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2017/03/10

■節子への挽歌3475:悩みもまた、幸せの大事な要素

節子
昔読んだ本の中で、國分功一郎さんがウィリアム・モリスの思想を発展させて、「人はパンがなければ生きていけない。しかし、パンだけで生きるべきでもない。私たちはパンだけでなく、バラももとめよう。生きることはバラで飾られねばならない」と書いていました。
それがとても気にいって、時々思い出します。
食べられるパンよりも、食べられないバラのほうを大事にしようという、私の信条の支えにもなるからです。
しかし、残念なのは、私の人生には今やバラがないことです。
いや、ほんとにバラはないのか。
ちなみに、湯島のオフィスの玄関には、湯島に来られなくなることを見越して、節子が最後に飾った造花のバラが、そのまま残っています。
またわが家の庭には玄関をはじめ、いろんなバラがまだ残っています。

ところで、最近、國分さんの「生きることはバラで飾られねばならない」とは違う言葉が頭に浮かび続けています。
「人は幸せだけでは生きていけない、悩みも求めよう」という言葉です。
「かわいい子には旅させろ」という言葉が、昔ありましたが、それと通ずるものです。
子どもにさせるならば、自分もしなくてはいけないということです。
そういえば、バラにもトゲがある。
幸せには悩みが付き物ということかもしれません。

いささか、いまの私の状況(幸せそうに見えても、悩みに取り囲まれているのです)の居直りや自己満足志向のような気がしないでもないですが、この言葉を繰り返し思い出していると、なんだかとても「良い言葉」のような気がしてきています。
自己暗示にかかっているのかもしれません。

先日ふと友人に、人とのかかわりがなければ、悩みも生まれない。嘘をつかない自然の中に隠棲したいよ、とつぶやいたのですが、それでは生きていることにはならないのかもしれません。
節子に会わなければ、節子に先立たれる不幸もありませんでした。
悩みがなければ、悩みを乗り越えたり解決したりする喜びは得られません。
もしかしたら、いまの私を支えているのは、「悩み」なのかもしれません。

悩みもまた、幸せの大事な要素なのです。
たぶん。

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