■節子への挽歌3455:機械時計よりもゆっくり進む体内時計
節子
この前の挽歌を書き終えて思い出したことがあるので、もう一つ書きます。
節子も知っているMさんの話です。
私の小学校時代の同級生ですが、大学教授を定年で辞めて、いまは悠々自適な生活をしています。
趣味は琵琶と乗馬。
昨年の今ごろ、湯島に琵琶を弾きに来てくれました。
節子が亡くなった後も、わが家に献花に来てくれました。
琵琶を弾いてくれた時に、一つ残された課題がありました。
彼女の人生最後の仕事の話です。
それがその後どうなったか、先日メールしました。
そこからメールのやりとりが始まったのですが、彼女の時間感覚に教えられることがありました。
最初の私のメールへの返事は、これから乗馬に行くので、戻ったら連絡するという内容でした。
しかしなかなか返信が来ません。
1週間くらいたってから、返信が来ました。
まるで1週間など全くなかったように、です。
それにまた返事をしました。
また1週間後かなと思っていたのですが、やはりすぐには返事がありません。
そして、数日してメール。
何回かのやり取りを通して、あきらかになったのは、彼女が自分の時間を生きているということです。
私もそういうところが少しはありますが、基本的には時計時間をそれなりに尊重しています。
しかし、彼女の場合は、たぶん機械時計よりもゆっくり進む体内時計を持っているのでしょう。
さらにもしかしたら、昨日の翌日が今日ではないのかもしれません。
彼女と来週会う約束をしたのですが、会えるかどうか心配ですね。
まあ、こうやって人は自分の世界に戻りながら、自然に還っていくのかもしれません。
私の体内時計も、世間からは大きく外れているのかもしれません。
それは自分では気づかないのでしょう。
いろいろな人に迷惑をかけていることがないことを祈ります。
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