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2016/08/19

■節子への挽歌3274:イランに節子の写真があるかもしれません

節子
今日も暑い日でしたが、風に秋を感じだしました。
時は確実に動いています。
それについていけていない自分を時々感じます。

昨日、イランの話を書きましたが、週に何回か届く鈴木さんのハガキに、こんなことが書かれていました。

「サマルカンドへ」も半分ぐらいまできました。
旅人に対するイラン人のもてなしぶりはあのとおりです。
とくに日本人に対しては、より親切だったかもしれません。

「サマルカンドへ」は、前にこの挽歌でも言及した、ベルナール・オリヴィエのシルクロードを歩いた記録の本です。
ちなみに鈴木さんも、20年前に、シルクロードを鉄道で旅しています。
その時のことを書いているのです。
「イラン人のもてなしぶりはあのとおり」と書いているのは、これは同書を読んでもらうしかありませんが、イラン人のもてなしぶりには私も感心しました。

私たちがイランに行った時はどうだったでしょうか。
残念ながらツアー旅行だったので、ほとんど個人的な接触はなかったのですが、どこかのミナレットで会ったイラン人の家族とのささやかな交流はなんとなく残っています。
ちょうど結婚式を終えたばかりの家族と出会ったのですが、なぜか節子は、その家族の中に呼びこまれて一緒に写真を撮られたのです。
残念ながらその写真は入手できていませんが、もしかしたら今もその家族のアルバムの中に、節子が写った写真があるかもしれません。

そう考えると、人はいろんなかたちで、現世に足跡を残していくものです。
今日もイランの番組をつづけて放映していました。
ペルセポリスが紹介されていました。
あそこでもイランの若者たちと話し込んでしまい、肝心の遺跡を見る時間が少なくなってしまったのを覚えています。
私にとっては憧れのペルセポリスだったのに。
その時に連絡先を交わしたはずなのに、写真を送っても返信がありませんでした。
その後、政情が乱れたためでしょうか。
それもまた思い出の一つです。

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