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2016/10/09

■節子への挽歌3323:なぜか涙が出てしまいました

節子
雨の日は、どこか感傷的になりやすい。
ほどほどに疲れていると、これまた感傷的になりやすい。
秋を感ずると、理由もなく、感傷的になりやすい。

そのせいかもしれませんが、今日は、テレビを見ていて、わけもなく涙が出てしまいました。
NNNドキュメント「ニッポンのうた‘歌う旅人’松田美緒とたどる日本の記憶」。
http://www.ntv.co.jp/program/detail/21853717.html
http://tvtopic.goo.ne.jp/program/ntv/4003/999741/#p_10941607

再放送でした。
日本に伝わる古い歌を探し、今によみがえらせている歌手、松田美緒さんが、歌の記憶をたどる旅のドキュメントです。

たまたまテレビをつけたら、画面に長崎の伊王島の風景が出ていました。
むかし、一度だけ伺ったことがあり、懐かしくてそのまま見ていたら、不思議な歌が流れ出したのです。
伊王島で102歳の女性がおぼえていた「こびとの歌」です。
とても不思議な歌ですが、その歌に引き込まれてしまい、そのまま見続けてしまいました。
つづいて出てきたのが、「西浦の子守唄」。

いずれも初めて耳にする歌です。
そして、なぜかわけもなく、聴いていて、涙が出てきたのです。
それも、涙が止まらないのです。
幸いに私一人だったので、涙の出るままにまかせられました。
しかし、なぜでしょうか。
涙が出てきた意味が、私にはまったくわからない。

「こびとの歌」も「西浦の子守唄」も、後で気になって、ネットで歌詞を探しましたが、見つかりませんでした。
あれほど心に響き、聴きほれていたのに、いまは全く思い出せない。
それもまた不思議ですが、しかし、特に歌詞に感動したわけでもないでしょう。
メロディが特に心に響いたわけでもない。
歌手の松田さんの歌いぶりやしぐさに心揺さぶられたわけでもない。
ただただ涙が出てきたのです。

涙を出したかったのでしょうか。
最近は、あまり涙を流すこともなくなりました。
私の体験では、涙は心をいやす最高の贈り物かもしれません。
今日はきっと、誰かが涙を贈ってくれたのでしょう。
節子かもしれません。
感謝しなければいけません。

伊王島は、私が長崎にささやかに関わっていた時に仕事で訪問したことがあります。
島に上陸して道を歩きだしたら、地元の子どもたちが挨拶をしてくれるのです。
それが強く印象に残っていて、仕事での短い滞在だったはずなのに、伊王島の名前だけは忘れたことがありません。
何のために行ったのかは、まったく覚えてはいないのですが。

私の世界の中には、なぜか、伊王島が存在しています。
死者の記憶も、たぶん同じなのかもしれません。
いまはもう彼岸に旅立った友人たちも、節子と同じように、いまの私の世界では生きている人たちが少なくありません。

旅立った後にも、誰かの記憶の世界で生きつづける、そんな生き方をしたいと、改めて思いました。

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