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2017/04/07

■節子への挽歌3501:人の縁

節子
昨日、眼瞼下垂手術の経過診察にいってきました。
医師は形成外科の高久医師です。
まあ診察といっても、2~3分雑談してくるだけです。
今回も異常なしで、一応、これで終了です。
加齢とともに、またまぶたが緩んでくるので、そうしたらまた来てくださいと言われました。
しかし、これで最後となると何となくさびしい気がして、ちょっとさびしいですね、といったら、高久さんはいつでも遊びに来てくださいとのこと。
しかし、病院に遊びに行くわけにもいかないでしょう。
それで、フェイスブックをやっていますかと訊いたら、やっているというのです。
それで友だちリクエストをしてしまいました。

私は、一度でも出会った人にはいつも別れがたい親しみを感じます。
一期一会という言葉がありますが、茶道の心得としてはいいとしても、日常生活においては、私はその言葉にはあまり共感が持てません。
人との出会いは、繰り返されるというのが私の考えなのです。
一度会った人には、必ずまた会えるというのが、私の考えなのです。
ですから一度でも会った人とは、たとえいきずりの人であっても、ずっとつながっていたいと思うのです。
この感覚は、たぶん節子にもありました。

そんなわけで、たとえお医者さんであろうと、病気が治ったら縁が切れるという生き方は、私にはどうもすっきりしないのです。
しかし、医師と患者の関係から友人関係になるのも大変で、そんなことをやっていたら医師は身が持たないでしょう。
しかし、友人になったからと言って、別に頻繁に会う必要もないのです。
いつか突然思い出して、連絡を取ってみてもいいでしょう。
もしかしたら、いつか何かお役にたてることもあるかもしれません。
人と会うということは、その人に役立つことを考えるということだと私は思っています。
実際に、私のところに、そういう形で数十年ぶりに連絡してきてくれる友人もいます。
それに、たとえ現世で会えなくとも、来世も来来世もありますし。
高久さんにも、いつか手術のお礼ができるかもしれません。

こうした私の感覚は、いささか変わっているのかもしれません。
名刺交換したのに、後でメールしても返事が来ない人もいます。
湯島に来たのに、その後、音沙汰なくなる人もいます。
なんだかちょっとさびしい気もしますが、きっとみんな忙しいのでしょう。
人は支え合って、生きていくことで豊かな人生になっていきます。
もっと、人の縁を大切にしたらいいのにと思いますが、娘たちを見ていても、どうも私とは違います。
でも、節子は、こうした私の生き方を理解してくれていました。
それに節子も、旅先などでよく友人をつくっていました。
彼岸で、いろんな人に再会していることでしょう。
節子の人生も、豊かだったに違いありません。

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