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2016/12/11

■民主主義の両義性

シリーズ「民主主義を考える」も、かなり書いてきたのでそろそろ終わりたいと思いますが、最後に、「民主主義とは果たして善いものかどうか」を考えておきたいと思います。
日本では、「民主主義とは善いもの」という捉え方が多いと思いますが、それもまた「戦後教育」の結果のような気がします。
たしかに、衆議による政治という仕組みに向かうことは歴史の大きな流れでもあります。
しかし、結果から見れば、衆議が善い結果をもたらすとは限りません。
それ以上に、そこに向かう過程で、さまざまな問題を引き起こします。

私は、民主主義の理念を「個人の尊厳を尊重すること」と捉えています。
そして、歴史は、その方向に向かって進んできていると考えていますし、これからもさらにその方向で進むだろうと考えています。
私は、その大きな方向性に沿って、生きているつもりです。
今回のテーマに即して言えば、「愚民」などと言った偏見やヘイトスピーチがなくなることを確信するとともに、そうした流れを押し戻そうとする、悪しき言動や思想には抗っていくつもりです。
このシリーズを書く気になったのも、そうした私の生き方の一つの現れです。

ところで、議会制民主主義は、民主主義の理念に近づく仕組みであることは間違いありませんが、同時に民主主義の前提を壊しかねない仕組みでもあります。
ルソーは、民主主義は選挙の時だけ作動するとも言っていますし、ノーム・チョムスキーは、自らの意思を他者に委ねると言う議会制民主主義の根底には市民を受動化するメカニズムがあると警告しています。
大澤真幸さんは、「人が能動性を他者に委ねることが、資本主義と代表制民主主義の両方に共通した基本的なフォーマットである」(「正義を考える」)と言っています。
たしかに、その両者を社会の構造原理にしているところでは、見事なほどにそれが実現しつつあると、私は感じています。
そして、「民主主義の理念を感じさせる仕組み」を提供することで、多くの人たちは、満足してしまう。
選挙での投票権を得ただけ、もう主権者になった気分になり、気をゆるめてしまう。
そして、さらに民主主義を目指す制度への取り組みを忘れてしまう。
そんな状況が、生まれてきてしまうわけです。

「能動性を他者に委ねる」ということは、「思考停止し、他律的に生きる」ということです。
つまり、民主主義の前提である、「考える個人」がいなくなってしまう。
「民主主義制度」にはそういう落とし穴がある。
であればこそ、民主主義制度は常に進化をめざさなければいけないのです。

民主主義の前提となる「個人」を育てるのは、社会の役割です。
しかし、そうした「社会の教育力」もまた失われています。
昨日、20世紀中ごろに行われたアメリカ国民への社会調査をまとめた、ロバート・ベラーの「心の習慣」を読んだのですが、そこにアメリカ国民の生き方や考え方がどう変質してきているかが、ていねいに描き出されています。
改めてそれを読むと、まさに今日本でも同じような動きが進んでいることがよくわかります。
しかも、それが政治によって進められている。

私は「ゆとり教育」の理念に賛成でしたが、その進め方を知って、自らの不明さを反省しました。
そのきっかけは、ジャーナリストの斎藤貴男さんの『「ゆとり教育」と「階層化社会」』という論考を読んで、「“ゆとり教育”の本質は“エリート教育”のための原資を浮かせることだった」ことを知らされたことです。
たしかにその視点で教育改革を見なおしていくと、現在の学校教育での問題点が納得できます。
安倍政権による、教育基本法の改定は、私には日本国憲法改定と同じくらい衝撃的でしたが、ゆとり教育は、その同じレールに乗っていたことに気づかされました。
円周率を「3」と仮定したときにおかしいとは思っていましたが、理念に惑わされていました。
理念は、現実の姿によってこそ、評価すべきでした。

また長くなってしまいましたが、民主主義制度が善いものとなるか悪いものとなるかは、「民主主義の理念」と「民主主義制度の前提」にかかっています。
理念と前提がしっかりしていないと、民主主義制度は自己否定へと動き出す。
学校で、多数決が民主主義などといった表層的な民主主義を教えられた結果がいま、大きな影を落としだしている。
そのことを改めて、今回は思い知らされました。

リンカーンクラブの活動に、これからもう少し身を入れていくつもりです。
ぜひみなさんも参加してくれませんか。
「愚民」にもできることはたくさんあるはずですから。
入会をお待ちしています。
http://lincolnclub.net/

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