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2017/05/10

■節子への挽歌3536:男と女の生き方は本質的に違っている

節子
久しぶりにまた西武池袋線に乗りました。
大泉学園に住んでいる暉峻淑子さんに会うためです。
小田原で長年地域福祉の活動に取り組んでいる時田さんが、ぜひお引き合わせしたいと言って、実現してくれたのです。

暉峻さんはいま89歳。
私が暉峻さんの本を初めて読んだのは1989年です。
その年に暉峻さんが書いた岩波新書「豊かさとは何か」がベストセラーになったのです。
その年は、私が会社を辞めて、生き方を大きく変えた年でもありました。
時田さんが、私と暉峻さんを引き合わせたくなった理由は、湯島のサロンと暉峻さんがやっている練馬の対話的研究会が同じ理念だったからです。

89歳の暉峻さんは、予想していた、まさにそのままの人でした。
いまも難民支援活動に取り組み、あるいは最近も沖縄の高江の座り込みデモにも参加するなど、まさに行動で生きている人です。
それに「対話のマナー」が身についている「対話の達人」でもあります。
時田さんも同席したのですが、ついつい3時間近くも話してしまいました。
いろんな示唆をいただきましたが、やはりどこかに「違い」を感じました。
帰路は、その違いが気になって、いろいろと考えてみたのですが、言葉にはできない「違和感」なのです。
社会的に意味のあるのは、間違いなく、暉峻さんや時田さんの活動です。
それにもかかわらず、どこかに違和感を感ずるのはなぜでしょうか。
もしかしたら、男性と女性の違いかもしれません。
ちなみに、私が価値を感ずる活動の多くは、女性が主導していますが、そうした活動は尊敬に値しますが、私には参加できないものが多いのです。
どこかで違和感を感ずるのです。
高く評価しているのに、違和感を持つというのは、矛盾しているようですが、正直のところです。
その理由は、たぶん私が男性だからです。
なかなかうまく説明できませんが、男性と女性とはもしかしたら別の生き物のような気がします。
念のために言えば、男性でも女性とも違う、第3の性があるということには、全く異論はありません。
そういう議論には、違和感はないのです。

暉峻さんからは、沖縄に行くことを薦められました。
行ってみなければ何もわからないということは私にもよくわかります。
でもやはり行けそうにもありません。
ある意味では、もう世界は見飽きましたし、見るとまた世界を広げたくなるからです。
暉峻さんに会う前に、岐阜から来てくださった佐々木さんと会いました。
佐々木さんの暮らしぶりは、とても共感できます。
実に自然に生きている。
やはり、男と女の生き方は本質的に違っている。
そんなことを考えさせられる1日でした。

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