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2017年5月

2017/05/22

■節子への挽歌3547:土と孫との時間

風が強い日でした。
庭は何とかきれいになりました。
この週末、庭でカフェサロンを開く準備がほぼできました。
花にはあまり恵まれていませんが、まあ何とかなるでしょう。
それにしても、花木を粗末に扱っていたことを思い知らされました。
節子に謝らなければいけません。

この3日間、いささか非日常的な時間を過ごしました。
活字はほとんど読まず、土と孫と付き合いました。
土と孫は、いずれも嘘をつきませんが、妥協や遠慮もありません。
それに私には合わせてなどくれません。
しかし、そのおかげで、この3日間で、何とか自分を降り戻せました。

鈴木さんが、またサンティアゴ巡礼に出かけます。
3回目のサンティアゴ。今回は2か月ほどらしいですが、26リットルのバックパックに入る荷物で過ごすそうです。
本当に必要なものだけを吟味していると手紙が来ました。
人生に必要なものは、鈴木さんによればほんの少ししかありません。

巡礼行は瞑想行。
鈴木さんが、何を持って戻ってくるか楽しみです。
いや何を捨ててと言う方がいいのかもしれません。
得ることは捨てること。
捨てることは得ること。
サンティアゴから戻ってきた鈴木さんとは、この話をしようと思っています。

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■節子への挽歌3546:「淋しさは心の奥底からなくなる事はなく、だからよいのかもしれませんが。」

節子
昨日書いたSさんからまたメールが来ました。

私も夫を亡くし7回忌を迎えました。
私には仲間とコカリナがあったので泣きながら立ち直れましたが
淋しさは心の奥底からなくなる事はなく、だからよいのかもしれませんが。

お話は聞いていましたが、私には声をかけることもできませんでした。
しばらくはあまり活躍されていないようでしたが、その後、いろんなところでSさんのお名前をお聞きしました。
活動を再開され、元気になられたようでした。

このメールの1行が、とても納得できます。
淋しさは心の奥底からなくなる事はない。
でも、だからよいのかもしれない。
私もそんな気がします。
むしろ、その淋しさが、私の支えになっている。
素直に、そう思います。

Sさんとは、一度しかお会いしていません。
また近いうちにお会いできるかもしれません。
しかしまあ、「会う」という行為すら、最近はあんまり重要なことではないような気がしてきています。
「会うべき人には必ず会う」というのが、私の信念でしたが、
最近は、「会うべき人にはいつも会っている」というような気がしています。

6時になりました。
手賀沼の対岸のお寺の鐘の音が聞こえてきました。
さあ、今日はいい日になるでしょう。
ようやく私の「気」も戻ってきた気がします。
解けない問題など、あるはずがありません。

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2017/05/21

■節子への挽歌3545:人は支え合って生きている

節子
今日も初夏を思わせる朝でした。
昨日は少し無理をしたので、今日は実釣しようと思いましたが、朝起きて外を見たら、また昨日の続きをやりたくなりました。
河津桜が鉢に植えているのですが(節子の生家では「盆梅」が盛んでしたが、わが家は「盆桜」です)、その場所替えをしたりしましたが、なにしろ狭い庭なので、持って行き場がありません。
節子は一体これだけの鉢や花木をどうしていたのでしょうか。
節子の時代に比べれば、半分ほどになっているはずなのですが。

しかし、早朝に汗をかくことはいいことです。
しかしまたいささか疲れました。
いつもとは違って、9時過ぎにパソコンを開きました。
我孫子にお住いのコカリナ奏者のSさんからメールが届いていました。
次の土日に、わが家の庭でオープンカフェなので、そのお誘いのメールを出していたのですが、その返事でした。
Sさんは、節子が亡くなった2年後に、宮内さんがわが家に来て、私を元気づけるミニコンサートをやってくださったのですが、その時に来てくださったのです。
その頃はまだ私は、「心ここにあらず」のような状況で、幽界を生きていた気がしますが、当時、宮内さんはよく我が家に来てくれました。
いつもギターを持って。

Sさんも、その後、私と同じような体験をされたようです。
でも彼女にはコカリナがあるので、自分の気持を表現できているようです。
その後、私はSさんの演奏を聴いたことがありません。
聴くチャンスは何回かあったのですが、どうも行く気が起きません。
音楽の力はすごいことを知っているだけに、行けないのかもしれません。

Sさんからのメールを読みながら、たくさんの人に支えられて、いまの私があることを改めて感じます。
だとしたら、私も誰かを支える役割を果たさなければいけません。
人はこうして支え合って生きている。
この頃、それを痛感します。


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2017/05/20

■節子への挽歌3544:快い肉体的疲労感の幸せ

節子
いささか大変な日になってしまいました。
朝起きて決意した「がまがえる探し」は見つからずに失敗。
ついでにそのまま庭の整理を始めました。
気になっていた、ミモザの樹の枝払いをしましたが、これが大変でした。
ミモザは、2代目です。
節子が植えていたミモザは数年前に突然枯れてしまい、2代目を植えましたが、成長が早いのです。
脚立を出して、のこぎりと枝切鋏で徹底的に切り込んでしまったのですが、私としては初めてのことで切りすぎてしまいました。
切り終わった後、見に来た娘が、これでは枯れてしまうと言われてしまいました。
サルスベリと同じように、ともかくすべてを切ってしまったからです。
大失敗です。

つづいてこの1年放置していた植木鉢などのおおかたづけに取り組みました。
小さな庭に足の踏み場に困るほど植木鉢があるのです。
それも半分は枯れかかった花木の鉢がです。
最悪だったのは、節子の思い出の、湯河原の気が枯れてしまっていたことです。
通りがかりに、突然に節子が知らない家に入っていって、もらってきた木なのです。
舟木さんでしたでしょうか?
これもまた大失敗。

庭の片づけはかなりの力仕事でした。
今日は30度を超すほどの暑さでしたので、完全にダウンしてしまいました。
ちょっと頑張りすぎてしまいました。

しかし、おかげで頭痛も腹痛もなくなりました。
久しぶりに肉体的な快い疲労感です。

今日はよく眠れそうです。
熱いお風呂にはいって来たので、このままもう寝るつもりです。
久しぶりに本はおろか、新聞も読まない1日でした。
約束していた書類も読まなかったのですが、まあこれも許してもらえるでしょう。
明日はちゃんと読みますので。

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■節子への挽歌3543:さやかな朝なのに体調がすっきりしません

節子
さわやかな朝です。
私自身はまったく「さわやか」ではないのですが。
どうもまた最近体調がすっきりしません。

昨日、中村獅童さんが、初期の肺がんが発見されたことを公表しました。
それに関連して、テレビでは健康診断を勧めていましたが、この年になると、検査のほうが身体には良くなさそうだということを口実に、私自身は行く気がないのですが、影響を受ける人はいるでしょう。
私でさえ、一瞬、頭にひらめきましたから。

私の体調のことを書くと、またいろんな人からメールや電話がありそうなので、控えますが、歳をとれば、当然のことながら、体調はすっきりしないこともあるのです。
病気などはあまり心配はしないのですが、ただ実際に体調がすっきりしないのは、憂鬱なものです。
せっかく早く起きても、なにかをやる気がなかなか起きてこないのです。
困ったものです。

この週末は、久しぶりにサロンも予定もなく、自宅でのんびりできそうです。
それなりに課題はあるのですが、自分のペースでやれますので、頭痛と腹痛がなければ、快適な連休になりそうです。
幸いに、2週間ほど、あまりにハードな読書をしてしまったので、本を読む気力が全くありません。
昨日も、注文していた新書が届いたので読もうと思ったら、読めません。
しばらく読書はダメなようです。
そういう時には無理はしないのが、私の生き方です。

いま思いだしましたが、やらなければいけないことが一つありました。
どうもまたわが家の庭にがまがえるがいるようです。
池の魚を食べてしまわないように、防御策を講じなければいけません。
さて、今日はそこから1日を始めましょうか。


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2017/05/19

■節子への挽歌3542:花かご会がまた受賞したそうです

節子
ちょっとうれしいニュースです。

節子が関わっていた花かご会が「我孫子市さわやかな環境づくり賞」をもらったそうです。
花かご会の山田さんから連絡をもらいました。
私は花かご会には関わってはいませんが、何かあると山田さんが教えてくれるのです。
節子への報告なのでしょう。
授賞式には6人で行ってきたそうです。
いかにも花かご会らしくて、いいです。

時々、駅前の花壇で作業をしているみなさんを見かけることがあります。
なかなか声をかけるチャンスがないのですが、また機会を見て、声をかけようと思います。
以前は、その姿を見ると、何だかそこに節子がいるような気がしてしまったのです。
メンバーも少し変わってきているようですが、顔見知りの人がまだ多いです。

花かご会に負けずに、私もわが家の小さな庭の花の定例位しないといけないのですが、それがなかなか難しい。
今朝は水をやった後、花柄摘みをやったのですが、花柄ではなくつぼみを摘んでしまいました。
後で娘に言われて気が付きました。
慣れないことをやってはいけませんが、慣れなければいけないこともあるのです。
困ったものです。

月末の土日は、恒例の庭でのオープンサロンです。
それまでに少しはきれいにしておかねばいけないのですが、いまはまだ絶望的なくらい散らかっています。
さてさてどうなることやら。
しかしまあ、どうにかなるでしょう。
それが私の人生ですから。

今日は実は1日中、頭痛に悩まされていました。
この2日間、比較的よく眠れているのですが。

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2017/05/18

■節子への挽歌3541:犬のように眠りました

節子
私が節子にあった年に、ビートルズは初めて日本に来ました。
私がビートルズを聞き始めたのは、ですから、節子と会った年です。

そのビートルズに"A Hard Day's Night"というのがあります。
松岡計井子さんが日本語で歌った、その曲を、なぜか私が時々思い出します。
節子は好きではありませんでしたし、私も特に好きだったわけではありません。
いま手元にレコードがないので、歌詞はうろ覚えですが、こんな感じでした。

今日は、君のために、犬のように走り回って働いた。
帰宅したら、丸太のようにベッドに倒れ込みたい。
でも家にはあなたがいる。
あなたが私を幸せにしてくれる。

犬 dogのように働いて、丸太 logのように眠る。
私の記憶の中では、それが重なって、「犬のように眠る」となっています。

昨夜は、久しぶりに犬のようによくねむりました。
倒れるように8時過ぎにベッドに入り、目が覚めたのは5時。
この数日の疲れが限界に達していたのかもしれません。
5時まで起きずに寝ていたのは、もしかしたら節子がいなくなってから初めてかもしれません。
にもかかわらず、まだ疲労感からは解放されていません。
やはり、犬のように、ではなく、丸太のように、眠らなくてはいけません。
しかし、目が覚めた時にまず頭に浮かんだのが、「犬のように眠った」という松岡さんの歌のフレーズです。
もっとも、松岡さんがそんな言葉で歌っていたかどうかはたしかではありません。
レコードは別の場所においているので、今度、調べてみようと思います。

今日はいい日になってほしいです。
お昼をある人と約束していますが、彼からたぶん元気になる話が聞けるでしょう。
いま、フクシマの相馬に毎週のように活動に行っている人ですが、それが気になって、声をかけさせてもらいました。
同じ活動を、頼まれもしないのに、つづけている人の話が急に聞きたくなったのです。

私も、元気を出さなければいけません。
私の元気が、誰かを元気にすることもあるのですから。
少なくとも、その逆はあってはいけません。

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2017/05/17

■節子への挽歌3540:人間の存在自体がひとつの負債

節子
またしばらく挽歌が書けませんでした。
良くも悪くも、精神が安定していないと書けなくなってきました。
以前、挽歌を書くのが日課だった頃は、こんなことは全くなかったのですが。

挽歌以上に書けなくなってきているのが、時評編です。
サロンの案内などは書いていますが、時評編らしい時評はもうかなりの間、書いていません。
時評編が書けなくなってきたのは、いろいろと理由がありますが、世間の常識と私の常識の、あまりの違いにへこたれてしまっているからかもしれません。
どうも私の考えは、常識からかなり外れているようです。
そういえば、節子がいつもそういっていましたが、それは節子の常識のなさのせいではないかと思っていましたが、どうも常識がなかったのは私のほうだったようです。
いやはや、困ったものです。

連休後半から読みだした「負債論」という大部な本を、月曜日に読み終えました。
厚さ5センチの、この本は、最近読んだ本の中で一番刺激的でした。
私のまわりで議論されている瑣末な話題を、根本から切り崩す内容で、みんなにも読んでほしいですが、あまりにも厚いので、読んではくれないでしょう。
それに、この本を読んだからと言って、何かがわかるわけではないかもしれません。

この厚い本を読めたのは、たぶんこれまでそれなりにいろんな本を読んできたからです。
そうでなければ、いろんなところで引っかかったでしょう。
読書とは、当面の本だけを読んでいるわけではなく、蓄積的な行為であることが、この本を読んでいてよくわかりました。

「負債論」のなかに、インドのヴェーダの知恵が紹介されています。

生れ落ちた人間は負債である。彼自身死せるものとして生まれ、自己を供犠としてはじめてみずからを死から救済するのである。

つまり、人間の存在自体がひとつの負債であり、生きるということは負債を返していくことだというわけです。
これだけだと、本書の言わんとすることはまったく誤解されてしまうのですが、このこと自体には、私は思うことがたくさんあります。
この本を読むまでは、私はむしろ「人間は価値であり、生きるとはその価値を活かすこと」というように、なんとなく考えていました。
ヴェーダは、それとは真反対のことを言っているのです。
考えてみると、このヴェーダの指摘はとても納得できるものがあります。
そして、だとしたら、生後、人生において背負ってしまった「負債」など瑣末なものではないか、そんな気もしてきます。

自分のことも含めて、いまいくつかの難問を突き付けられています。
そうした問題への取り組みも、根本から考え直さなければいけないのかもしれません。


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2017/05/15

■5月27・28日は我孫子アートな散歩市に合わせて、自宅でオープンカフェを開きます

5月6日から6月4日まで、我孫子アートな散歩市が開催されています。
毎年、わが家にある娘のスペインタイル工房 Taller de Junも参加する関係で、雨が降らなければ、工房の横の庭で、私がオープンカフェを開いています。
といっても、コーヒーを飲んでもらうだけのカフェなのですが。
例年、いろんな人が立ち寄ってくれて、いろんな話がはずみます。
http://www.city.abiko.chiba.jp/event/event_moyooshi/art_sanpo.files/SKM_C554e17042812020.pdf

娘のスペインタイル工房 Taller de Junが参加するのは5月27日と28日です。
その日は攻防が解放され、散歩市に来た人が立ち寄ってくれます。
もっとも我が家は会場から少し外れたところにポツンとあるので、来客は多くはありません。


カフェのオープンも、それに合わせて、5月27日と28日の2日間で、今年は午後だけのオープンです。
時間は1時から午後4時までです。
庭のテーブルは一つなのですが、コーヒーは用意しておきます。
娘のパートナーがやっている、イタリアンのお店のヴィスコッティも用意しておきます。

場所は、手賀沼公園の近くです。
我孫子駅南口前の「アビシルベ」(我孫子インフォメーションセンター)に散歩市の地図があると思います。
我孫子駅から10分ほど、手賀沼公園から5分ほどです。
わからなければ電話ください(090-7416-1679)。
たぶんその日は電話に出るようにします。
いつも携帯電話は「発信中心」のため、音を出さないようにしているので、かかって来ていても気づかないことが多くて失礼をしています

雨が降った場合はお休みです。
晴れるといいのですが。

地図を添付します。
クリックすると大きくなると思います。
左下のFがカフェの場所です。

Img223


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2017/05/14

■節子への挽歌3539:軽い頭痛があって憂鬱です

節子
今日はまた肌寒ささえ感ずる1日でした。
温暖の差が激しいので、最近あまり調子がよくありません。
特に今日は心身共に何か違和感があり、何もやる気が起きませんでした。
昨日は朝早くから3時間ミーティングをこなし、サロンもやり、人に会ったりしていたのですが、今日はその反動か、ホームページの更新さえする気が起きません。
困ったものです。
昨日のサロンの報告だけは何とか書いたのですが、それ以上、パソコンをやる気力がなく、1日中、家の中を5センチほどの厚さのある本をかかえながらうろうろしていました。
その本は「負債論」です。
大型連休の後半に取り組んだのですが、まだ読めずにいます。
なにしろ厚さが5センチもあるのと、図書館から借りた本なので、外出先には持って行けず、読む時間がとれないのも、その一因ですが、どうも理解できないところもあって、なかなか進みません。
今日は150頁ほど読み進められたのですが、身心不調のため、あんまり心に入っていないかもしれません。
最近読んだ本の中では抜群に面白い本なのですが。

大相撲が始まったのですが、稀勢の里は負けてしまいました。
まあ関係ないのですが、それでなんだかまたがっくりしてしまいました。
そういえば、佐田の山が亡くなりました。
節子は相撲はあまり好きではありませんでしたが、なぜか佐田の山だけは知っていました。
というか、一緒に暮らしだした時、佐田の山が人気があったのと、アパートの隣室が佐田さんだったのです。
そんなことはよく覚えているものです。

今日もまた、心が重くなるメールがいくつか届いていました。
最近はパソコンのメールを開くのが、ちょっと不安です。

不安は、不安を呼ぶようです。
今日は朝からずっと軽い頭痛が続いています。
それが元気が出ない原因かもしれません。

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■カフェサロン「沖縄が失ってしまったもの、失いつつあるもの」報告

悪天候にもかかわらず、今回も9人の参加者がありました。
途中で雨がひどくなってきたため、わざわざ長靴を買って、履き替えてきた人もいました。
そんなにしてまでも人を呼び込む沖縄のオバァの力はさすがです。

今回の話題提供者は、20冊を超える沖縄関係本の出版に関わってきた平井かおるさん。
平井さんは、まず、沖縄の流行歌「カンポーぬ喰ぇぬくさー」を聴かせてくれました。
70年代に流行った沖縄戦をうたった歌だそうです。
ユーチューブで聴けますので、みなさんもどうぞ。歌詞も出てきます。
https://www.youtube.com/watch?v=ixXwo7zp1hk

「あなたもわたしも戦争での艦砲の食べ残しだ」という歌詞が、「少しとぼけたようで軽快でもある旋律」に乗せてまったりと歌われています。
平井さんは、この歌に、沖縄の人たちの、
「持たなければ生きていかれなかった底力と言葉にはとてもできない切なさ」
を感じ、「これぞ沖縄だ」と思ったそうです。

つづいて、平井さんが選んだ6つの沖縄オバァのクガニコトバ(金言)の紹介。
それを通して、沖縄の立ち位置や歴史、変化(失われつつあるもの)を、時折、ウチナーグチ(沖縄言葉)を入れながら、話してくれました。
参加者それぞれが、沖縄が失ったもの、失いつつあるものを、そして、私たちが失いつつあるものに考えをめぐらせたのではないかと思います。

話し合いでの話題はさまざまでした。
あの世は家の軒先ほど近いところにあって、生活につながっている話。
先祖崇拝のトートーメとウタキの話。
ユタとノロの話。
もあい(もやい)の話。
そうしたことが少しずつ変わってきている話。
沖縄で、気安く「オバァ」などと声をかけてはいけない話。
沖縄の人たちの誇り高さの話。
そして無念さの話。
本土で沖縄出身者が差別的に扱われた話。
紹介しきれませんね。

ウチナーグチは母音が3つであることも知りました。
それに、集落ごとに言葉が違うこと。
そうしたウチナーグチがだんだんと若い世代には使われなくなってきたこと。
そして、なによりも、オバァがいなくなってきたこと。
そうした話は、すべて私たちのまわりでも起こっていることかもしれません。

最後に、沖縄のチャップリンといわれた天才ブーテンの漫談のCDを聴かせてくれましたが、まったく聞き取れませんでした。
言語がこんなに短時間に変わっていくものであることに気づかされました。
いや、言語だけではなく、もしかしたら文化も価値観もそうかもしれません。
そう思うとぞっとします。
昨日、私はそれに気づいて、実際にぞっとしました。

「カンポーぬ喰ぇぬくさー」の歌や沖縄オバァのクガニコトバの、そのさらに下にあるだろう、琉球本来の古層文化への関心もますます高まりました。
いつかそうしたテーマのサロンを、沖縄の人に開いてもらえればと思っています。

明日は沖縄が日本に復帰して45年目です。
「平和で住み良さそうで、観光イメージの強い沖縄」という、私の安易なイメージを考え直さなければいけないと思うとともに、沖縄に対して、本土の政府(国民)がどう対処してきたかに関しても考えさせられました。

タイミングよく、今朝の朝日新聞の天声人語で沖縄のことが書かれていました。
まだお読みでない方はぜひお読みください。


20170513


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2017/05/13

■節子への挽歌3538:逃げている生き方

節子
あまりにもさまざまな(量ではなく内容の多様さですが)問題に、最近ちょっと「心」が押しつぶされそうになっています。
節子はよく知っていますが、私は「頭の切り替え」は比較的得意で、目の前の問題に集中することができました。
だからどんなに忙しくても、忙しさはあまり感ずることがなく、問題解決を楽しめる生き方ができていたのです。
言い換えれば、複数の問題に並行して取り組み、そのおかげで、まったく異質だと思えるような問題がつながっていく面白さを体験できたのです。
しかし、最近は、いささか、その多様さに押しつぶされそうなことがあるのです。

時間がないとどうしても自分の問題は後回しになります。
「自分の価値観に合わないこと」も後回しになる。
自分の問題はいざとなれば放棄か自己納得すればどうにかなりますが、他者が関わっていると私だけではどうにでもならなくなるからです。
それに、「自分の価値観に合わないこと」はやりたくないからです。
そして、やりたいことから取り組んでいく。
ある意味では、逃げているわけです。
これが私の思考パターンなのですが、そのためか、自分にまつわることや考えるのさえ嫌なことがどんどん山積みされていくのです。
この調子だと、自らの死さえ、後回しにしかねないのではないかと思うこともあります。
いや、実はもう私の人生は終わっているのかもしれません。
こんな言い方をするとおかしく思われそうですが、人は自らの死を忘れることもあるのです。
節子を看取って、そういうことのあることを実感しました。
節子は、おそらく死を1か月は忘れていたのではないかと思います。
これについては前に書きましたが、家族のために現世に残っていたのです。

いまの私は、外部から見たら、むしろ元気に見えるでしょう。
たしかにいろんなことをやっている。
しかし、そうした活動の底に、おぞましいことも含めて、さまざまなものが沈殿しているのです。
そうした「上澄み人生」は、どこかで壁にぶつかるでしょう。
最近そんな思いが、時々、浮かんできます。
心が押しつぶされているせいでしょう。

そろそろ逃げる生き方からは抜け出さなければいけません。
今朝は、なぜか不思議とそんなことを思いながら、起きてきました。

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2017/05/12

■節子への挽歌3537:満月の夜空(2017年5月12日)

節子
昨夜は久しぶりに帰りが遅くなってしまいました。
それに長丁場の作業的議論をしていましたので、疲労困憊して帰宅しました。
最近はどうも体力がありません。

駅からの帰り道、月がとても綺麗でした。
満月で、しかし少しおぼろいでいましたが、そのおかげで月がよく見え、また星もよく見えました。
私は視力が弱いので、星座に見えるほどには見えませんでしたが、途中で歩くのをやめるほどの夜空でした。
こうして夜空をゆっくりと眺めることが少なくなりました。
夜空だけではありません。
以前はよく見上げていた昼の青空も、そういえば、最近見ていません。
節子がいた頃も、節子がいなくなってからも、私は空を見るのが好きでした。

いまも強く印象に残っているのは、エジプトのルクソールの空と千畳敷カールの空です。
いずれも隣に節子がいました。
あの空の深さは忘れられません。

大学生の頃、創った詩があります。

空の青さがあまりに深かったので、 思わず死んでしまった。

詩とも言えない、単なる1行の文章ですが、
この、私にとっては詩が、いまでも時々思い出されます。
子どもの頃から、青空が好きだったのです。

それなのに、最近空を見ていないなと気づきました。
心が、空ではなく、大地に向かっているのかもしれません。
空には無限の未来がありますが、大地には静かな安定がある。
いささか人生に疲れてきたのかもしれません。
あまりにいろんなことがありすぎます。
それも不条理な、哀しいことが。
私は人に嘘を言われるのが一番嫌なのですが、それが多すぎる。
しかも当人は嘘をついたなどと思っていなことが多いのです。

昨夜はとても寝苦しい夜で、今朝は寝坊した上に、頭がすっきりしません。
昨日の話し合いがなかなか終わらないので、あとは自分でやると言ってしまったので、今日中にやらなければいけない宿題があるのですが、やれるかどうかいささか不安です。
それに読まなければいけない、700頁の本もある。
来客もあるようですが、すべてをやめて、どこかに出かけたい気分です。
今日の空は、晴れていますが、深い青さはなく、空の向こうが見えません。
さて、3杯目のコーヒを飲んで…

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2017/05/10

■節子への挽歌3536:男と女の生き方は本質的に違っている

節子
久しぶりにまた西武池袋線に乗りました。
大泉学園に住んでいる暉峻淑子さんに会うためです。
小田原で長年地域福祉の活動に取り組んでいる時田さんが、ぜひお引き合わせしたいと言って、実現してくれたのです。

暉峻さんはいま89歳。
私が暉峻さんの本を初めて読んだのは1989年です。
その年に暉峻さんが書いた岩波新書「豊かさとは何か」がベストセラーになったのです。
その年は、私が会社を辞めて、生き方を大きく変えた年でもありました。
時田さんが、私と暉峻さんを引き合わせたくなった理由は、湯島のサロンと暉峻さんがやっている練馬の対話的研究会が同じ理念だったからです。

89歳の暉峻さんは、予想していた、まさにそのままの人でした。
いまも難民支援活動に取り組み、あるいは最近も沖縄の高江の座り込みデモにも参加するなど、まさに行動で生きている人です。
それに「対話のマナー」が身についている「対話の達人」でもあります。
時田さんも同席したのですが、ついつい3時間近くも話してしまいました。
いろんな示唆をいただきましたが、やはりどこかに「違い」を感じました。
帰路は、その違いが気になって、いろいろと考えてみたのですが、言葉にはできない「違和感」なのです。
社会的に意味のあるのは、間違いなく、暉峻さんや時田さんの活動です。
それにもかかわらず、どこかに違和感を感ずるのはなぜでしょうか。
もしかしたら、男性と女性の違いかもしれません。
ちなみに、私が価値を感ずる活動の多くは、女性が主導していますが、そうした活動は尊敬に値しますが、私には参加できないものが多いのです。
どこかで違和感を感ずるのです。
高く評価しているのに、違和感を持つというのは、矛盾しているようですが、正直のところです。
その理由は、たぶん私が男性だからです。
なかなかうまく説明できませんが、男性と女性とはもしかしたら別の生き物のような気がします。
念のために言えば、男性でも女性とも違う、第3の性があるということには、全く異論はありません。
そういう議論には、違和感はないのです。

暉峻さんからは、沖縄に行くことを薦められました。
行ってみなければ何もわからないということは私にもよくわかります。
でもやはり行けそうにもありません。
ある意味では、もう世界は見飽きましたし、見るとまた世界を広げたくなるからです。
暉峻さんに会う前に、岐阜から来てくださった佐々木さんと会いました。
佐々木さんの暮らしぶりは、とても共感できます。
実に自然に生きている。
やはり、男と女の生き方は本質的に違っている。
そんなことを考えさせられる1日でした。

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2017/05/09

■節子への挽歌3535:孫が1歳になりました

節子
今日は孫の、にこの1歳の誕生日で食事会に招待されました。
娘の連れ合いの両親なども一緒で、ちょっとにぎやかな誕生会になりました。
1歳の誕生日には、いろんなことをやるようです。
私にはそういう知識はあまりないのですが、節子がいたらきっと喜んではしゃいだことでしょう。
私はただ食事をご馳走になるだけでした。
昨日も書きましたが、最近やっと、人間が成長していくことの大変さに気づいたおかげで、誕生日を祝うことの意味が少しわかってきました。

孫もかわいくなってきましたが、まあ孫に限らず、子どもはみんなかわいいものです。
自分の孫はとりわけかわいいという人もいますが、私にはあまりそういう気持ちはないのです。
無邪気な子供はみんな同じようにかわいいです。
これは女性と男性の違いかもしれません。

お祝いは、孫用におもちゃと本です。
1歳まで何事もなく育ててありがとうという意味で、親にお祝いを持っていこうかと考えましたが、まあ私らしくないので、やめました。
それにやはり、お祝いとしてお金を渡すのはどうも抵抗があります。
孫がかわいくて、こっそりとお小遣いをあげる祖父には、私は絶対にならないでしょう。
お金をやるとしたら、こうした慶事ではない時に、娘夫婦に渡したいと思うのが私の考えなのですが、それはどうも世間的なやり方ではないようです。
でもまあ、いまは節子もいないことだし、私流を貫かせてもらうことにしました。
どうもお金と付き合うのは難しいです。
節子がいた頃は、私はお金とは全く無縁でいられました。
いまから思うと、すべてを節子に押し付けていたのかもしれません。

娘の義父母は、私よりも年上です。
おふたりにとっては16年ぶりの孫だそうです。
私にとってははじめての孫。
この点もまた、私たちの生き方がいささか常識を外していた結果かもしれません。
いまからそんなことを思っても、もうやり直せませんが。

私と娘のユカが選んだおもちゃと本は、孫には気にいられたようです。
この子が成人する頃には、もう私はいないのだと思うと、ちょっと不思議な気がしました。

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■節子への挽歌3534:さらなる老後に備えて

節子
最近、収入が年金だけなので、いささか手元不用意になってきてしまいました。
しかし貧しいわけではなく、自宅も湯島も一応私の名義になっているので、ささやかな資産所有者なのです。
そのため、この時期は固定資産税を払わなければいけません。
収入がある時には、ほとんど意識していなかったのですが、収入がなくなると、どうやって税金を納めるかは悩ましい問題になってきました。
貯金残高がいささか不足していて、困ったものだと思っていたのですが、頼みもしないのに、ある人からお金をもらえる仕事を頼まれました。
これで一安心です。
お金が必要になると、なぜかお金が入ってくる。
ですから私の場合、貯金はあまり必要ないのです。

節子には、いつも「必要な時にはお天道様がお金を工面してくれる」と言っていましたが、節子はそれを信じないまでも、疑ってはいませんでした。
なぜならわが家はお金に困ったことがないのです。
と言っても、お金持ちという意味ではありません。
お金がある時にはそれなりに、お金がない時にはとても質素に、つまり収支バランスある生活をしてきているからです。
そして、なにかお金が必要な時には、不思議とどこかからお金がやってくるのです。
もちろん、それに応じた仕事が来るという意味ですが。
信ずる者は救われると言いますが、ほんとうにそうです。

だからと言って、貯金が全くないのは少しだけ心配です。
さらなる老後を持つことに決めたので、そのために、少し貯金をし、医療保険にも入ることにしました。
まあ最近はあまり仕事をしていないので、さほどお金はかかりませんが、不本意にならない程度に、逆にお金をもらう仕事もしようと思います。
仕事とはお金をもらえることではなくお金がかかること、と、仕事の捉え方を反転させてから、もう30年近く経ちますが、それがようやく身についてきたのに、皮肉な話です。
まあうまくいくかどうかはわかりませんが。
もっとも当分は、あんまりお金は必要ではありませんので、ゆっくりと取り組めばいいでしょう。
固定資産税も払えそうですし。
まずは医療保険に入らないといけませんが。

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2017/05/08

■節子への挽歌3533:生きるということはたくさんの幸運の上に成り立っている

節子
この連休、わが家では「悲劇」が起こりました。
と言っても家族のことではなく、わが家の庭に巣をつくった野鳩の母子に起こった悲劇です。
挽歌に書いたかどうか覚えていないのですが、数日前に庭の木に、鳩が巣を作り卵を産みました。
カラスに襲われなければいいのにと、気になっていたのですが、5日にカラスがどうもその巣を見つけたようです。
それで時々見回りをしていました。
4日の午後、カラスが飛び立つのを見ましたので、慌てて巣を見に行ったら、雛が生まれていて、どこか不自然でしたが、2羽とも動いていました。
大丈夫だったとホッとしました。
少しして親鳩が戻ってきましたが、いつものようにまた残りの卵をあたためだしていましたので、安心しました。
6日の朝、5時頃起きたら、いつものように巣の中に親鳩がいました。
カラスはいない。
安心して2階に戻ってメールなどをチェックして1時間後にまた下に降りていくと、庭からカラスが飛んでいきました。
もしかしたらと思い、巣を見に行ったら、もぬけの殻。まったく何もないのです。
カラスに襲われて卵も雛も食べられてしまったようです。

しばらくして親鳩が戻ってきました。
たぶん餌を探しに行っていたのですが、何もない巣を見て、しばらくあたりをきょろきょろ見回していました。
たぶん理解できないのでしょう。
しばらくしていつものように巣に座り、私が外出するまでそこにじっとしていました。

小さないのちは守ってやれませんでした。
自然界は非情です。
鳩の母子にとっては残酷な結果でした。
しかし(もしカラスが襲ったとしたら)カラスには幸せな結果かもしれません。
そう思えば、少しは気がやすらぎますが、生きることの大変さをこの頃強く感じているので、思うことがたくさんあります。

最近、生きるということは、ものすごくたくさんの幸運の上に成り立っているのだということを感じています。

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■節子への挽歌3532:「今の私には響きません」

節子
挽歌にコメントをいただいた人からメールが届きました。
その方と、少しずつですが、メールのやりとりがはじまりました。
数日前に届いたメールに、こう書かれていました。

なんでもない今日に感謝できる人は、本当の幸せを知っている。 どんな成功の日々も、平凡な日常に勝らない。 ただ生きているだけで、十分に価値がある。

この言葉は、大切な人と一緒に生きていた日々には、心を打ったでしょう、無職で、大切な人を失った、今の私には響きません。
今から何か始めればよいのですよね、現在自分の周りにいる人や、これから出会う人達を大切に思い、生きる意味を探し続ければいいのですよね。

その通りだと思いました。
私は挽歌で、最初の3行のようなことを書いたこともありますし、
そう思ってもいるのですが、
素直に考えると、まさにこの人が言っているように、
ほんとは私の心には響いていないのです。
そう思うと何か辛くなるので、最初の3行を自分に言い聞かせているだけかもしれません。
念のために言えば、しかし、生きることに意味があり、なんでもない今日に感謝している自分も、間違いなく存在しています。
そう思う私には、嘘はない。

でも、その私の奥に、どこか虚ろな私もいるのです。
それを見透かされてしまったようで、このメールは頭から離れません。

そして、この人に先週、お会いしました。
自分の辛さや寂しさを微塵も感じさせない人でした。
この挽歌ももしかしたら読むかもしれないので、書きづらいのですが、もしかしたらこの人はまだ気がはっているのかもしれません。

「生き死に」は、自分で決めてはいけないと私は思っています。
生まれた以上、生きる責任がある。
生きつづけたかった節子が、教えてくれたことでもあります。
生きたくても生きつづけられない人がいるとしたら、生きつづけられる人は生きるのが責任です。
そう教えてもらったのです。
そして、生を終えなければいけなくなったら、必ずそれも自分でわかる。
これも節子が教えてくれたことです。

この方からのメールがずっと気になっていたので、書いてしましました。
この方も、きっと、心に響くとまでは言えなくても、心に入ってくる時が来るでしょう。
そう思うと、少し心がやすまります。

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2017/05/07

■カフェサロン「教育勅語を読んでみよう」の報告

連休真っ只中にもかかわらず、「教育勅語を読もうサロン」には、10人の参加がありました。
呼びかけた者としては、もっと大勢の参加を期待していましたが、議論はかなり盛り上がり、そのため「改正教育基本法」を読むところまでたどり着きませんでした。
私は、今の社会の問題のほぼすべては、学校教育に起因していると思っていますので、「教育勅語」も読まずに、市民活動などしないでほしいと思っているほどです。
理念が違っていれば、善意による行為もまったく正反対のものにさえなりかねないからです。
以前のサロンで少し議論したように、ナチスドイツの歴史が示唆していることです。

参加者は事前に教育勅語を読んできてもらっていましたが、まず最初に全員で教育勅語の原文を声を出して読んでみました。
そもそも教育勅語は小学校1年生から全員で唱和する形で学校教育に取り込まれました。
意味など分からなくても、ともかく暗誦させられ、毎日それを「みんなで」声を出して朗誦させられていたわけです。

その後、全員から感想を話してもらいました。
この段階ですでに議論が始まってしまいました。
ちなみに、内容的にはいいのではないかという人は1人、読んでみて腹が立ったと明確に言う人が1人でした。
他の8人は、時代背景の中では(国家統治のためには)意味があったという人もいましたが、そういう人も含めて、教育勅語には否定的でした。
最近肯定的に語られることもある、「夫婦相和シ」「父母ニ孝ニ」などのいわゆる徳目に関しても疑問を投げかける人もいました。
特に「夫婦相和し」は評判が良くなかったのですが、そこから、個々の徳目について話し合いました。
教育勅語が発布された時代背景が大切だという指摘もありましたが、勅語が議論されていた時代は自由民権運動が広がっていた時代であり、教育勅語発布の前年には大日本帝国憲法が発布されています。
政府としては、国民の動きに大きな不安を抱えていた時代だといってもいいでしょう。

教育勅語では、夫婦や兄弟(姉妹は出てきません)や親子に関して、「徳目」が書かれています。
夫婦仲良く、家族仲良く、親には孝行を、と言われると、それを正面から否定するのは難しいかもしれません。
そこに大きな落とし穴があり、これは、その前後の「国民は天皇(国家)の臣民になれ」というための「騙しの部分」だという指摘もありました。
それに、こんなことはわざわざ勅語で指示されることではないという人もいました。

しかし、実はこのこと、つまり国家が家族関係にまで口を出してくることに大きな意味があったとも言えます。
それに当時の社会状況を考えれば、「夫婦相和し」とは妻は夫に無条件で従えということであり、子どももまた親には絶対服従ということでもあります。
夫の意に沿わない妻は一方的に離縁され、生活が困窮すれば、娘は身売りされた時代です。
そういうことを踏まえれば、この徳目は、私には徳目どころか、否定すべき項目でしかありません。
そこには、個人の尊厳という理念が不在なのです。
「言葉」は、多義的なものであり、その意味を吟味しなければいけません。

勅語で語られる「徳目」は、要するに家族を家父長制のもとに管理しやすい形にしようというものであり、それは天皇を家父長にした「大きな家族」である日本国家体制を確固たるものにするための下部システムづくりであり、無垢の子どもたちの洗脳教材だったとしか思えません。
つまり、いざ戦争になったら、「身も心もお国のために捧げる」ことの準備でしかなかったわけです。
そして、その後、日本は見事に国民の大きな抵抗もないままに戦争に入っていくわけです。

そうした「教育勅語」の精神が、いままた復活しようとしている。
自民党の憲法改正案を見ればわかりますが、憲法でまた家族にまで介入してこようとしているのです。
教育無償化の一方で、無垢な子どもの洗脳教育がはじまろうとしている。
保育問題は単なる託児発想で、そこには子育ち支援の思想は感じられません。
そして私には、少なくないNPOがそれに荷担しているように思えるのです。

いささか書きすぎましたが、教育勅語をぜひ読んでみてほしいです。
そこで語られているのは徳目ではなく、国家のためにすべてを差し出す「国民教育」の思想であって、一人の人間として成長していく個人の視点はまったくありません。

いつも以上に主観的な報告になりましたが、これ以外にもいろんな話が出ました。
時代に合った倫理を提起していくべきだという話から、倫理や規範、エシックスの話題も出ましたし、「教育」という言葉への違和感も出されました。
夫婦相和しには、夫婦喧嘩も入るのかというような、話もありました。

サロンもなかなか終わらなかったのですが、終わった後もみんななかなか帰ろうとせずに、話が続いていました。
このテーマもまた継続することにしました。
どなたか問題提起したり、私見を主張したりしたい人がいたらご連絡ください。
事務局をつとめますので。

Chokugo170506


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2017/05/06

■原発反対のデモに行く時間があったら、その前に「チェルノブイリの祈り」を読んでほしい

今日、不覚にも、電車の中で久しぶりに涙をこぼしてしまいました。
ベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチの「チェルノブイリの祈り」(岩波現代文庫)を読んでいたのですが、その最初の消防士の妻の語りに、涙をこらえられなかったのです。
アレクシエービッチについては、一度書きこんだことがありますが、無名の人の声をていねいに拾って、大きなメッセージを伝えてくれる作家です。
今回は、書名にあるように、チェルノブイリの原発事故のために、人生を変えてしまった名もなき人々の声を丹念に聞きだしている作品です。
その最初の1編が、事故後の消防作業で被曝した夫の悲惨な最期を看取った若き妻リューシャの語りです。

リューシャはこう語りだします。

 なにをお話しすればいいのかわかりません。死について、それとも愛について?  それとも、これは同じことなんでしょうか。 なんについてでしょう?  私たちは結婚したばかりでした。 買い物に行くときも手をつないで歩きました。 「愛しているわ」って私は彼にいう。 でも、どんなに愛しているかまだわかっていませんでした。 考えてみたこともなかった。

そして、夫が死に向かうさまが語られます。
そして彼女が逝かに夫を愛していたかも。
最後はこう終わっています。

(被曝した)たくさんの人があっけなく死んでいく。 ベンチにすわったままたおれる。 家をでて、バスを待ちながら、たおれる。 彼らは死んでいきますが、だれも彼らの話を真剣に聞いてみようとしません。 私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。 恐ろしいことについては。 でも…、私があなたにお話ししたのは愛について。 私がどんなに愛していたか、お話ししたんです。

「孤独な人間の声」と出したこの1編は、文庫本にして28頁。
この短い1編で、私はこれまで読んだ何冊ものチェルノブイリやフクシマのレポートのすべてよりも、大きな衝撃を受けました。
そして問題の意味を深く理解できた気がします。
改めてアレクシエービッチのすごさを実感しました。
そして同時に、やはり真実は、名もない人たちの心の中にあることも実感しました。

アレクシエービッチは、昨年、フクシマでも孤独な人たちの声を聴いています。
私はまだ読んでいないのですが、まずは読まなければいけないと思いました。
たぶん私はまだフクシマについて、何も知っていないのでしょう。
新聞に書かれた話は、私自身は違和感どころか嫌悪感を持っています。
嘘もいい加減にしてよと言いたいくらいです。

リューシャの語りを読んだら、原発再稼働などということがいかに狂気であるかがわかるでしょう。
原発がなくても人は生きられますが、愛がなければ人は生きられません。
そんなこともわからない人間が多くなっていることが、とても哀しいです。
それで、今朝は電車の中で涙がこらえられなくなったのです。

原発反対のデモに行く時間があったら、その前にぜひ、「チェルノブイリの祈り」を読んでほしいと思います。

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■国民医療の発想

連休で2冊の本を読みました。
いずれも読もうと思ったまま、数か月、読みだせなかった本です。
1冊は石垣千秋さんの「医療制度改革の比較政治」(ミネルヴァ書房)。
もう1冊は「日本病院史」(ピラールプレス)です。
いずれも分厚い本なので躊躇していたのですが、読みだしたら面白くてあっという間に読み終えました。
それでもっとハードな本を読もうと、今度は「負債論」(以文社)に取り組むことにしました。
明日から読み始めます。
700頁ほどの本なので、今度は少し手こずるかもしれません。
しかし、昨年末に眼瞼下垂の手術をしたおかげで、読書のスピードが倍増しました。
手術してくださった高久先生に感謝しなければいけません。
高久さんは、この連休もお仕事でしょうが。

ところで、読んだ2冊の本の感想などはホームページに掲載しますが、この2冊を読んだおかげ、日本の医療の問題をかなり整理することができました。
私の認識では、いまの日本の医療は明治期の発想を超えていないように思います。
つまり「国民医療」の発想です。
これでは何のことかわからないと思いますが、いつか少し私見を書きます。

今日は湯島で2時から「教育勅語」をテーマにしたサロンです。
これもまさに「国民教育」の発想に基づくものです。
そうしたことに私たちはもっと想像力をもたなければいけないと思っています。
もしお時間があれば、ぜひご参加ください。
誰でも歓迎です。

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2017/05/05

■節子への挽歌3531:こどもの日の手賀沼公園

節子
こどもの日です。
というわけで、娘母子が手賀沼公園に遊びに行くと言うので、出てこないかと声がかかったので、私も少しだけ付き合いました。
手賀沼公園はわが家と娘の家との真ん中なのです。
天気がいいのでにぎわっていました。
公園内をミニ新幹線が走っていて、娘母子はそれに乗ったり、砂場で遊んだりしていましたが、節子がいないとなんだかそんな風景も楽しめません。

節子が闘病時代、毎朝、ふたりでここに散歩に来ていました。
朝早くて、人は少なかったですが、常連の人もいました。
何らかの事情を抱えていそうな人も何人かいました。
まだみんなが動き出す前の、早朝の公園には、いろんな物語があるのです。
私たちは、沼に飛び出した突端の水辺のベンチで、いつも30分ほど話しました。
何の話をしたのでしょうか。
いまはまったく思い出せません。

病状が悪くなるにつれて、節子は歩くのが困難になってきました。
元気な時であれば、わが家と公園とはふつうに歩いても5分ほどですが、次第にその時間が長くなって、最後は30分近くかかるようになりました。
そんな思い出がありますので、節子がいなくなってからはめったに公園には行きません。
今日は、たぶん10年ぶりに、公園のでっぱりにある、節子とよく一緒に座ったベンチのところにまで行きました。
そのあたりから、注意すればわが家の屋根も少しだけ見えるのです。

手賀沼にはスワンボートがたくさん出ていました。
節子は、いつかボートに乗ろうと言っていましたが、残念ながらそれは実現しませんでした。
手賀沼公園は、すぐ近くで、とてもいい公園なのですが、やはりそう気軽に散策はできないのです。

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2017/05/04

■節子への挽歌3530:庭の手入れ

なぜかこの連休に読むことになった本は、医療関係の本ばかりでした。
読めるかどうか少し不安だった2冊の大部の書物も、途中から面白くなって、昨夜から今朝の早朝にかけてほぼ読んでしまいました。
久しぶりに速読ができました。
しかし、そのおかげで、また1冊、読みたい本が出てきました。
10年前に読み抱いて挫折していた「医学の歴史」です。
今回は読めるかもしれません。
問題は時間がとれるかですが。

しかし寝不足で、今日は頭が回りません。
ややこしいことは先送りにして、娘に頼んで、庭の花を買いに行くことにしました。
5月の27~28日に、恒例の庭でのオープンカフェを予定しているのですが、現状では足の踏み場もありません。
なにしろとても狭い庭なので、片づけないとカフェはオープンできそうもありません。
それに昨年の台風で、藤棚は全滅し、ノウゼンカズラもフジもようやく芽が出始めたばかりで、実に殺風景なのです。
幸いに、全滅したと思っていたてっせんが咲きだしましたが、庭には今あまり色気がないのです。

数種類の花を買ってきて、娘に植えてもらいました。
私は草取りやら片付けです。
そうして土と触れながら身体を動かしていると少し気持ちがすっきりしてきました。
眠気はとれませんが。

ところが眠気がとれる事件が突然起きたのです。
庭の木の鳩の巣にカラスがやってきたのです。
なぜか親鳩が留守にしています。
カラスは追い払ったのですが、見つかった以上、危険です。
そっと巣をのぞいたら、なんと1羽が孵っているのですが、カラスにやられたのか動きません。
カラスに注しながら親鳩を待っていましたが、戻ってきません。
いやはやどうしたらいいのでしょうか。
ずっと見張っているべきかどうか。
薄情ながら、まあ家に入って、テレビを見てしまいました。

外が暗くなってきたので、もうカラスは大丈夫なので、改めて鳩の巣を見に行きました。
暗いので懐中電灯で見てみたら、いつものように、親鳩がいました。
私が昼間のぞいた時は、卵は一つだけでしたが、あの子鳩は大丈夫でしょうか。
今度はそれが気になってどうもすっきりしません。

頼まれもしない鳩のことまで気にしなければいけないとは、人生は楽ではありません。
さて、今日は無駄に過ごしたので、明日1日はみっちりデスクワークです。
まあ無理そうな気もしますが。
そういえば、会社時代も連休は山のように仕事を持ち帰り、結局、何もせずに終わったことを思い出します。
人の習癖は直らないものです。

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2017/05/03

■節子への挽歌3529:やらなければならないことが多いと元気になります

節子
世間の連休は、そこから外れてゆっくりしようと思っていたのですが、人生はなかなかうまくいきません。
山のように、やらないといけないことが押し寄せてきてしまいました。
もっとも、そのほとんどは別にやらなければいけない理由はありません。
やったからといって喜ばれないかもしれませんし、別に対価をもらうわけでもありません。

いま、庭の木の鳩が巣をつくってしまい、卵を産んで、いま孵化させようとしています。
時々、親鳩が食料を探しに出かけているのですが、そこにカラスが来ないとも限りません。
実際、昨日の朝、カラスが来ていたので追い払いました。
まあ、これも鳩に頼まれたわけではないのですが、やはりやらなければいけないことです。
いま背負ってしまったことのほとんどは、そういう意味で、やらなければいけないことなのです。
鳩ならまだしも、それが人間であれば、気を抜くわけにはいきません。
まあこうした活動で報われることは少ないのですが、別に相手のためとか社会のためにやっているわけではなく、私自身のためにやっているのですから、それは当然のことです。

その合間に、連休に読了しようと決めた本も読んでいますが、2冊ともほぼ半分を読み終わりました。
不思議なもので、最初は義務感から読みだしたのですが、まさに今読んでおくべき本であることが読んでいるうちにわかってきました。
実に面白いのです。
読むスピードが一気に上がりました。

石垣さんが博士論文を基に出版した「医療制度改革の比較政治」は表題からして苦戦が予想されたのですが、意に反して、実に面白く、示唆に富んだ本です。
そして、もう1冊の「日本病院史」も編集者の高橋さんからは厚い本だから通読はしないでいいですよと言われていたのですが、これまたいろんな示唆をもらったのです。
そして、その重い本の合間に、気分転換に読もうと用意していた2冊の新書がまた、この2冊とつながっていたのです。
本を読んでいて、時々思うのですが、読む本を自分で決めているつもりが、実は誰かが決めたとおりに読ませられているのではないかと思います。

さてさてのんびりのはずの連休後半の今日は、いささか活性化しすぎてしまいました。
いいことです。

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2017/05/01

■節子への挽歌3528:大型連休の過ごし方

節子
5月になりました。
大型連休の真っ只中ですが、私にはまったく何の変哲もない日々です。
ただ世間が弛緩していますので、私自身もだらだらと過ごすことになりかねません。
そこでちょっと今年は、がんばってみることにしました。
大部の2冊の専門書を読もうと思います。
「日本病院史」と「医療制度改革の比較政治」です。
いずれも厚さが2センチ以上ある、しかも難しそうな本です。
1冊は友人が編集して出版した本、1冊は友人が書いた本です。
ちょっと私の関心事とは違うので読まずにいたのですが、贈ってもらったり、著者から連絡があったりした本は読むことをルールにしているのです。

私が会社に勤務していた頃の大型連休は、ほぼ家族旅行でした。
どこもかしこも混んでいて、大変でした。
会社を辞めてからは、大型連休はむしろ節子と2人でのんびり過ごすようになりました。
ですから大型連休といっても、私にはいつもの日常以上に日常の期間なのです。
しかし、日常は伴侶がいればこそであって、一人だけの日常は退屈はしませんが、なんとなくだらだらしてしまいます。
それでまあ、今年は、机の横にずっと積んでいた専門書に挑戦することにしたわけです。
まあ自分で関心を持った本はどんなに厚くても1日か2日で読めますが、この2冊は2日では読めないでしょう。
そこで今日から読みだしました。
本を急いで読む場合は、並行して読むのがいいのですが、医療制度の専門書は友人の博士論文がベースになっている本なので、なかなか進みません。
2冊合わせて1000頁くらいありますので、1日に200頁は読まないといけませんが、今日は外出したこともあって、それぞれ20~30頁で終わってしまいました。
前途多難です。
まあしかし決めたことはやらなければいけません。

なんとなく義務感的な読書なので、読書三昧とはいえません。
しかし書いた人の苦労を思うと、やはり読まないわけにはいきません。
どうもそういうところが私のおかしなところなのです。
実に困ったものなのですが。


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■節子への挽歌3527:孫にお年玉をやるのを忘れてました

)節子
ジュンが、孫のにこを連れてやってきました。
来週、にこの1歳の誕生日で私も招待されているのです。
なにかお祝いを持っていこうと思い、にこは何が喜ぶだろうとジュンに訊いてみました。
そんなことの会話の中で、私が今年のお正月にお年玉をあげなかったことが判明しました。
娘夫婦は、元日にわが家に来た後、夫の両親のところに行ったのですが、そこで夫のお母さんがにこにお年玉を渡す時に、「はい、にこちゃん、はじめてのお年玉ですね」と言ってから、あわてて「ああ、もう白山(わが家のあるところです)でもらっていたわね」と娘に言ったそうです。
むすめも「もらっていない」とは言えなかったので、笑って過ごしたそうですが、その話を今日、はじめて聞きました。
それで、孫にお年玉をやっていなかったことに気づきました。
というよりも、お年玉をあがるということを考えさえもしなかったのです。
というのも、そもそも1歳にも満たない子どもにお金をやるというのが、私にはなかなかなじめないのです。
まあ実際に自分でお金を使えるようになったら、それ相当のお金をお年玉としてあげることには異論はないのですが、話もできない赤ちゃんにお年玉としてお金をあげるということは、私の思考の中ではまったくと言っていいほど考えつかない話だったのです。
節子がいたら、お年玉をあげただろうか、ということも考えましたが、あげたかもしれません。
しかし、娘に今日言われるまでまったく思ってもいなかったことです。
やはり私の考えは、ちょっとずれているのかもしれません。
困ったものです。

その代わり、今日、娘と一緒に近くの西松屋に行って、何でも欲しいものをみんな買ってやることにしました。
お金はありませんが、クレジットカードがあれば買えますので。
しかし質素に育てられ質素に生きている娘は、私のことを心配して、なにやら安いものをいくつか買っただけでした。
その質素さぶりを見て、ちょっと私の生き方のどこかに間違いがあるような気がしてきました。
お金がなくても幸せなのは、私だけなのかもしれません。

さてさて来年のお正月にはお年玉をやろうかどうか、悩ましい問題ですね。
たぶん来年もお金はやらないと思いますが、代わりに、にこに喜んでもらえるものを探さねばいけません。
1歳半の子どもが、喜ぶものって何でしょうか。
実に難問です。

それでみんな「お金」に行きつくのかもしれません。
節子がいた時には、節子に考えてもらっていたのですが、難問を押しつけていたことに気づきました。
さてさて孫といえども、人と付き合うのは大変です。
お金のお年玉は4歳からにしましょう。

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