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2016/09/15

■節子への挽歌3299:小さな好意のシャワー

節子
湯島のランタナが枯れてしまいました。
注意していたのですが、しばらく行かずにいた間に水が不足してしまったためです。
失策でした。
物理的には水不足でしょうが、私が十分に気遣いをしなかったことが真因でしょう。
水がなくなっても、私が気にかけていることが伝わっていたら、ランタナも頑張れたはずです。
この1か月、私は他者を思いやる余裕を失っていたのかもしれません。
まわりで起こる変化が、そうしたことを気づかせてくれます。

週に2回はハガキをくれる鈴木さんが、1か月ほど前に、ゲーテのこんな言葉を紹介してくれました。

人生に喜びの種類は多いようだが、人の好意が注がれていると感じたときが、いっとううれしい。
好意の大小は問題ではない。
いや、小さい好意ほどうれしいと言っていい。

鈴木さんはスペインや四国での巡礼で感じた喜びは、まさにこれだったと書いていました。
人生における喜びも、同じかもしれません。
小さな好意は、時に見過ごしがちです。
しかし、たしかに、生きる上で大切なのは、こうした「小さな好意」の積み重ねかもしれません。
余裕がある時に、湯島について最初にやることは、草木に声をかけながら水をやり、水槽のエビに声をかけることでした。
しかし、この1か月、それを忘れていたかもしれません。
そういえば、水槽のエビも増えていません。
湯島の部屋も掃除さえしていません。
自らの不幸は、みずからが招きよせるものなのでしょう。

節子がいた頃は、毎日私は「小さな好意のシャワー」を浴びていたのでしょう。
夫婦とは、そういう関係がつくれる存在です。
ちょっとした間違いから、それが「小さな悪意のシャワー」の浴びせかけになってしまう危険性もありますが、幸いに私たちは、そうはなりませんでした。

私がいま心がけているのは、周辺に「小さな好意」を向けることですが、この1か月、そうなっていなかったのかもしれません。
枯れたランタナを見ながら、そんな気がしました。

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