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2016/12/04

■衆愚政治と民主政治

先日書いた「Imagine!(想像力を取り戻そう!)」は、このシリーズの横道篇ですが、むしろそこで私の最近の心情はかなり出し切っていますので、その記事を書いたら、もうなんとなく気が抜けてしまいました。
私が言いたかったのは、まさに「みんな、もう少し想像力を発揮しようよ!」なのです。
世界は、与えられるものではなく、自らで見つけだし、創っていくものなのですから。
でも、ここで終わったら、私の機嫌はまた悪くなりそうです。
それで2日間、間が開きましたが、「民主主義」論を再開します。

少し切り口を変えて、海外の最近の動きを考えてみます。
たとえば、韓国の大統領辞任デモに100万人を超す国民が集まったと報道されています。
国民の支持率が5%を切ってしまったという朴政権は、今や機能不全に陥っています。
これは、まさに国民の声が国政を動かしている事例です。
しかし、これは民主主義の成果か民主主義の欠陥か。
国益にとって、あるいは国民の生活にとって、いいことかどうか。

オーストリアでも国民の声が政権交代を起こしそうです。
アメリカでは、予想に反して、トランプが大統領候補が決まりました。
イギリスは国民投票でEU離脱を決めました。
各地で、国民の声が政治に大きな影響を与えだしている。
これは「民主主義」の広がりでしょうか。
そうした活動に取り組む国民は、愚民なのか、意識ある人なのか。

民主政治は衆愚政治になる危険性を指摘する人は少なくありません。
しかし、もし民主政治が、民の声に基づく政治であるならば、そもそも民の声には「愚かさ」も「賢さ」もないということでなければいけません。
「愚かさ」や「賢さ」を認めてしまえば、それは「選ばれた人による政治」を認めることになるからです。
そして、その「選ぶ基準」はだれが決めるのか。
基準を決めた人の声に基づく政治になってしまうのではないか。
個人の尊厳を尊重するのであれば、人を賢いとか愚かだとか決めることがあってはなりません。

韓国は国民の声の盛り上がりで、国益を損なう事態が起こるかもしれません。
少なくとも、すでにさまざまな混乱は生じているでしょう。
しかし、生まれているのは混乱だけではありません。
新しい秩序への芽もまた生まれている。
混乱とはそういうものです。
その証拠はアメリカのトランプ現象です。
みんなトランプ大統領になったら大変だと言っていたはずなのに、トランプ勝利でドル高になり、希望が広がっている。
現状の秩序を基本にして考える人には見えてこないこともある。
イギリスがEUから離脱したのは、決して過ちとは言えません。
国民の判断は、善か悪かなどとは無縁です。
それを判断するのは、未来の国民でしょうが、彼らには正確な意味での判断力はありません。
比較するものがないからです。
「あの時、大統領を辞任に追い込まなければ」などということは、いかようにも物語をつくれるでしょうから、まったく無意味な論考です。
しかし、これに関しては、大澤真幸さんが示唆に富む論考をしていますので、改めて考えたいと思います。

いずれにしろ、国民の声が政治を動かすことがあるということが大切なことです。
日本でももちろんそういうことはあったかもしれません。
しかし、昨今はどうでしょうか。
原発反対や安保法制反対のデモは、盛んに行われました。
しかし結局何も変わらなかった。
どうしてでしょうか。
韓国の国民にできて、なぜ日本の国民にできないのか。
そこに大きな問題があるような気がします。

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コメント

佐藤さん、
元気を取り戻されたようで安心しました。
民の声に賢さも愚かさもない、という視点があるように、オーストラリア人も韓国人もアメリカ人も日本人もない、という視点を提示したいと思います。
日本だから韓国だからではなく、ここでもあくまでも個人です。

私自身も直接言われて、非常に不愉快だった言葉があります。「意識が低いなー。」私はイデオロギーやら労働運動のために参加したんじゃない、リストラの圧力と戦うためです。

日本の経済の八割がたは、特別会計の巨大な金で占められています。その資金の流れで生活する人がいます。原発の金で生活費を得ている人は、原発がなくなれば生活費を失います。
良い悪いの問題ではない。意識が高い低いの問題でもない。(「意識高い系」って、ものすごく嫌われること、ご存知だと思います。)

だから、個人個人が本当のことに気づいて、個人として孤独に思考し、選択し、行動しなければならない。

利己主義と唯物主義を打ち砕く方法は、おそらく1つだけあります。

投稿: 小林正幸 | 2016/12/05 07:21

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