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2016年8月

2016/08/31

■節子への挽歌3282:やはり治療をしたくなりました

節子
まだ異変の余韻が残っています。
検査はしてもらいましたが、何も治療的なものはしていないため、体調は変わりなしです。
今日も、企業の関係者とのミーティングをもったのですが、みんなからやはり神経内科には行ったほうがいいと指摘されました。
企業にいると、やはりいろんな病気の体験者を知っているようです。
みなさんと違ってさほど社会の役には立っていないので、私の身体をケアするコスト・パフォーマンスは、社会的に引き合わないよと話しましたが、やはり体調の違和感が残っているのはあまり気持ちのいいものではありません。
でもまあ、幸か不幸か、今週は目いっぱい用事が入っています。
日曜日の午後、はじめて施術を受けられるのですが、それまではこのまま持続しなければいけません。

またおかしなことを書きますが、人の死はいつも突然です。
医師にはわかっていたと思いますが、節子の死もまた、私にとっては突然でした。
同時に、人の死は日常の事柄です。
今日も台風の水害事故で数名の人が亡くなっていますが、マスコミでは毎日紙が報じられています。
当事者には突然でも、世間的には日常なのです。
私が、突然死んだとしても、世界は何も変わりません。
その死が、長く残るのは、極めて例外的な話なのです。
そして、私の死の場合には、たぶん誰の心にも長くは残らないでしょう。
なぜならば、私には両親も妻もいないからです。
死が人生に大きな影響を当てるのは、基本的には妻と子どもたちだろうと思います。
親は自分より先に死ぬのが普通ですので、悲しいとしても受け入れられます。
子どもの死は、たぶん親の人生を変えるでしょう。
妻の死は、もし夫婦関係ができていたら、夫の人生を変えるはずです。
夫の死が妻の人生を変えるかどうかは、あまり自信がありませんが、仮に私が先に死んでも節子の人生は、そうは変わらなかったのではないかという気がします。

生への執着はあまりないのですが、身体の違和感はいささか不快です。
だから死について考えたわけではないのですが、毎日たくさんの人たちが死んでいることを考えると、何かとても不思議な気がします。

支離滅裂な文章になってしましました。
やはり神経のつながり方が、どこかでおかしくなっているのでしょうか。
頭の後ろが、なにかもやもやした感じで、明日の打ち合わせの資料作りはあきらめて、早いですが、今日はもうパソコンはやめましょう。
あの奇妙な感じの再発は避けたいですので。

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2016/08/29

■カフェサロン「病原体から見た人間」の報告

遅くなりましたが、昨日開催のちょっと知的なカフェサロン「病原体から見た人間」の報告です。
12人の参加でした。

益田さんは、ジフテリア菌の話から始めました。
ジフテリア菌が人に悪さをするのは、ジフテリア菌に寄生しているファージ(細菌に感染するウイルスのこと)が持っている「毒素」のせいなのだそうです。
そこから、host parasite relation、つまり寄生者と宿主の構造の話になりました。
ファージの毒素は、宿主であるジフテリア菌には悪さはせずに、ジフテリア菌の宿主である人間に悪さをするのです。
そこから、寄生者にとっての環境とは何かという問題が出てきます。
生物学的に言えば、言うまでもなく、寄生者にとっての環境は宿主です。
ですから、生物と環境は、一次的な意味では win-winの関係です。
ジフテリア菌の場合も、よく見れば、host parasite relation はwin-win関係なのです。
しかし、ジフテリア菌の宿主である人を、ファージの毒素が殺害するとなると、ジフテリア菌は自らを支える環境を失うことになるわけです。
ファージの想像力が弱く、見えている世界がいかにも狭いのです。

ジフテリア菌の場合、みずからが環境となってさせているファージがあるとともに、ジフテリア菌にとっての環境である人間がいます。
この環境構造を人間に置き換えるとどうなるか。
人間を支える環境は自然環境といっていいでしょう。
人は自然環境に寄生しているわけです。
ではジフテリア菌にとってのファージは、人間の場合、何でしょうか。
益田さんは、それを「心」あるいは「脳」といいます。
さらに、「心」を中心に考えたらどうなるか。
心を支えている環境は「肉体」、心の中にあるファージ役は「欲」だというのです。
たとえば、糖尿病患者が、「食欲会っての自分」から「肉体会っての自分」へと認識を変えれば、事態は変わりだすと益田さんは言います。
これはきわめてわかりやすい話です。
つまり、自分をどうアイデンティファイするか、そして環境をどう捉えるか、という問題です。

ところで、細菌には、常在菌と病原菌があるそうです。
というか、広い意味での世界と仲良くやっている常在性の細菌と間接的な環境に悪さをする病原性の細菌がいるそうです。
これも人間社会に喩えれば、いろいろなことに気づかされますが、大切なのは、「病原性」という言葉です。
「毒素」という言葉もそうですが、いずれも人間の都合での命名です。
そこから考えていくと、さらに深い世界が見えてくる気がします。

人はなぜ自殺するか、人はなぜ戦争するか。
そういう話も出ましたが、時間の関係もあってあまり深められませんでしたが、いろいろと考えるヒントはあったと思います。
私は、政治(民主主義)や経済(資本主義)を考える大きなヒントもあるような気がしました。

ちょっと飛躍しますが、私はアリストテレスの「ピュシス」(「自然」と訳されています)という概念に共感しているのですが、その視点からは病原体も人間も同じ存在だろうと思います。
だから、人にとっての「悪さ」には、かならず「善さ」もふくまれていて、それをどう編集するかが課題なのだろうと思います。

蛇足ですが、今回はなぜか女性の参加者は一人もいませんでした。
男性にとっての環境は女性という捉え方をすると、これもまた面白い発見があるかもしれません。

なお今回の話を、参加者のお一人の西坂さんが録音してくれています。
益田さんはホワイトボードを使って説明してくれていたので、音声だけではわかりにくいと思いますが、ご希望の方はご連絡ください。
また今回は、初めての湯島サロン参加者もおふたりいました。
おふたりともとても喜んでくださいました。
湯島サロンは、いつでも気楽で息抜きできますので、初めての方も喜んでくださいます。
ぜひみなさんも気楽にご参加ください。

なお、今回2回目だった「人間を考えるシリーズ」の3回目は、スピリチュアルな話にできないかと考えています。
ちょっと飛びすぎてしまうかもしれませんが、焦点をどこに置こうか、ちょっと悩んでいます。


20160828


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■節子への挽歌3281:異変の診察結果報告

節子
朝、ご無沙汰している本間さんから電話がありました。
何だろうと思ったら、「病院に行かないといけない」というのです。
まさか本間さんまでFBを読んでいるとは思ってもおらず、少し慌てました。
それが決め手になって、電話終了後、すぐ病院に行きました。
3時間半かかりましたが、いろいろと検査してもらいました。
結論は特に大きな問題はなく、経過観察でいいそうです。

以下、退屈な報告です。
可能性がある原因は3つでしたが、いずれもすぐにどうということはありませんでした。
何しろ症状が落ち着いてしまっていたからです。
今度、呂律が回らないようなことがあったら、救急車を呼んでください、と言われましたが。
一時的に血液が十分に行かなくて、不随意筋の動きを抑える機能が緩んだというのが、一番可能性の高い原因のようです。
MRIの結果は、前回と同じく、軽い脳梗塞はかなり起こしているようでしたが、まあそれは老化の結果、つまり健康の証拠です。
首のレントゲンからは、脊椎にちょっと問題がありましたが、まあそれも老化のうち。

しかし、思わぬところで問題が発見されました。
血液検査の結果、腎臓機能などにもつながる4つの指標が基準を超えていました。
このままだと、脳梗塞を起こしやすくなると言われました。
詳しくはかかりつけの先生に相談するようにと言われましたが、
今日も、毎日1時間の散歩と食事療法の指導がありました。
健康のための散歩は、私の趣味に合いませんので、指導には従いませんが、
苦手の豆腐を買い日食べることにします。

以上が結果報告ですが、病院での待ち時間に、鎌田茂雄の「正法眼蔵随聞記講話」を読んでいました。
MRIが混んでいたので、1時間以上待たされておかげで、読み終えました。
そこにこんな文章が出てきました。

「設ひ発病して死すべくとも、猶只是れを修すべし。病ひ無ふして修せず、この身をいたはり用ゐてなんの用ぞ。病ひして死せば本意なり。

道元は、「健康であっても修行もせずに、ただ身体をいたわっていても何にもならぬ。病気になって修行してその結果死んだとしてもそれでよいのだ」と言っているのです。
さすが、道元。
いや、さすが佐藤修。道元と同じ考えなのです。
人生はすべて、修行。

それはともかく、大きな問題は見つかりませんでしたが、症状がすっきりしたわけではありません。
なんとなく今も頭がおかしいし、右手は軽い痺れを感じます。
老廃物がきっと身体にたまっているのでしょう。

この記事を読んだリンパ師の丸山さんから、よかったら施術してやるよと連絡が来ました。
丸山さんとは一度しかお会いしていないのですが、うれしいです。
丸山さんは早い方がいいので今日はどうかといわれましたが、この数日、まったく動きがとれません。
それで今度の日曜日にお伺いすることにしました。

というわけで、一件落着です。
しかし、いろいろと気づかされることがたくさんありました。
また時評編で書かせてもらおうと思っています。


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2016/08/28

■節子への挽歌3280:宗旨替え

節子
先日からの「異変」の症状はほぼおさまりました。
今週、病院に検査に行こうと思いますが、最近、かなり身体的な不調和は大きくなってきています。
私は、どこかに身体は自然に朽ちるのがいいという考えがありますので、健康に気をつけるという発想が弱いのです。
たとえば、私の眼はかなり前から「異常」を感じますし、まぶたが落ちてくるという、あきらかな病状があります。
ですから視力もあまりよくなく、特に午前中は読書さえかなりつらいです。
眼医者に行って治療すればいいのですが、どうも行く気にはなりません。
さすがに最近はあまりにひどいので、行こうと思いながらも、先延ばししています。

ほかにもいろいろあるのですが、書くとまたいろんな人から叱られそうなのでやめますが、身体を補修しようという発想があまりないのです。
形あるものは壊れていく。
その自然の摂理に抗うことは、あまり好むことではありません。

今回の件では、神経内科がいいと複数の人から言われました。
脳神経外科を薦めてくれた方もいます。
リンパ師の方からは施術をしてもいいよと申し出がありました。
まあ、とりあえず近くの病院に行くつもりですが、こうやって何か問題が起こった時に、オープンにしてしまうことの意味を改めて実感しました。
現代社会の問題の本質は、個々人が自分の問題を自分で所有しすぎてしまうことかもしれません。
人は一人では生きていません。
なにがしかの影響を周辺に与えながら生きている。
人のいのちは、その人だけのものではない。
節子との別れで、私が一番強く実感できたのは、そのことです。

最近読んだ岩井克人さんの「経済学の宇宙」にこんな文章がありました。

他人の心の働きを自分の心の働きと同様に感じ取るミラー・ニューロンの発見は、人間は他人と互恵的な関係に入る性向を生得的に持っていることを示唆しています。私たち人間は、まさに社会的本能として、様々な驚くべき能力をあらかじめ脳の中に書き込まれてこの世に生まれてきているのです。
私の人生経験からも、このことは納得できます。
であれば、やはり病院に行かねばいけません。
私も宗旨を変えて、ガタガタの身体を少し補修するようにしようと思います。
娘は、まずは無茶をするのをやめるようにといいます。
娘から見ると、私はどうも無茶苦茶に生きているようなのです。
まあこればかりはいまさら治せませんが、過剰な無茶は控えようと思います。
まあ今はそう思っています。

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2016/08/27

■節子への挽歌3279:異変

節子
昨夜、「異変」が起こりました。
夜の9時頃ですが、パソコンに向かっていたら、
左の手足が私の意志とあまり関係なく動きだしたのです。
それもほぼ必ず3動作の組み合わせです。
上、下、横と動くのです。
パソコンをやっていても、落ち着かない、左手と左足がある。
身体の違和感がなくならないので、ともかくシャワーを浴びて、寝ることにしました。
ところが、ベッドに横になっても、何やら動きたくなる。
なにかの前兆でしょうか。
何か身体の違和感をもちながらも、寝てしまいました。

今朝はだいぶおさまってきましたが、まだ落ち着きがない。
もうひとりの私が、右脳で目覚めてしまったのでしょうか。
それでまあ、いつものように、フェイスブックに状況を書いて、
こんな経験された方はいるでしょうか、と訊いてみました。

これがよくありませんでした。
いろんな人から、すぐに医者に行けとメールが届きました。
それに思ってもいなかった人からもです。
予兆を見逃して、大変な思いをしたという体験を語ってくれる人もいました。
病院を調べて、送ってきてくれた人もいます。
フェイスブックの効用を、改めて感じます。
普段は交流がなくても、どこかでつながっている。
私にとっては、理想的なゆる~いつながりのコミュニティです。

娘はすぐに医者に行こうと言いますが、今朝はかなり安定しているので、今日の予定をキャンセルして自宅療養で了承してもらいました。
娘は出かける時に、何かあったら電話するようにと、めずらしく本気で心配しているようです。
午後は一人でのんびりしていました。
フェイスブックを見ると、ますますいろんな人が書き込んできています。
個人的にメッセージをくれた人もいます。

そこで、私もまた書き込みました。

みなさん ありがとうございます。
午前中は少しだけ身体を使う用事があったのですが、午後の予定はキャンセルして休養を取るようにしました。
その身体を適度に使うのが良かったのか、症状はほぼ消えました。
しかし、一度、身体を乗っ取られた記憶がどこかに残っている気はします。
初めての経験でしたので、興味深いです。
しかし、やはりどこか心身に違和感があるのは事実なので、できるだけ早くお医者さんに行くつもりです。
ただ、私にはちょっと自虐的な性向もあって、身体は朽ちるに任せるのがいいという気持ちがどこかにあるのです。
ですから、お医者さんに行くとなると、まあいろいろとあるので、どれを優先するかです。
あまりにも問題が多いのです。
性格の悪さの治療を最優先すべきかもしれません。
困ったものです。

後半の文章が良くなかったようです。
さらにコメントがきびしくなってきました。

真面目な話、本当に早く診断を受けてください!
右脳に軽い異常が起こっているかも知れません。

脅かすわけではありませんが母は前兆症状を軽んじて亡くなりました。
なにとぞたくさんの佐藤さんファンのためにも病院へ。

私がいた東北では、どこの病院も混んでいてなかなか診ていただけないのが現状でした。
いつでも診察を受けられることに感謝して、素直に通院された方がよいと思います。

右脳に異常? ちょっと興味があります。
私は、ジュリアン・ジェインズの二分心という考えに共感しています。
ジェインズによれば、3000年前までは,人類は意識をもっておらず,右脳から響く「神々の声」に従っていた、というのです。
もしかしたら、神々の声が聴けるかもしれません。
まあ聴けたとしても、現世で聴けるかどうかは確信は持てませんが。

それに、ファンがいるとは思ってもいませんが、もし万一いたとしても、ファンのために病院に行くと言うのは私の思考にはなじみません。

でも最後のメッセージは反論できません。
「診察を受けられることに感謝」。なるほど、そういうことか。
来週、病院に行こうと思います。

実は節子には内緒ですが、他にもいろいろとあるのです。
歳をとると、いろいろあります。

節子がいないいま、私自身は死ぬことには何の抵抗もないのですが,それでも困る人はいるでしょう。
私の死で迷惑をかけたり、困ったりする人をいなくしたうえで、死ぬのが責任かもしれません。
生きるのも大変ならば、死ぬのも大変です。

今夜もなにごともありませんように。
やはりちょっと違和感はありますから。

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2016/08/26

■「はったつ凸凹組合」を立ち上げてしまいました

発達障害の仲間たちと「はったつ凸凹組合」を立ち上げることにしました。
最初はただ、発達障害の人たちの起業支援の相談に応じているだけだったのですが、何回か話しているうちに、まあ私も仲間になるのがいいと思ってしまったわけです。
ミイラとりがミイラになってしまった感じです。
まあ、こんなことの連続が私の人生なのですが。

それで今日、集まった2人の発達障害の友人たちと「はったつ凸凹トリオ」、いや「はったつ凸凹組合」をスタートさせたわけです。
当面は、中古PCをUbuntu(Linux)で使えるようにするとともに、Ubuntuコミュニティを育てていくと言うビジョンです。
かなり難しいテーマですが、発達障害の人たちは、雇用労働よりも協同労働が向いているのではないか、という思いで、ともかく動き出すことにしました。
なにしろまだ仲間も少なく、資金も皆無です。
一緒にやってもいいという方、協力して下さる方、資金や中古PCを提供してくれる方、ともかくなんでもいいので、応援者や仲間を探しています。
よろしくお願いします。

ちなみに、発達障害の、私の定義は、人は皆、何らかの意味で、発達障害というものです。だから私も仲間に入れてもらえたわけです。
さてさて、これからどうなるか。
見通しも勝算もなく、あるのはただただ不安ばかり。
今日もまた、いろいろ考えて眠れなくなるかもしれません。

しかし、相談に乗るということは、そういうことです。
この姿勢を、私は、東尋坊で見回り活動をしている茂さんから教えてもらいました。
そういえば、その茂さんからも先週、難題をもらってしまいました。
1週間悩んで、結局、引き受けました。
人生は苦難の道です。
疲れます。
はい。

高畑さんの息子さんの事件で、発達障害への偏見が生まれなければいいのですが。
女優の高畑さんの記者会見には、とても感動しました。
彼女をとても好きになりました。
久しぶりに、女性に惚れた気がします。

余計なことをかいてすみません。
だから発達障害だと言われるのかもしれません。
いやこれも、余計なひと言、ですね。
困ったものです。

はったつ凸凹組合への応援、よろしくお願いします。
「はったつ凸凹基金」を作ろうかと思っていますので。

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■節子への挽歌3278:沢蟹は見えませんが存在します

節子
気忙しい毎日に陥ってしまっています。
伴かも2日間、書かずにいました。
たいしたことをやっていない時に限って、そうなります。
問題が多発しすぎですね。
いささかオーバーロードです。
そのくせ充実感は皆無。
こういう時は要注意です。

今朝は、秋晴れのとても気持ちのいい朝です。
やることの多さに、いささかつぶされそうになっていますが、秋の空を見ていると元気が出ます。
台風で、庭は大変な状況ですが、池は幸いに無事でした。
先日放した沢蟹たちが歩いていないかと、時々、見に行きますが、一度も出会えていません。
それぞれの場所を見つけて安住していてくれるといいのですが。
姿は見えませんが、庭のどこかに沢蟹が元気にしていると思うと、なぜか豊かな気持ちになります。

人間の世界は、その人の脳が創りだす世界だと言われます。
実際に沢蟹が見えなくとも、そこに沢蟹が棲んでいることを知っていれば、もう十分なのです。
実際に、私たちに見えている世界は、ほんの一部でしかないのですから。
たまたま見えなかっただけと考えればいいだけの話です。

これは沢蟹に限った話ではありません。
現実の世界では、人には限界があります。
しかし、現実の限界は、知識と想像で無限に広げられるのです。
たとえ節子には実際に会うことは難しいとしても、節子がいる世界に生きることは可能なのです。
さらに言えば、これは節子に限った話でもありません。
世界は、そうやって豊かにしていけるのです。

しかし、豊かにしていくことは、ある意味でさまざまなわずらわしい問題も生み出します。
人と関わることは、かならず何らかの軋轢を伴うものですから。
そして、時にオーバーロードとなってしまうのです。
あまりにも複数の世界に生きているために、藤棚のように、私自身が倒壊しそうになっているのかもしれません。

今日は、発達凸凹組合を作りたいと言っている若者が数人湯島に来ます。
毎日、まったく違う世界を体験することは、昔は「元気の素」でしたが、どうも最近は「疲労の素」になっているのかもしれません。
いのちは無限としても、どうも身体には限度がありそうです。

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2016/08/23

■節子への挽歌3277:藤棚倒壊

節子
昨日、わが家は台風の強風に直撃されました。
節子のお気に入りだった庭の藤棚が倒壊してしまいました。
つくってからもう15年近く経ち、ちょっと危なかったので、庭師の方には見てもらっていたのですが、今年は大丈夫だろうと言われていました。
満開のノウセンカズラがおわったら建て替えることにしていたのですが、間に合いませんでした。
幸い、倒れた方向がよかったので、あまり被害はありませんでしたが、15年育った藤の木には申し訳ないことをしました。
たしか鉢植えの藤を地植えにして大きくしたのだったと思います。
私は留守をしていましたが、すごい風だったようです。

今朝は、その整理に取り組みましたが、何しろ大きく育っており、棚も古い丸太で頑丈につくっているため、一苦労でした。
ユカは専門家に頼もうというのですが、節約のため、ユカにも手伝ってもらい、何とか大きな片づけはできました。
しかし、ふたりとも止めどもなく汗が出てくるほどの重労働でした。
こんなに汗が出てくることは、久しぶりです。

藤の木は根本1メートルほどの幹だけを残しましたが、根っこまでやられてしまっているため、いささか不安です。
いずれにしろ当分は花を楽しめないでしょう。
ノウセンカズラは成長の速い樹なのですがこれも根元からやられてしまいました。

幸いに直前にユカが庭のテーブルを移動しておいたので、テーブルは無事でしたが、いろんなものが壊れてしまいました。
ちょっと油断しすぎました。

しかし、藤棚がないとリビングは明るくなります。
藤棚を復活させるか、廃止するか、いま協議中です。
室内から楽しむとしたら、棚ではなくて、盆栽仕立てがいいかもしれません。
節子だったら、どうするでしょうか。
作業疲れで、いまは思考力がありません。

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2016/08/22

■節子への挽歌3276:台風直撃ですが出かけます

節子
今朝、関東地方に台風が上陸し、朝から雨です。
今日は、前々から集まりを予定していたのですが、残念です。
参加予定者には連絡はしたのですが、不特定多数に案内を出している集まりなので、私自身は湯島にいなければいけません。
上陸した台風に向かって、雨の中を出かける予定です。
ちょっぴりワクワクする気はしますが。

しかしその集まりの前に、もうひとつ、かなり憂鬱な用件で人に会わなければいけません。
人と関わっていると、しかも私のように、人情的な付き合いをしていると、時にとんでもない事態に陥ることがあります。
ほとんど何も考えずに、印鑑を押してしまったことから生じたトラブルに直面しているのですが、話し合っても埒があかないので、今回は思い切って訴訟を起こすことも考えることにしました。
前にも一度、友人の弁護士に相談したのですが、いろいろと考えて、私には訴訟は向かないなと判断して放置したのが失敗でした。
とても残念ですが、今回はすっきりしたので、苦痛を背負いながら弁護士と相談しようと思っています。
しかし、人と付き合うことに注意しなければいけないというのは、何とも哀しい話です。

節子がいたら、こんな事態にはならなかったでしょう。
自分を見失っていた時の失策です。

さて雨がひどくならないうちに、出かけようと思います。
今日が良い日になるか悪い日になるか。
どちらでしょうか。

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2016/08/21

■節子への挽歌3275:ライフシェア・コミュニティ

節子
昨日は朝から大忙しでした。
台風の大雨の中を湯島に行って、2つほどの相談を済ませ、午後からは「自民党改憲案を読む会」を主催し、その後、リンカーンクラブの打ち合わせ。
しかも、この間、3つの組織の立ち上げの相談もやりました。
最近あまり調子が良くないのですが、まあハードな1日で、疲れ切りました。
しかし、私を支えてくれている仲間がいるので、なんとか持っているという感じです。

生活保護などに関わっている友人が、現在の中高年の人たちは、いまのままだとほとんどが生活保護の対象になりそうだと教えてくれました。
生活の仕組みが完全に壊れだしているわけです。
そういう意味では、私は実に幸運な時代に生まれたわけです。
たしかに、日本では1940年代から90年代は、住みやすい時代だったと言えるでしょう。
それをこわしたのは、たぶんお金でしょうが、幸いに私はお金の魔力には呪縛されませんでした。

お互いに支え合いながら生きていける仕組みを作ろうという話も、今日も話題になりました。
さてどうやったらそれができるのか。
そこでLSC(ライフシェア・コミュニティ)構想に取り組むことにしました。
ライフシェアな生き方の仲間づくりです。

私の場合、節子とのライフシェアな生き方のおかげで、わがままな生き方を持続できました。
そういう節子との夫婦関係がつくれたのは、実に幸運でした。
崩れそうになったこともありましたが、最後はほとんど完成の域に近づいていたと思います。
その一歩手前で、節子は旅立ってしまいましたが。

それを今度は、夫婦ではなく、複数の、しかも開かれて持続可能な仕組みにしていくにはどうしたらいいか。
理論的には構想はできますが、人間的にそれを組み立てるのは至難でしょう。
しかし、それをめざした、ゆるやかなコミュニティはできるかもしれません。
歳を考えると、その取り組みには躊躇しますが、考えるだけで元気が出てきますので、まあ今は、元気づけのビタミン剤として構想を楽しんでいます。

自らの人生をシェアできる人がいないことの寂しさは、とても耐えられるものではありません。

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■「自民党憲法案」を読む会の報告

昨日、リンカーンクラブ主催で、「自民党改憲案」を読む会を開催しました。
みんなで声を出して、改憲案の全条文を読むことを中心にする退屈な会ですとご案内しましたが、8人の方が集まってくれました。
政治ジャーナリストの方や福祉関係の大学教授、編集関係の方や若者の就労支援をしている方、右傾化する社会に警告を発してきている思想家の方など、多彩な方たちでした。
これまでも、例えば前文や9条、基本的人権の章などは読みあって議論したことはありますが、今回はともかく全文を読み通すことを目的にしました。
私たちはともすると、4個々の議論に走りがちですが、全体から伝わってくるものも大切です。
ともかく最後まで一気通貫に読んでみたかったのです。
途中議論が始まり、話題も広がったりしましたが、みなさんの協力によって、3時間かかりましたが、前文を読み終えました。

最後にそれぞれから感想を話してもらい、長丁場の「自民党改憲案を読む会」は終わりました。
途中で議論となった論点はいくつかありますが、あらためて全文を読み通すことで気づいたことも少なくなかったような気がします。
かなりの努力は必要ですが、ぜひみなさんも、周りでやってほしいと思います。
自民党改憲案はネットで入手できます。
https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/130250_1.pdf

私の感想は、「ともかく長い」ということでした。
現行憲法も私には長すぎます。
それに文章が美しくありませんし、無駄な形容詞が多すぎます。
みんなが読みたくなるよう憲法であってほしいです。
そもそも憲法に関して議論している人たちでさえ、果たしてどれだけがきちんと憲法を読んでいるかどうか。

ちなみに、自民党改憲案は「日本国は」(現行憲法の始まりは「日本国民は」)で始まります。
そして最後の102条は「すべて国民は、この憲法を尊重しなければならないとなっています。
私はここに改憲案の基本思想を感じます。

みなさんもぜひ一度、現行憲法と自民党憲法案を読み比べてください。
憲法こそが、私たちの社会を方向づけているのですから。

Lc1608


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2016/08/19

■節子への挽歌3274:イランに節子の写真があるかもしれません

節子
今日も暑い日でしたが、風に秋を感じだしました。
時は確実に動いています。
それについていけていない自分を時々感じます。

昨日、イランの話を書きましたが、週に何回か届く鈴木さんのハガキに、こんなことが書かれていました。

「サマルカンドへ」も半分ぐらいまできました。
旅人に対するイラン人のもてなしぶりはあのとおりです。
とくに日本人に対しては、より親切だったかもしれません。

「サマルカンドへ」は、前にこの挽歌でも言及した、ベルナール・オリヴィエのシルクロードを歩いた記録の本です。
ちなみに鈴木さんも、20年前に、シルクロードを鉄道で旅しています。
その時のことを書いているのです。
「イラン人のもてなしぶりはあのとおり」と書いているのは、これは同書を読んでもらうしかありませんが、イラン人のもてなしぶりには私も感心しました。

私たちがイランに行った時はどうだったでしょうか。
残念ながらツアー旅行だったので、ほとんど個人的な接触はなかったのですが、どこかのミナレットで会ったイラン人の家族とのささやかな交流はなんとなく残っています。
ちょうど結婚式を終えたばかりの家族と出会ったのですが、なぜか節子は、その家族の中に呼びこまれて一緒に写真を撮られたのです。
残念ながらその写真は入手できていませんが、もしかしたら今もその家族のアルバムの中に、節子が写った写真があるかもしれません。

そう考えると、人はいろんなかたちで、現世に足跡を残していくものです。
今日もイランの番組をつづけて放映していました。
ペルセポリスが紹介されていました。
あそこでもイランの若者たちと話し込んでしまい、肝心の遺跡を見る時間が少なくなってしまったのを覚えています。
私にとっては憧れのペルセポリスだったのに。
その時に連絡先を交わしたはずなのに、写真を送っても返信がありませんでした。
その後、政情が乱れたためでしょうか。
それもまた思い出の一つです。

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2016/08/18

■節子への挽歌3273:イラン旅行を思い出しました

節子
テレビで、イランの旅番組をやっていました。
テヘランとイスハファンとシラーズが紹介されていました。
イランは、節子と一緒に行った、最後の海外旅行先でした。
あの旅行は、印象深いものでした。

テヘランの記憶はあまりありませんが、イスハファンのイマーム広場は美しかったです。
そこで購入したお皿は、いまもわが家の食卓に飾られています。
イマーム広場のモスクを思い出させるペルシャ模様です。
たしか節子はあの時、調理用の木の棒のようなものも買っていましたが、節子はあれを何に使っていたのでしょうか。
そういえば、最近は見かけません。

シラーズはバラで有名ですが、私たちが訪問した時のバラ園は、シーズンオフの感じで期待はずれでした。
しかし、シラーズは、これもまた美しいまちでした。

イスハファンとかシラーズという名前が美しく、その名前を聞いただけで、最後のイラン旅行のすべてを思い出せます。
エジプトも印象的でしたが、イランもまた実に印象的で、ギリシア世界とは異質でした。

イラン旅行で知り合った、私たちよりも年上の2人の女性たちは、どうされているでしょうか。
帰国後、節子が声をかけて、そのおふたりと湯島で会食をしました。
しばらくは節子との交流があったようですが、節子が発病後、残念ながらそれも途絶えてしまったようです。
もうおふたりとも80を超えているでしょうから、もしかしたら彼岸で節子に会っているかもしれません。
節子との旅行は、いつも誰かと知り合えました。
私にはできないことでした。

イランにはいろんな思い出があるはずですが、実は具体的にはあんまり思い出せません。
あるシーンは思い出せるのですが、それがつながりません。
その時に撮った写真を見れば思い出すのかもしれませんが、一人で見る気にはなれません。
イランも、遠い昔になってしまいました。

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2016/08/17

■核抑止力信仰の悪夢

前にも書きましたが、広島や長崎の平和宣言に、いつも物足りなさを感じています。
そこであまり「原発」が語られることがないからです。
私には、原発もまた「核兵器」だと思えてなりません。
核廃絶というのであれば、そこには当然、原発も含まれなければいけません。

しかし、現実はどうもそれどころではないようです。
報道によれば、オバマ米大統領が検討しているとされる核兵器の先制不使用政策に関し、安倍晋三首相が反対姿勢を示したそうです。
ワシントン・ポスト紙が1報じたニュースのようですが、同紙によると、安倍首相は北朝鮮に対する抑止力が弱体化し、紛争の危険が高まると伝えたと言います。
私には悪魔の思考のように思えますが、これが日本の核廃絶政策の現実なのでしょうか。

核兵器に関しては、オバマ大統領のアメリカでも驚くべき発言が続いています。
日本のマスコミも一時は持ち上げたトランプ大統領候補が日本の核武装を容認したことに対して、対抗馬のクリントン候補を応援するバイデン副大統領が、「核保有国になり得ないとする日本の憲法を、我々が書いたことを知らないのか」と批判したそうです。

世界は再び、核抑止力信仰が復活し、核拡散へとベクトルを変えるような気配です。
原発がますます必要になるのでしょうか。
原発は、かたちを変えた核拡散政策だと思いますが、安倍首相はどうもそれでも満足できないようです。
原発と核兵器とは別のものだという常識が広がっている日本では、それも仕方がないことなのでしょうか。
いずれも、 nuclear power であることには変わりはありません。

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■節子への挽歌3272:両親と孫とのご対面

節子
昨夜、台風が通り過ぎました。
台風が通り過ぎた翌日の朝が、私は大好きです。
世界の滞留物をすべて掃除してくれたような、さわやかさを感ずるからです。
今朝もそうでした。

今日は娘家族も一緒に、両親を守ってくれている兄の家を訪問しました。
両親が帰省中に、今年は挨拶に行けなかったからです。
お盆で帰省していた両親はもうお墓に戻っているので、兄の家に行く前に、みんなでお墓に寄りました。
私の両親は、ひ孫の顔を見るのは初めてです。
私自身はあんまり親孝行ではなかったのですが、その反省もあって、彼岸に行ってしまった両親は大事にしています。
暑い中をお墓に付き合わされた孫は、大変だったでしょうが、いつかわかってくれるでしょう。

兄夫婦はお盆の期間中は孫たちも帰っていて賑やかだったようですが、孫も大きいので、赤ちゃんは久しぶりで、喜んでくれました。
わが家では時々ぐずってしまう孫が、兄の家では実におとなしく、笑っていました。

孫は、今日でちょうど100日目です。
人間らしくなってきました。
身体的にという意味ではありません。
魂を感じられるようになったということです。
節子がいたら、どんなに喜ぶだろうか。
孫の顔を見ると、いつもそう思います。

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2016/08/16

■節子への挽歌3271:久しぶりに送り火を焚きました

節子が帰りました。
いつもはお墓まで灯明で見送るのですが、今回は久しぶりに庭で送り火を焚きました。
自動車がなかったからでもありますが、できるだけ在宅時間を長くしようということもありました。
在宅だった娘のユカと2人で送りました。

節子が帰り、位牌は精霊棚からまたいつもの仏壇に戻りました。
あんまり節子へのおもてなしのなかったお盆でしたが、まあずっと節子のそばにいたので、節子もいつもより良いお盆だったでしょう。
それに私の現状もかなり伝わったかもしれません。

お盆というのは、不思議な風習です。
先祖との触れ合いを通して、自らの生き方を考える機会を与えてくれます。
しかし、今年のお盆は、残念ながら日本はオリンピックに明け暮れていました。
昨日の敗戦の日でさえ、終日、ニュースはオリンピック。
私には、実に違和感があります。
節子がいたら、私以上に怒ったかもしれません。

節子がいなくなったからではないでしょうが、私にはますます住みにくい時代に向かっています。
一人では、いささか疲れすぎます。
最近、救いがほしいとつくづく思います。
仏は救いになるかどうか。
世間との縁を消していけば、きっと平安な暮らしになるのでしょう。
さてさてどうするか。
いろいろと考えた4日間でした。
節子に感謝しなければいけません。

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■「時間かせぎの資本本主義」をお勧めします

もう3週間ほど前になりますが、ヴォルフガング・シュトレークの「時間かせぎの資本本主義」を読みました。
久しぶりに世界の大きな動きを考えさせられる経済書でした。
気になっていたことのいくつかの展望が開かれたような気がします。
それで多くの人にも読んでほしいと思い、ブログなどで紹介することにしました。
専門書とまでは言いませんが、気楽に読めるほどの本でもありませんが。
しかし,いまの経済の流れやEUの動きに関心のある人には、特にお勧めです。

極めて簡単に、私の主観的な要約です。
戦後資本主義の成長停滞を克服したかに見える、いわゆる新自由主義は実のところ、この危機を「解決」したのではなく、「先送り」してきたにすぎない、というのが本書のメッセージです。
そして、この先送りのために利用されたのが「貨幣」で「時間を買う」という手段だったと著者は言います。

シュトレークによれば、戦後経済が限界を示しだした1970年代以降、貨幣的手段を用いた時間かせぎがすでに3度にわたって繰り返されてきました。
最初は、国家による紙幣増刷(インフレ)。次が国債発行による債務国家への転換、つづいて国家債務の家計債務への付け替えともいうべき「クレジット資本主義」です。
それも2008年のリーマンショックにより破綻し、いまや国家を超えたインターナショナルな財政再建国家への移行過程にあると言う。
こうした4度にわたる貨幣マジックはその都度、経済危機を先延ばしにして政治危機の表面化を防いできたことは事実だとしても、それはもはや限界に達している、というのが著者の主張です。

そして、そうしたことが世界の質を変えてきています。
租税国家から債務国家への移行に伴い、社会的公平性を担ってきた国家機能の多くが、民営化に象徴されるように、次第に市場経済へと移ってきているのです。
事実上の国家主権の縮小過程が始まっているとも言えます。
市民によって統治され、租税国家として市民によって財政的に支えられている国家が、その財政的基盤を債権者の信頼に依存するようになるにつれて、債権者がいわば現代国家の第2の選挙民として登場してきます。
「国民」と並ぶ「市場の民(債権者)」が、国家のガヴァナンスに関わりだすというわけです。
これによって資本主義と民主主義の関係が新しい段階に入ると著者は指摘します。
「そこでは民主主義が市場を飼いならしているのではなく、逆に市場が民主主義を飼いなしている。これによって歴史的に新しい種類の制度構造が出現した」。
そして、「「市場」は人間に合わせるべきであり、その逆ではないというあたりまえの考え方が、今日ではとんでもない夢物語だと思われている」と言うのです。
資本主義と民主主義の両立の難しさについても、著者は言及しています。

ではどうすればいいか。
著者は直接的には言及していませんが、行間には著者のビジョンを感じます。
具体的な提案ももちろんあります。
たとえば、各国の通貨主権を回復です。

問題は、資本主義ではなく、民主主義なのかもしれません。
ちなみに、著者は債務国家がいかに富裕層に利するものであるかも語っています。

とても示唆に富む本です。
ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思います。
なお、併せて、最近話題の「〈詐欺〉経済学原論」(天野統康 ヒカルランド)や「保守主義とは何か」(宇野重規 中公新書)も読まれると本書の理解も深まると思います。

コモンズ書店からも購入できます。
よかったらどうぞ、
いささか高い本なのですが。

コモンズ書店から購入
http://astore.amazon.co.jp/cwsshop00-22/detail/4622079267


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2016/08/15

■節子への挽歌3270:節子との絆

節子
節子が戻ってきているせいか、だらだらと過ごしています。
たぶん生前の節子は、こんなにだらだらしている私を見たことはないでしょう。
別にいい格好していたわけではありませんが、私たちはお互いに「だらだらする」ことはありませんでした。
2人とも、いつも何かやっていました。
お互いに、だらだらしている相手を見たことはないでしょう。
そんな気がします。
しかし、最近の私は、たぶん節子が驚くほどにだらだらしています。
何もする気がなく、ボンボンベッドで、寝るでもなく起きているでもなく、だらだらしていることがあるのです。
なぜでしょうか。

今日もまた、だらだらと節子の位牌の前で過ごしました。
せっかく帰ってきているのですが、まあそのくらいしか私にできることはないのです。
なぜ元気だったころに、もっとだらだらした時間をお互いに持たなかったのか。
悔いではないのですが、そんなことを時々思います。

節子が戻ってきているからかもしれませんが、人にとって死者と生者とはどこが違うのだろうk、などとも考えました。」
私には、生きている友人もいれば、死んでしまった友人もいます。
どちらをより多く思い出すかといえば、間違いなく死んだ友人たちです。
なぜか私の好きな友人たちは、若くして死んでしまいました。
だからその記憶は強く残っています。
言い換えれば、死んでしまった友人のほうが、私の世界の中では存在感が大きいのです。

下世話の話になりますが、もし節子が元気だったら、私は「浮気」をしたかもしれません。
節子が元気だったころにも、そうしたことが全くなかったわけでもありません。
節子よりも、魅力的な女性が現れたこともあります。
しかし、節子がいなくなってからは、そういうことは起きません。
節子との絆は、いまのほうが強いように思います。

だらだらしながら、今日はいろんなことを考えました。
彼岸から里帰りした節子とも、十分に話し合えたのかもしれません。

明日はもう送り火。
あっという間のお盆です。

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■「風は生きよという」上映会およびシンポジウムのご案内

湯島のカフェサロンのメンバーの森本陽子さんが主宰している生命倫理カフェ・ねりまが、8月27日(土曜日)に、映画「風は生きよという」の上映会およびシンポジウムを開催します。
映画「風は生きよという」は、人工呼吸器装着者たちの日常を描いたドキュメンタリーです。
http://kazewaikiyotoiu.jp/
映画紹介の記事から引用させてもらいます。

淡々とその生活を映し出し、歩んできた人生を見つめた時、浮かんできたのは日常の尊さ。
たくさんの支援が必要だからこそ、多くの人に出会え、自由に動くことができないからこそ、生きてあることに感動する。
じんわりとこころを揺する、人と人とが織りなす物語。

80分ほどの映画を観た後、映画に登場する小田政利さんとご自身も身体に障害を持ちながら積極的な出版活動を行っている白井隆之さん、それに加えて、生命倫理カフェねりまの立ち上げの時に講演してくださった小児科医の松永正訓先生の3人による、パネルディスカッションがあります。

企画・主催者の森本さんからのメッセージです。

人間は未熟な個として、また寿命という定めをもって、誕生します。
生まれてすぐに立ち、歩行ができる
動物とは違い、未熟という障害をもち、一方では避けられない老いが待っていることを考えると、「障害」は、等しく人間に与えられた宿命ともいえます。
呼吸器を装着しなければ、生きることができないというのも、何も特別のことではなく、普通のこと。
あるいは、とくに生きることにまっすぐにむかい、自分のいのちを直視する日々を過ごしていることを考えると、彼らこそ、誰よりも健全で、また健康な人生を送っている人々ではないでしょうか。
「風は生きよという」人工呼吸器装着者たちの日常は、多くのことを私たちに語りかけ、そして日々を「生きよ、生きよ」と風を送ってくれているようです。
この風がみなさまに届くよう願っています。

私は、残念ながら参加できなくなりそうなのですが、多くの人に参加していただきたく、森本さんに代わってご案内させてもらうことにしました。
よろしくお願いします。
まわりのみなさんにも、ぜひお誘いください。

○日時: 2016年8月27日(土)午後1時半~4時半(開場:13:00)
○会場:練馬区立 区民・産業プラザ(ココネリ)3F研修室1
http://www.nerima-idc.or.jp/plaza/info/information.html
○会費:1500円(学生・障害者と付添1名 1000円、中高生以下無料)
○申込先:bioethicscafe.nerima@gmail.com(事務局:森本)
*詳しくはホームページの案内をご覧ください。
http://bioethicscafe-nerima.jimdo.com/

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2016/08/14

■節子への挽歌3269:節子からの贈り物?

節子
今日はとてもいいことがありました。
節子がいなくなってから、一番のうれしいことかもしれません。
なんと「沢蟹」がわが家にやってきたのです。
もしかしたら、節子のお土産かもしれません。

といっても自然に移住してきたわけでも、天から降ってきたわけでもありません。
午前中、だらだらしていたら、近くに住んでいる娘のジュンから電話が来ました。
買い物に行ったスーパーで、沢蟹を配布しているという電話です。
2匹ずつ入った箱を自由に持っていっていいと書いてあるのだそうです。
もちろん、もらっておいてと言いましたが、2匹では少ないので、私ももらいに行くことにしました。
残りはもう10匹だそうなので、念のために私の分ももらっておくように頼みました。
それから急いでひげをそり、自転車でそのスーパーに向かいました。
自転車で10分近くのところです。

幸運にもまだ残っていました。
その場所に行くとだれも持っていこうとはしていません。
たしかに、もらっていっても飼うのが結構大変です。
しかし、わが家の庭には10年以上かけて用意している沢蟹の棲家があります。
もちろん私が勝手にそう思っているだけなので、沢蟹にとって快適かどうかはわかりません。
しかし、棲息地としては私の考える限り、まあ比較的恵まれているでしょう。
いまのところ、天敵のガマガエルなどの小動物もいないようですし。
それでもう2箱、もらうことにしました。
こうして8匹の沢蟹が、わが家に来てくれたのです。

すぐに放すと、きちんと餌が確保できるか心配です。
彼らはまだ自然の中で生きる訓練ができていないでしょう。
それにお店などで配られる沢蟹は、十分の餌は与えられていないはずです。
そこでしばらく室内で休んでもらって、それから池に放そうと思います。
わがには雑食ですので、いろんな食材を与えました。
食べすぎは注意しなければいけませんが、まあいいでしょう。

節子が帰ってきたのもうれしいですが、沢蟹がやってきたのはもっとうれしい気分です。
節子は、私がどれほど沢蟹が好きかを知っていますから、怒ることはないでしょう。
元気だったころも、そして病気になってからも、節子は私と一緒に沢蟹探しに行ってくれたほどですから。

さて10年後には、この辺りは沢蟹の生息地になっているかもしれません。
そのために頑張らなければいけません。
沢蟹は、私には神の使いのような気がしてなりません。
ずっと昔から、そう思っています。

幸せなお盆になりました。

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2016/08/13

■節子への挽歌3268:9回目の里帰り

節子が帰ってきました。
だから、と言って、何も変化はありませんが。
今日は来客も用事もなかったので、できるだけ節子の位牌のある精霊棚の横で、本を読んでいました。
半分は寝ていましたが。

お墓から自宅までの案内の灯明は、わが家では提灯ではなくて、ランプです。
娘たちがベネルックスに行った時に買ってきたガラス製のランプがずっと使われています。
ランプに灯をつけて、帰ろうとしたら、一緒に行ったユカが、実家に帰らせてもらいますと言いました。
そこで気づいたのですが、お盆は節子にとっては里帰りなのです。

お墓には、私の両親と節子が合祀されています。
両親の位牌は兄の家にあります。
ですから、お盆には、両親は兄の家に、節子はわが家に来るのです。
つまり、彼岸で同居している私の両親のもとを離れて、実家に戻ってくるわけです。
今年は、兄よりも私の方が早くお迎えに行ったわけです。
兄も、同じ我孫子に住んでいます。
例年だと、両親が戻っている間に、兄の家にみんなで行くのですが、今年は調整がつかずに、お盆明けにしか行けません。
それで、今日、お墓で両親には「気をつけて」と声をかけておきました。
まあ、どうでもいい話のようですが、私自身はそれなりに気にしています。

幸いに今年はさほど暑くない盆の入りでした。

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2016/08/12

■節子への挽歌3267:お迎えの準備

節子
明日からお盆です。
今年は、節子を見送っての初盆から数えれば、9回目になります。
9回目にもなると、慣れてしまって、あんまり特別の気持にはならなくなるものですが、それでもお盆はお盆、感慨深いものがあります。
なにしろ彼岸にいる節子が帰ってくるのですから。

娘が精霊棚をつくってくれました。
1日早く、そこにお供えが2つ飾られました。

ひとつは、わが家の畑でできたメロンです。
野草の中に埋もれていて、最初は気づかなかったのですが、2つのメロンが育ちました。
どのタイミングで収穫すればよいかわからないのですが、昨日、草刈りをしていて、うっかりして収穫してしまいました。
食べられるかどうは不明ですが、まずは節子に供えることにしました。
ちなみにトウモロコシは8本植えましたが、食べられるほどの実を熟してはくれませんでした。

もうひとつは、お隣の宮川さんが毎年届けてくれる供花です。
節子にお世話になったと言って、毎年届けてくれます。
10年も続いているのですが、節子は何をして差し上げたのでしょうか。
私には思い当ることはひとつだけですが、それも隣人として、当然すぎるほど当然のことでした。
今年はご夫妻ご一緒にわざわざ届けてくれたのです。
お返しするものがなくて、杉野さんの梨をおすそ分けさせてもらいました。
こういうのが、節子と違って苦手です。
今年は、バラとカスミソウでした。
お孫さんができたそうなので、赤い色を基調にしてくれたそうです。
ジュンさんも一人で子育てが大変でしょうね、と言ってくれました。
たしかに、節子がいないので、ジュンは苦労しているでしょう。
父親は乳児段階では戸惑うばかりです。

用意ができました。
明日から節子が、たぶん戻ってきます。
現在、家にいる節子はしばらく生家に戻るかもしれません。
お盆は、人生を考えるいい機会です。

20160812


2016


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2016/08/11

■節子への挽歌3266:すぎのファームの梨

節子
節子が好きだった、すぎのファームの梨はますます人気です。
収穫期に入ったそうなので、杉野さんにお願いして、私も梨を買いに行ってきました。
杉野さんとの縁をつくってくれたのは節子です。
節子が亡くなった後、節子の親しかった友人たちに杉野さんの梨を送らせてもらいました。
その時に、送り状を入れてもらったのですが、杉野さんの奥さんが、私にも読ませてくださいと言って読んでくれたのです。
たぶんそのおかげで、人間的な関係が生まれました。
今日は、これも節子が好きだった、敦賀の手づくりのおぼろ昆布をお土産に持っていきました。
妻が好きだったのでよかったら食べてください、といったら、奥さんが「節子さんでしたね」と名前を憶えていてくれました。
そんなちょっとしたことが、私にはこの上なくうれしいものなのです。

杉野さんは、ご家族みんなで新しい農業づくりに取り組まれています。
なかなかゆっくりお話しする時間はないのですが、年に1,2回、梨園にお伺いする時には、ご夫妻と少しお話しできるのです。
今日は、来客があふれていたので、あまり話せませんでしたが。
今度一緒に食事でもしましょうということになっていますが、当分はお忙しくて無理でしょう。

杉野さんの梨はとてもおいしいです。
梨好きの方は、すぎのファームのホームページをご覧ください。
私が一番好きな幸水はもう終わりましたが、まだまだいろんな品種があります。
よかったらご注文ください。
http://www.geocities.jp/suginofarm/

節子にも梨をお供えしました。

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2016/08/10

■節子への挽歌3265:退屈で暇で、しかし時間がない

節子
暑さが続いています。
宮崎県の綾町出身の若者が湯島に来ました。
大学生ですが、あるプロジェクトを起こし、その相談に来たのです。
友人の友人の伝手ですので、どんな若者がやってくるのかと楽しみにしていました。
実に行動的な若者でした。
私としてできることを考えることにしました。
わずらわしい人間界から少しずつ離脱したいのですが、なかなかうまくいきません。
がんばっている若者を見ると、やはり何かしたくなる。
困ったものです。
しかし、こうやって私もまた、いろんな人の支援を受けて、いまに至っているのです。

節子がいたら、いまもこういう生き方をしていたでしょうか。
たぶん違う生き方になっていたような気がします。
もっとゆったりと、もっと小さく、もっと豊かに、時間を過ごしていることでしょう。
時間がいくらあっても足りないほど、やることもあったに違いない。
でもいまは、暇で暇で仕方がないくらい暇です。
暇と言っても、なぜか時間のない暇ではあるのですが。
だから何かやらなければいけないということに出会うと、ついつい受けてしまう。
時間がないくせに、暇なので受けてしまうというわけです。
たぶん節子は理解してくれるでしょうが、ほかの人には理解してもらえないでしょうが。

宮崎の綾町はいいところです。
一度、綾町の素晴らしさを体験させてもらったことを話しました。
彼は、綾町を知っている人に初めて会ったと驚いていました。
あの頃は私も今日来た若者と一緒で、全国を飛び回りながら、いろんなことに関わっていく生き方をしていました。
その生き方を改めて、新しい生き方に移ろうという矢先に節子が発病しました。
予定はすべて狂ってしまった。
そこからまだ軌道修正できずにいるのです。

九州の加野さんから電話がありました。
そろそろ奥さんが戻ってきますね、と加野さんは言いました。
8月は、いろいろと考えることの多い季節です。
加野さんは、そろそろ90歳ではないでしょうか。
お元気なのは、現世での勤めが明確だからなのかもしれません。
今年は加野さんにお会いしたいと思っていますが、なかなか九州に行く機会が得られません。
いや、ほんとうは「行く気」が出ないのでしょうか。
いつか思い切って出かけようと思います。

午後からはまたお客さまです。
今日も暇で暇で仕方がいのですが、来客が多いのです。
心が揺さぶられるようなことには、なかなか出会えずにいます。
毎日が退屈で暇なのに、忙しく過ごしているのが不思議です。
どこかに、わくわくするようなことはないでしょうか。

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■銅メダルがとれたことをなぜ喜べないのか

私は、現代の特徴の一つを「汎市場化」、つまり、すべての存在を貨幣経済の対処に組み込んでいくことと捉えています。
そして、それに少しでも抗うのが、私の生き方になっています。
汎市場化に大きな勢いがついたのが1980年前後です。
文化産業論が語られ、福祉や環境も「成長市場」だと狙われだしました。
貨幣経済は、私たちの生活の世界を次々と自らのための市場に変えていったのです。

そのひとつがスポーツです。
「1980年代には何百億ドル規模のグローバル市場に成長した」とフランクフルト学派のヴォルフガング・ シュトレークは「時間かせぎの資本主義」の中で、書いています。
その象徴がオリンピックでしょう。
オリンピックには拝金主義者たちが集まっています。
エンブレムの開発に、あれほどのお金が飛び交う一事をもってしても、それは明らかです。
どう考えてもおかしいでしょうが、誰もそれに異を唱えません。
考えてもいない5000億円の予算計画を提案することが、オリンピック招致のためには必要だったなどと、後になって明言している責任者たちは、おれおれ詐欺の実行者とそう違わないでしょう。
すべてはお金のため、すべては貨幣経済の延命のためです。
それがどれほど人をだめにしていくか。
ようやく卒業したかと思っていた「賃金奴隷制」の復活です。

オリンピックの報道をテレビで見ていて、実に哀しくなることがあります。
たとえば、銅メダルをもらった選手が、喜びを語らずに悔しさだけを語る時です。
発想がどこかで歪んでいます。
まともなスポーツ選手であれば、ちからいっぱい頑張って銅メダルを得たことを喜び、その上で、次は金を目指したいという夢を語るのではないかと思うのです。
いずれも明るい話です。
できれば、銅メダルさえもらえなかった選手たちを讃えてもほしいです。
結果よりも力を出し合って讃え合うことこそが、オリンピックの精神ではなかったのか。
金メダルを取ることが目標ではないと思うのは、私だけでしょうか。
なぜ勝者も敗者も讃え合う精神をなくしてしまったのか。
インタビューを見ていて、とても哀しい気がしましたが、そこにこそ現在のオリンピックの本質があるのでしょう。
みんな人間性を歪めているのではないか。
競技をしている人たちは、本当に人間なのか。
薬物ドーピングは問題になっていますが、薬物を使わない精神的なドーピングも問題にすべきではないのか。

念のために言えば、私は、そう語った選手を非難しているのではありません。
彼女は、銅メダルをもらえたことのすごさを素直に喜べなくなっている。
私が悲しく思うのは、彼女をそうさせてしまった状況が恐ろしいのです。
そうさせていることに、私たち観客も荷担しているのかもしれません。
もしそうであれば、歪んでいるのは私たちです。
まずは私も自らを問い直す必要がある。
彼女にインタビューを見て以来、そう考えています。

2020年の東京オリンピックは「アスリート・ファースト」に知ると小池知事は話しています。
ぜひその意味をしっかりと考えてほしいです。
せめて、メダルだけで評価する風潮はやめてほしいものです。


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2016/08/09

■「核廃絶」を唱えるのであれば「原発廃止」も明言すべきです

今日は長崎に原爆が投下された日です。
長崎での平和式典をテレビで見ていました。
長崎市長の呼びかけは、心にひびきました。
被爆者代表の井原東洋一さんのお話も、とても感ずるものがありました。
でも聴いていて、どこかに虚しさが残りました。
それは。「核廃絶」と言いながら、誰一人として、原発に言及されないことです。

言うまでもありませんが、原爆と原発は同じ原理で作られています。
しかも原発は核兵器の原料を作りだすという意味で、技術的にはつながっているものです。
原発は、福島での事故で証明されたように、意図的に爆発されたら、核兵器にもなり得ます。
核廃絶というのであれば、当然、原発も廃絶しなければいけません。
しかし、誰もそれを明言しようとしません。
しかもそこに核兵器推進論者の首相を招いての式典です。
どう考えても茶番でしかない。

井原さんのスピーチの中に、聞きようによっては安倍首相への問いかけがありました。
それが発せられた直後、テレビは安倍首相の表情を映し出しましたが、気のせいか不快そうな表情に感じましたが、ただそれだけでした。
安倍首相が登壇しようとした時に、会場から大きな野次が一言ありましたが、言葉は聞き取れませんでした。
みんなおとなしく聞いていた。
私には実に不思議な光景です。
本気でみんな核廃絶を願っているのだろうか。
いつもそう思います。

原発はなぜ核発電と呼ばないのでしょうか。
核廃絶運動に、原発廃止も含めないかぎり、虚しい言葉で終わってしまうように思えてなりません。

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■節子への挽歌3264:暑さよりも世上にうんざりです

節子
うだるような暑さです。
先日来客があった時にエアコンをつけてみたら、何とか動いたので、今日はそのエアコンのなかで半日過ごしました。
おかげで、長崎の平和式典をきちんと観ることができました。
しかし、聞いていて何やら虚しくなりました。
核廃絶と言いながら、原発を止めようなどと誰も言いません。
その上、核兵器推進論者の阿部首相が、そこにいる。
長崎の人たちには申し訳ないですが、ばかげた茶番でしかないような気がします。
しかし長崎市長と被爆者代表の井原東洋一さんのスピーチは心に響きました。

オリンピック報道も観ました。
私はオリンピックのショーはスポーツとは考えていません。
銅メダルをもらいながら、うれしくないというような人に育てる仕組みには、あざとさと卑劣さを感じます。
ますます虚しくなってきました。

暑さのせいでしょうか、無性に腹が立ってきてしまい、あんまりいい日ではありませんでした。
夕方、畑に行って、水をやってきました。
野菜の収穫はほとんどありませんが、百日草が広がりだしていました。
食べられるかどうかわかりませんが、メロンが2つなっていました。
どのタイミングで収穫すればいいかわからないのですが、もう2,3日、そのままにしておこうと思います。

人間界は虚しいですが、自然の世界は豊かです。
庭の琉球朝顔も元気です。

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■天皇のお話に、上山春平とオメラスを思い出しました

昨日、2016年8月8日、天皇が国民に向けてビデオメッセージを発しました。
天皇の誠実さと思いの深さを改めて感ずることができました。
テレビで、天皇のお話をお聞きしながら、2つのことを思い出しました。

ひとつは、上山春平の言葉です。
ある本(「公共圏という名の社会空間」)からの孫引きですが、見つけたので2つ引用しておきます。

朝日新聞(1989/1/16)に載っていた座談会の発言。

今の日本は国家組織の中枢に近い人々がけがれた印象を与えている。その中から選ばれた人が国の中心にいたのでは、やりきれない思いになる。しかし幸い、われわれはそういう汚さから無縁で真っ白な方を中心におくことができる。これは国の姿として実にありがたいことだ。
1990年11月号の「思想」に載った文章です。
天皇制は、国制の頂点に聖域を設け、権力競争に汚れやすい政治家たちをシャット・アウトする。その聖域から権力とのかかわりを最大限に排除したのが、今日の天皇制である。非権力という点では、世界の君主制のなかで最も徹底したケースといえるかもしれない。
もうひとつは、『ゲド戦記』の原作者アーシュラ・ル・グィンの『オメラスから歩み去る人々』です。
その短編小説の書き出しだけ引用しておきます。
此処ではない何処か遠い場所に、オメラスと呼ばれる美しい都がある。
オメラスは幸福と祝祭の街であり、ある種の理想郷を体現している。
そこには君主制も奴隷制もなく、僧侶も軍人もいない。
人々は精神的にも物質的にも豊かな暮らしを享受している。
祝祭の鐘の音が喜ばしげに響き渡る中、誰もが「心やましさ」のない勝利感を胸に満たす。
子供達はみな人々の慈しみを受けて育ち、大人になって行く。
素晴らしい街。人の思い描く理想郷。
しかし、そのオメラスの平和と繁栄の為に差し出されている犠牲を知る時、現実を生きる自分達は気付くのだ。こ
の遥か遠き理想郷は、今自分が立っているこの場所の事なのだと。
オメラスが求めた犠牲。それはこんな姿をしている。
オメラスが求めた犠牲。それは思い出すのさえおぞましい話です。
ましてや、天皇のメッセージにつなげて書くのはさすがに憚れますが、実は私が最初に思い出したのは、オメラスの話です。
それがあまりに誤解されそうなので、書くのをおもんばかっていたのですが、何回も聴いているうちに、上山春平さんの言葉を思い出したで、一緒に書けば、真意はそれほど誤解されないだろうと思い、書く気になったのです。

私の生活の平安が、いかに天皇に依存しているのか、ようやく実感できるようになりました。

ちなみに、オメラスについては知らない人もいるかもしれません。
以前、ブログでシリーズで書いた記事をホームページに転載しています。
「オメラスとヘイルシャムの話」です。
あまりお勧めはしませんが、よかったら読んでください。
長いですが。
http://homepage2.nifty.com/CWS/heilsham.htm

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2016/08/08

■節子への挽歌3263:孫のにこたん

節子
今日も暑い日でした。
いささか疲れ切って、帰宅したら、自宅のジュン母子が来ていました。
今日はめずらしく緑色の服を着ていました。
服の色で印象はかなり違います。
ミニオンズが大好きな私としては、黄色い服がいいのですが、まだ黄色い服を着た孫には出会えていません。

ジュンが仕事をしている間の20分ほど、相手をすることにしました。
乳児とのコミュニケーションは実に難しいです。
スキンシップが大事だと思って、低い鼻をつまんだり、ほっぺを細くしたりしていたら、泣き出してしまいました。
機嫌のいい時は、私の顔を見て笑ってくれますが、今日はあんまり機嫌がよくないようです。
泣きだしたらもうお手上げです。
保育施設で、時々、事故が起きますが、事故を無くすのは難しいでしょう。
節子は、よくまあ、一人で2人の娘を育てたものです。
やはり、女性と男性は、まったく違う生き物だと、私には思えます。

孫の「にこ」は、今日で生後3か月です。
少しずつ「かわいい」という感覚が出てきました。
「にこ」という名前はどうも呼びにくいので、私は「ちびた」と呼んでいます。
ちなみに、私は小さな生き物は、すべてが「ちびた」なのです。
物事を単純に捉えるのが私の性格です。

娘たちのことも、いまでも時々、「ちびた」と呼んでしまうこともあります。
飼い犬のチャッピーは、生涯「ちびた」でした。
しかし、孫を「ちびた」と呼ぶのは失礼なので、そろそろ呼び方を決めなくてはいけません。
命名のひとつの理由は、いつも「にこにこ」しているようにということなのだそうです。
そうならば、むしろ「にこにこ」のほうが呼びやすいですのですが、「にこにこ」もどうもぴったりしません。
そういえば、娘たちがよく読んでいた絵本に「にこたん」というのがありました。
「にこたん」がいいかもしれません。

それにしても赤ちゃんの笑顔は何とも言えません。
かわいいとかということではなく、そこに透明さを感じます。
いのちの本質を感じさせてくれるのです。
人はみんな、こんなに透明な時代を過ごしてきた。
にもかかわらずどうして大人たちは、みんな透明ではないのか。
赤ちゃんの顔を見て、自らの赤ちゃん時代を思い出さなければいけません。

これからは、「にこたん」に学ぶことが増えていくのでしょう。
にこたんが人間になる3年後が楽しみです。
私は、3歳未満の赤ちゃんは、まだ人間になっていないという考えなのです。
人間でなければ何なのかといえば、もちろん「神様」です
すべての生命が神様のように。
しかし、人間だけが、3歳で神様を卒業してしまう。
これが私の人間観なのです。
節子には納得してもらえませんでしたが。

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■みんカフェ湯島の報告

昨日の湯島のみんカフェは、参加者は中高年男性5人でした。
想定外の組み合わせでしたが。
手術後のリハビリだと言って、くまさん介護の飯田さんが、異常な暑さの中を来てくれました。
リハビリになったでしょうか。
状況が悪化しなければいいのですが。
湯島には初めての伊藤さんも来てくれました。
伊藤さんは福祉関係の相談員です。
もう少しお話をお聞きしたかったのですが、
常連の太田さんと阿部さんも話したいことが山積みのようで、それに太刀打ちできませんでした。

しかし、紆余曲折の後、話はなんと、世の中に「悪い人」はいるのだろうかというような話から、「人間とは何か」という深遠?な話になりました。
中高年の男性たちが、こんな話で盛り上がるとは、暑さのせいでしょうか。
でもまあ、今度、湯島で「人間を考えるシリーズ」カフェサロンを開催する踏ん切りがつきました。

なお、みんカフェも少しずつ広がってきています。
8月28日には、千葉の印西市で土佐さんが開催します。
みなさんも、やってみませんか。
喫茶店でも開催できますので。

201608


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2016/08/07

■節子への挽歌3262:暑さに勝てない年齢になってしまいました

節子
今日の暑さは私にはひどくこたえる暑さでした。
来客のため10時過ぎに湯島につきましたが、ついた途端にダウンしかけました。
しかも、予定していたミーティングが、過剰に疲れるミーティングでした。
話し疲れて、また喉をやられてしまいました。
つづいて、みんカフェでしたが、ここではちょっとうれしい出会いがありました。

しかしいささか疲れてしまい、帰宅してダウンしてしまいました。
暑さに勝てない年齢になってしまったのでしょう。
健全な老化だ、などと言っている余裕もなくなってきました。
今年の暑さはこたえます。

あの年も暑かった。
節子はその暑さを乗り越えられなかったのかもしれません。
明日を乗り越えられればいいのですが。

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2016/08/06

■節子への挽歌3261:手賀沼花火大会

節子
手賀沼の花火大会でした。
この花火大会には複雑な思いがあります。

そもそも、いまのこの場所に転居した理由の一つは、目の前で花火が見られるからでした。
私も節子も花火が好きでした。
最初に一緒に花火を見たのは、たぶん滋賀県大津の瀬田川の花火大会でした。
一緒に暮らし始めた年の夏でした。
現在のところに転居後、花火の日には友人たちを招きました。
いろんな人が来てくれました。
その接待のために、節子はいつもなかなかゆっくりと花火を見られませんでした。
ゆっくりと見られるようになったのは病気になってからかもしれません。

最後の夏は、今年のように暑い夏でした。
節子は花火を見ようとは言いませんでした。
自宅の病室で、私は節子と2人で、花火の音だけを聞いていました。
花火を見に来た人もいましたが、私と節子は病室のなかで音だけを聞いていました。
外のにぎやかさが、どこか遠い別世界のような気がしていました。
それから1か月も経たずに、節子は旅立ちました。
以来、花火を素直に楽しめなくなりました。

今年は、娘が人を呼ぼうと言い出しました。
私は乗り気ではなかったのですが、兄夫婦を呼ぶことにしました。
私も一緒に花火を見ましたが、やはりあまり楽しめませんでした。
しかし、何かが少し変わったような気もしました。

来年は、もしかしたらもう少し元気よく花火が見られるかもしれません。
あるいは、今年以上に見る気が起きないかもしれません。
こころに突き刺さった思い出から、人はなかなか抜け出せません。
花火のように、いさぎよく、始められればどんなにいいでしょう。


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■節子への挽歌3260:花を感じさせる香りのお線香

節子
やはり最近私の記憶はかなり危うくなっています。
昨日のお線香のお礼をメールしました。
高橋さんから返信がありました。
無断ですが、少し短くして、引用させてもらいます。

お盆、奥様の命日と近づくし、ふっと頭に浮かんだものがお線香でした(^^。
奥様やご家族が大変な時に佐藤さんのお宅にお邪魔したのを今でも心苦しく思ってます…(-_-) 。
奥様はお花がお好きでしたよね?
そこで思い立ち、お花の香りのようなお線香があるかも…と探しましたが、そう簡単には見つかりませんでした(*_*) 。
あまり香りのキツくないものを選んだつもりですが、お気に召すかどうか自信なく…すみません(>_<) 。

高橋さんが、わが家にまで来てくださっていたのを、不覚にもすっかり失念していました。
どうも私の中での過去の世界は、かなり薄れかかってしまっているようです。

高橋さんが、苦労して見つけてくれた、花の香りの線香。
高橋さんの報告をしながら、今朝、供えさせてもらいました。
昨日は気づかなかったのですが、封をあけたら、高橋さんからのメッセージもはいっていました。
お線香の香りは、とても控え目な、しかしゆっくりと心身を包み込んでくれるような、深い香りでした。
改めて高橋さんの心遣いに感謝しました。

ところで、高橋家も、今年は初盆だそうです。
連れ合いのご祖母が、101歳の誕生日の前日に大往生したのだそうです。
高橋さんは、こう書いています。

さみしくはなりましたが、極楽浄土に行って、早くに死に別れたご主人に約30年ぶりに会えたのだろうと思うと、良かったね…という気持ちになります(^^;
ここのところ、仏壇に向かっては「お盆は、ちゃんと道に迷わず帰って来てよ~」とお話しています。
待ち遠しいものですね…。

高橋さんのお人柄が伝わってきます。
私は、何年ぶりに節子に会うことになるのでしょうか。

今日は良い一日になりそうです。
相変わらず、あの年のように、暑いですが。
今日は我孫子の花火大会です。

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2016/08/05

■節子への挽歌3259:人のつながりの不思議さ

節子
北九州市の中嶋さんが東京出張の途中、わざわざ湯島に寄ってくれました。
お土産とともに、職員仲間の高橋さんから預かったと言って、お線香を持ってきてくれました。
まさか高橋さんからお線香が届くとは思ってもいませんでしたが、その季節なのです。
節子は高橋さんにも中嶋さんにもお会いしたことはないでしょうが、いずれも節子もよく知っている山下さんのお知り合いです。
不思議なご縁で、北九州市には友人が何人かいるのです。

北九州市は、もしかしたら、私たちが転居するかもしれない都市でした。
節子の友人も住んでいました。
もし転居していたら、私たちの人生は全く変わっていたでしょう。
あの頃は、会社を辞めて、私自身、全く白紙から人生をやり直そうと思っていました。
節子も、そう思っていたかもしれません。
しかし、人生はそう簡単に、やり直せるものではありません。
節子と2人だけだったら、それもできたかもしれません。
親との同居もあり、結局、転居は実現せずに、会社も仕事も辞めはしたものの、都会生活からは抜けられませんでした。
ここまでくると、これからももう抜けられないでしょう。
私一人で、人生を変える気力はもはやありません。

中嶋さんがお見えになる前に、もう一人、友人が訪ねてきていました。
彼女は、仕事を終えたら、離島に転居する計画をお持ちのようです。
これまでゆっくりとお話ししたことがなかったのですが、私が関わってきた世界と同じような世界を、反対側から取り組んでいたようです。
もう少し早くわかっていたら、どこかで連携できたかもしれません。
しかし、彼女が言うには、たまたま参加した湯島のサロンで私がなぜか引き合わせた方との出会いが、彼女の今の活動にもつながっているようです。
それを今日初めて知りましたが、人は自分では気づかないところで、誰かの人生に関わっているのかもしれません。

高橋さんはどうしてお線香を下さったのでしょうか。
彼女と会ったのは、2回ほどではないかと思います。
節子の話はたぶんしたこともないでしょう。
そして、中嶋さんは忙しい中をわざわざ湯島に寄ってくれたのでしょう。
人のつながりは、不思議です。

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2016/08/04

■節子への挽歌3258:電話の向こうはなかなか見えません

節子
岐阜の佐々木さんが、鮎の甘露煮を送ってきてくれました。
節子の大好物ですが、残念ながら節子は味わえません。
久しぶりに声が聴きたくなって、電話しました。
続けて愛犬を見送っていますので、気になっていたのですが、とても元気そうでした。
もっとも、電話の声はあんまり信用はできません。
私も、元気でない時にこそ元気に応対しますので。

そういえば、先日は節子の友人の野路さんからも桃が届きました。
野路さんもだいぶ良くなってこられたようですが、今回はご主人としかお話しできませんでした。
なにやらせわしそうな感じでしたが、もしかしたらまだ大変なのかもしれません。
野路さんは階段を踏み外し頭を打ったのが原因で、記憶に障害が出てしまったのです。
電話の向こう側のご主人の応対が、いつもとは違う気がしました。

私は電話が苦手ですが、それは情報量が中途半端だからです。
いうまでもなくメールなどでは感情は伝わりにくいですが、電話の場合は、逆に感情を過剰に感じさせられるのです。
そしてこちらもついつい感情を出してしまいがちですが、それが自分が思っていたような伝わり方はなかなかしないような気がします。

電話の向こう側は、なかなか見えるものではありません。
彼岸もまた、なかなか現世からは見えないですが、今年もお盆が近づきました。
お盆を超えると、例年少しホッとします。
今年は、節子の10回忌ですが、世間の常識では法事の年には当たりませんが、家族だけで小さな法事をやろうかと思いつきました。
節子も来てくれるといいのですが。

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2016/08/03

■節子への挽歌3257:節子がいた頃の湯島のサロンの話

節子
久しぶりに小宮山さんの会社に行きました。
先日、お引き合わせした細菌学の益田さんを連れてきてほしいと言うので、私も1年ほど行っていなかったのでお伺いしたのです。
小宮山さんの経営している会社は、いつ行っても気持ちがいいのです。
これほど気持ちのいい会社はそうはないでしょう。
それに、小宮山さんのおかげで、私はなぜか同社では「有名人」なのです。
ただし、前にも書きましたが、私は「しゅうさん」で通っているのです。
小宮山さんが、私のことを「しゅうさん」と呼んでいるからです。

小宮山さんは私と同世代ですが、私よりも間違いなく頑固です。
よく言えば、信条がしっかりしているということですが、それは見事です。
ですから私と小宮山さんと2人だけで話していると、かならず一度ならず数回は意見が分かれ、論争になってしまいます。
私も頑固だからです。
困ったものですが、幸いに今日は、いつも誰かが一緒でしたので、平和に時間を過ごしました。

小宮山さんは、いまは「ぶんぶんごま」に凝っています。
しかもそれを会社の事業につなげようとして、工場長の田村さんに「ぶんぶんごま」の研究を頼んでいるようです。
今日は、その成果を田村さんから教えてもらいました。
実に面白い会社です。
まあ面白いのはそれだけではないのですが、あまり詳しくは「企業機密」に絡んできますのでやめましょう(本当はめんどくさいだけですが)。

今日は同社の顧問の西山さんも少し付き合ってくれました。
西山さんは、亡くなった黒岩さんの友人です。
帰り際は西山さんに車で送ってもらったのですが、車中で、黒岩さんが文壇デビューできたのも湯島のサロンのおかげですよね、と言ってくれました。
それはいささかオーバーですが、たしかに彼女の本格的著作の「音のない記憶」は、湯島での出会いの仲間が大きな役割を果たしたのです。

節子がいた頃のサロンは、実に多彩な人たちが集まっていました。
そういえば、小宮山さんと聾学校の話をしていたら、紀陸さんの名前も出ました。
何回か湯島にも来た同社にも関わっている経営コンサルタントの大泉さんから、どうして湯島にはあんなにいろんな人が集まるのですかと訊かれました。
どうしてなのでしょうか。
考えてみると不思議です。

久しぶりに、節子がい阿多頃の湯島のサロンを思い出しました。
いまとどこか違っていました。
どこが違っているのか説明はできないのですが。

昔のことを思い出すと、なぜか疲れます。
今日は、もう一人、昔のことを思い出させる人に会いました。
これもまた意味があることなのでしょうか。

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2016/08/02

■節子への挽歌3256:思い出の世界と生きている世界

節子
自分の世界が、どんどん狭くなってきているのがよくわかります。
私の世界が、どんどんと過去の世界、思い出の世界に移行しているのです。
だからこそ、新しい活動を始めたりもしているのですが、見かけの広がりとは裏腹に、私の世界は間違いなく狭くなってきています。
節子と一緒だった頃に比べれば、私の世界はけた違いに小さくなってきています。
多くのことが、二次元的な記録の世界に収納されてしまったような気がするのです。
アルバムは増えても、世界はしぼんでいる。
そんな感じです。

テレビを見ていて、時々、失ってしまった世界を思いだすこともあります。
今日も高原や海水浴場の風景を見ていて、そう思いました。
高原や砂浜で自らを自然にさらけ出すことは、もう忘れてしまいました。
函館の風景にも、阿蘇の風景にも、私はもう記憶としてしか出会うことはないでしょう。
そこに私がいたことが、いまの私の生活とつながっているとは思えない。
節子がいた頃は、記憶の世界にも、明日、実際に行けたような気がします。
ですから、生きてきたすべての世界が、そのまま生きている世界だった。
しかし、どうも今は違います。

自分の人生がどうもつながっていない。
あるいは、生きていない。
私は現に生きているのに、どうもリアリティがない。
うまく書けないのですが、時々、そんな感覚が襲ってきます。
10年前までの私は、本当にいまの私とつながっているのだろうか、と。

生きている世界が、思い出の世界にどんどん浸食されていくような気がしてなりません。
そうだとすれば、私の世界はますます狭くなる。
狭い世界は、私の好みではないのですが。
 

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■自民党の改憲案を一緒に読みませんか

民主主義をテーマにした、リンカーンクラブのサロンのご案内です。
憲法改正が現実味を持ってきたことを踏まえて、今回は、自民党の改憲案をみんなできちんと読んでみようというサロンにしました。
勉強会的な要素も入ったサロンですが、自民党の改憲案を逐条的にみんなで読んで、お互いに気づいたことなどを、あまり深入りせずに、話し合えればと思っています。
自民党の改憲案を事前に読んでおきたいという方は、次のところに改憲案がありますので、ぜひお読みいただいて、気になる点などをチェックしておいてください。
https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/130250_1.pdf
読まずに参加してくださっても、当日、みんなで読みますので、大丈夫ですが。
憲法改正に賛成でも反対でも、立場はまったく問いません。
誰でも歓迎の気楽なサロンですので、軽い気持ちでご参加ください。

参加される方は、できれば事前にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。

●日時:2016年8月20日(土曜日) 午後2時~4時
●場所:湯島コンセプトワークショップ(リンカーンクラブ事務局)
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●会費:500円
●テーマ:自民党改憲案を読んで、民主主義を考える。
●申込先:リンカーンクラブ事務局(info@lincolnclub.net

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2016/08/01

■節子への挽歌3255:いま、ここに、生きる自分の根源

節子
昨日、NHKのテレビ番組「こころの時代」で、禅僧ティク・ナット・ハンのメッセージを再放送していました。
気になりながら、きちんと見ていませんでしたので、今回は録画してしっかりと見せてもらいました。
ティク・ナット・ハンは、ベトナム出身の、平和に取り組む仏教者です。
ベトナムを追われ、フランスに住んでいますが、マインドフルネスの思想を世界に広げる活動に取り組んでいます。

マインドフルネスとは、いま、ここに、生きる自分の根源に出会うことです。
その手法は、瞑想ですが、生きる過程すべてが瞑想であるというような捉え方です。
ですから、食べる瞑想、座る瞑想など、生きるすべてが瞑想につながっているのです。
特に大事なのが「歩く瞑想」。
とかく走ることの多い現代において、生命に合わせて、環境に合わせて、歩くことは大事だと言います。
これは、ロング・マルシュにも通じます。

ティク・ナット・ハンは、自分をいつくしむことがすべての出発点だといいます。
自分をいつくしむことなしに、他者はいつくしめないからです。
とても共感できます。
私も、それは百も承知なのです。
しかし、それが実に難しい。

自分をいつくしむこと以上に難しいのは、いま、ここに、生きる自分の根源に出会うことです
そもそも、自分に出会うこと自体、極めて難しいことですが、自分の根源に出会った自分は、誰なのか。
そして、出会って何が変わるのか。
論理で考えると、ティク・ナット・ハンからのメッセージは難解です。
しかし、この番組を見て感じたのは、ティク・ナット・ハンの生きざまに、とても親しみを感じたことです。
私の生き方と、深くつながっていると、ついつい思ってしまうほどです。
生きることに誠実な人の生きざまは、私のような粗雑な生き方をしているものさえも、包み込んでくれる優しさがあります。

ティク・ナット・ハンの生きざまを、多くに人に知ってほしいと思いました。

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■節子への挽歌3254:今度はホームページトラブルです

節子
昨日頑張ってホームページを更新して、アップしようとしたら、なぜか接続ができません。
先週はあまり内容を更新できなかったので、昨日は頑張ったのですが。
ネットの世界に依存していると、時にこういうことが起こります。
先日は、メールがすべて一瞬にして消えてしまう悪夢も体験しました。
よく考えてみれば、恐ろしい話です。
いろいろとやってみましたが、ダメです。
私は、あまり深く考えずに、ともかくやってみるタイプなので、今回もいろんな作業を意味も分からずにやってしまったので、もはや収拾がつかなくなりそうです。
さてさて困ったものです。
今日はサービスを提供してくれている会社に電話して修復しようと思いますが、そこが始まるのが10時からです。
どうせなかなかつながらないと思うので、午前中はそのための半日になるでしょう。
今日の予定がまたそれに翻弄されて、心配です。

なぜこうもトラブル続きなのでしょうか。
この挽歌に書いていないトラブルの方が、実は多くて、しかも深刻なのですが、なかなか気持ちのいい生活に戻りません。
しかし、これもきっと意味があるのでしょう。
トラブルがあるということは、しっかりと生かされているということですから。

今さてそろそろ電話受付の時間です。
うまくつながるといいのですが。

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■都知事選に思うこと(結果判明後編)

都知事選の結果はやはり小池さんの圧勝に終わりました。
小池さんのような、私には時代錯誤の危険な思想(新自由主義や核への考えなど)の持ち主と思われる人が、首都の知事になるということに不安はありますが、他の有力候補だった2人の傀儡性というか、受動的な生き方に比べれば、よかったかもしれません。

しかし、野党の共闘が挫折した感は否めません。
宇都宮さんや石田さんだったら、もしかしたら小池さんに勝てると、私は考えていましたが、いずれも野党は採用しませんでした。
たぶん隠れ自民党の岡田さんの判断が働いていた気がしますが、投票日前日に岡田さんは結果がわかったのでしょう。
民進党の代表選挙への不出馬を表明しました。
松原さんが怒るのも無理はありません。
結果がわかれば逃げ出すのは、岡田さんのこれまでの常とう手段のような気がします。
これで来年の野党共闘は期待できなくなった気がして残念です。
鳩山政権の時もそうでしたが、岡田さんはまさに新しい流れをこわすためにいるような気がしてなりません。
いずれにしろ、現在の民進党は野党結集の軸にはならないことが明確になった気がします。
思い切った組織変革が必要ですが、それに向かって動き出すきっかけになってくれれば、今回の都知事選も意味があったという気がします。

小池さんが圧勝したのは、政党の支持を受けずに、主体的に戦った姿が好感されたからだろうと思います。
その一方で、増田さんや鳥越さんは、政党に雇われたピエロのような感じで、頼りなさが強く出ていました。
おふたりはまさに小池さんの引き立て役だった気がします。
もはや組織に担がれて選挙に出る時代ではなくなったのです。
今回の選挙では、それを感じました。
政党の役割は、変わりだしています。

上杉さんが得票数では4番目でした。
彼のスピーチのいくつかは、友人がユーチューブを教えてくれるので何回か見せてもらいました。上杉さんが4番目になったことに、少しホッとしました。
しかし「媚を売る」選挙ではなく、「政策を語り合う」選挙になってほしいものです。
それが実現できないのは、都民と報道関係者の民度の問題でしょう。

いろいろなことを考えさせられる、都知事選でした。

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