■節子への挽歌3511:精神の老化
節子
湯島の隣のビルが解体されました。
私のオフィスがあるビルよりも、立派なビルだったのに、どうして壊してしまったのでしょうか。
私のような節約家にとっては、使えるビルを壊すということがどうも理解できません。
自然も大事にしなければいけませんが、一度建造した建物は、大事に使い込んでいきたものです。
湯島のオフィスの周辺も、この10年で大きく変わってしまいました。
高層のビルばかりです。
節子がやってきたら道に迷うかもしれません。
以前、節子と一緒に見たような、夕日ももう見えなくなってしまいました。
今日は湯島に来ていますが、いささか時間を持て余してしまっています。
先日、忽然と消えてしまった電源コードは今なお出現していませんし、デスクの上の水槽も芝エビも復活してきません。
元気だったら近くの友人のオフィスに久しぶりに顔を出そうかとも思ったのですが、最近また寝不足で疲労感に覆われています。
寝不足もありますが、気温の激しい変化の影響もあるかもしれません。
加えて、精神的なストレスです。
精神をいやしてくれる人がいないのは、疲れることです。
しかし、もしかしたら、多くの人は私と同じで、癒してくれる人がいないのかもしれません。
節子がいたころは、精神的なストレスが継続したことはありませんでした。
いまはその逆で、精神的ストレスが消え去ることがありません。
建て替えでリフレッシュする建物のように、人間も身体を入れ替えたら精神もリフレッシュできるでしょうか。
身体の老化は比較的受け入れやすいのですが、精神の老化は見えないだけに気になります。
そろそろ来客がありそうです。
疲れを見せないために、しゃんとしなければいけません。
見栄を張るのも一苦労です。
しかしまあ、どうせすぐ見破られてしまうでしょう。
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