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2016/11/03

■節子への挽歌3350:雑想な1日

節子
「瞑想な1日」の次に来たのは、「雑想な1日」でした。
いろんなことが、まためまぐるしく起こりました。
お天道様は、どうして平安な日々を許してくれないのか。
どこかで私自身、生き方を間違っているのかもしれません。

昨日は朝から3時まで、湯島で打ち合わせ。
私の持続時間の限界は2時間ですので、後半はいささか疲れて、冗長なミーティングでしたので、かなり疲れました。

しかし、そこまでは、いつもの日常でしたが、そこからが「雑想」の始まりでした。
いつも、ここに書きすぎてしまうのですが、今回は書くのを我慢します。
どこかに吐き出したいですが、いまはそれもかないません。

雑想というのは、どんどん広がります。
そういえば、あれもそうだったななどと、考えても仕方がない昔のことを思い出させられ、気が萎えているせいか、さらに気持ちを萎えさせます。
腹立たしさまで戻ってくる。
とても「老子」の心境にはなれません。
昨日の決意は、どこに行ってしまったのか、という気もしますが、しかし、それを思い出して、なんとか気持ちを収束させました。
しかし、70代の後半を迎えて、なんという「多惑」な人生のことか。
困ったものです。

帰宅すると、北九州市の佐久間さんからDVDが届いていました。
「裸の島」です。
佐久間さんの近著でこの映画の紹介をしていましたが、それに関してホームページで紹介したら、佐久間さんがもし再度観るのであれば、送ると言ってくれたのです。
かなりの躊躇はありますが、がんばって観ることにしました。
なにやら学生の頃を思い出しそうで、心配ですが。
学生時代は、いまよりももっと多感であり、夢想家でした。

さて、雑想は昨日で終わりにして、今日は再び、晴れた1日にしたいと思います。
雑事の多い時代には、それさえも難しいのですが。
今日を越えれば、明日はたぶん平安に過ごせる日にできるはずです。
明日は、久しぶりにお墓見舞いに行こうと思います。

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