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2016/09/05

■節子への挽歌3290:節子の学友からのメール

節子
節子の小学校の同級生の雨森さんから、メールが来ました。
10回目の命日の記事を読んでくれて、むかしの節子が書いた手紙などの写真を送ってきてくれたのです。
もうひとりの同級生と3人で撮った、節子の写真もありました。

勝手ですが、一部を引用してしまいましょう。
雨森さんは、たぶんそんなことには怒らない方ですので。

そうですか、10年目に、そして3,289日、妻への挽歌も3,289回 すごいことです。
褒めさせて頂くのもおかしなことですが。
節ちゃん十分生きられる歳ですから、残念です。
懐かしくなって、小生の保存用書棚から、思い出の品を出してきて 思い出と共に眺めていました。

思い出の品? 
素晴らしい絵と文の冊子は、妻が病気になった時、小生の家の玄関に(私は病院に居てお逢いできなかった)お見舞いとして節子さんがおいて下さったものです。
ちょっとUPして添付します。

修様、お身体大切に、節ちゃん早かった分まで、頑張って頂かないと。

 雨森さんは節子の幼なじみの男友達です。
クラスのまとめ役だったと節子からは聞いていました。
その雨森さんの奥さんが病気になった時に、ちょうど滋賀に行っていて、お見舞いがてらご自宅にお寄りしました。
私も一緒に行きましたが、メールにあるように、お留守でした。
そこで、お見舞いにと節子が、玄関に、星野富弘さんの花の詩画集「鈴のなる道」をおいてきたのです。
たしか、節子が少し小康状態にあり、希望が生まれて来たころだったように思います。
だからこそ、病気の人には元気になってほしかったのだろうと思います。
雨森さんは、その詩画集のあるページを写真にとってメールに添付してきてくれました。
そこに書かれているのは、こんな詩です。
今日もまた一つ
うれしいことがあった

笑ったり泣いたり
望んだりあきらめたり
にくんだり愛したり
・・・・・・・・
そしてこれらの一つ一つを
柔らかく包んでくれた
数えきれないほど沢山の
平凡なことがあった

まさに、あの頃の節子の心境。
私にとっては、そんな節子が輝いて見えていました。
だから、その節子にできるだけ同行して、「平凡」な時間を過ごしていたのです。
仕事はほぼすべてやめていました。
いまから考えれば、私たちにとってもっとも幸せだった時期なのかもしれません。
しかし、幸せには必ず、終わりが来るものです。
でも欲張っては、星野富弘さんに叱られるでしょう。

思い出して、節子の残していった書棚を見たら、
星野富弘さんの「かぎりなくやさしい花々」がありました。
節子もまた、星野さんの詩画集で元気づけられていたのです。
だから雨森さんの奥さんへのお見舞いに、星野さんの詩画集を選んだのでしょう。

雨森さんから、節ちゃん早かった分まで頑張って頂かないと、といわれると、少しは健康に気をつけなくてはいけないなと思わないわけにはいきません。
しかし、節子がそれを望んでいるかどうかは、確信が持てません。
でもまあ、善司というお名前があらわしているように、仏様のように善良な雨森さんの言葉ですから、素直に従おうと思います。

やはり近日中にお医者さんに行こうと思います。
リンパの流れはよくなったのですが、やはり基本的には状況は変わっていない気がしますので。

P1020875


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