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2017/03/08

■節子への挽歌3473:えっ!と驚く電話

節子
今日は驚かされる電話が飛び込んできました。
寄付の申し出です。
節子も知っている人ですが、ちょっと余裕ができたのでという電話がありました。
久しくお会いできていないのと、最近連絡も取れていなかったので、さぞお忙しくて、そこから抜け出られたので、電話をしてきたのだろうと思いました。
しかし、話しているうちに、その「余裕」とはお金であることがわかりました。
今までは「余裕ができるといろんなところに寄付していたそうですが、佐藤さんに相談すればきっともっと的確なところがあると思いついたのだそうです。
うれしい話ですが、これはかなり難しい話でもあります。
お金は、たとえ寄付といえども、相手を縛りますから、よほど注意しないといけません。
これまでも何回か、あいだに入ったことはありますが、それは数十万円の小規模のものでした。
今回はそれよりも少しまとまった額のようです。
佐藤さんが勝手に使ってもいいという話までされるのですが、それではますます責任が重くなります。
それに、私自身がいま借金している状況ですから、注意しないと私の個人的借金の返済に投入されてしまうかもしれません。
私の場合、あまり公私の区別がないのと、そもそもお金の管理が苦手なので、その危惧はたぶんにあります。
もし今、節子がいたら、大丈夫なのでしょうが、私一人では自信が持てません。
私に寄付してもらうのは、いまよりももっと仕事ができることになるのでうれしいですが、うまく活用しないと彼女の信頼を失うことになります。

少し考えさせてくださいと連絡しました。
うれしくもあり、悩ましくもある話です。

私は、お金はみんなのものという発想がどこかにあります。
そういう発想は、収入の少ないものにはとても好都合です。
節子もよく知っているTさんと食事をすると必ずと言っていいほど、彼がお金を払います。
10回に1回くらいは、私が出すこともありますが、あまりお金を持ち歩いていないので、高い時には支払い能力がありません。
そもそも、節子がいた頃は、何を買ってもなにを食べても、お金を出すのは節子でしたから、私にはお金を払うという文化があまりないのです。
ですから節子がいなくなった後、食事に行ってお金を払わずに店を出そうになったこともあれば、私が出た後、慌てて一緒にいた人が支払いをするというようなことがありました。
困ったものですが、お金から解放された生き方にあこがれる私としては、それを無理して直そうとは思っていないのです。
そんなわけでまわりの人たちには迷惑をかけていることでしょう。

さて寄付の話ですが、節子ならどういうでしょうか。
もう少し若ければ使いこなす自信はあったのですが、いまは悩ましい問題です。
せめて数十万円だといいのですが。

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