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2016/11/30

■市民による直接民主主義と愚民による問いかけ

民主主義を語る時に、引き合いに出されるのがアテネの民主主義です。
私は、アテネの政治は、民主主義ではなかったと思っています。
あれは、生きるための苦労を女性や奴隷たちに任せて、政治を生業とした「市民」たちが自分たちで制度化した問題解決の手法でした。
そこで「民」というのは、ほんの一部の人たちです。
漢語でいう「民」の意味とは全く相いれないものです。
そこを意識しておかないと、「愚民」という概念が入り込んできます。

ソクラテスは、このアテネで制度化されていた「市民による直接投票制度」、
つまり私たちが、直接民主主義と言っているものには賛同していなかったようです。代わりにソクラテスが取り組んだ政治行動は、市民に対する問いかけでした。
今回のこのブログの記事の流れから言えば、これは「愚民からの問いかけ」と言ってもいいかもしれません。

ソクラテスの問いかけは、アテネ市民を混乱させ、結局、彼は市民の直接投票で「死刑」になります。
キリストは、自らが十字架で磔(はりつけ)されることにより、その後の世界に大きな影響を与えましたが、ソクラテスは自ら毒杯を飲んで市民たちに応えましたが、その後の歴史にはあまり影響を与えませんでした。
これは、アテネとローマの民たち(アテネでいう市民ではなく、女性や奴隷も含んでの「民」です)の状況(人間的熟度)の違いかもしれません。
これに関しては、大澤真幸さんの「夢よりも深い覚醒へ」(岩波新書)の中で紹介されている良知力さんの「向こう岸からの世界史」(1848年のドイツ革命論)が大きな示唆を与えてくれそうなので、いま読みだしたところです。
ずっと気になっていたこの本を読む気にさせてくれたのは、19日のフォーラムの小林さんと伊藤さんの発言ですので、おふたりには感謝しなければいけません。

ソクラテスの問答法は、自分の考えを教えるわけではなく、相手の気づき/自覚を引きだすものでした。
ソクラテスの問いかけは、ソクラテスが知らないことの問いかけではなく、相手が気づいていないことを気づかせるための問いかけでした。
さらに言えば、問いかけた相手が「考えさせる」ための誘い水でした。
しかし、それによって、問いかけられた人は、自らの生き方を問い質されることになります。
言葉は語っても何も考えていないことにも気づかされるのです。
そのために、困惑した市民たちによって、ソクラテスは死刑の判決を受けるのです。
ソクラテスは、逃げられる機会はあったようですが、結局、毒杯をあおって自ら命を絶ちます。
なぜ彼は毒杯をあおったのか。
これに関しても以前ブログで書きましたが、いま思うには、それこそがソクラテスの問答法の究極点だったのでしょう。

話がソクラテスに行きすぎましたが、民主主義を語る場合、主なる民とはだれなのか、どこまでの民を包含するのかがポイントです。
もし、民主主義が「個人の尊厳」を基本に置くものであれば、そもそも「民」を「愚民」と「賢民」に分ける発想は矛盾します。

アテネで言えば、民会や執政官を構成した「市民」とアテネの社会を支えていた「住民」と、どちらが主役だったのか。
最近の韓国の大統領弾劾騒動を見ていると、アテネの陶片追放の歴史を思い出しますが、「愚民」という概念は、民主主義の本質につながる概念であることは間違いありません。
問題はどうすれば「愚民」と言われないような存在になれるかです。
ソクラテスの行動は示唆に富んでいますが、最後に死を迎えるのではいささかモチベーションは高まりません。
どこかにもっといい方法がありそうです。

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