« ■節子への挽歌3238:幸せにすること・幸せになること | トップページ | ■自民党の憲法改正草案を読もう »

2016/07/19

■非情報化社会

最近テレビを見ていると、毎日同じような事件の報道が多くて、まるで時間が止まっているような気がすることもあります。
それが意味することを考えると、いささかゆうつになります。
私たちの世界は、実際に起こっていることで成り立っているわけではありません。
それぞれの人が、自分が知っていることで構成されています。
そして、その「知っていること」の多くが、その人が接している情報源によって決まってきます。
よく「朝日新聞」を読んでいる人と「読売新聞」を読んでいる人とは世界観が違ってくると言われますが、そもそも情報源を新聞に依存している人は、その時点で同じ穴のムジナでしかありません。
穴を出なければいけません。
かといって、ネット世界が情報源として広いかといえば、そんなことはありません。
たしかにネットの世界は広いですが、実際に個人が触れられるのは、極めて限られたその一部でしかありません。
私の体験では、ネット依存の人の情報世界は極めて狭いような気がします。
みんな底なしの大きな海におぼれてしまっている気がします。
ネットに依存している人で、自分を生きていると感じた人に会ったことはありません。

30年前、世間で「情報化社会論」が盛んだったころ、私は「非情報化社会論」を書きました。
途中までしか書けていないのですが、その時に考えていたことがその通りに進んできているように思います。
誰かがつくった二次情報の世界でみんな生きるようになってしまった。
私たちはいま、虚構の世界に生きているのかもしれません。
いまの経済は、虚構の経済学だという人もいます。
虚構であればこそ、学問になり得るのかもしれません。

虚構の世界に住んでいると、人は与えられた自分を生きるようになります。
虚構の世界のアフォーダビリティを活かして、さらなる虚構を創りだしていく。
それは、生命とは無縁の世界に通じていきます。
そして、人は不老不死の存在になれるのかもしれません。

私たちは3500年ぶりに、大きな時代の変わり目を生きているのかもしれません。

|

« ■節子への挽歌3238:幸せにすること・幸せになること | トップページ | ■自民党の憲法改正草案を読もう »

社会時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/63936019

この記事へのトラックバック一覧です: ■非情報化社会:

« ■節子への挽歌3238:幸せにすること・幸せになること | トップページ | ■自民党の憲法改正草案を読もう »