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2017/02/07

■節子への挽歌3442:認知力の衰えの効用

節子
最近、私の認知力もかなり低下してきています。
いささか危ういかもしれません。
もっとも、記憶力の悪さとうっかりさは、昔からのことです。
今に始まったことではないかもしれません。
重要なことは忘れないのですが、そもそも「重要なこと」に関する評価基準が、どうも私と世間とは違うようなので、困ることがあります。
最近は認知症を危惧されるほどに娘からも注意されますが、歳をとるにつれて、記憶の量は増えるわけですから、忘れていかねば頭の容量がパンクしてしまうでしょう。
忘れることは決して悪いことではありません。
健全な老化として、素直に受け入れるのがいいでしょう。

テレビのドラマや映画を観ていると、忘れることの効用を実感できます。
たとえば、私はテレビドラマの「相棒」が好きなのですが、再放送を見ていても、前に見たことは覚えていますが、筋書きを忘れているので、何度でも楽しめるのです。
いまのところはそれでも忘れるためには数か月の期間が必要ですが、その内、毎日見ても新鮮で面白くなるかもしれません。

もうひとつ最近気づいたことがあります。
人の顔、とくに女性の顔の見分けがつきにくくなってきました。
私はむかしから猿の顔や犬の顔はあまり見分けがつかなかったのですが、最近は人間の顔も次第に見分けにくくなってきています。
これも健全な老化のおかげでしょうか。
顔の見分けがつかなくなると、すべての人が私にとっては同じ存在に見えてくるわけです。
つまり、みんな友だち、かけがえのない人になるわけです。
そうなるとだれにでも優しくできるし、誰にも助けてもらえそうです。

歳をとるということは、そういうことではないか。
などと思い出していますが。さて私の物忘れがこれ以上ひどくなると困ることもあるのでしょうね。
でもまあ、今までもかなり物忘れや勘違いが多かったので、さほど大きな問題は起きないでしょう。
さて、今日もまた、テレビの再放送ドラマでも見ることにしましょう。
今日、やらなければいけないことは忘れて。

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