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2016年9月

2016/09/30

■節子への挽歌3314:小波乱が起きました

節子
また突然のトラブルです。
朝起きて、パソコンを開いてメールを確認したら(これが私の毎朝の日課です)、なんとメールの記録がすべて消えているのです。
今年の春ごろにも同じようなことがあったのですが、その後、注意して、メールがいつ消えても大丈夫のようにしていたのですが、この1か月ほど、油断していました。
また悪夢の到来です。
しかも今回は、ちょっとややこしいやり取りのメールがあり、忙しさにかまけて処理を延期していたのですが、そのもともとのメールがなくなってしまったのです。

こういう経験をするのは、何回目でしょうか。
4、5回目だと思いますが、その都度、対策をしようと思いながら、時間が経つと忘れてしまいます。
実は、頭のどこかに、まあ時々、こういうことがあっても刺激的でいいではないかという気持ちがあるのです。
波乱のない人生は退屈ですから。
こんな瑣末な話は波乱とは言えないでしょうが、大きな波乱にはいま、私自身立ち向かう気力がありませんので、歓迎すべき適度の小波乱と言って、いいかもしれません。

このことを前回同様、フェイスブックに書きこんだら、またいろんな人がアドバイスをくれました。
しかも、湯島に来ると言いながら、なかなかきっかけを得られないでいた人が、これを契機にもしかしたら、湯島に来るかもしれません。
人はトラブルに巻き込まれると、何かを失うと同時に、何かを得るもののようです。
まさに、禍福はコインの裏表です。

さて今回は、うまく乗り切れるでしょうか。
最近、私にメールを下さった人で、返信が届かないことがあれば、お手数ですが、ご連絡ください。
ご迷惑をおかけします。

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2016/09/29

■節子への挽歌3313:金木犀の香り

節子
金木犀が香りだしています。
家の中にまで香ってきます。
雨続きだったのですが、ようやく秋らしくなり、花が元気になってきています。
手入れ不足だったこともあり、琉球朝顔がいたるところにツルを延ばしているのが、気になりますが、そろそろまた庭の花木の手入れもしなければいけません。
人は季節と無縁には生きていけません。
しかし、この数年、かなり無縁に生きてきたような気もします。

季節の変わり目は、人の暮らしにリズムをつけてくれます。
季節をあまり感じないのは、暮らしにリズムがないからでしょう。
リズムを取り戻さなければいけません。

節子がいた頃は、春には桜を見に行き、秋には紅葉を見に行きました。
しかし、節子がいなくなってからは、桜も紅葉も、見ることはあっても、見に行くことはありません。
この違いは大きいのです。

毎年、今年は見に行こうかと思うこともあります。
でも、いつの間にか、季節は過ぎてしまっているのです。

わが家は、春にはジャスミンが、秋には金木犀が、香ってくれます。
今年は、紅葉を見に行けるといいのですが。

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2016/09/28

■節子への挽歌3312:取り組みたいことが多すぎます

節子
今日、信頼できる人に会いました。
私とほぼ同世代の男性ですが、24歳の時から、不登校問題に取り組んできている人です。
いまは、神奈川や富山などを拠点にして、活動されています。
ある人が、私に引き合わせたいと、わざわざ湯島に連れてきてくださったのです。
初対面でしたが、心が通じました。
やはりしっかりと現場を関わっている人は、違います。

連れてきてくださった方も、長年、引きこもり家族支援の活動をされている方です。
彼女が計画しているプロジェクトに、私を巻き込みたいのでしょうが、私がなかなかその気にならないので、こういうことになったのかもしれません。

私は、これまでそのプロジェクトに乗り気ではありませんでした。
しかし、今日、その方に会って、少し興味を持ちました。
なぜならその方の考えが、あまりにも私と同じだったからです。
このプロジェクトに当事者として参加することに乗り気でないことも含めてです。
いささか伝わりにくいと思いますが、このままだとせっかくの彼女の思いが空中分解しかねません。
今年は、いろいろと新しいプロジェクトを起こしてきているので、これ以上、新しいことを始める余裕はないのですが、少し引き寄せられてしまいました。
私は、負け戦や失敗の確率が高いプロジェクトが好きなのです。

それにしても、どうしてこうも「面白い課題」が多いのでしょう。
そして、それにもかかわらず、みんなどうして取り組もうとしないのか。
私の感覚が、きっとおかしいのでしょう。

今日だけでまた、新たに取り組みたいテーマに、上記のプロジェクト以外に2つ、出会ってしまいました。
せっかく体調が戻しているのに、注意しないとまた破綻しかねません。
困ったものです。

節子の病気が発見される前の私は、もしかしたらこんな感じだったのかもしれません。
それを心配して、休業宣言したところから、人生が変わったのです。
今度は、休業宣言などせずに、前に進みましょう。
節子もいないので、止める人もいませんし。


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■節子への挽歌3311:葬式がなければ、人は死ねない

節子
一条真也さんが「死を乗り越える映画ガイド」を出版し送ってきてくれました。
副題は、「あなたの死生観が変わる究極の50本」です。
その本の最後に、進藤兼人監督の「裸の島」が紹介されています。
私が大学生だった頃の映画です。

舞台は、瀬戸内海にある、飲み水はもちろん、野菜を育てる水さえ隣の島から運んでこなければいけない小さな島に住む家族の話です。
その家族の息子が急死し、そのお葬式が描かれています。
そのお葬式を見て、一条さんは、感動したのです。

わたしは、こんなに粗末な葬式を知りません。
こんなに悲しい葬式を知りません。
そして、こんなに豊かな葬式を知りません。
貧しい島の貧しい夫婦の間に生まれた少年は、両親、弟、先生、同級生という、彼が愛した、また愛された、多くの“おくりびと”を得て、あの世に旅立って行つたのです。
これほど豊かな旅立ちがあるでしょうか。
そして、こう言います。
水がなければ、人は生きられません。
そして、葬式がなければ、人は死ねないのです。
さらにこう書いています。
「裸の島」は、いわば極限までに無駄なものを削った生活だからこそ、人間にとって本当に必要不可欠なものを知ることができるのです。
そして、その必要不可欠なものこそ、水と葬式でした。
詳しくは一条さんのブログをお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/shins2m/20100228/1267364286

葬式がなければ人は死ねない。
いろいろと考えさせられるメッセージです。
私はこの言葉を見て、こう思いました。
葬式がなければ人は死ねないとしたら、いまはまさに、人は死ねない時代になってきているのかもしれない。
ということは、人が人として生きられない時代とも言えます。

最近、いろんな人と会って感ずるのは、最近、生きるのをやめた人がどんどん増えているのではないかということです。
私以上に、生きていない人が多い。
生きていないから、死ぬ必要もない。
そういう人に比べたら、私の方がよほど生きている。
最近、なんとなく感じていることですが、

佐久間さんは、「愛する人を亡くしたとき、人は葬式を必要とするのです」とも書いています。
葬式不要が広がっていますが、もしかしたら、人を愛することもできなくなっている社会になっているのかもしれません。

いつもながら、一条さんの言葉には、考えさせられることが多いです。

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2016/09/27

■節子への挽歌3310:久しぶりに布施弁天に行ってきました

節子
久しぶりに今日、近くの布施弁天に行きました。
節子がいた頃は、毎年、初詣にも行っていましたし、よく行っていましたが、最近はめったに行くことはなく、たぶん2年ぶりくらいでしょうか。
布施弁天の境内はかなり変わっていましたが、そこに向かう途中は、前と同じ風景でした。
節子と家族みんなで、最後の桜を見た場所も、変わっていませんでした。

境内は高台にあるので、利根川の河川敷に広がる風景が一望できます。
利根川の堤に、彼岸花が一面に植えられていました。

隣接するあけぼの公園は、ちょうど花の変わり目のようで、花畑には花はありませんでした。
私たちが来なくなったからではもちろんありませんが、少しさびれたような感じも受けました。
いまはちょっと遠くなりましたが、以前は歩いて20分くらいのところに住んでいましたから、時々散歩でやって来ていたのです。
桜の季節には、いつもみんなで花見に来ていました。
もうそんなことは、たぶんないでしょう。

帰る途中、節子がお世話になった岡田クリニックの前も通りました。
最後まで往診してくださったお医者さんです。
岡田クリニックの周辺は、あまり変わっていませんでした。

団地の一画も通りましたが、ここにも私の知人が3人住んでいます。
みんな私よりも年上です。
そういえば、その3人とはもう10年以上、連絡を取っていません。
どうされているでしょうか。
お元気であればいいのですが、まあこんな感じで、人はみんなの世界からいなくなっていくのでしょう。

布施弁天に行くことになったのは、ちょっとした偶然からなのですが、いろいろと思いを広げることになりました。

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■豊洲問題で一番大切なこと

豊洲問題は、ますます混迷しているようですが、その一方で、市場建設地としての安全性の問題があまり議論されていないのがとても気になります。
問題の捉え方が、ずれているのではないかという気がしてなりません。

豊洲の地下空間に地下水がしみだしてきているという報道に接した時に、私がまず考えたのは、これほどの地下水がしみだすという場所に、果たして市場をつくっていいものだろうかということでした。
地下水だけではなく、おそらくさまざまな目に見えないガスも出ていることでしょう。
そういう視点からは、誰が地下空間を設けたかどうかという問題よりも、果たして豊洲が市場建設地として適切なのかどうかを、原点に戻って考えるべきではないかと思います。
私自身は、最初から、豊洲市場はあり得ないと思っていましたし、なぜ問題の多い、豊洲に決まったのかが理解できませんでした。
正直に言えば、いまや大量の商品が流通する大型市場に並ぶ食品の安全性などは望めないものという思いがありますので、その後、関心を全く失っていました。
築地市場組合の人たちが、豊洲を受け容れたのは、そういう「産業化」された市場に身を任せたのだろうという思いがありました。
福祉や環境に取り組んでいる人たちの多くも、そういう時代の大きな流れに身を任せだしていますから、築地市場の人たちを批判するつもりはありません。

ですが、それでも、少しくらいは良識が残っていると思っていました。
しかし、自らがこれから舞台にしていく豊洲の「市場施設」の作り方に、これほど無関心だったとは、驚きました。
最近は、みんな「現場」には行かずに、事務所で判断するようになっているのかもしれません。
築地で働く人たちは、都庁の職員に怒りをぶつける前に、まずは自らのそうした姿勢をこそ問い直してほしかったと思います。
会長の発言には、当事者意識が全く感じられませんでした。

大切なのは、問題は責任者探しではなく、豊洲がはたして市場としていいのかどうかです。
答えは、私自身は明らかではないかと思います。
専門家による、盛り土対策は、それ自体が、豊洲は安全ではないと物語っているはずです。
専門委員会の有識者たちにも、私は大きな違和感を持っています。
私は、そもそも専門家会議の委員が、問題の発端だと思っていますから、彼らこそ責任を感じてほしいと思いますが、むしろ今の報道では、彼らは被害者的になっています。
私にはまったく納得できません。

事件としての責任者探しはするにしても、いまこそ安全性という見地から、市場の立地の適格性をこそ考えるべきではないかと思います。
問題は、安全性をどう高めるかです。
経済の問題や組織の意思決定の問題は、副次的な問題でしかありません。
いまの報道は、問題の本質をずらして騒ぎ立てているだけのようにしか思えません。

私たちの生活につながっていく多くの問題が、経済的な問題や政治的な問題にすり替わっていくことに、とても歯痒い思いをしています。

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■節子への挽歌3309:さつまいもの収穫

節子
畑に行って、さつまいもを掘ってきました。
残念ながら、まだ早すぎて、十分に成長しておらず、大失敗でした。
それでも少しだけ収穫できました。
予定ではこの5倍は収穫できたはずですが。
節子がいたら、ひとつだけ掘り起こしてから収穫時期かどうかを判断したでしょうが、私はまずはすべてを刈り取ってから、掘り起こすという性格です。
芋を堀り出した時には、もう地上の葉っぱがなくなってしまっているというわけです。
出てくるのが、まだ小さなものばかりであることに気づいて、失敗に気づくわけです。
まあ、これは、性格の問題なので、簡単には治りません。

それはそれとして、最初に節子とさつまいもを植えたのは、もう40年ほど前でしょうか。
いまの家に転居してくる前、わが家の隣がまだどこにも売れずに残っていました。
そこに、いまから思えば、たぶん無断でさつまいもを植えてしまいました。
収穫時期に、近所の子どもたちに声をかけて、みんなで芋ほりをしました。
節子は、そういうことが好きでした。
いや、あれはジャガイモだったかもしれません。
掘り起こした後、カレーライスをみんなで食べたような気がします。

節子がいたら、このさつまいもをどうするでしょうか。。
焼き芋がいいかもしれません。
少し天日干しして甘みを出してから、節子にお供えしようと思います。

今年の収穫は、これでおしまいですが、時間を見てまた秋野菜を植えてみようと思います。
まあ食用になるかどうかは疑問ですが、野菜を植えないと、どんどん野草に侵食されるのです。
自然界は、まさに「いのちがひしめき合う場」なのです。


Satumaimo20160927

写真だと小さく見えますが、一番手前のさつまいもは長さが約20センチです。


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2016/09/26

■節子への挽歌3308:いちばんぜいたくな人

節子
この数日、なぜか忙しくて、挽歌も書けずにいました。
まあ、忙しいと言うのは理由としては一番無意味なことですが。
それにしても人生は、いろいろとあります。
いろんな人との交流のおかげで、自分の時間がなかなかとれません。
困ったものだ。

と思っていたら、今日、届いた、鈴木さんからの「ハガキッタ―」(ハガキツイッタ-で、娘が今日、この言葉を使って持ってきてくれました)にこんなことが書いてありました。

サン・テグジュペリの「人間の土地」に、「真のぜいたくというものは、ただ一つしかない。それは人間関係のぜいたくだ」という文章がありました。とすると、わたしの知る範囲では、佐藤さんがいちばんぜいたくな人かもしれません。
人間関係が多いということは、必ずしも人間関係がぜいたくということではないでしょう。
しかし、考えてみれば、私はほんとうにたくさんの人たちに支えられています。
しかし、時に、支えられているのではなく、もしかしたら悩まされているのではないかという気がしないでもないのですが。
昨日も、ある友人が、別の友人に、「自分も性善説派だが、佐藤さんは私の100倍も性善説だから」と、一見、ほめているようで、実はちくりとくさしている発言をしていました。
性善説かどうかはともかく、どんな人のどんな言動も、信ずることにしています。
しかし、それが完全に裏目に出ることもあります。
今日は、実はそうしたことに対処するために、弁護士に会いに行きました。
弁護士と話していて、私はやはり社会不適合者なのかもしれないと思いました。
そのくせ、ぜいたくと言ってもらえるほど、たくさんの人に支えられている。
不思議な話です。

鈴木さんのハガキッターには、こんな文章が続いていました。
とても示唆に富んでいるので、引用させてもらいます。

この一文の後、「物質上の財宝だけを追って働くことは牢獄を築くことで、人はそこへ孤独な自分を閉じ込める結果になる」と続きます。
私たちの生き方は、間違っていなかったのかもしれません。
きっと節子も、いまもなお、孤独ではないでしょう。

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■カフェサロン「病原体から人間を考えるパート2」の報告

昨日のカフェサロン「病原体から人間を考えるパート2」は、10人のサロンになりました。
今回も、益田さんの話に、みんなが質問しながら、話し合うスタイルで進みました。
前回のレビューから話は始まりましたが、ポイントは、「生物と環境」というところです。
生物にとって環境は自らの存在基盤ですが、問題は環境をどうとらえるかです。
病原体は、みずからにとっての環境である人間を、発病させて死に至らしめると考えがちですが、益田さんは、前回、ジフテリア菌を例にして、そうではないのではないかと話しました。
ジフテリア菌は、そもそもそれ自身は、人間に対する毒素を持っておらず、実は発病させるのは、ジフテリア菌に寄生しているファージが毒素を出すというのです。
つまり、ジフテリア菌そのものは、自らの環境である人体を壊そうなどとはしていないわけです。

これを少し広げて考えると、生物は自らにとっての直接の環境を損なうようなことはしないが、その環境のもう一つ外側にある環境を損なうような行為をすることがあるということになります。
そこで生物主体と環境の構造を複層的に考えるという視点が出てきます。
いささか粗っぽい言い方をすれば、人間は自らの直接的な環境である、いまの生活を良くしようと思いながら、その外部にある自然環境を壊す(環境破壊)という生き方をしているわけです。

前回、糖尿病を例にして、食欲あっての自分と考えるか、肉体あっての自分と考えるかで、行動が変わるだろうという話が出ました。
これも、生物と環境の構造をどうとらえるかに関わってきます。

そして益田さんは、前回同様、同心円で、人間の環境構造を図解してくれました。
益田さんの考えは、人間のど真ん中には「欲」がある。
その外側に、「心」があり、さらにその外に「肉体」、そしてその外に「自然環境」という図です。
同時に、その構造は、外から内内部が創りだされていくとも言います。
自然が人間を生み出し、人間が心を生み出し、心が欲を生み出す、というわけです。

そこで、「生物は、自らの直接外側の環境を壊すことはない」と言う命題に戻って考えると、どうなるでしょう。
益田さんは、「自殺」を例に挙げます。
自殺は、肉体のみならず、心をこわすわけですが、先の命題に従えば、それを行うのは「欲」であるはずがないと言うのです。
欲の直接の環境は、心であり、肉体だからです。
とすれば、欲の中に、実はもう一つの「何か」が寄生しだしているのではないか。
それが、直接の環境である「欲」のために、その外側にある「心」や「肉体」を壊すのではないかというのです。
問題は、その「何か」とは何か、です。
それは益田さんにも分からないと言いますが、いくつかの示唆はありました。
たとえば、社会構造、たとえば、名誉心、です。
そして、益田さんは、自殺の問題は、そこから考える必要があると言います。

うまく伝わったでしょうか。
他にも破傷風菌の不思議な行動の話もありましたが、普段、考えたこともないような、いろんな話が出ました。
話し手の益田さんも、大学教授を辞めて以来、こんなに頭を使ったことはないと言いましたが、参加者はもっと頭を使ったと思います。
まあ、そんなサロンでした。

ちなみに、以前、何か似たような話し合いがあったなと思いだしました。
その時には、ど真ん中に「金銭」があるという話も出ました。
さて、ど真ん中にあるのは、いったいなんでしょうか。

Masuda_22


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2016/09/24

■節子への挽歌3307:我孫子市民活動メッセ

節子
今日は我孫子の市民活動メッセでした。
さまざまな市民活動の展示と集まりが、今日と明日、駅近くのけやきプラザで展開されています。
私も、少しのぞいてきました。
誰かに会うだろうと思っていましたが、誰にも会いませんでした。
時間帯がよくなかったようです。
いるはずの人さえ、いませんでした。

我孫子合唱祭の記録誌がありました。
見ていたら、節子が入っていた女性コーラスグループ「道」の写真がありました。
メンバーが少し減ったようですが、いまも楽しんでいるようです。
節子は、いつもとてもいい仲間たちだと喜んでいて、病気であまり声が出なくなっても、参加させてもらっていました。

そういえば、節子が参加した「道」の発表会は、今日のメッセの展示会場で開催されました。
と言っても、その時の節子は、もう歌うことは出来ずに、観客として参加していました。
私も一緒に行っていましたが、そこでいろんな人にお会いしました。
たぶんそれが節子の最後の外出だったような気がします。
終了後、節子はコーラスグループの仲間と話していて、なかなか帰ろうとしませんでした。
疲れが限度を超えているのが、伝わってきましたが。
あの日、節子はみんなに別れを伝えていたのでしょう。
市民活動メッセの展示場の会場は、まさにその会場でした。
たしか、節子の友人が、節子のことを心配していたのを思い出します。
それが誰だったかも、今では思い出せないのですが。

あれからもう10年目です。
それ以来、私は我孫子の合唱祭には一度も行っていません。
節子が残していった、発表会のCDも、一度も聴いたことがありません。
思い出は、必ずしも人を幸せにはしないものです。

今日は、肌寒さを感ずる、さびしい雨の1日でした。

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2016/09/23

■節子への挽歌3306:お天道様の支えに感謝しなければいけません

節子
庭の藤棚を作ってくれる人が忙しくて、なかなか来てくれません。
先日の台風で、藤棚が倒壊し多ために、藤のほとんどはダメになったのですが、幹は地面から2メートルほど残りました。
支えがないので、かなり斜めになっているのですが、けなげに頑張っています。
小枝や葉っぱはほとんどなくなっていたのですが、その後、どんどんと枝や葉が出てきました。
それこそ見ているうちに延びるのがわかると思われるほどに成長はすごいのです。
植物の生命力のすごさには驚かされます。
はやく棚をつくってやりたいのですが、業者の方が忙しくてまだ当分だめらしいのです。
かといって、自分で造ることもできません。
さてさてどうしたものか。

しかし、頑張っている藤の木をみると、なにかしてやりたくなります。
支えがなくとも、大きく生きようとしているのです。
それにしても、すごい成長力です。
まさに生きている。
私とは対照的です。

一方、水槽で飼っている沢蟹は、たぶん私の支えがなければ、元気を失うでしょう。
水を変えたり餌をやったり、時には声をかけないと、たぶん元気を失います。
藤とはだいぶ違います。

いや、同じなのかもしれません。
藤の木は、太陽や雨や、時には風さえからも、支えられているのです。
もちろん土壌が支えていることは言うまでもありません。
支えなしに生きることができる「いのち」はないのです。

私もまた、太陽や雨や風によって支えられている。
人の支えなど、小さな支えでしかないのかもしれません。

今日は大忙し。
そしていささか孤軍奮闘。
この程度の支えしかしてくれないと友人にちょっと失望させられた1日でした。
まあそれも、私の見から出たさびではあるのですが。
でも、そう考えるのは間違いでしょう。
あの藤の木と同じく、私もお天道様に支えられているのです。
いや、節子にも支えられていることも忘れてはいけません。
支えがないなどと愚痴をこぼすこともなく、どんどんと伸びている藤の木に学ばなければいけません。

でも、明日はちょっとゆっくりしたいです。
なんでこんなにやることが多いのでしょうか。
まあそのおかげで、病院に行かずに済んでいますが。

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■カフェサロン「3.11福島原発事故後の福島で仕事をしてきて感じたこと」のご案内

久しぶりに、生々しい福島からの報告をしてもらうサロンを開催します。
これまでも何回か、福島からの報告をしてもらうサロンはありましたが、今回の話題提供者は櫻井裕さんです。
櫻井さんは土木エンジニアです。
3.11の後、じっとしていられなくなったようで、被災地にできることはないかと、仕事を辞めて、復興庁の復興支援員となり、福島県の楢葉町役場で復興作業に取り組んでいました。
その後、今度は環境庁の除染推進専門官として、浪江町の除染工事を担当していました。
今年、福島から戻り、いまは栃木県の宇都宮で仕事をしています。
福島原発事故後の状況を、まさに除染や復興の仕事を通じて、体験してきたわけです。

その櫻井さんから、自分が福島で体験してきたことを、みんなに報告する義務があると思うので、湯島で話させてくれないかという連絡がありました。
私は、時々、櫻井さんから福島の話をお聞きしていましたが、まとまった話を聞くのは初めてです。
そこで、櫻井さんの思いが熱いうちに、サロンを開催してもらうことにしました。

ちなみに、櫻井さんは茨城県の境町に住んでいます。
昨年の関東豪雨災害の時には被災地となったのですが、櫻井さんの出身地を憶えていた楢葉町有志の方々が募金を集めて境町長に届けてくださったそうです。
このことから、櫻井さんがどれほど現地に入り込んで仕事をしてきたかがわかります。
ですから通り一遍の観察者の視点を超えた、櫻井さんの思いが込められた報告になると思います。

ぜひ多くの人たちにお聞きいただきたいと思っています。
まわりの人たちにもご案内いただければ嬉しいです。

●日時:2016年10月15日(土曜日)午後1時半~4時
●場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
●テーマ:「3.11福島原発事故後の福島で仕事をしてきて感じたこと」
●話題提供者:櫻井さん(敬虔なクリスチャンでありミュージシャンでありエンジニア)
●参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2016/09/22

■節子への挽歌3305:30代の若者たちから元気をもらいました

節子
子ども関係のNPOの立ち上げを考えているので、相談に乗ってほしいと言われて、今日は雨の中を湯島に出かけました。
以前から知っているKさんが、一緒にやろうとしているSさんを同行してやってきました。
何の相談なのかと質問したら、Kさんが、パートナーのSさんに私の紹介をしたいのだが、説明できないので連れてきました、というのです。
2人とも30代の女性です。
Sさんは、あるNPOに関わりだしたのだそうですが、その集まりで、私の名前が出て、私をよく知っている人と知らない人とでは、温度差がありすぎるので、ちょっと興味を持ったそうです。

私自身、自己紹介があまりうまくないのですが、それは要するに、私自身が自分のことをよくわかっていないからです。
それに、自分を他者にわかってもらおうなどという気もさらさらありません。
時に、自己紹介をしなければいけないことがありますが、いつも言葉にした途端に、誰かほかの人のことを話したような気になってしまい、後悔します。
自分でもわからないのですから、言葉で説明することは無理なのです。
それは私に限ったことではないでしょう。
そもそもどんな人なのかを言葉にすることは、誰であっても難しいのです。
言葉で語られるひとは、たぶん本人とは別の人です。
この挽歌で語られている節子もまた、節子本人が読んだら、私のことではないというかもしれません。
私にとっての節子は、節子にとっての節子とは、違うのです。

自己紹介はできませんが、少しだけ、私の生き方を話しました。
10分ほどでしょうか。
それを聴きおわったSさんは、私を受けいれてくれたようです。
つまりわかってくれたということです。
Sさんにとっての私が生まれたのです。
そこから2時間以上、SさんとKさんが考えていることに関して、話をしました。
少しは役に立ったかもしれません。

いろんな人が相談に来ます。
しかし、実は相談することをわからないままに相談に来る人がほとんどです。
だから疲れることが多いのですが、今日は、あまり疲れずにすみました。
彼らのこれからの活動が楽しみです。

保育の世界にささやかに関わりだしたのは25年ほど前でした。
その後、保育の世界は、私の感じでは、大人の都合が優先される方向で問題が設定されるようになってきているような気がします。
「保育園落ちた、日本死ね」などという文化が保育の世界を覆ってしまったのです。
それに違和感を持って、その世界からは離れていましたが、今日の2人と話していて、新しい動きが出てくる期待が戻ってきました。
私に何ができるかを考えようと思い出しました。

新しい風を起こそうとしている人に会うと、元気が出ます。

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2016/09/21

■節子への挽歌3304:彼岸花の季節

節子
お彼岸にふさわしく、庭に彼岸花が咲きだしました。

わが家に彼岸花があるのは、節子の闘病とつながっています。
いろんな治療策に取り組みましたが、そのひとつが、彼岸花の球根を材料にしたものでした。
彼岸花の球根は、猛毒を含んでいるため、あまり売られていませんが、漢方の薬局で分けてもらいました。
しかし、残念ながら、効果はありませんでした。
節子が逝ってしまったあと、たくさんの球根が残されたので、庭に植えました。
以来、毎年、この季節になると、彼岸花が咲くのです。
いろいろと思い出すことの多い彼岸花です。

明日はお彼岸です。
10年目になると、お彼岸と言っても、静かに過ごせるようになりました。
今年は、節子が開拓していた花畑に、たくさんの百日草が見事に咲いているので、それと庭の彼岸花で、お花を活けました。
ついでに、畑の花もいくつか追加してしまいましょう。
そうしていろいろ入れているうちに彼岸花の損座が薄くなってしまいました。
困ったものです。
娘がいれば、もう少しきれいに活けてくれるのでしょうが、それはまたあとでやってもらいましょう。
花代を節約してしまったのですが、まあ命日前後にはいくつもの花で飾られていたので、許してもらえるでしょう。

どうもだんだんと手抜きになって来ていますが、それもまあ仕方がありません。
そういえば、お供えのおはぎもまだ用意されていません。
節子が好きだった、みすず飴をジュンが持ってきてくれていたので、それで我慢してもらいましょう。
さてさて10年もたつと、まあこんなものでしょう。
それもまた、私らしくて、節子は喜んでいると考えることにしましょう。

201609_3


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2016/09/20

■10月10日、代々木の「ちいきコン」に来ませんか

10月10日、代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、若者法人JapaneseTEAMが、全国地域活性団体コンテスト、略して、「ちいきコン」を開催します。
詳しくは「ちいきコン」のサイトを見ていただきたいですが、全国で活動している9つの若者グループが集まって、自らの活動を発表し、参加者が投票する公開型のコンテストです。
友人の紹介で、事務局の美里さんがやってきたのですが、話を聞いてみると、私たちが15年前にやっていたコムケアの考えととても似ています。
とくに、参加者が応援した発表団体に参加費の一部を提供できるという仕組みがあることです。
これは、私たちがやった「コムケアカード」による参加者の直接支援活動と全く同じです。
それで私も協力させてもらうことにしました。
もしお時間があれば、ぜひ参加して、若者グループを応援してやってください。
今回をスタートとして、毎年開催していく計画だそうです。
会場でお会いできればうれしいです。
http://chikilab.com/contest/

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■節子への挽歌3303:独り寝の辛さ

節子
台風がまたやってきました。
昨夜は一晩中、テレビは台風報道を続けていました。
それを知っているのは、昨夜、あまり眠れなかったからです。
11時に寝て、2時半に目が覚めました。
とくに悩み事があったわけでもありませんが、なぜか眠れなくなってしまいました。
節子がいなくなってから、こういうことがたびたびあります。
時には本を読むこともありますが、多くの場合、枕元のテレビをつけてしまいます。
枕元のテレビは、そのためにあります。
真夜中に目が覚めた時に、一人でいなくてすむようにです。
テレビが見たいわけではないのですが、人の声が聞こえると安心します。
ですから、枕元のテレビをきちんと見たことはありません。

夜中に目が覚めて、眠れないのはそれなりに辛いものです。
最近はだいぶ慣れましたが、最初の頃は早く朝になってほしいと念じました。
独り寝の辛さです
一人で生きていくのもつらいですが、一人で寝るのもつらいものです。
まあそういう生き方に慣れてしまっていたからでしょうが。
寝ている時も、節子は私の支えでした。

昨日はなぜ目が覚めたか思い出せません。
しかし、目が覚めると、途端にさまざまな問題が頭に浮かんできます。
心配事とは限りませんが、極めて身近な問題から壮大な問題まで、さまざまです。
昼間と夜では、世界の見え方も考える対象も違うような気もします。
寝ている時に、新しい発見をしたというような有名人のエピソードがありますが、とても納得できます。
私も時々、とても素晴らしいことに気づいた記憶があります。
しかし、私の場合、起床後、内容を思い出せず、ただなにか素晴らしい気付きがあったのだという記憶しか残りません。
そこが凡人のかなしさです。
枕元にメモ帳やペンを置いていたこともありますが、そういう準備をしていると、ダメなようです。

昨日は真夜中に2時間以上、起きていました。
その後も、うつらうつらの浅い眠りが続いていました。
ですから、起きた後も、頭が重く、思考力がありません。
困ったものです。

節子がいないと、どうも生活リズムが保てません。
私はどうも独りで生きていくのが苦手の人間のようです。


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2016/09/19

■節子への挽歌3302:またガマガエル?

節子
今日も雨でした。
夕方、自宅の庭で不吉な声を聞きました。
久しぶりにガマガエルの鳴き声です。
また池に入ってきて、折角、回復気味の池の生態があらされるおそれがあります。
それよりも、池の周辺にたぶん生息しているであろう、沢蟹たちが食べられかねません。
急いで雨の中を庭に出て、声が出ていたであろうあたりを探しましたが、見つかりません。
何しろ自然のままを目指して、荒れ放題ですから、探しようもありません。
池の中に潜っていたら、なかなか見つけられません。
小さな池なのですが、沢蟹が隠れやすいように、まあいろいろと仕掛けをしているのです。

たまたまなのですが、今日、昔書いた記事にコメントが付きました。
5年前の記事ですが、タイトルが「池の金魚が全滅しました」。
その記事に、「南のみかん」さんという方が、こんなコメントを書いてくれました。

うちも同じような事がおこりました。
5年で10CMほどに成長した金魚5匹が池から消えてしまいました。
ほどなく町内誌で野生のアライグマの記事が目にとまりましたが、池は30CM程度の深さで隠れ家風のトンネルもあるのに簡単に捕獲できるのか定かではありません?
安物の金魚を持ち去る人はいないでしょうに不思議です。
わが家の場合ととても似ています。
そういえば、当時、我孫子でもアライグマの話が出ていました。
しかし、その2年後に、池の中に大きなガマガエルが陣取っていたのを見つけたので、犯人はガマガエルだった可能性が強まりました。
以来、わが家の小動物たちにとっては、ガマガエルが天敵になってしまいました。
今年の春も、ガマガエルを捕獲して、手賀沼に逃がしてきましたが、まだどうもいるようです。
どうしたらいいか、対策がわかりません。

ちなみに、室内で飼っている沢蟹は実に元気です。
元気なので、今年は冬を室内で越すことを検討しています。
水槽と砂利などは買ってきましたが、いささか節約して小さな水槽にしたため、沢蟹たちは不満に思っているかもしれません。
彼らにとって、水槽の中がいいのか、自然の池がいいのか、確認できないのが残念ですが、いずれにしろ、彼らを守らなければいけません。

まあ最近の私の生きがいと言えば、これくらいでしょうか。
人間の社会は、もう壊れてしまっているようなので、私の関心事からはかなり遠くなっています。
実に困ったことです。
雨が上がったら、池の大掃除をやって、ガマガエルが入り込まないように、ゲイテッドポンドにしようと思います。
もっともすでにガマガエルがいけのなかにはいっているとしたら、沢蟹に合わせる顔がありません。
もっと、沢蟹たちは、私の前には一度も姿を現さないので、顔を合わせようもないのですが。

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■まちづくり編集会議をスタートさせました

6月くらいから、まちづくりや各地の社会教育などに関わっている仲間たちと、「まちづくりに関わっている人たちのゆるやかなネットワーク」をテーマに話し合いを重ねてきました。
大枠の合意ができましたので、具体的に動き出すことにしました。
名前を「まちづくり編集会議」としました。

この名前には、実は深い思いがあり、3年ほど前にもあるところで立ち上げたかった仕組みです。
地域社会には、多種多様な素材や多彩な人材がいます。
そうした素材や人を「編集」し、その地域社会ならではの「物語」を育てていくことが、私が考える「まちづくり」です。
それも、だれかが編集するのではなく、そこに住む住民たちみんなが主役になって編集するという、「共創」型のまちづくりが、私がこれまで関わらせてもらってきたプロジェクトの理念です。

全国各地に、そうした「まちづくり編集会議」が生まれ、それらがゆるやかにつながっていく。
そんなビジョンを描いています。
まもなくホームページも立ち上げ、広く呼びかけていく予定ですが、いまはまだ6人の小さなグループです。

今日は5人が集まりました。
呼びかけの対象は、自治体職員や自治体議会議員、あるいは各地でまちづくりや社会教育の活動をされている人たち、さらにはそういう活動に関心のある人たちです。
来春には本格的に組織化する計画ですが、組織づくりと並行して、いろんな集まりやイベントを開催していく予定です。
またご案内などさせてもらいますので、よろしくお願いいたします。
こうした活動に関心のある人がいたら、私あてにメッセージを送っていただければと思います。
ぜひ仲間になってください。

20160918


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2016/09/18

■節子への挽歌3301:つがるのりんご

節子
半年ぶりに、渕野さんに会いました。
節子もよく知っている渕野さんです。
渕野さんも一緒になって、3月にフォーラムを開催したのですが、当日、彼は体調を崩し、病院に寄りました。
そこで病気が発見されました。
フォーラムどころではなくなり、フォーラムは渕野さん不在で開催しましたが、その後、気になりながら会いに行きませんでした。

病気は肺がんです、
渕野さんは自らのブログなどでもすでにカミングアウトしていますので、書かせてもらいます。
幸いにステージは1でした。
手術はうまくいきましたが、まだ体調が戻ったわけではありません。
入院中にお見舞いに行こうかどうか迷いましたが、行けませんでした。
退院後も会わずにいましたが、今回、あるプロジェクトに渕野さんを誘いました。
気が向いたら来てもらう程度の軽い関わり方を提案させてもらいました。

渕野さんは、「生かされている」という実感を強く持っているようです。
免疫力を高めることについても、少し話しました。
節子の時にも、さまざまな民間療法を試してみました。
あまりもいろんな意見があって、そうした話に振り回されがちでした。
節子が元気になったら、私たちが試してみたものを中心に記録に残したいと思っていましたが、節子がいなくなった後、その気はすっかりなくなってしまい、思い出すのさえ辛いようになりました。
節子を見送った後は、「がん」という文字を見るだけで、心身が縮まりました。
今日は、久しぶりに少し思い出しました。
しかし結局、節子は回復しませんでしたから、何を薦めていいのか迷います。
いろんな人の体験が、いい意味で蓄積される仕組みがあればいいと思いますが、それがやはり難しいのです。

民間療法は保険も効きませんし、経済的にもかなり大変です。
免疫力を高めることにも、保険が効くようになるといいのですが、日本の医療は近代西洋医学の味方ですから、病気を治すことに主眼が置かれがちです。
その発想を変えていくべきだと私は思っています。
経済の論理で考えれば、医療費は無限に増大します。
生命の論理で考えれば、医療費は無限に縮小できるでしょう。
これは福祉に関しても言えることです。

渕野さんは、青森から送られてきたと言って、つがるのりんごを持ってきてくれました。
節子に供えました。
闘病中、節子はりんごが好物になっていました。
それを思い出しました。

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2016/09/17

■節子への挽歌3300:一人で生きること

節子
最近痛感するのは、夫婦で生きるのと一人で生きるとでは、まったく世界は違うのだということです。
とりわけ男性にとっては、一人では生きにくいのではないかとも思います。
そもそも女性は、本来的に生きる力を持っていますが、男性にはそれがあまりないような気もします。

先日、テレビで稲垣浩の「待ち伏せ」という映画をやっていました。
久しぶりに観たのですが、そこに登場する浅丘ルリコ演ずる、おくにという女性が、「女はどうやっても生きていけるから」と言う場面がありました。
一般的な常識はどうかしりませんが、私も生きていく力は男性よりも女性が強いように思います。

まあそれはそれとして、節子がいなくなってから、どうも生きにくいのはやはり一人だからです。
節子がいなくなった後、あるシンポジウムにコーディネーターとして出たことがあります。
その時のパネリストの一人が、私が妻を亡くしたことを知って、「自由になれますね」と言いました。
その方はとてもいい活動をされている方ですが、その一言は決して忘れません。
しかし、妻のために生きにくくなる人もいるわけです。
生きにくくなるために結婚する必要など全くありませんから、私には理解できませんが、その人はそもそも自由ではなかっただけの話です。
たぶんその人は、妻に先立たれても自由にはなれないでしょう。

お互いに、生きやすくなるために結婚する、というのが私の考えですが、私の場合は、それが実現できた気がします。
念のために言えば、節子もまた、たぶん同じ思いを持っていたはずです。
一人ではできないことを、私たちは、結婚したことで実現できました。

しかし、そうした中で40年も暮らしてしまうと、その一方がいなくなると、とたんに生きにくさが現れます。
生きにくい人生の10年目に入っても、まだ、一人で生きることに愚痴をこぼしたくなります。
愚痴をこぼす相手は、もちろん節子ですが。
困ったものです。

お彼岸が近づきました。

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2016/09/16

■蓮舫民進党への絶望的失望

民進党の代表になった蓮舫さんが、あろうことか野田元首相を幹事長に考えているようです。
野田さんはそもそも自民党以上に自民党の人で、自民党に善いように利用されて、原発を再稼働させ、TPPを俎上に挙げた張本人です。
そして政権交代の成果を台無しにした中心人物です。
私は、当時のブログで、野田さんは自民党から送り込まれたトロイの木馬だと書きましたが、野田さん自身はその自覚はないでしょう。
しかし、野田さんこそが民主党を壊したというイメージを持っている人は少なくないでしょう。
私は、野田さんに少しでも誇りがあれば、首相を辞めた時点で議員辞職すべきだと思っていました。
その野田さんを蓮舫さんは幹事長にしようとする。
完全に民進党への細い期待は立ち消えました。
民進党には新しい政治を発送する文化はどうもなさそうです。

民進党より小池新党に期待したくなる気分です。
なにか元気が出るような大きな動きは出ないものでしょうか。

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■豊洲を選んだ時に築地は終わったのかもしれません

豊洲盛り土問題はますます問題が深刻化しています。
築地市場の全面的改築が話題になったのは、鈴木都政の時代でした。
バブル期らしい、ウォーターフロント計画もにぎやかに報道されていました。
当時私は、東京都のCIプロジェクトの委員をさせてもらっていた関係で、ウォーターフロント計画も少しだけ勉強しました。
当時、仲卸の人とも知り合ったこともあり、築地への関心も持っていました。
しかし、都知事が青島さんになった途端に、ウォーターフロント計画も築地改築も消えていきました。
その後、私が朝の築地市場を見せてもらった時には、しかしまだ、移転よりも改築のほうが話題だったような気がします。

豊洲移転が決まったのは、石原さんの知事時代でしたが、なぜ築地の市場関係者がそれを受け容れたのか、理解できませんでした。
普通に考えれば、よりによって、安全性に問題があるところへの移転を受け入れたということは、よほどのお金が動いたのだろうなとしか思えませんでした。
築地は終わったと思いました。
文化ではなく、経済になってしまったのです。
興味はなくなりました。

2年ほど前に、築地の老舗の一つの丸山海苔店の社長に会う機会がありました。
そして1冊の本をもらいました。
テオドル・ベスターの「築地」です。
600頁を超す大著です。
それを読んで、不思議に思いました。
この築地はどこに行ってしまったのか。
築地市場の人たちは、どうして豊洲などを受け容れたのか。

豊洲を受け容れた以上は、もはや築地の哲学は消え去っているでしょう。
築地は過去のものになってしまったのです。
それは、今回の問題への築地市場関係者の発言が明確に語っています。
彼らは、もはや「食の専門家」ではなく、「産業人」になっています。
そして、いま起こっているのはまさに、経済問題です。
そこには、食という視点はなく、築地の人たちの誇りは感じられません。
いま問題になっているようなことは、私は初めて知りましたが、築地市場のトップの人たちであれば、知っていたはずですし、少なくとも知りうる立場にあったはずです。
現場を見に行けば、すぐわかることです。
設計図を見てもわかるはずです。
まさか自分たちにとって一番大切であるはずの、豊洲の建物の設計図を見ていないとは思えません。
市場関係者は、今頃知らないとは言えない立場のはずです。
そう思えてなりません。

豊洲移転をやめるかどうか、それが日本の未来を決めるような気がします。
経済の視点からではなく、生命の視点から、考えれば、おのずとそうなるはずでしょうが、福島原発事故の後の政府や国民の言動を思いだすと、結局は豊洲に移転することもありえそうです。

築地市場の若い世代から、豊洲拒否の動きは出ないものなのでしょうか。
ちなみに、テオドル・ベスターの「築地」は、厚くて読むのは大変ですが、示唆に富む面白い本です。

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2016/09/15

■節子への挽歌3299:小さな好意のシャワー

節子
湯島のランタナが枯れてしまいました。
注意していたのですが、しばらく行かずにいた間に水が不足してしまったためです。
失策でした。
物理的には水不足でしょうが、私が十分に気遣いをしなかったことが真因でしょう。
水がなくなっても、私が気にかけていることが伝わっていたら、ランタナも頑張れたはずです。
この1か月、私は他者を思いやる余裕を失っていたのかもしれません。
まわりで起こる変化が、そうしたことを気づかせてくれます。

週に2回はハガキをくれる鈴木さんが、1か月ほど前に、ゲーテのこんな言葉を紹介してくれました。

人生に喜びの種類は多いようだが、人の好意が注がれていると感じたときが、いっとううれしい。
好意の大小は問題ではない。
いや、小さい好意ほどうれしいと言っていい。

鈴木さんはスペインや四国での巡礼で感じた喜びは、まさにこれだったと書いていました。
人生における喜びも、同じかもしれません。
小さな好意は、時に見過ごしがちです。
しかし、たしかに、生きる上で大切なのは、こうした「小さな好意」の積み重ねかもしれません。
余裕がある時に、湯島について最初にやることは、草木に声をかけながら水をやり、水槽のエビに声をかけることでした。
しかし、この1か月、それを忘れていたかもしれません。
そういえば、水槽のエビも増えていません。
湯島の部屋も掃除さえしていません。
自らの不幸は、みずからが招きよせるものなのでしょう。

節子がいた頃は、毎日私は「小さな好意のシャワー」を浴びていたのでしょう。
夫婦とは、そういう関係がつくれる存在です。
ちょっとした間違いから、それが「小さな悪意のシャワー」の浴びせかけになってしまう危険性もありますが、幸いに私たちは、そうはなりませんでした。

私がいま心がけているのは、周辺に「小さな好意」を向けることですが、この1か月、そうなっていなかったのかもしれません。
枯れたランタナを見ながら、そんな気がしました。

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■「リンカーンクラブサロン「EU離脱に関するイギリスの国民投票」の報告

リンカーンクラブサロンの3回目は、「EU離脱に関するイギリスの国民投票」をテーマに開催しました。
平日の夜でしたが、その関係か、いつもとは違ったメンバーになりました。
生活者感覚の高い2人の女性も参加してくれました。
今回のイギリスの国民投票に関しては、ネガティブな見方が多いですが、リンカーンクラブ代表の武田さんは、「民主主義政治の歴史に残る金字塔を打ち立てるほどの画期的な出来事」と高く評価し、民意を反映させる手段としての国民投票制を日本でも取り入れるべきだと問題提起しました。
加えて、いまの日本の議会制民主主義は、果たして民主主義を反映できる仕組みなのかと、疑問を投げかけました。
そこから話し合いが始まりました。

欧州生活の長かった庵さんは、世代別の投票率が大きく違っているなど、今回の国民投票の実態や、在英の友人のコメントなどを紹介してくれました。
畑さんは、国民投票だからといって民意を反映するとは限らないと指摘し、民意を反映させるための条件が重要だとし、さらに国民投票にはふさわしくない問題もあると指摘しました。
片野さんは、現在の議会制民主主義においても民意は反映されているのではないか、と指摘しました。
国民が重要な政治問題に賛否を投票するには、ある程度の知識や情報も必要になるのではないか、いまのマスコミ報道は果たしてそういう状況を創りだすようになっているかという指摘をしたのは、女性の小室さんです。
子ども問題などに関わっている鎌田さんは、日常の問題を通して社会をよくしようと活動している立場からすれば、男性たちの議論にはちょっと距離を感ずるというような指摘もありました。
いずれも生活者感覚と実際の社会活動から出た、説得力ある発言でした。
この種の話し合いでは、問題の捉え方や議論の仕方における男女の違いが出てくることが多いのですが、今回もまさにそれを明確に感じました。
リンカーンクラブの藤原さんは、最後に、だからこそ、こういう話し合いが大切なのだろうと思うとまとめてくれました。

大きな流れはこんな感じですが、その間、原発問題や教育問題なども出ました。
民意をより強く反映させられるような選挙制度へのアイデアも、鎌田さんから出されました。
武田さんと畑さんの異論のぶつかり合いもありましたが、まあ今回も事なきを得ました。
お互いに、最後に言い方がきつかったことを謝っていましたが、激論ができたということは、今回のサロンもまあ民主主義的に行われたということでしょう。

私は、話を聞いていて、民意を反映させるための手段として国民投票を実現するためには、制度的な条件整備と同時に、投票する私たち国民がしっかりした「民意」を持つことが大切ではないかと改めて思いました。
民意を反映させるためには、そもそも「民意」がなければいけません。
民主主義は誰かがつくってくれるものではなく、私たち自らが創っていかねばいけません。
改めて、そのためにこそ、リンカーンクラブの活動を広げていきたいと思いました。
みなさんもぜひリンカーンクラブへの入会をご検討下さい。
http://lincolnclub.net/

なお、次回は、安倍政権支持者の視点からの問題提起を受けて、日本の民主主義の現状について話し合いができればと思っています。
掴み合いにならない程度の激論が予想されます。
日程など決まったら、リンカーンクラブのホームページで案内させてもらいます。


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2016/09/14

■北朝鮮の核兵器開発に思うこと

北朝鮮の相次ぐ核兵器のデモンストレーションに危惧を抱いている人は多いかもしれません。
だからこそ、日本も核武装しなければいけないと考える人もいるかもしれません。
そこまでいかなくとも、核抑止力を高めなければいけないと思う人は多いでしょう。
でも北朝鮮の核兵器がなぜそんなに脅威になるのでしょう。
私には、米ソや中国の核兵器のほうがよほど怖いですし、日本の原発も怖いです。

北朝鮮の金正恩はなぜ核兵器にこだわっているのでしょうか。
そしてどういう状況の時に、その核兵器を使用するつもりでしょうか。
それを考えれば、北朝鮮の核兵器開発の捉え方は一変するはずです。
北朝鮮が核兵器にこだわっているのは、核抑止力といわれる核兵器で、囲まれているからではないのか。
あるいは経済制裁で、世界が自分たちを追い詰めていると思っているのではないのか。
80年前の日本を思い出します。
そして日本は戦争に踏み切りました。
もちろん開戦前からわかっていたように、敗戦しましたが。

脱北者が続いていることから推測できるように、北朝鮮の国民は金正恩を支持はしていないように思います。
リビアのカダフィーやイラクのフセインとは違います。
なぜアメリカは、カダフィーやフセインを倒したように、金正恩を倒さないのか。
その気になれば、それはそう難しい話ではないでしょう。
にもかかわらず、それが起きないのは、たぶん金正恩の存在価値があるからでしょう。
金正恩が核兵器開発や暴挙を繰り返せば繰り返すほど、利益を得る人がいる。
金正恩の北朝鮮を守っているのは誰なのかが、そう考えると世界は少し違って見えてきます。

私たちは、北朝鮮の核兵器には脅威を感ずるのに、なぜアメリカの核兵器には脅威を感じないのか。
アメリカの核兵器は、しっかりと管理されていて、暴走はしないと思っているのでしょうか。
アメリカは、いま先制攻撃にも核兵器を使用する方向に向かっており、安倍首相はそれを督促すらしています。
北朝鮮の人たちはどう受け止めるでしょうか。
弱い立場の者が、戦いを挑むのは、追いやられた時だけです。
追いやられなければ、核兵器など使うはずもありません。
北朝鮮に核兵器を使わせるのは、他国です。

そもそも核兵器が目指しているのは、生命や環境の破壊です。
それを考えれば、北朝鮮の核兵器開発を止める唯一の方法は、世界が核兵器を廃棄することしかありません。
金正恩の言動の向こうに、私はそれを感じます。
自らは核兵器で威嚇しながら、他者の核兵器開発を非難することが私にはまったく理解できません。
自らはアメリカの核兵器に守られることを良しとしながら、北朝鮮のやっていることを理解しようとしない人の身勝手さを、どう考えるべきか。

いずれにしろ、軍事的な威嚇や経済的な追いつめは、事態をよくしていくことはないでしょう。
軍事力という暴力に依存する人は、結局は、その暴力の餌食になる。
私はそんな気がします。

蛇足ですが、だからどうしたらいいのかに関しては、極めて簡単です。
まずは北朝鮮の金正恩を理解しようとすることです。
対話できない相手だという報道が多いですが、そうであればこそ、どうしたら対話できるかを考えるのが、外交ではないかと思います。
危機感や不信感をあおる報道に、不安を感じます。

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■フェイスブックの「いいね」から見る現代人の生き方

私にとってとても気に入らないことの一つが、フェイスブックの「いいね」から感ずる、みんなの生き方です。
そこにこそ、いまの社会のもろさと虚しさが象徴されているような気がします。
私の友人知人への批判になりかねませんのが、書いてしまいましょう。
さすがに、フェイスブックにはアップするのは躊躇しますが。

フェイスブックに、どうでもいいようなこと、例えば、食事の話やきれいな景色や花などの写真を載せると、たくさんの人が「いいね」を押してくれます。
ところが、政治的なことや思想的なことを書くと(まあ私の場合、長いということもありますが)、「いいね」を押してくれる人は限られてきます。
つまり、みんなどうでもいいことには意思表示するが、思想的、政治的なことには積極的に意思表示しないということです。
これは、まさに現代社会のコミュニケーション状況というか、人て人との接し方を象徴しています。
そして、どうも組織に属している人は、そうした問題には基本的に反応しない傾向が感じられます。
組織に属する人には、政治的、思想的な意思表示に消極的、抑制的な人が多いということです。
組織に属することは、自らの考えを抑制することだと思っている人が多いのかもしれません。
しかし、自らの考えを抑制するような人が構成する組織は、健全な組織とは言えないと私は思います。
組織とは、さまざまな主体性がお互いを活かし合うことで、個人を超えた力が生まれるのではないかと思います。

さらに、思想的、政治的な記事へのコメントの半分は、きちんと読んでいないか、意味を誤解しているということです。
私のメッセージとは正反対な読み取りをして、賛意を表明したり反論を書いてきたり人は少なくありません。
そういうコメントの多くは無視しますが、あまりにもひどい時には反論を書きます。
でも、果たしてそれを読んでくれたかどうかはわからない場合も少なくありません。
自分にとって都合のいい読み方をして、自分の意見を述べるだけの人も少なくありません。
こうしたことから感ずるのは、今や人はコミュニケーションを求めているのではなく、私見を発するという姿勢を強めているのではないかということです。
それは、人とのつながりを回避する生き方とも受け止められます。

ツイッタ―やフェイスブックで、言葉や文字のやり取りは増えていますが、思いを重ねていこうというコミュニケーション姿勢は、むしろ失われているような気もします。
それが私には、とても気にいらないのです。

コミュニケーション・ツールの発展や多様化は、むしろコミュニケーションを阻害しているのではないか。
30年前に書いた「非情報化革命論」は、ますます深化しているようです。

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2016/09/13

■豊洲市場の盛り土不正問題に思うこと

築地からの移転が予定されている豊洲市場での、土壌汚染対策の盛り土が主要建物下で行われていなかった問題が大きな話題になっています。
その後の報道を見ていると、どうも建物下だけの問題ではなく、盛り土そのものの進め方にも問題がありそうです。
少なくとも、都庁は嘘をついていたことが明白になってきました。
堤未果さんの「政府は必ず嘘をつく」(角川新書)を読んだ方もいるでしょうが、中央政府だけではなく、地方政府も、嘘を平気でついてきました。
そうしたことを国民や自治体住民が、つまり私たちが、受け入れてきたからです。

この事件の報道を見ていて、戦後の1946年に書かれた、映画監督の伊丹万作さんの言葉を思い出します。

「さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみなロを揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなってくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというにきまっている。すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか1人や2人の智慧で1億の人間がだませるわけのものではない」(「戦争責任者の問題」)
豊洲市場の盛り土問題の報道を聞いていて、ほんとうに不思議に思います。
都議会の議員が騒いでいますが、なぜこれまで調べようとしなかったのか。
築地移転推進派の組織の会長が、だまされたと怒っていますが、なんでこれまで本現場を見ていなかったのか。
マスコミも、これまで豊洲の現場を見に行ったことはないのか。

もちろんみんな「悪意」があったわけではなく、本当に知らなかったのでしょう。
今回、問題にしだした共産党の都議たちの努力も評価しますし、市場関係者の怒りも理解できます。
詳しく報道しているマスコミ関係者も、いまは誠実に報道していると思います。
でもどこかおかしくはないでしょうか。
あれほど問題になっていた安全問題対策が、実際にどう進められているかを、だれもきちんと追いかけていなかったということには驚きを感じます。
安全問題に関する技術委員会の人たちが、誰も現場に行っていないで、工事完了を承認したというのも驚きです。
つまり、みんな現場を見ずに書類だけの資料で活動しているということです。
それなのに、いまになって、だまされたというのはおかしいのでないかと思うのです。
現場を見ずに、どうして安全性など議論できるのか。

一番の驚きは築地の市場関係者です。
現場も確認せずに、都庁の説明を鵜呑みにしているということは、要は本気で安全を考えていないと言うしかありません。
やはり経済性だけに関心がいっていたのではないかと思ってしまいます。
魚屋をなめるなよと、推進派の会長は怒っていましたが、現場も確認しないような魚屋はなめられても仕方がありません。
そうした人が、安全性など考えられるわけもないでしょう。
こんな会長を持っている組織は、そもそも御用組織でしかない。
こういう人たちによって、社会は壊されていくのでしょう。

いささか過激に書いたかもしれませんが、今回の事件は、政府は嘘をつくことの明白な事例です。
お上は正しいという考えを、私たちはそろそろ問い直さなければいけません。
都庁でさえこうなのですから、中央政府の嘘はもっと壮大でしょう。

伊丹万作はこうも書いています。

あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
(中略)「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。」

ちなみに、もう10年ほど前になりますが、「騙された者の罪」をブログで書きました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2007/04/post_4ec6.html

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■節子への挽歌3298:生活リズムを取り戻そうと思います

節子
梅雨時のような、とても哀しい雨です。

昨夜、久しぶりに熟睡できました。
たぶん何か月ぶりかもしれません。
目が覚めたら、7時を過ぎていました。
そして、哀しい雨。
幸いに今日は出かけなくてもいい日なので、在宅で生活基盤の整理をすることにしました。
ともかく課題が山積みで、机の上も書類と書籍の山です。
これでは、生活が乱れるのも仕方がありません。

この2カ月、生活のリズムが崩れています。
それを正すには、まずは環境を整理することでしょう。
と思いながらも、午前中はあっという間に過ぎてしまいました。
在宅していても、メールや電話で社会と通じているので、思うようにはいきません。
困った時代というべきか、便利な時代というべきか。
問題の多い時代であることは、間違いなさそうですが。

でもなんとか、そうしたことへの対応から抜け出られました。
返信しなければいけないメールはいくつかありますが、まあ1日くらい、放置していてもいいでしょう。
しかし、返信せずにいると、「気持ちが重くなる」というような人もいるので、注意しなければいけません。
何しろいろんな人と関わっているので、その人に応じた応対が必要です。

やっと自分の時間ができたので、3つの机の上の書類の山を片付けましょう。
一番心配なのは、その山の中から、忘れていた課題が出てくることです。
それに読まなければいけない書籍も出てきそうです。
自分で読みたい本は簡単に読めるのですが、誰かから読むように言われた本はなかなか読めません。
そんな本や論文が何冊か積まれています。

さてさて片づけを始めましょう。
机がきれいになれば、生活のリズムも回復するでしょう。
そうなることを目指して。

外は相変わらずの哀しく淋しい雨空です。
机の整理が終わるころには、たぶん青空が見えてくるでしょう。
お天道様も、私を応援してくれているはずですから。

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2016/09/12

■節子への挽歌3297:買い物行動の効用

節子
月曜日は近くのマツキヨのお店で、ヨーグルトが100円で売っています。
普段はたぶん150円以上しているはずです。
最近、わが家はそこでヨーグルトを購入しています。
1日100人限定ですので、午後に行くともう売り切れていることもあります。
最近、そこではヤクルトも1割引きで売っているのがわかりました。

週に1回ほど、私は娘の買い物に付き合います。
これは節子がいた頃からの習慣ですが、節子がいた頃と違うのは、私自身が価格を見るようになったことです。
むかしは価格を見ませんでしたから、ほしいものがあれば、買い物籠に勝手に入れてしまっていました。
ですから私と行くと不要なものを買ってしまうと、節子に言われたことがあります。
不要なものこそ、生活を豊かにするのだ、などと抗弁していましたが、私から見れば、節子も無駄なものをよく買っていたように思います。
買い物には、その人の生き方が象徴されます。

いまは価格を見ながら、買うかどうかを自分で判断しています。
そうしているとお店と日時によって、価格がかなり違うのがわかります。
たとえば私が毎朝食べているソーセージがありますが、これはわが家の近くにある2つのスーパーでは価格差が2割もあります。
最近それを知ったので、かならず安い方で購入しています。

毎日買いものしている主婦の人は知っているのでしょうが、おそらく買い方によっては、食料品への支出は2~3割の差が出るのではないかと思います。
しかし、そうしたことを続けていると、価格に対しておかしな価値観が生まれてきます。
たとえば、明治のヨーグルトですが、100円で買えることがわかっていると、170円で売っているところでは買う気が起きません。
そして、次第に、商品が違うのに、価格が安いものを選ぶようになってしまいます。
つまり、価格で商品を評価してしまうようになるのです。
購入の判断基準が、価格になってしまう。
さらにいえば、同じ商品を安く購入できると、得をしたような気分になってします。
また割引商品に目がいってしまうような思考も生まれます。
これは問題です。

私は、お金離れした生き方を目指しているのに、むしろお金に呪縛されてしまっているわけです。
いまはすべてにおいてカード払いになっていますので、本当は価格など気にしなくなるのでしょうが、私の場合は、昔の「主婦感覚」のようなものが身につきだしてきました。
これが結構面白いのです。

高齢者は、男性よりも女性が元気です。
それはもしかしたら、毎日、食料品を買いに行っているからではないか。
最近、私が発見したことのひとつです。
食料品や日用品の買い物ゲームは、ボケモンGOよりも人をワクワクさせるのかもしれません。
こういう生活がいまできるのも、実は節子のおかげです。
いや、節子と娘たちのおかげというべきでしょうか。
私は財布を持ったことがないので、実は買い物は娘に依存しています。
一人でスーパーに買い物に行くのは、いまもなお、とても苦手です。
しかし、元気を維持するためには、一人で買い物に行けるようにならないといけません。
できるでしょうか。

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2016/09/11

■節子への挽歌3296:無条件に信用しあえる関係

節子
ある調査によると、最近、日本では人を信用するよりもまずは疑うという文化が広がっているようです。
最近もそうした生々しいことをつづけて体験しました。
私のこれまでの生き方の基本が、根底から壊されたような気がして、とてもさびしいです。
人を信用することなく、人付き合いをしても、楽しくないだろうなと思いますが、信用して裏切られるのが、それ以上に嫌なのかもしれません。
たしかにそれはそうですが、だからといって、信用しない生き方は、そもそも楽しくないでしょう。

先日、ある人と話していたら、その人が「父がともかく人を信ずる人だったので」というのです。
その人はとてもいい人なのですが、ちょっと他者への寛容さにやや厳しさがあったので、それを指摘したら、この言葉が出てきたのです。
もしかしたら、それは「父」だけではなく「夫」もそうだったのかなと思いました。
彼女の伴侶も、たぶんいろんなことを背負いこんで、みずからを死に追いやったのです。

もし善意の人が生きづらい社会であれば、その社会は変えなくてはいけません。
私が自殺に追い込まれることのない社会づくりの活動にささやかに荷担させてもらったのは、それが理由です。
善意の行先が、自死につながってしまうような社会は変えていかねばいけません。
それに、善意の人でさえ、生きづらいのであれば、善意でない人が、仮にいるとしたら、さらに生きづらいはずです。
善意では生きづらいので、善意から逃げてしまうということです。
それは社会としては本末転倒でしょう。
そんな社会は、社会といえるのか。
人はだれでもみんな、できることなら、善意で生きたいと思っているはずです。
もともと善意でない人などいないのです。
それは赤ちゃんの顔を見ていればわかります。

でもどうして、人は人を信用しないのでしょうか。
この数日、この難問に呪縛されてしまっています。
完璧に信用しあって、絶対に裏切られることなどなかった、節子との関係は、私の生きる力の根源だったのかもしれません。

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2016/09/09

■節子への挽歌3295:優柔不断さ

節子
心身の異変体験から2週間がたちました。
丸山さんにリンパマッサージをしてもらったおかげで、心身の違和感はかなりなくなりましたが、基本的にはすっきりしないままです。
丸山さんも、2週間以内にもう一度、マッサージをした方がいいと言ってくれていますが、実は丸山さんのところに行くには、ある商品を入手しなければいけません。
それに、片道2時間を定期的に通うことにも躊躇しています。
神経内科にも行こうと思ってはいますが、また脳神経外科と同じような検査をされるのは嫌だなと思い、躊躇しています。
こうして、決断を先延ばしする。
優柔不断な生き方に陥っています。
困ったものです。

しかし、これは今に始まったことではないのかもしれません。
問題を優柔不断に先延ばししてしまう。
これは、まさに私の生き方かもしれません。
困ったものです。

残念ながら、人生には終わりがあります。
今日のように明日も生きられる保証はありません。
そろそろ決着しておかねばいけないこともある。
しかし、そもそも、そういう生き方に問題があるのかもしれません。
死がだれかに迷惑をかけるような生き方を避けようとすれば、
家族も友も縁者もなく、無一物の孤独の人生が理想です。

迷惑を引き受けてくれる人がいる人は幸せです。
節子は、幸せだったでしょう。
私がこんなに迷惑をこうむっているのですから。
しかし、また、迷惑を引き受ける人も幸せかもしれません。
私ももう少し、優柔不断な生き方を続けてもいいかもしれません。

少しくらい、体調が悪い方が、いいのかもしれませんし。

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2016/09/08

■節子への挽歌3294:百姓的な生き方

節子
リビングに照明ライトが突然つかなくなりました。
メインテナンスを契約しているところに連絡しましたが、寿命ではないかといわれました。
そういえば、先月は浄水器が壊れ、これも問い合わせたら、もう部品がないと言われ、買い換えることになりました。
娘は15年も使ったのだからといいますが、私はどうも納得できません。

住居備品は10年経過したころから次々と故障しだしています。
節子がいないので、私もその対応に巻き込まれてしまっています。
しかし、どうも納得できません。
埋め込みのエアコンは6年ほどで壊れてしまい、直してもらったのに、結局、すぐまたおかしくなってしまいました。
そのため、わが家はあまりエアコンを使わなくなってしまったのですが、埋め込めのため付け替えるのが難しいのだそうです。
浄水器もそうでした。
埋め込み型の場合は、もう少し寿命設計を長くしておいてほしいものです。
攻めて部品くらいは残してほしいです。
メーカーを告発した気分です。

今回の照明ライトも、当初からの備付でした。
メインテナンス会社に頼むとかなり高そうなので、自分で取り換えることにしました。
娘は、無茶だからやめろと言いましたが、節約するためには自分でできることは自分でやらなくてはいけません。
それにそもそもお金はできるだけ使わないのが、私の信条です。
それで脚立を立てて、にわか工事屋さんです。
汗をかきましたが、何とかはずせました。
後は市販の照明器具を購入してくれば、自分でセットできますから、かなりの節約になりました。

先日の台風で倒壊した藤棚も、外注すると15000円かかるというので、自分で解体しました。現金を節約するのも大変です。
節子がいたらどうしたでしょうか。

私の理想は「百姓的な生き方」です。
自分でできることは自分でする。
ただ残念ながら、私は器用さに大きく欠けています。
だから修繕のつもりが完全破壊につながることも多いのです。
だから家族は私が修理すると言うと何とかして止めさせようとするわけです。

照明器具は、たぶんどれかの部品が壊れただけでしょう。
それが見つかればいいのですが、残念ながらそれを見つけるすべがありません。
しかし、節子のお気に入りだった照明器具ですので、廃棄するのに躊躇します。
節子が埋め込んだわが家の住居備品が次々となくなっているのは、ちょっとさびしい気もします。

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■第3回リンカーンクラブサロンのご案内

今月のリンカーンクラブサロンは「EU離脱に関するイギリスの国民投票」をテーマにして、国民投票の是非につて話し合いたいと思います。
これからの政治のあり方を考える上で、さまざまな材料がある事例だと思います。

リンカーンクラブとして主催しますが、いつものようなカジュアルなカフェサロンですので、気楽にご参加ください。
サロンですので、最初に30分ほど、リンカーンクラブ代表の武田さんに話をしてもらい、後はみんなの話し合いで、それぞれが理解を深めたり、新しい気付きを得たりできればと思います。
今回は平日の夜ですが、遅れての参加も大丈夫です。

●日時:2016年9月14日(水曜日) 午後7時~9時
6時半から部屋は開けておきます。
●場所:湯島コンセプトワークショップ(リンカーンクラブ事務局)
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●会費:500円
●テーマ:「EU離脱に関するイギリスの国民投票」
●申込先:リンカーンクラブ事務局(info@lincolnclub.net)

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2016/09/07

■節子への挽歌3293:ばばさんの思い出

節子
今日は結局、病院には行かず、課題にも取り組まず、本を読んでいました。
幸いに、というか、不思議なことに、電話も一本もなく、念じたように、読書できました。

といっても、読んだ本は新書本で、堤未果さんの「政府は必ず嘘をつく」と「政府はもう嘘をつけない」です。
もう1冊、「ブッダ 最期の言葉」とどちらにしようか迷いましたが、堤さんの本は1冊をほとんど読み終えていたので、そちらを選びました。
とても共感できるというか、ほとんど私の考えと同じ本でした。
面白かったです。

堤さんとは面識はありませんが、彼女のお父さんのばばこういちさんとは懇意にさせてもらっていました。
ばばさんのお宅にお伺いした時、お母さんにもお会いしています。
そんなわけで、堤さんが颯爽と登場した時にはとてもうれしい気がしました。
最初の頃の著書は何冊か読んでいますが、視点にも共感が持てました。
ばばさんの思いや問題意識を継承しているように感じました。
今回は、久しぶりに読んだのですが、ますます大きな流れを可視化してくれています。
ばばさんを超えている気がしました。
ばばさんも喜んでいることでしょう。
近く開催予定の堤さんの講演会に誘われたのですが、その日はあいにく都合がつかず、参加できませんが、きっと近いうちにお会いできるでしょう。

ばばさんは、正義の人でした。
そのばばさんも、病気には勝てませんでした。
闘病中のテレビ番組に出させてもらったことがありますが、最後まで強い問題意識をお持ちでした。
節子は、私がばばさんと知り合う前からテレビでばばさんを知っていて、ファンでもありました。

ばばさんは再婚されたのですが、その奥さんが銀座の丸善で小林文次郎さんの染色作品の展示会をされたことがあります。
その時、節子と一緒にお伺いしたことがあります。
もちろんばばさんはいませんでしたが、奥さんがいました。
心底明るい人で、節子も楽しそうに話していました。
節子が発病した後、ばばさんがやっていたテレビ番組に誘われて出演させてもらった時に、久しぶりに奥さんに会いました。
節子の話を知っていて、こんなところに来ていて大丈夫なのかといわれました。
でもその時にテーマが、実は病院のあり方だったのです。
言いたいことがたくさんあったのですが、その時にはほとんど何も言えなかったような気がします。

まあそんなこんなで、ばばさんにはいろんな思い出もあるのです。

堤さんの本を読んだのに、ばばさんのことがいろいろと思い出されてしまいました。
亡くなっても、記憶の薄れない人というのは、いるものです。

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■カフェサロン「病原体から見た人間」パート2のご案内

前回の、ちょっと知的なカフェサロン「病原体から見た人間」の話題提供者の益田さんから、病原体の話を踏まえた人間社会の問題について、あまり話せなかったので、パート2を企画してもらえないかという申し出がありました。
そこで、あまり間をおかないほうがいいと考え、今月のちょっと知的なカフェサロンは、病原体パート2にすることにしました。
前回参加されなかった方にも話がつながるように、冒頭で前回の総復習的な話をしてもらいますので、前回の参加不参加に関わらず、ご参加ください。

益田さんから、今回の内容をについて、ご連絡いただいています。

パート2の内容ですが、人間の欲は人間の心を環境とする寄生体ですが、この欲が作った社会構造や社会規則は人間の心にとって(人工的)環境になっています。このような環境と生物の逆転現象は、食欲あっての私ということと同じなのです。現実には体あっての私であるにもかかわらず人はえてして欲あっての私と錯覚します。
また破傷風菌の生態から自己とは何かについて新しい展望が開けます。毒素をたくさん作った破傷風菌は死んでしまいます。つまり破傷風を起こして死んだ動物の体を栄養とできるのは毒素をあまり作らないで死なずにすんでいた破傷風菌なのです。
今回はこの2つの主題でいろいろ話を広げてみたらと考えています。

どんな議論になっていくか、楽しみです。
前回ご参加のみなさんはもちろん、参加できなかった方も、ぜひご参加ください。

●日時:2016年9月25日(日曜日)午後2~4時
●場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●テーマ:「病原体から見た人間パート2」
●話題提供者:益田昭吾さん(細菌学者・紙工作人)
●参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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■節子への挽歌3292:意味の反転

節子
昨日は1日、俗事から解放されて、穏やかに過ごしていたのですが、
人生は、そううまくいくものではありません。
夜、電話がかかってきました。
一挙に現実の世界に引きずり込まれました。

現実の世界で私が抱えている問題は、いささか多すぎます。
元気の時には、多すぎるなどとは全く考えることなく、いろんな問題に関われることの喜びを感じられるのですが、自分の気が萎えてくると、多さは楽しさから負担に一変します。
その途端に、モチベーションは激減し、ひどい時にはやる気さえ起きてこないのです。
今日は病院に行くつもりでしたが、課題リストを久しぶりに見たら、それどころではありません。
それを見て、さらに気が滅入ってしまいました。
そして病院行きを延ばしたうえに、課題リストの消化も延ばしたくなっています。
まだまだ気が萎えているようです。
池に行っても、沢蟹も顔を見せないし。

自分の状況によって、同じものなのに意味が反転する。
そういうことはよくあります。
楽しいことが避けたいことになったり、元気づけられていたことが逆にマイナスに働いたりすることもあります。
褒め言葉が、逆に心に刺さるような非難に聞こえることもある。
節子が亡くなった直後は、そうしたことの連続でした。
世界が一変してしまった。
生活も大きく変わりました。
しかし、そんなことは周りの人には知る由もありません。
だから自然と性格が悪くなってくる。

さて、良い方向に「意味の反転」を行わなければいけません。
課題リストは一時棚上げし、まずは少し身体を動かしましょう。
いまとは別の私が主役の座に出てきてくれるかもしれません。

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2016/09/06

■節子への挽歌3291:家族の会食

節子
先日の命日には家族が全員集まれなかったので、今日、改めてみんなでお墓参りに行き、食事をしました。
孫がお墓に行くのは、今日が2回目ですが、先日つっかえてしまった般若心経は今日はうまくあげられました。
ジュンの娘がまだ生後4か月ですので、外での会食は避けて、自宅での会食でしたが。

次女の連れ合いは、柏手イタリアンレストランをやっています。
ですから土日は休めません。
それで今日になったのですが、どうもみんなで会食しても、節子がいないと盛り上がりません。
やはり孫に必要なのは、祖父ではなく祖母だなと実感します。
しかも、連れ合いは節子に会っていません。
ですから節子の話も、早々つづくわけでもありません。
でもまあ、節子の位牌の前での家族みんなの談笑には、節子もたぶん参加してくれていたことでしょう。
私の話が少ない、と怒っていたかもしれませんが。

今年、10回忌をやろうと決意したのは、できる時にできることをやっておこうという思いからでしたが、たぶん娘たちには、私の気まぐれが始まったとしか思われていないでしょう。
まあ、そう言われればそうなのですが。
でも一応、私としては10回忌をやった気分にはなりました。
新しい年の始まりを迎えられる気分です。

ジュン家族は帰りましたし、長女のユカは出かけました。
孫のことを話し合う節子もいませんし、手持ち無沙汰でした。
なにかがあった後、それについて語り合う人がいないことのさびしさは、体験しなくてはわかりません。

暑い一日でしたが、夕方になり涼しくなり、やさしい風がとても快適です。
わが家は、風の道にあたっていますので、風には愛されているのです。
だれもいなくなった後、風に当たりながら、少しうたたねをしてしまっていました。
気がついたら、こんな時間です。

さて夕食は、どうしましょうか。
たまには、娘に代わって、調理しようかという気がちょっと起こったりしましたが、私らしからぬことをすると、また生活のリズムが変わるといけないので、娘の帰宅を待ちましょう。
駄菓子を食べながら。

今日は、久しぶりにまったりとした1日でした。
で模合あくぁらず心身の違和感は、あまりなおっていません。
困ったものです。

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2016/09/05

■節子への挽歌3290:節子の学友からのメール

節子
節子の小学校の同級生の雨森さんから、メールが来ました。
10回目の命日の記事を読んでくれて、むかしの節子が書いた手紙などの写真を送ってきてくれたのです。
もうひとりの同級生と3人で撮った、節子の写真もありました。

勝手ですが、一部を引用してしまいましょう。
雨森さんは、たぶんそんなことには怒らない方ですので。

そうですか、10年目に、そして3,289日、妻への挽歌も3,289回 すごいことです。
褒めさせて頂くのもおかしなことですが。
節ちゃん十分生きられる歳ですから、残念です。
懐かしくなって、小生の保存用書棚から、思い出の品を出してきて 思い出と共に眺めていました。

思い出の品? 
素晴らしい絵と文の冊子は、妻が病気になった時、小生の家の玄関に(私は病院に居てお逢いできなかった)お見舞いとして節子さんがおいて下さったものです。
ちょっとUPして添付します。

修様、お身体大切に、節ちゃん早かった分まで、頑張って頂かないと。

 雨森さんは節子の幼なじみの男友達です。
クラスのまとめ役だったと節子からは聞いていました。
その雨森さんの奥さんが病気になった時に、ちょうど滋賀に行っていて、お見舞いがてらご自宅にお寄りしました。
私も一緒に行きましたが、メールにあるように、お留守でした。
そこで、お見舞いにと節子が、玄関に、星野富弘さんの花の詩画集「鈴のなる道」をおいてきたのです。
たしか、節子が少し小康状態にあり、希望が生まれて来たころだったように思います。
だからこそ、病気の人には元気になってほしかったのだろうと思います。
雨森さんは、その詩画集のあるページを写真にとってメールに添付してきてくれました。
そこに書かれているのは、こんな詩です。
今日もまた一つ
うれしいことがあった

笑ったり泣いたり
望んだりあきらめたり
にくんだり愛したり
・・・・・・・・
そしてこれらの一つ一つを
柔らかく包んでくれた
数えきれないほど沢山の
平凡なことがあった

まさに、あの頃の節子の心境。
私にとっては、そんな節子が輝いて見えていました。
だから、その節子にできるだけ同行して、「平凡」な時間を過ごしていたのです。
仕事はほぼすべてやめていました。
いまから考えれば、私たちにとってもっとも幸せだった時期なのかもしれません。
しかし、幸せには必ず、終わりが来るものです。
でも欲張っては、星野富弘さんに叱られるでしょう。

思い出して、節子の残していった書棚を見たら、
星野富弘さんの「かぎりなくやさしい花々」がありました。
節子もまた、星野さんの詩画集で元気づけられていたのです。
だから雨森さんの奥さんへのお見舞いに、星野さんの詩画集を選んだのでしょう。

雨森さんから、節ちゃん早かった分まで頑張って頂かないと、といわれると、少しは健康に気をつけなくてはいけないなと思わないわけにはいきません。
しかし、節子がそれを望んでいるかどうかは、確信が持てません。
でもまあ、善司というお名前があらわしているように、仏様のように善良な雨森さんの言葉ですから、素直に従おうと思います。

やはり近日中にお医者さんに行こうと思います。
リンパの流れはよくなったのですが、やはり基本的には状況は変わっていない気がしますので。

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2016/09/04

■節子への挽歌3289:リンパ&カイロセラピー

節子
今日はむかし住んでいた保谷(現在は西東京市)を少しだけ歩いてきました。
偶然だったのですが。

私の体調不良を知って、リンパ師の丸山さんという人が施術を申し出てくれたのです。
他者の親切は、素直に受けることが大切だという私の信条から、ご好意を受けさせてもらうことにしました。
中央線の三鷹まで迎えに来てくださったのですが、何と丸山さんの施術院は、私たちが以前住んでいた家の近くだったのです。
それで懐かしくなり、帰りは保谷駅まで歩いてみました。
駅に向かう途中の道は、なんとなく雰囲気が残っていましたが、駅周辺は一変していました。
千葉に転居後、保谷に行ったのは初めてです。
ここもいろんなことがありました。

丸山さんは、リンパ&カイロセラピーを開業しています。
知る人ぞ知るという感じで、完全予約制でやっています。
今日はわざわざ私のために開いてくれたようで、3時間近くにわたり、説明と施術をしてくれました。
私の顔を見ながら、リンパの流れが悪く、老廃物が滞留しているので、それを流してやれば、心身が軽くなると言われました。
終わった後、顔も身体も変わりましたよと鏡を見せてくれましたが、そう言われればそんな気もしました。
たしかに身体が軽くなったばかりでなく、生命が生き生きしてきている感じが、いまも残っています。
もちろん1回きりの施術では限界がありますので、もう少しお近くであれば定期的に通いたいのですが、わが家からは2時間近くかかるのでちょっと迷っています。
高血圧も食事療法で治るというガイダンスも受けました。
頭の中の身体操縦士を変えたほうがいいという話を、比喩的にしてくれましたが、操縦という言葉が私の生命観に引っかかってしまいましたが、それはそれとして、これまで受けたさまざまな療法のなかでも、効果がかなり実感できるものでした。

節子も、発病後、日本上部頸椎カイロプラクティックに通ったことがあります。
私も受診しようとしたのですが、なぜかあなたはいいと言われた記憶があります。
リンパに関わる治療は、官足法という施術を湯島に来てもらって受けていたことがあります。
症状が悪化してからは、私が毎日2回、施術していました。
節子のおかげで、さまざまな医療を私も体験させてもらいました。
アーユルヴェーダも気功も整体も、ホメオパシーも、インカ療法も、マクロビオテックも。
しかし、どれも節子を守れませんでした。
唯一奇跡を起こしかけたのが、重イオン水とフコイダンでしたが、結局は生命の定めには抗えませんでした。

節子がいなくなってからは、そもそも健康そのものへの関心を失っていました。
いまも正直、健康でいたいという気はあんまりないのです。
困ったものです。

それはともかく、今日は丸山さんのおかげで、元気をもらえました。
そして少しだけまた健康への関心も回復させてもらいました。

今日はきっと熟睡できるでしょう。

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■節子への挽歌3288:沢蟹とゴキブリ

節子
10回目の命日も終わりました。
何もなかったようで、いろいろとあった静かな法事の1日でした。
今日からは、この1週間の眠ったような生き方から抜け出そうと思います。

朝、恒例になっているのですが、庭の池を見に行きました。
池に放して以来、沢蟹の姿は一度として見ていません。
元気にしているといいのですが。

実は迷った挙句、最後の4匹は池に放さずに、まだ室内で飼育しています。
とても元気ですが、やはり自然に戻すのがいいのではないかと迷います。
さてどうしたものか。
しかし、沢蟹の姿を見ていると、なぜか心がやすまります。
もうしばらくは室内に置こうと思います。

昨夜、夜中にキッチンでゴキブリと遭遇しました。
反射的に近くにあったハエたたきで、叩いてしまいました。
むごいことに、ゴキブリはつぶれてしまいました。
同じ生物なのに、一方は愛玩され、一方は殺傷されてしまう。
考えてみると不思議な話です。
生き物にも、相性があるのかもしれません。
生き物は、すべてがつながっているわけではない。

人もそうかもしれない、とふと思いました。
にもかかわらず、私はすべての人が好きになります。
いや、好きにならないといけないという強迫観念があるのかもしれません。
会った人には、何か私にもできることがあるのではないかと思ってしまう。
それで過剰に人に関わってしまう。
そして、相手もみんな、そうだと思い込んでしまう。
これは思い上がりかもしれません。

この歳になって、こんなことに気づくのはおかしいのですが、昨日の静かな法事で、なんとなく気づいたことの一つです。
私の生命力が弱まっている、あきらかな証拠かもしれません。

節子
10年目がはじまりました。
良い年になってほしいです。
心底、そう思います。

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2016/09/03

■節子への挽歌3287:般若心経が出てこない

節子
ユカと一緒にお墓に行ってきました。
お線香をあげて、般若心経を唱えだしたのですが、途中で躓いてしまいました。
また最初から唱えだしたのですが、やはり途中で次の言葉が出てこない。
3回目もダメだったので、省略版で済ませてしまいました。
やはりどこかちょっとずれだしたのかもしれません。
思い出そうとすればするほど、思い出せない。

2週間ほど前に、お施餓鬼があったのですが、兄に任せて私は来ませんでした。
その時の、新しいお塔婆が立っていました。
最近、ちょっと足が遠のいていたので、おとがめがあったのかもしれません。

それもあって、久しぶりに本堂にお参りしました。
宝蔵院は、本堂の隣に小さな社もあるのですが、そこにもお参りしました。
節子がいた頃は、毎回、お墓に来るたびに本堂にもお参りしていたのですが、最近どうも省略しがちになっていました。
手を抜いてはいけません。

本堂をお参りした後、般若心経を改めて口に出してみたら、最後まで躓かずに唱えられました。
おとがめが解かれたようです。

帰路、八百屋さんに寄ったら、おいしそうな大きな桃がありました。
私好みの、硬い川中島です。
奮発して買ってきて、節子にも供え、早速食べました。
あんまり果糖はとらないようにと先日注意されたばかりですが、今日はまあいいでしょう。

ある本で、誓いを立てる自分とその誓いを破る自分は、別の自分であるという話を読んだことがあります。
とても納得できる話です。

やらなければいけないことは山積みですが、やりたいことは全くないので、今日はともかくのんびりです。
花の香りに包まれながら、何をするでもなく、過ごしています。
こういう毎日を過ごしながら、いつか旅立っているというのもいいかもしれません。

だいぶ涼しくなりました。
久しぶりに畑に行くのもいいかもしれません。

節子が旅立ってから、今日で3289日目です。
あと2つ挽歌を書くと追いつけます。


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■節子への挽歌3286:10回目の命日

節子
節子がいなくなって10年目に入りました。
何もなかったような9年間でもありますし、あまりにもたくさんのことがあった9年間でもありました。
ただ、わが家の生活環境はほとんど変わっていません。
もし仮に、節子がいま戻ってきても、この9年間が全くなかったように過ごせるでしょう。
たぶん子どもさんを亡くされた方たちは、そういう思いで、子ども部屋をそのままにしていたりしているのでしょう。
自分が体験してみないと実感できませんが、それは特別のことではなく、実に自然の成り行きなのです。
なにしろ「不在」を実感していないのですから。

とはいえ、9年は長い。
庭は荒れ、私自身も朽ち果てそうです。
健康にいたいという気持ちがある一方で、どこかで老いを肯定している気持がある。
健康に生きながらえても、意味を感じられないからです。
しかし、与えられて生は、あまりおろそかにはできません。
私だけのものではないからです。

10回目の命日ですが、当初は10回忌の法事を開催しようかと考えていたのですが、迷った挙句に、今日はただただ静かに過ごすことにしました。
私の勝手な思いで、風習にはない10回忌法事を呼びかけても、戸惑う人の方が多いでしょう。
それに声をかけようと思っていた親戚のみなさんも、みんな私と同じく高齢ですので、いろいろと事情を抱え込みだしているのです。

娘とお墓に行って、菩提寺にお礼を言って、あとは静かに1日を過ごす。
たまには、そういう法事もあってもいいでしょう。

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2016/09/02

■4つの英国ミステリ―ドラマは心やすまります

私が最近、繰り返し見ている英国のミステリードラマが4つあります。
「シャーロック」「ポワロ」「マープル」「フォイル」です。
「刑事フォイル」を除いては、録画したDVDがあります。
いずれも個性的な人たちが登場します。

「シャーロック」は、何回観ても発見があり、実に面白い。
主役のシャーロックは私の憧れの生き方をしています。
「刑事フォイル」は、いかにも英国人という感じがしますが、これまた憧れる生き方です。
以上の2本は、内容が面白いので、繰り返し見ても飽きません。

ところが「ポワロ」と「マープル」はあんまりおもしろくないのです。
しかし、なぜか見てしまうのです。
ただ、「マープル」は途中で俳優が変わってしまったので、私の中では混乱があり、あまり見なくなりました。
で、一番よく観ているのが、「ポワロ」です。
いま、週2回放映されているためもありますが、毎回、ストーリーは面白くないなと思いながら見ています。
なぜ観るかというと、人への信頼感、人間社会への信頼感が高まるからです。

といっても伝わらないと思いますが、ポワロのパートナー役のヘイスティングスが、私には「最上の人間」と思えるのです。
これほどの好人物は、世の中にはいないでしょう。
昔はみんな、人間はヘイスティングスだったのだろうなといつも思いながら観ています。
私の中にも、間違いなく、ヘイスティングス的要素は残っています。
ポワロには、もうひとり好人物が登場します。
スコットランドヤードのジャック警部です。
これほどの好人物が警視監になってしまうスコットランドヤードが存在した時代があるというのは、私には感動的な話なのです。
いまの時代が、すべてではない。
いまの時代こそ、おかしいということを確信できるのです。
ちなみに、ポワロも、無邪気な好人物であることは言うまでもありません。

今日も、ポワロとシャーロックを観てしまいました。
いずれも何回も観ているので、筋は知っているのです。
しかし、毎回、登場人物たちが、私に語りかけてくる。
そして、ついしばらく前までは、みんな人間として生きていたことを思い出させてくれるのです。

どうしてこんな社会になってしまったのか。
私がイギリスのミステリードラマが好きな理由は、そういう問いかけを思い出せてくれるからです。
日本のミステリードラマには、その種のメッセージがありません。

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■節子への挽歌3285:節子の親友たちと電話で話しました

節子
命日が近づくと、毎年、節子の友だちの福岡さんと田村さんから花が届きます。
この2人は、節子の滋賀時代の友人ですが、節子が発病して以来、節子が滋賀に会いに行く時には私も同行するようになりました。
福岡さんの住んでいる近江八幡でも数回お会いしました。

滋賀時代、私もおふたりとは面識もありました。
とりわけ福岡さんにはお世話になりました。
節子が病気になった時、福岡さんに頼んで節子にお見舞いのぬいぐるみを持って行ってもらったこともあります。
私の記憶に間違いがなければですが。
福岡さんは、とても純粋で正義感の強い人なので、私は一度、節子への態度が不誠実だと叱れらて記憶もあります。

例年のように、花が届いたので、お礼に電話をかけました。
2人とも元気そうでした。

福岡さんは、ちょうどプールに出かけていた時で、ご主人と話ができました。
ご主人も知っているのですが、とても自然に生きている人のようで、話がとても合いました。
節子が元気だったら、もう少し夫婦でお付き合いできたと思うと残念です。
私と同じ世代ですから、友人たちが少しずつ欠けだしているようで、今年は3人の友人を見送ったようです。
まあ私たちもそういう年齢になっているわけです。

田村さんに電話しましたが、数回かけましたが不在でした。
女性たちは、みんななにかと忙しそうです。

お昼過ぎに、ようやく田村さんとも電話が通じました。
夫婦ともども、お元気のようでした。
ご主人は、農業と福祉をつなげる先駆的な活動にたぶんいまも関わっているのでしょう。
節子がいたら、一緒にその施設を訪問できたでしょうが、これまたとても残念です。
電話での私の声は、どうも元気そうだったようで、そう言われましたが、実は電話の前で座り込んしまうほど、疲れていました。
そういえば、節子も病気になってから、電話の時の声が異様に元気そうだったのを思い出します。
もしかしたら、電話の声の元気さは、元気でない証拠なのかもしれません。

夕方、午前中は留守だった福岡さんが電話してきました。
お元気そうでしたが、まあ話題といえば、年齢相応で、いまお墓を探しているというような話でした。
話題がそもそもお互いに「元気」ではありません。

節子と福岡さんと田村さんは、仲良し3人組でしたが、私が最初に会った時は、それこそまだあどけなささえ感じる純情な乙女たちでした。
もっともその頃の私は、それ以上に、子どもっぽい世間知らずに子どもだったのですが。

あれから50年。
みんな大きく変わりました。
いや、実はみんな何も変わっていないのかもしれません。
届けてくれた花を見ながら、少し当時のことを思い出したりしていました。

明日は節子の10回忌です。
昨夜会った人が、妻を亡くした男性は4,5年で亡くなることが多いというような話をしていましたが、私はその倍も生きてしまいました。
自分ながら、信じられない気がします。
今日、まったく元気が出ない理由が、なんとなくわかりました。

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■節子への挽歌3284:ユリの香り

節子
できるだけ追いつくように、もう一つ挽歌を書きます。
発達障害のコミュニケーション支援の活動をしているKさんから、相談があるとメールが来ました。
電話で話し合いましたが、あるプロジェクトの相談でした。
長電話になりましたが、彼がいささか防衛的になっている気がしました。
彼は、自分に誠実すぎて、いささか世間的ではないのかもしれません。
だから生きづらいのかもしれません。

考えてみれば、私もそうかもしれません。
昨日もある相談で弁護士のところに行ったのですが、同席した友人が私の生き方に改めて驚いたと言っていました。
褒め言葉ではありません。
むしろこれまで「師匠」と思っていたが、ちょっと不安になったというのです。
やっと気づいたのかと言いたくなりますが、なかなかわかってはもらえないのです。
節子は生活を共にしていたから、わかってくれたのでしょう。
自らの生き方をわかってくれている人がいると、とても安心できます。
その節子がいないので、疲れた時に寄港するところがないのです。
まさに彷徨人。

今日は予定を延期してもらったので、その気になれば気ままに過ごせます。
しかし、昨日の疲労感が残っています。
精神内科に行こうかと調べたのですが、前回と同じ検査をやられるのではないかという気がしてきました。
神経内科とか脳外科とか、医学科目の細分化は研究側としてはいいでしょうが、医療の現場からはやめてほしいです。
医学と医療の違いに、なぜ病院は気づかないのか。
毎回、検査をされていたら、たまったものではありません。
むしろかかりつけのクリニックの医師に相談に行くのがいい気がしてきました。
せっかく、昨日は行く気になったのですが、もう今日は行きたくなくなってきました。
困ったものです。

まあ、そんな感じで、今日はだらだらと過ごす予定です。
9年前の今日は、奇跡が起こりかけ、そして奇跡が終わった日です。
あの日から、私の世界は一変しました。

節子の位牌の前は、ユリの香りが充満しています。
奇跡への期待は、いまもまだ消えていません。
きっといつかまた会えるでしょう。

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■節子への挽歌3283:救いの人の突然の来訪

節子
節子の友人たちから、また花が届きました。
節子の命日が近づいたのです。
明日は10回目の命日。
早いものです。

例年、命日の前には生活のリズムを整え、この挽歌のナンバーも、節子が旅立った日からの日数に合わせるのですが、今年はそれができませでした。
私が先週、体調を崩したこともあるのですが、まあそれだけではありません。
何か「明らめ」「諦め」の気分があるためです。
それがいいことなのか悪いことなのかはわかりませんが。

昨日、突然、友人が湯島に来ました。
仕事で疲れ切ったというのです。
職場での人との付き合いに疲れていました。
人と関わるのは、本当に疲れます。

人と付き合うのは疲れること。
でも、人と付き合わないとさびしい。
そう話しました。
私自身、いままさにそのために疲れ切っているからです。
これはジレンマです。

その後、またいささか疲れるミーティングをやりました。
なぜか彼女も同席していました。
なにかこんなことが昔あった気がしてきました。

以前、インドのサイババという人が話題になったことがあります。
ある人によれば、宇宙にあるアガスティアの葉に通じていると言われた人です。
アガスティアの葉とは、私は空海が通じていたと言われる虚空蔵だと思っています。
そのサイババに会いに行ってきた人が、なぜか湯島に来ると言うので、サロンをやったことがあります。
その時に、声をかけてもいなかったのに、福島にいた飯田さんが突然やってきました。
当時、「生きがいの創造」という本で話題になっていた人です。
なんで来たのか、と彼に訊いたら、佐藤さんが心配でと言われました。

人生には不思議なことがよく起こります。
昨日の人は、途中で外に行って、私に豆サラダを買ってきてくれました。
私は豆が苦手ですが、先日、病院での食事指導で豆を勧められていたのです。
頑張って食べました。

人生には良いこともあれば、悪いこともある。
人と関わるのは疲れますが、良いこともある。
死にそうなほど疲れて帰宅したら、今日の午前中のミーティングを延期したいというメールが入っていました。
今日はゆっくりできそうです。
気分的に嫌なことを、未だひきずってはいるのですが。

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