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2016/08/04

■節子への挽歌3258:電話の向こうはなかなか見えません

節子
岐阜の佐々木さんが、鮎の甘露煮を送ってきてくれました。
節子の大好物ですが、残念ながら節子は味わえません。
久しぶりに声が聴きたくなって、電話しました。
続けて愛犬を見送っていますので、気になっていたのですが、とても元気そうでした。
もっとも、電話の声はあんまり信用はできません。
私も、元気でない時にこそ元気に応対しますので。

そういえば、先日は節子の友人の野路さんからも桃が届きました。
野路さんもだいぶ良くなってこられたようですが、今回はご主人としかお話しできませんでした。
なにやらせわしそうな感じでしたが、もしかしたらまだ大変なのかもしれません。
野路さんは階段を踏み外し頭を打ったのが原因で、記憶に障害が出てしまったのです。
電話の向こう側のご主人の応対が、いつもとは違う気がしました。

私は電話が苦手ですが、それは情報量が中途半端だからです。
いうまでもなくメールなどでは感情は伝わりにくいですが、電話の場合は、逆に感情を過剰に感じさせられるのです。
そしてこちらもついつい感情を出してしまいがちですが、それが自分が思っていたような伝わり方はなかなかしないような気がします。

電話の向こう側は、なかなか見えるものではありません。
彼岸もまた、なかなか現世からは見えないですが、今年もお盆が近づきました。
お盆を超えると、例年少しホッとします。
今年は、節子の10回忌ですが、世間の常識では法事の年には当たりませんが、家族だけで小さな法事をやろうかと思いつきました。
節子も来てくれるといいのですが。

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