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2016/08/29

■節子への挽歌3281:異変の診察結果報告

節子
朝、ご無沙汰している本間さんから電話がありました。
何だろうと思ったら、「病院に行かないといけない」というのです。
まさか本間さんまでFBを読んでいるとは思ってもおらず、少し慌てました。
それが決め手になって、電話終了後、すぐ病院に行きました。
3時間半かかりましたが、いろいろと検査してもらいました。
結論は特に大きな問題はなく、経過観察でいいそうです。

以下、退屈な報告です。
可能性がある原因は3つでしたが、いずれもすぐにどうということはありませんでした。
何しろ症状が落ち着いてしまっていたからです。
今度、呂律が回らないようなことがあったら、救急車を呼んでください、と言われましたが。
一時的に血液が十分に行かなくて、不随意筋の動きを抑える機能が緩んだというのが、一番可能性の高い原因のようです。
MRIの結果は、前回と同じく、軽い脳梗塞はかなり起こしているようでしたが、まあそれは老化の結果、つまり健康の証拠です。
首のレントゲンからは、脊椎にちょっと問題がありましたが、まあそれも老化のうち。

しかし、思わぬところで問題が発見されました。
血液検査の結果、腎臓機能などにもつながる4つの指標が基準を超えていました。
このままだと、脳梗塞を起こしやすくなると言われました。
詳しくはかかりつけの先生に相談するようにと言われましたが、
今日も、毎日1時間の散歩と食事療法の指導がありました。
健康のための散歩は、私の趣味に合いませんので、指導には従いませんが、
苦手の豆腐を買い日食べることにします。

以上が結果報告ですが、病院での待ち時間に、鎌田茂雄の「正法眼蔵随聞記講話」を読んでいました。
MRIが混んでいたので、1時間以上待たされておかげで、読み終えました。
そこにこんな文章が出てきました。

「設ひ発病して死すべくとも、猶只是れを修すべし。病ひ無ふして修せず、この身をいたはり用ゐてなんの用ぞ。病ひして死せば本意なり。

道元は、「健康であっても修行もせずに、ただ身体をいたわっていても何にもならぬ。病気になって修行してその結果死んだとしてもそれでよいのだ」と言っているのです。
さすが、道元。
いや、さすが佐藤修。道元と同じ考えなのです。
人生はすべて、修行。

それはともかく、大きな問題は見つかりませんでしたが、症状がすっきりしたわけではありません。
なんとなく今も頭がおかしいし、右手は軽い痺れを感じます。
老廃物がきっと身体にたまっているのでしょう。

この記事を読んだリンパ師の丸山さんから、よかったら施術してやるよと連絡が来ました。
丸山さんとは一度しかお会いしていないのですが、うれしいです。
丸山さんは早い方がいいので今日はどうかといわれましたが、この数日、まったく動きがとれません。
それで今度の日曜日にお伺いすることにしました。

というわけで、一件落着です。
しかし、いろいろと気づかされることがたくさんありました。
また時評編で書かせてもらおうと思っています。


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