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2017/01/31

■2つのリーダー

塩野七生さんの「ギリシア人の物語Ⅱ」を読みました。
第2巻のテーマは「民主主義の罠」。
本の帯に書かれているように、「黄金時代を迎えたアテネの崩壊の足音を手繰り寄せたのは、民主制に巣食うポピュリズムだった」ということが、とてもわかりやすく書かれています。
まるで、いまの世界を描いているような話になっています。
非常に面白かったのですが、なにか割り切れないものが残りました。
本書を読んだ多くの読者は、民主主義に対する評価を大きく減じてしまうのではないかという気がしたのです。
民主主義への信頼感を強く持っている私も、いささかアテネ市民の身勝手さにうんざりしました。

しかし、問題は、市民そのものではなく、市民を扇動する人です。
なぜ人は、人を扇動するのか。

私もある時、一緒に講演した人から、佐藤さんはアジテーターですね、と言われました。
意外な指摘でしたが、たしかに私は、議論よりも行動が大切だと思っていますし、同時に行動するためには議論が必要だと思っていますので、私の話はいささかアジテーションになっているのかもしれません。
ちなみに、その時のテーマは、ソーシャル・キャピタルの話でした。

先日、企業関係者の研究発表会に参加しました。
私がとても共感できる発表があったのですが、隣で聴いていた大学教授がその発表者に関して、アジテーターですね、と感想を話してくれました。
私には、思ってもいなかったコメントでしたが、こういう話もアジテーションなのかと思い知らされました。

塩野七生さんは、「ギリシア人の物語Ⅱ」でこう書いています。
「デモクラツィア」(「民主(衆)政治」)と「デマゴジア」(「衆愚政治」)。いずれもギリシア人の発明になる言葉だが、一見するだけならば別物の政体のように見える。だが、この2つともが「衆」が主役であることに御注意を。
最高決定権は「民」(demos)にあるという点では、民主政治も衆愚政治もまったく変わらない。
「デモクラシー」と「デマゴジー」とは同じコインの裏表で、簡単にひっくり返る。

たしかに、「デモクラシー」と「デマゴジー」を区別するのは難しい。
さらに塩野さんは、民主政でも衆愚政でもリーダーは存在するが、そのリーダーの性質は違うと言います。
民主政のリーダーは民衆に自信を持たせることができる人。
衆愚政のリーダーは民衆が心の奥底に持っている漠とした将来への不安を、煽るのが巧みな人。
つまり、前者は「誘導する人」、後者は「扇動する人」。
コインの表になるか裏になるかは、リーダーによって決まるというわけです。

プラス面に光を当てながら先導していくリーダー。
マイナス面をあばき出すことで不安を煽るアジテーター。
現在のリーダーである、トランプ大統領と安倍首相はどちらでしょうか。

ちなみに、塩野さんは、「今日ならば、デモの指導者もマスコミもウェブも、自覚していようがいまいが、には関係なく、立派に「デマゴーグ」(扇動者)になりうる」とも書いています。
さて、私はどちら的な生き方をしているのでしょうか。
本書を読んでから、少し悩んでいます。


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