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2017/04/29

■コムケアサロン「生活の中での看取り」の報告

「看取りシリーズ」サロン3回目は、「生活の視点からの看取りを考える」をテーマにしました。
大型連休初日にも関わらず14人が参加しました。
話題提供者の小畑万里さんは、ていねいなレジメをつくってきてくださいましたが、それと併せて、実際にご自身が看取られたご両親の「老化のプロセス」を表にして、お話ししてくださいました。
ですから、とても具体的に「生活の中の看取り」を考えることができました。
そして、改めて、人によって異なる表情を持っている「看取り」を、一般論で語ることができないことを痛感すると同時に、そうした個々の看取りの中から学ぶことの多さも感じました。

小畑さんは、まず、「看取り」を、医療で想定されている看取り(狭義の看取り)と生活の中での看取り(広義の看取り)に整理し、前者は死が差し迫った時の比較的短期間の看取りであり、病気の治療が中心になるが、後者は不可逆的に死に向かう生活のプロセス全体に寄り添うことであり、老いへの対処とケアが中心になると説明してくれました。
併せて、「見守り」ということの大切さも、看取りとのつながりで話してくれました。

今回は病院や施設で「看取り活動」をしている人、看取り経験がある人、さらには豊かな人生の最期に向けて役立てるようなことをしたいと思っている人、あるいは自らの身近に看取りを意識しだしている人が多かったですが、なかには「看取り」など考えたこともない人もいて、いつものように様々な視点が出されました。

小畑さんの話にQOL(生活の質)が出てきましたが、それと同時に、QOD(クオリティ・オブ・デス:死をどう迎えるか)が大切だと「看取り」の現場で活動されている人が、生々しい実体験を踏まえての指摘をしてくれました。
最近ようやく日本でもQODの議論が広がりだしていますが、この面ではまだまだ日本遅れているように思います。

小畑さんは、老化による要介護状態(生活に何らかの支障が生じる期間)は男性で9年、女性で12年半くらいというデータを紹介してくれましたが、小畑さんの場合、10年にわたる生活支援の中で、「看取り」を意識したのは、最後の3年程度だったそうです。
もちろん人によって違うのでしょうが、生活の中で寄り添っていると、ある時点で、死が意識されだすようです。
「死の意識」。
それはたぶん双方それぞれに生まれてくる意識でしょう。
そこから何が変わっていくのか。
十分には議論できませんでしたが、とても大切なことが示唆されているように感じました。

看取りと看取られの話も出ました。
よく「ケアしていると思っていたら自分がケアされていた」というボランティア実践者の話を聞きますが、それは「看取り」にも言えるような気がします。
私たちは、看取りという行為が、死にいく人のための行為と考えがちですが、死にいく人が客体、看取る人が主体という関係を逆転して考えることも大切ではないかと思います。
それに、私の体験でもあるのですが、「看取り」から教えられることはとても多いです。
これもまたもう少し話し合う場を持ちたいテーマです。

自らの看取り体験に、いくばくかの心残りがあり、それが気になっている人も少なくありません。
サロンでもそうした思いが開陳されましたが、やはり死者は死んでからもなお、看取った人たちを見守っている気もしました。
若い時からこうした活動に触れてきている人が、見送った人たちが私たちの話を聞いているとしたらどう思っているだろうか、と言ってくれました。
看取りは完結する行為ではなく、実は終わりのない関係なのかもしれません。

ちなみに、「エンディングノート」の話題も出ましたが、時にそれが奇妙なビジネスの餌食になっていることの指摘もありました。
いまや時代は、あらゆるものを「商品化」「市場化」してしまう状況で、「看取り」もその餌食になってしまう惧れは否定できません。
それに対して、最近、施設や病院ではなく、自分たちで終の棲家、あるいは終のコミュニティを創ろうという動きが出てきているという紹介もありました。
私が目指していることの一つです。

看取り体験をもっと共有化できるようなことに取り組めないかという話も出ました。
病院や施設では少しずつ始まっているようですが、実は、小畑さんとは、そうした看取りでの体験知を集めて、社会の共通資産にできないかという構想を話し出しています。
しかしまだその一歩を踏み出せずにいます。
仲間になってくださる人がいたらご連絡ください。

いつものようにまた極めて主観的な報告になりましたが、参加者に恵まれて、実に拡がりのあるサロンだったと思います。
私もたくさんのことを考えさせられました。


Obata20170429


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