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2016/09/09

■節子への挽歌3295:優柔不断さ

節子
心身の異変体験から2週間がたちました。
丸山さんにリンパマッサージをしてもらったおかげで、心身の違和感はかなりなくなりましたが、基本的にはすっきりしないままです。
丸山さんも、2週間以内にもう一度、マッサージをした方がいいと言ってくれていますが、実は丸山さんのところに行くには、ある商品を入手しなければいけません。
それに、片道2時間を定期的に通うことにも躊躇しています。
神経内科にも行こうと思ってはいますが、また脳神経外科と同じような検査をされるのは嫌だなと思い、躊躇しています。
こうして、決断を先延ばしする。
優柔不断な生き方に陥っています。
困ったものです。

しかし、これは今に始まったことではないのかもしれません。
問題を優柔不断に先延ばししてしまう。
これは、まさに私の生き方かもしれません。
困ったものです。

残念ながら、人生には終わりがあります。
今日のように明日も生きられる保証はありません。
そろそろ決着しておかねばいけないこともある。
しかし、そもそも、そういう生き方に問題があるのかもしれません。
死がだれかに迷惑をかけるような生き方を避けようとすれば、
家族も友も縁者もなく、無一物の孤独の人生が理想です。

迷惑を引き受けてくれる人がいる人は幸せです。
節子は、幸せだったでしょう。
私がこんなに迷惑をこうむっているのですから。
しかし、また、迷惑を引き受ける人も幸せかもしれません。
私ももう少し、優柔不断な生き方を続けてもいいかもしれません。

少しくらい、体調が悪い方が、いいのかもしれませんし。

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