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2017/01/12

■節子への挽歌3418:幸せな死への流れ

節子
長年、施設で看取りの活動をされている小田原の時田さんが湯島に来てくれました。
時田さんとはもう15年ほど前にあるシンポジウムでお会いしましたが、以来、いろんな面で学ばせてもらっています。
しかし、看取りという関係でお話をするのは、昨日が初めてでした。

実はその直前に会った友人とも話していたのですが、
人生の最後くらいは自分で決めたいと思っています。
その友人も同じ思いでした。
節子もよく知っている武田さんです。

問題はどうするかです。
「山に入る」という方法もありますが、現代社会ではそれはやはりいろんな人に迷惑をかけることになるでしょう。
ですから、方法は一つです。
要は、食を断つということです。

時田さんは、多くの看取りの体験の中で、人は自然に死を迎えられる存在であることを確信されています。
自然に生きていれば、死に向かいだす時には、自然と食べられなくなるのだそうです。
その時に無理に栄養を補給すると、幸せな死への流れが壊されるのだそうです。
自然の流れに任せると、それこそエンドルフィンの作用で、とても平安に死を迎えられるそうです。

私の友人から聞いた話ですが、
彼の父親は、死を悟った時に、食を断ち、1週間後に大往生したそうです。
節子のことを考えると、節子の平安な死を妨げたのは、やはり私のエゴのせいです。
回復を願っていた私は、栄養補給をし、無理やり食べるように働きかけました。
節子は頑張って食べてくれましたが、それは節子の自然な死への旅立ちを妨げていたのです。
いまから思えば、私自らの欲の深さが、節子を苦しめたのかもしれません。
節子の最後は幸せな表情だったのも、私のエゴが見誤らせたのかもしれません。

私自身は、やはり自宅で、食を断つことによって、最後を決めたいと思っています。
しかしそうするにしてもやはり誰かの助けが必要です。
いまのところはそれを頼めるのは娘だけです。
彼女たちが引き受けてくれるといいのですが。

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妻への挽歌17」カテゴリの記事

コメント

死は時至れば訪れます。延命治療は必要ありませんが、意図した自死はいかなる方法であれいかなる年齢であれ重大な罪です。

投稿: 小林正幸 | 2017/01/12 21:52

小林さん
その通りです。
私の表現が不適切でした。

私が考えていることは、死を悟った時、死に抗わない生き方をするということです。
つまり、自殺ではなく、生を全うするということです。
食を断つと書いたのですが、真意は食を正す、つまり身体が求める自然の食に従うということです。

問題は、死を悟ることができるかどうか、です。
これも言い換えれば、死を悟れるような生き方をしたいということです。
いささか言い訳めいていますが、私が目指すのは、自然に生きて、自然に死ぬということなのです。

これでも納得はしてもらえないと思いますが、
やはり、自分の死は自分で意識して実現したいとは思っています。
それが自然界の原則ですから、できるだけそれに近づきたいのです。
そう考えれば、死へのおそれなど生じようもありません。

投稿: 佐藤修 | 2017/01/13 06:58

佐藤さん、安心しました。とても、安心しました。
人間の存在の本質、つまり魂、あるいは霊自身は死が訪れる時を知っています。
自然の摂理に従って生きれば、死ぬときはわかるはずですし、死を恐れる必要など微塵もありません。

あの老賢人が繰り返し繰り返し述べています。死ぬことは悲劇ではなく、喜ばしいことだと。
引用します。

「死ぬことは悲劇ではありません。今日のような地上世界に生き続けねばならないことこそ悲劇です。利己主義と貪欲と強欲の雑草で足の踏み場もなくなっている大霊(神)の庭に生き続けることこそ悲劇というべきです。

“死ぬ”ということは物的身体のオリの中に閉じ込められていた霊(真の自我)が自由を獲得することです。苦しみから解放され真の自我に目覚めることが悲劇でしょうか。豪華けんらんの色彩の世界を目のあたりにし、地上のいかなる楽器によっても出すことのできない妙なる音楽を聴くことが悲劇なのでしょうか。」

投稿: 小林正幸 | 2017/01/13 07:50

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