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2016/11/18

■節子への挽歌3364:辞去の辞

節子
茂木さんの娘さんから、「辞去の辞」が書かれたお手紙が届きました。
茂木さんといっても、節子は覚えていないでしょう。
一度だけ、湯島に来てくれたことがあります。

茂木さんとお会いしたのは、もう30年程前です。
私がまだ会社に勤めていたころ、あまり乗り気ではない講演会に参加しました。
すでに講演会は始まっていました。
受付に、私よりも年長と思える茂木さんが一人でぽつんと座っていました。
会場に入るのも、あんまり乗り気ではなかったので、そこで茂木さんと15分ほど立ち話をしました。
何を話したのか、まったく覚えていません。
しかし、奇妙に心が通じ、名刺交換をさせてもらいました。
そこから細い付き合いが始まりました。
会社を辞めて、湯島をオープンした時に、その茂木さんは湯島にわざわざ来てくれました。
そこで、節子も会っているはずですが、いろんな人が来てくれたので、覚えてはいないでしょう。
私も少しだけ言葉をやり取りしただけでした。
ですから、私も茂木さんとゆっくり話したことはないのです。
でも、お互い、何かを感じあったのです。

そして毎年、年賀状が届きました。
私が年賀状を出すのをやめてしまった後も、茂木さんからは年賀状が届きました。
いつも一言、茂木さん独特の文字で、メッセージが書かれていました。
しかし、お互いに、一度、会いましょうと言いながら、実現しませんでした。
その茂木さんが、先月、亡くなったそうです。
77歳。肺がんだったそうです。

娘さんのお手紙に、茂木さんの書いた「辞去の辞」が書かれていました。
長いですが、紹介させてもらいます。
茂木さんも、私の中ではずっと生きつづけるであろう人ですから。

5月半ばに突如自分の余命を知り、6月中にもうそろそろ、長い間親しくして頂いた方々にお礼とお別れを申し上げることにしようとこれを記しておくことにしました。

別れるにせよ、新しく知り合うにせよ、私は次に記す、白川静博士の著作の中で見つけた、屈原のこのような詩が好きです。
 悲莫悲兮 生別離
 楽莫楽兮 新相知   

長いことお世話になりありがとうございました。
私の人生は、「耕雲釣月」(順序があるいは逆でしたが)に努めるようなものでしたので、まず殆んど実を結ぶことはありませんでした。何者にもならず一生を終わりました。郷里の実家近くの墓へ参ることになるでしょう。
さようなら。

私もその時がきたら、「辞去の辞」を書こうと決めました。
節子に、その時間をつくってやらなかったことを、とても悔いています。


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