■節子への挽歌3436:節分でしたが、豆はまきませんでした
節子
今日は節分。
今年もわが家は豆まきをしませんでした。
節子がいたら、「福は内 鬼も内」という豆まきをやったはずですが。
昨年から、あまり豆まきはしなくなりました。
豆まきに限りません。
だんだん伝統行事への参加がなくなりました。
「福は内 鬼も内」
わが家の豆まきの掛け声は少し違っていたのです。
私は、「鬼も内」だけでいいという考えでしたが、「内」と言いながら豆をまくのはどう考えてもおかしいのです。
それで、わが家の豆まきはいつも元気が出ませんでした。
それでも節子は、豆まきをしなければいけないと言っていました。
節子の「節」は、「節分」からとった文字ですし。
もっとも節子の誕生日は、2月4日です。
節子が生まれた1945年は、もしかしたら2月4日が節分だったのでしょうか。
それもあって、節分はいつも節子の誕生日でもあったのです。
ですから、節子の誕生日は友だちに覚えてもらいやすかったようで、毎年、お誕生日祝いの手紙などをもらっていたようです。
明日もきっと、だれかが節子を思い出してくれるはずです。
しかし、いまの私には誕生日よりも命日のほうが大切な意味を持っています。
9月3日が、節子の命日ですが、今日2月3日は、月命日です。
3日はできるだけ自宅にいるようにしています。
今日は、天気もよかったので、少しだけ庭の整理をしました。
鉢植えの河津桜がつぼみを持ち出していますので、今年はきちんと咲かせたいと思い、日当たりのいい庭の真ん中に持ってきました。
先週、藤棚もつくりなおしてもらったので、少しずつ庭の整理もしていこうと思います。
最近の庭の状況は、節子が戻ってきたら、腰を抜かすほどに荒れていますので。
節子がいないので、今日もまたさびしい節分でした。
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