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2016/08/09

■「核廃絶」を唱えるのであれば「原発廃止」も明言すべきです

今日は長崎に原爆が投下された日です。
長崎での平和式典をテレビで見ていました。
長崎市長の呼びかけは、心にひびきました。
被爆者代表の井原東洋一さんのお話も、とても感ずるものがありました。
でも聴いていて、どこかに虚しさが残りました。
それは。「核廃絶」と言いながら、誰一人として、原発に言及されないことです。

言うまでもありませんが、原爆と原発は同じ原理で作られています。
しかも原発は核兵器の原料を作りだすという意味で、技術的にはつながっているものです。
原発は、福島での事故で証明されたように、意図的に爆発されたら、核兵器にもなり得ます。
核廃絶というのであれば、当然、原発も廃絶しなければいけません。
しかし、誰もそれを明言しようとしません。
しかもそこに核兵器推進論者の首相を招いての式典です。
どう考えても茶番でしかない。

井原さんのスピーチの中に、聞きようによっては安倍首相への問いかけがありました。
それが発せられた直後、テレビは安倍首相の表情を映し出しましたが、気のせいか不快そうな表情に感じましたが、ただそれだけでした。
安倍首相が登壇しようとした時に、会場から大きな野次が一言ありましたが、言葉は聞き取れませんでした。
みんなおとなしく聞いていた。
私には実に不思議な光景です。
本気でみんな核廃絶を願っているのだろうか。
いつもそう思います。

原発はなぜ核発電と呼ばないのでしょうか。
核廃絶運動に、原発廃止も含めないかぎり、虚しい言葉で終わってしまうように思えてなりません。

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