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2016/09/02

■節子への挽歌3283:救いの人の突然の来訪

節子
節子の友人たちから、また花が届きました。
節子の命日が近づいたのです。
明日は10回目の命日。
早いものです。

例年、命日の前には生活のリズムを整え、この挽歌のナンバーも、節子が旅立った日からの日数に合わせるのですが、今年はそれができませでした。
私が先週、体調を崩したこともあるのですが、まあそれだけではありません。
何か「明らめ」「諦め」の気分があるためです。
それがいいことなのか悪いことなのかはわかりませんが。

昨日、突然、友人が湯島に来ました。
仕事で疲れ切ったというのです。
職場での人との付き合いに疲れていました。
人と関わるのは、本当に疲れます。

人と付き合うのは疲れること。
でも、人と付き合わないとさびしい。
そう話しました。
私自身、いままさにそのために疲れ切っているからです。
これはジレンマです。

その後、またいささか疲れるミーティングをやりました。
なぜか彼女も同席していました。
なにかこんなことが昔あった気がしてきました。

以前、インドのサイババという人が話題になったことがあります。
ある人によれば、宇宙にあるアガスティアの葉に通じていると言われた人です。
アガスティアの葉とは、私は空海が通じていたと言われる虚空蔵だと思っています。
そのサイババに会いに行ってきた人が、なぜか湯島に来ると言うので、サロンをやったことがあります。
その時に、声をかけてもいなかったのに、福島にいた飯田さんが突然やってきました。
当時、「生きがいの創造」という本で話題になっていた人です。
なんで来たのか、と彼に訊いたら、佐藤さんが心配でと言われました。

人生には不思議なことがよく起こります。
昨日の人は、途中で外に行って、私に豆サラダを買ってきてくれました。
私は豆が苦手ですが、先日、病院での食事指導で豆を勧められていたのです。
頑張って食べました。

人生には良いこともあれば、悪いこともある。
人と関わるのは疲れますが、良いこともある。
死にそうなほど疲れて帰宅したら、今日の午前中のミーティングを延期したいというメールが入っていました。
今日はゆっくりできそうです。
気分的に嫌なことを、未だひきずってはいるのですが。

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