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2017/01/17

■節子への挽歌3421:さだまさしさんの歌は哀しすぎます

節子
人は時に無性に感傷的になります。
今日は自宅でパソコンである記録づくりをしていたのですが、その途中で突然に、どうしてこんなことをやっているのだろうという虚しさが湧いてきました。
記録をつくっていた集まりで語られていることは、あまりに私の世界とは違うのです。
こういう人たちとは違う世界に、私は生きているのではないか、という傲慢な自負が時々顔を出すのです。
そうなるともう手がつかなくなってしまうのが、私の未熟さです。

その後がまたよくありませんでした。
さだまさしの毎日聞いている歌を聴いたのですが、それにつづく、さださんの「風に立つライオン」を聴いていたら、無性に涙が出そうになってきたのです。
直接にはつながりませんが、この曲の歌詞は、なぜか私の20代を思い出せてくれたのです。

私たちが付き合いだしたころ、私たちの前にはとても大きな世界が広がっていました。
節子も私も、それをなんとなく感じていて、いささか世間離れした生き方をわずかばかり楽しんでいた気がします。
毎日よく笑い、よく泣きました。
お互いに両親に反対され、それでも友人たちからは祝福を受けながら、神田川的生活から私たちの生活は始まりました。
華やかな結婚式もなく、6畳一間からの生活は、何もないが故に、最高に幸せでした。
「常識」から解き放された、嘘のような生活。
私は楽しみ、節子は戸惑っていたでしょう。
しかし、生活は次第に「ふつう」になりだし、遅ればせながらの式もあげさせられ、家具もそろいだし、その上、東京に転勤したために、生活もパターン化しだしてしまいました。
その時点で、たぶん私たちは、ふつうの生活になってしまいました。

25年間勤めた会社を辞めた時、もう一度、チャンスがやってきた。
しかし、いまから思えば、その生き方もまた、まだ中途半端でした。
そして、いよいよ新しい生き方を節子と一緒に始めようとした時に、節子の胃がんが発見されたのです。
そして私たちの、いや私の人生計画は終わったわけです。
なぜ私ではなく、節子だったのか。
何回それを考えたことでしょう。
もし、節子と立場が入れ替わっていたら、たぶん私の思い通りの人生を過ごせたはずです。
そう思うと、無性にさびしい。
私が考えていた一生は、やはり伴侶との最終章が目的地だったのです。
時々、そんな思いが頭をよぎると、ひどく感傷的になってしまうのです。

節子はグレープの「精霊流し」が好きでした。
さだまさしの曲の歌詞はとても哀しい。
さだまさしの「奇跡」が、いま流れています。
いまの私には、とても残酷な歌詞です。


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コメント

奥様は今もそばにいます。比喩でもなく、象徴でもなく、イメージでもなく、宗教でもなく、文学でもなく、つまり嘘でもなぐさめでもなく、厳然たる事実として。

肉体が滅んでも、人間の存在の本質は変わらずに生きています。記憶も個性も愛情もそのままに。

佐藤さんは伴侶と呼べる幸せがあります。私にはありません。
しかし、ナザレのイエスが言ったように(本当の母とは誰なのでしょう)この世の縁戚関係には夫婦も親子も意味はない。真のつながりは愛のつながりだけです。魂と魂のつながりです。

佐藤さんと奥様には、その真のつながりがあるはずです。ならば、必ず会えます。悲しむ必要はありません。

投稿: 小林正幸 | 2017/01/17 22:02

佐藤さん、魂の指し示すところに従ってください。それが傲慢な自負なのか、良心のサインなのか、佐藤さんの内奥の本体はちゃんとわかっています。

私は嫌われ者ですが、嫌われて一向に構わない人は判ります。たくさんの間違いをしてきましたが、魂の羅針盤に従っていれば良いと開き直ったら、間違いはむしろ減ってきました。

魂の示した道を、理屈と言い訳と難解な理論でねじ伏せてはいけません。それは、明らかな過ちであり、摂理に背くことです。

投稿: 小林正幸 | 2017/01/17 22:20

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