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2016/10/17

■節子への挽歌3330:挽歌を書く人生

節子
先日、久しぶりに若い僧侶のNさんにお会いしました。
以前はネット発信していたり、本なども書かれていたのですが、最近、社会に向けてのNさんからの情報発信に触れる機会がないのでずっと気になっていました。
最近は改めて自分を問い直しているようなお話でしたが、Nさんのように、本質的な問題で社会に情報発信していると、いろいろと押し寄せてくる世間の波も大きいのでしょう。
その点、この挽歌は、極めて個人的なものなので、嫌なメッセージは届かないのです。
それでも、当初は、いろんなヘイトメッセージが届いていました。
たぶんその頃はまだ私自身がかなり感情的に思いを言葉にしていたのでしょう。
それに受けるダメッジも大きかったです。
いまでは仮に嫌がらせのメッセージが届いても、寛容に受け止められるようになりました。
自分で読み直したことはありませんが、この挽歌の表現も大きく変わっているのだろうと思います。
それはもちろん、私の意識や感情の変化でもあります。

Nさんから、気持ちの変化が挽歌に表われていますね、と言われました。
Nさんも挽歌を読んでくださっていたのです。
以前は、少しだけ読者を意識していたこともあります。
しかし、最近は内容のない日記のようなものになっているので、いわば書き続けることが日常になってきていますが、だからこそその時々の気分が出てしまうのでしょう。
たまには、少し意味のあることを書こうかと思うこともあるのですが、無理をしても仕方がありません。
素直にただ、思いつくままを書くしかありません。

しかしこの挽歌を書き続けているおかげで、時に「気になる言葉」に出会うことがあります。
テレビを見ていても、誰かと話していても、ふと、挽歌につながることに気づいて、考えを深めることもあります。
ただ私は、メモをしない人間なので、多くの場合、忘れてしまうので記事にはならないことが多いのですが、時間がかなりたったころに、突然それが思い出されることもあります。
そういう意味では、挽歌を書き続けていることが、ある意味、私の生き方に形を与えてくれているのかもしれません。
それに、この挽歌で、私の心の中をかなり明かしていますので、他者との付き合いも、見栄や虚勢をはることもできません。
それも私にとっては、とてもいいことです。
いまや挽歌は、私の人生の一部になってきているようです。

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