだのは、朝、図書館に行ったら、新着の書棚に偶然この本があったので、読もうという気が起きたのです。

あとがきに著者のことが書かれていました。
長いですが、引用させてもらいます。

フランス北部ノルマンディー地方の貧しい家に生まれたベルナール・オリヴィエは、努力の末にジャーナリストとなり、よき妻と2人の息子に囲まれて充実した生活を送っていた。ところが、著者が51歳のとき、25年間連れ添った妻が死んだ。心臓発作でパリの路上に倒れ、1か月の昏睡状態の後、著者の誕生日に亡くなったのだという。著者はその死を受け入れることができず、仕事に打ち込むことでやりすごしていたが、心の空洞が埋まらないまま退職の日を迎える。息子たちはすでに自立して家を離れていた。やりたいこともなく、なんの希望も持てない孤独な年金生活。落ち込みは激しく、自殺を考える。だが、うまくゆかなかった。それで、逃げることにした。パリの家から重いザックを背負って2300キロ、スペイン西端のキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンボステラに通ずる巡礼の道を歩いたのだ。

悲しみから逃げるために、彼は歩きはじめたのです。
サンティアゴ巡礼路を歩きながら、彼はこう気づきます。

歩きに歩くうちに気がついた。自分は思っていたような老いぼれじゃない。歩きの幸福に酔い、生きる意欲がもどってきた。歩くことの治癒力は、どんな抗鬱剤にもまさるのだ。

こうして彼の「歩く人生」が始まりました。
そしてついに、12000キロのシルクロードを踏破しました。
そしてさらにいろいろと歩いているうちに、一人の女性に出会い、やがて一緒に暮らしはじめるのです。
75歳の著者は言っています。

生涯で2人のすばらしい女性に出会いました。私はほんとに運がいいんです。まず妻です。それからベネディクトに出会いました。4年前から一緒に暮らしていますが、4年間で一度も喧嘩したことがないんですよ。ほんとにうまく行っていて、もう言うことなしです。

ベネディクトに会って、彼のマルシュは終わったでしょうか。
実は、最後にもう一度、今度は2人で歩いたそうです。
その記録は今年の5月に刊行されたそうですが、翻訳が出るのはかなり先になりそうです。
これまでの作品とはかなり違っているようですので、興味があります。

人は、どうしたら歩くのをやめられるのか。
歩き出したのが愛のためであれば、たぶん歩くをやめたのも愛のためでしょう。
私もそろそろ歩くのをやめようかと思うことがあります。
オリヴィエとは、違ったマルシュではありますが。

ちなみに、「ロング・マルシュ」を教えてもらったのは、巡礼人の鈴木さんからです。
鈴木さんにまた話を聞きたくなりました。


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