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2017年6月

2017/06/25

■憲法サロン「私の憲法改正草案(畑さん編)」の報告

憲法改正がいよいよ現実的な話題になってきました。
時に正反対の内容を含むものまでが「憲法改正」と一括して議論されるような粗雑な状況のなかで、憲法とは何かについての議論もないまま、すでに「違憲行為」を強行的に繰り返している現在の安倍政権が、十分な国会議論もないままに、多数決論理をつかって、決まった方法に向けての改正がスケジュール化している状況に、恐ろしさを感じます。

そうした状況になっている大きな理由は、たぶん「日本国憲法」で「主権者」とされている、私たち国民が、憲法についてきちんと理解していないからではないかと思います。
そこで、社会の中に憲法議論を広げていく必要を感じていましたが、今回、一市民である畑さんが、自民党の憲法草案に刺激を受けて、「立憲主義・国民主権主義に基づく日本国憲法改正草案」をまとめたというので、畑さんの改正草案をお話しいただきながら、憲法への理解を深めるサロンを開催しました。
ちなみに、畑さんは、組織に勤める現役のエンジニア/アナリストです。
畑さんの勇気と良識に敬意を表したいです。

集まったのは8人。
看取りや子ども関係の活動に取り組んでいる福祉関係者、農業や商品開発などの分野での起業家、留学生支援に取り組んでいる人、長年基本的人権の問題から社会の問題を考えている人、リンカーンクラブ代表などで、女性は一人でした。
私はNPO関係者や企業に勤める人たちに集まってほしかったのですが、反応は弱かったのがとても残念でした。
憲法の動向で、市民活動などいかようにも変えられてしまうことは、歴史が示しています。
そういう危機感がほとんどない、現在の日本のNPO活動には大きな危惧を感じざるを得ません。
もっとも最近は、各地で憲法カフェ的な集まりも広がりだしていますので、もうすでにそういう場で話し合いや学び合いが始まっているのかもしれません。
そう思わないと不安で仕方がありません。

本論に入る前に、こうした議論も少しありました。
社会をよくすることを目指す活動なのに、政治はご法度という日本の仕組みに関する疑問です。
この日本的特殊性は、もっと認識されるべきだと思います。

Hata20170624

サロンの報告の前に、余計なことを書きすぎました。
サロンでは、畑さんの「改正草案」の改正の主旨とポイントを、現行憲法と自民改正案と比較しながら、話してもらい、各章ごとに話になりました。
なお、畑さんが作成した「改正草案」と「現行憲法および自民党改正案との対比表」は下記にアップしていますので、ご関心のある方はご覧ください。

●立憲主義・国民主権主義に基づく日本国憲法改正草案
http://cws.c.ooco.jp/hata01.pdf
●畑改正案と現行憲法、自民党改正案との比較表
http://cws.c.ooco.jp/hata02.pdf

私が理解した畑さんの憲法草案の概要を、私の主観的受け止めに基づいて説明します。
私が感じた重要なポイントは3つあります。
畑さんは、憲法制定権力を国民ではなく、まずは自由意志を持った個人におきます。
そして、「個人が主役になって自分たちを律する国家(政府)の基本構造を決めるもの」として憲法を位置づけます。
ちょっと誤解を生みやすい比喩だったのですが、畑さんは「日本国の株主になりましょう」という呼びかけのために、国家の統治構造や大切に知する価値(基本的人権など)をうたったものと説明しました。
具体的に言えば、その主旨が「前文」でうたわれ、最初に統治構造の枠組みが詳細に書かれるとともに、日本国民の要件が明記されています。

しかし、その一方で、畑さんは世界市民を目指すという国家を超えた世界国家理念を底流においています。
現行憲法の9条にあたる部分は、「他国への武力攻撃の禁止」とタイトルも変わり、「国民防衛軍」の設置が規定されています。
ちょっと似た言葉ですが、「国防軍」と「国民防衛軍」は全く違う概念だろうと思います。

3つ目は、条文の主語を明確にすることでできるだけ解釈の幅を少なくしようとしています。
畑さんは、現行憲法は主語があいまいなために解釈の幅を広げていると考えているようです。

以上の大きな発想の違いを示したうえで、条文の説明に入り話し合いがはじまりました。
最初の「前文」はまったくの畑さん独自案です。
前文は、憲法の基本性格を示す内容が書かれていますが、ここで議論が盛り上がり、放っておいたらそれで2時間取られそうでした。
次に置かれているのが、「国会」「内閣」「司法」の三権分立の統治構造ですが、かなり思い切った提案が含まれています。
たとえば、国務大臣の過半数は国会議員以外の人とされています。
議論はいろいろありましたが、そもそも三権分立で国家は統治できるのかという話も出ました。
国会が内閣の長を選出し、内閣の長が司法の長を選出する現在の仕組みへの疑問も出ました。

この辺りまではかなり時間をかけての話ができましたが、だんだん時間がなくなりあとはポイントだけの話し合いになりました。

統治構造につづくのが、「他国への武力攻撃の禁止」と「国民の権利及び義務」、ここではむしろ「人を殺さない権利」が話題になりました。
財政と地方自治はまだ十分には考えられていないようでパス。
「緊急事態」を加えていますが、これは自民党改正案を基本にしています。
ここは極めて重要なポイントだと思いますが、時間がなくて議論できませんでした。
最後に「天皇および後続」が第9章におかれています。
憲法の中での位置の見直しもともかく、その内容はいささか驚愕するものですが、ここはたぶんまだ思考途中のような気がしました。
さらにその後に「国旗及び国歌」も章立てされています。

長くなりすぎて、どんな話し合いが行われたかを書く気力がなくなりましたが、さまざまな議論を呼び起こすという意味では、とてもいい刺激を与えてくれたと思います。
3時間ほどの話し合いでしたが、それぞれに気づきがあったように思います。
憲法は抽象的に語っていてもなかなか理解できません。
しかしこうして憲法全体を考え直した人の話を聞くと、具体的な問題や憲法とは何かもわかってきます。
さらに言えば国家とは何か政治とは何かもわかってくる。
改めて憲法サロンの意義を実感しました。
しばらく継続実施することにしました。

次回は、7月22日(土曜日)、今回参加された川本さんによる「憲法改正私案」を、今度は基本的人権を基軸においてお話してもらうことにしました。
他にも憲法改正私案をお持ちの方がいたら、ぜひ発表しに来てください。
誰でもが発表者になれるサロンにしたいです。
いつかは、自民党改正案を話に来てもらうことも考えたいです。
そこまで行くと、叱られそうですが、いろんな考えに私たちはもっと触れて、自分の考えをつくっていくことが大切です。

サロンの話題提供者を募集しますので、だれでも気軽に連絡してください。
また出前憲法サロンも企画しますので相談してください。

畑さん
不正確な報告ですみません。
修正などあればお願いします。


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2017/06/24

■節子への挽歌3581:熱い議論のサロンで風邪は完全に治りました

節子
昨日で風邪をやめたので、今日は予定通り過ごすことにしました。
それでも朝起きた時には、少し違和感があり、いささか心配したのですが、なんとか発熱せずに夕方を迎えられました。

今日は憲法サロンの日でした。
参加者は総勢9人だったのですが、熱い世代もいて、大変でした。
いま日本国憲法が大きく変えられようとしていますが、その本質は明治憲法への、つまり非民主主義憲法への回帰です。
それへの危機感を持っている人が集まったために、熱い熱い議論になってしまいました。
今日は風邪だから少し静かにしていて、早く終わりたいと思っていましたが、その希望とは全く反対の方向に行ってしまいました。
しかし不思議なことに、風邪をぶり返すことなく、無事帰宅しました。

とてもいいサロンだったので、毎月開催することにしました。
憲法は、やはり私たちの生活を基礎づけていますが、多くの市民活動家やNPO関係者は、憲法を読みもせず、改憲論争にも無関心です。
私は、政治に無関心なNPOなど、そもそも存在価値がないとさえ思っていますが、今回も福祉関係者や市民活動している人はほとんど参加されませんでした。
たまたま私のまわりには、まともな市民活動者がいないからかもしれませんが、20年近くいろんな活動をしてきて、このていたらくを情けなく思います。
そう思う時が沈み、また熱が出そうですが、今日はとてもいいサロンだったので、まあ嘆くのはやめましょう。
それに風がぶりかえさなかったのは、喜ぶべきことです。

明日はまた朝から湯島です。
3日で撤退してくれた風邪菌たちに感謝しなければいけません。

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2017/06/23

■節子への挽歌3580:風邪を終えました

節子
熱が下がりません。
今日は朝からずっと寝ていましたが、むしろ熱が上がってきています。
朝は37.1度だったのが、4時に測ったら37.4度。
それで床に頼んでクリニックに連れて行ってもらいました。
診療は簡単で、まあ普通の風邪ということで終わったのですが、やはり血圧の話になりました。
血圧を測ったら上が170を超えていたので、やはり高いといわれました。
前の薬は歯茎に副作用を出したことは伝えていますが、先生は何がいいかを「診療マニュアル」で調べ始めました。
風邪で来たのには、話は血圧になってしまいました。
ともかく私が降圧剤を飲まないので心配してくれているのです。

まあ何とか血圧の話はうまく切り上げて、帰宅しましたが、やはりクリニックには来るべきではありませんでした。
帰宅して体温を測ったら37.8度。
いささかしんどさが出てきたので、もらってきたロキソニンを飲んで横になっていましたが、まあ状況を変える必要があります。
そこでシャワーで身体を洗うことにしました。
ついでに頭も洗ってしまいました。
さっぱりしたところで、体温を測ってみたら、36.3度です。
平熱に戻っていました。
要するにシャワーが一番効き目があったわけです。
このまま治ってくれるといいのですが。
いや、治ったことにしましょう。

明日はサロンです。
明後日もその次も、また用事がいろいろとつまっています。
熱が出てもらっては困るのです。
4日ほど、身体を風邪菌に提供していたので、もう十分でしょう。

そんなわけで、今日は1日、ほとんど横になっていました。
また熱が出ると悪いので、まだ8時半ですが、眠ることにしましょう。
私の場合、熱があると思考力が大幅に減少し、本を読んだり何かを考えたりする気が起きません。

明日からまた元気な日常に復帰です。

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2017/06/22

■節子への挽歌3579:夏風邪のようです

節子
久しぶりにどうも風邪を引いたようです。

一昨日から微熱があり、ちょっと気にはなっていたのですが、昨日、雨の中を湯島に行き、しかも雨の中を上野まで出たりしていたため、悪化させたようです。
上野で話をしている途中に、疲れが出てきてしまい、相談に乗るどころではなくなってしまいました。
相談に乗るどころか、相手に心配をかけることになってしまいましたが、もしかしたら「相手に心配してもらうこと」も、大切なことなのだと最近ようやくわかってきました。
まあ、いつもながらの勝手な解釈ですが、ケアが双方向的な関係だとしたら、まんざら間違っていないようにも思います。

今朝はかなりよくなっていたので、予定通り、ある会社を訪問しました。
私にはいささかおかしなところがあって、人に会うと、体調不良のことを忘れてしまうのです。
そして、ついつい話に熱中してしまう。
私は熱が高くなると饒舌になるタイプなのです。
時として、それが元気と間違われてしまうのですが。

今日もそうでした。今日は5つのミーティングをやってきました。
ひとつのミーティングが終わるとガクッときてしまうのですが、次の話になると元気が出てきてしまう。
最後は新しくできた開発センターを見せてもらったのですが、ここはさすがに疲れました。
しかし、そこで会った人と思いもやらない懐かしい話ができたので、何とか持ちました。

自宅に帰って、ソファーに座ったらもう動けません。
やることがないので、録画してあった、「ボーン・アイデンティティ」を観てしまいました。
この映画はDVDではありますが、もう10回どころではなく何回も見ているのですが、毎回元気が出ます。
でも今日はダメでした。見終わっても疲れたままです。

昨日も熱があったのでお風呂にはいらなかったのですが、今日もやめて、もう寝たい気分です。
明日はゆっくりできるので、回復するでしょう。
いや回復させなければいけません。
風邪は医師ではなく、自らの意思で直さないといけないと節子には豪語していましたので、がんばらなくてはいけません。

ちなみに、風邪に関しては、私にはもう一つポリシーがあります。
風邪菌にも生きる権利があるので、まあたまには身体を貸すべきだというポリシーです。
節子は、「はいはい」と聞き流していましたが、私にとってはかなり大切なことなのです。
風邪は悪いことをもたらすだけではありません。
風邪をひかないと気が付かないこともある。
風邪を引いたら、そこから何かを学ぶことが、私の信条なのです。
さて、今夜は寝苦しい夜になりそうです。
またちょっと熱が出てきました。
困ったものです。
はい。

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2017/06/20

■節子への挽歌3578:ODSの思い出

節子
一昨日、旧友と会いました。
彼が、ODSの創業者の山口さんの息子さんがブログで山口峻宏さんのことを書いていることを教えてくれました。
https://note.mu/blogucci/n/n9e5253105ef6

ODSにも山口峻宏さんにも深い思い出があります。
息子さんが書いているように、山口峻宏さんは、日本でCIブームを起こしたおひとりです。
私はそれ以前からODSとも山口峻宏さんとも付き合っていました。
まだ私が東レにいた時代です。
そこに一人の若者がやってきました。
私の記憶では下駄をはいていました。
当時私は、経営企画室という戦略組織にいましたが、その関係で、外部のいろんな人と付き合うこともまた仕事の一つでした。
社会の動向を知らずして、経営戦略などは立てられないからです。
しかし、ビジネススーツをきれいに着こなしている人との付き合いには退屈していました。
そこに下駄ばきの青年がやってきた。
彼は、山口さんがスカウトした青年でした。
北欧でヒッピー生活をしていた三浦さんです。

三浦さんにほれ込んだこともあって、ODSにもよく行きました。
価値観変化を指標化し時代の先を考えるプロジェクトにも参加しました。
しかし、東レで私がCIに取り組んだ時に選んだのは、ODSではなくパオスでした。
ここにもいろんな物語があるのですが。

そのCIの仕事に取り組んだことで、私は人生を変えてしまいました。
会社のアイデンティティ(CI)ではなく、自分のアイデンティティの問題にぶつかってしまったのです。
会社を辞めたあと、ODSに挨拶に行きました。
行くと役員室に、同社のコアメンバーが並んでいました。
私の知った顔ばかりでした。
そこでODSに来ないかと誘われました。
もちろん断りました。
人生を変える決意をしていたからですが、決意していなかったら、誘いに乗ったかもしれません。
しかし、その後も、三浦さんとの付き合いはつづきました。
そしてある日、突然、彼の訃報が届きました。
急死でした。
その頃、私は若い友人を数名、同じような突然死で喪っています。

会社時代に、経済同友会で「経済文化フォーラム」という組織ができました。
8名のかなり密度の高い研究会でした。
私は諸井虔さんのご指名で、参加させてもらいました。
そこでの議論は1983年に日経から出版されていますが、その研究会に山口さんに来てもらったことがあります。
ゲストはいつも、エスタブリッシュメントの人たちでしたので、私には退屈でした。
そこで、たまには違う世界の人の話を聞こうと提案させてもらったのですが、残念ながら諸井さんにはあまり気にいってはもらえませんでした。
三浦さんも同行していましたが、彼が話せば変わったでしょう。
山口さんはサービス精神があり過ぎました。

山口さんがその後取り組んだサードエージプロジェクトの第1回目にも参加させてもらいました。
そこで私はまったく気が乗らなくて、途中で帰りたくなってしまい、パネリストなのに山口さんの意向に反する発言ばかりしていた気がします。
以来、仕事の関係では縁が切れましたが、山口さんはとてもいい人でした。

このブログを教えてくれた人は、私が会社を辞めた後に出会った人です。
私の生き方をよく覚えてくれていて、いささか私を過大評価しています。
でもまだ彼と会った時には、ビジネスマンから完全には抜け出していなかったのでしょう。
それに人は、過去の実績で人を評価するものです。
当時私には少しだけ会社経営の世界での実績がありました。
しかし、それは私の実績ではなく、私を支えてくれた人たちの仕事でした。
私もしばらくそうした遺産にしがみついていたのかもしれません。

自分をきちんと生きられるようになるまで、やはり時間はかかるものです。

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■節子への挽歌3577:苦歴こそ宝

節子
なかなか元気になれません。
もう大丈夫と思うと、翌日がくっときます。
心配してくれる人もいるのですが、自分の心身をバランスしていくのは難しいものです。
しかし、そのおかげで、私は世界を広げられている、生きる意味を高められていると、思い出しています。

ノートルダム清心女子大学学長だった渡辺和子さんは,遺作になった「どんな時dも人は笑顔になれる」という本の中で、こう書いています。

学歴や職歴よりもたいせつなのは、「苦歴」。 これまで乗り越えてきた数々の苦しみ。 気がつけば、それらは経験という宝になっている。

私もそう思います。
いまの履歴書の構成要素は間違っている。

その本に、渡辺さんは相田みつをさんの「つまづいたおかげで」という詩を紹介しています。
その詩の書きだしはこうなっています。

つまづいたり ころんだり したおかげで 物事を深く考えるようになりました あやまちや失敗をくり返したおかげで 少しずつだが 人のやることを 暖かい眼で見られるようになりました 何回も追いつめられたおかげで 人間としての 自分の弱さと だらしなさを いやというほど知りました だまされたり 裏切られたり したおかげで 馬鹿正直で 親切な人間の暖かさも知りました

まさに私のこの10年の人生そのものです。

朝から微熱が続いています。
微熱なのに、やけに身体が火照るような感じです。
昨日実はちょっとリビングでうたた寝してしまったのです。
風邪は絶対にひかないとNさんに約束したのに、困ったものです。

今日中に治さないといけません。

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2017/06/18

■節子への挽歌3576:湯島で少し感慨にふけりました

節子
久しぶりに湯島で一人で過ごしています。
3時半から来客があり、その後、ミーティングもあるのですが、それまでの3時間、湯島で一人です。
特に用事はなかったのですが、なんとなく一人になりたくて、早めに昼食を食べて、出てきました。
自宅にいると、それなりにいろいろありますし、電話もかかってきます。

湯島のオフィス界隈は日曜日はほとんど人はいないのです。
この雰囲気が好きです。

湯島のオフィスを開いて、もうじき29年が経ちます。
29年間、何も変わっていないのですが、久しぶりに来た人が広くなったねといいます。
広くはなっていないのですが。
唯一変わったのは、窓から夕陽が見えなくなってしまったことです。
きれいな夕陽でした。

いやまだ変わったことがあります。
植物が少なくなってしまいました。
玄関のバラも、節子がいなくなってからは造花のバラになってしまいました。
テーブルの上には生花はありません。

このオフィスにはいろんな人が来ました。
私には、そして節子にも、思い出の多い場所です。
最近すっかり聴くことがなくなったCDをかけました。
先ほどから赤木りえのフルートの童謡が流れています。
子どものころに戻ったような、悲しさと幸せが伝わってきます。
でもちょっと気が沈みそうです。
以前はあんなに好きだったのに、いまはさびしすぎます。
日本の童謡の多くは、とても寂しく悲しい。
なぜでしょうか。

CDを変えました。
金子由香利のシャンソンです。
このシャンソンは、節子がいなくなってからも繰り返し聴いたことを思い出しました。
これもまた刺激が多すぎます。
どうも湯島に残っているCDは、元気が出るようなものがありません。
みんなどこかに節子との思い出を引き出すものがある。
困ったものです。

1枚だけ、節子に会う前から好きだったCDが出てきました。
DBQの“Take Five”です。
久しぶりに聴きました。
会社の独身寮に入って、最初に買ったのが、パイオニアのステレオでした。
そして聴いていたのが、ジャズでしたが、そのなかでも好きだったのが、オスカー・ピーターソンのカナダ組曲とこのTake Fiveでした。
節子と一緒に暮らすようになってからは、あまり聴いた記憶がありません。
会社の独身寮での一人の暮らしも、いまから思えばとても懐かしく、さまざまな記憶があります。
節子と会う前にも、私の暮らしはあったのです。

雨が降ってきました。
窓を閉めに行ったら、外のベランダで、ランタナが花を咲かせていました。
雨は、いまの私の気分にぴったりです。
2時間ほど、無為に過ごしました。
さてそろそろ現実に戻りましょう。

一人でこんなにゆっくりしたのは、久しぶりです。
来客に供えて、コーヒーでも淹れておきましょう。
たまにはこういう時間の過ごし方もいいものです。

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■コムケアサロン「無縁化防止に取り組んで6年」のご案内

今回のコムケアサロンは、6年前に「無縁化防止団体OMUSUBI」を立ち上げた心理カウンセラーの北原千香子さんに話題提供をお願いしました。
北原さんと最初にお会いしたのは、青山学院大学で開催した公開フォーラム「自殺の問題にどう取り組むか」でした。
ゆっくりお話しする時間はありませんでしたが、北原さんの取り組みに共感し、いつかお話をお聞きしたいと思っていました。
それがようやく実現しました。

無縁化防止団体OMUSUBIのミッションは、「孤独で居場所のない思いを抱えている人を一人でも少なくする」ことです。
そのため、毎月2回「ホームルーム」という居場所づくりをしています。
子供からお年寄りまであらゆる世代の人が自由に過ごせる場所です。
どんな人でも大歓迎だそうです。
これまで私も何回か、そうしたサロンに取り組んできましたが、持続するのはとても難しいです。

なぜOMUSUBIなのか。
OMUSUBIのOの文字が丸い円に見えることから、円=縁をむすぶ、おむすびと命名したそうです。
むかし、私もOMUSUBIサロンを考えたことがありますが、実現できていません。

北原さんはOMUSUBIのサイトでこう書いています。

人との「縁」や「つながり」のない無縁化する人々が増えています。生涯独身で過ごす人や、多様な価値観や家族のあり方の変化によって一人暮らし世帯が増えています。 社会が便利になり、人と交流しなくても生活が成り立つようになったことや、近所の人や地域で支え合うことがなくなったことで人々はどんどん孤立化しています。 いざという時に頼れる人がいないという事態が、高齢者のみならず20代や30代の若者にもおきています。人はその存在を認められ、受け入れられていると感じることで安らぎと安心感を得ます。 どの世代にあっても自分がかけがえのない存在であると感じられることは何より大切です。孤独でつらい思いをする人をなくすため、OMUSUBIは活動しています。

北原さんは、この活動を通して、さまざまなことに気づかれてきていると思います。
そんなお話を聞かせてもらい、参加者みんなで、孤独で居場所のない思いを抱えている人を一人でも少なくするために、何ができるかを考えたいと思います。
同じような活動をされている方も少なくないと思いますが、よかったら当日紹介してください。
私も、北原さんのお話を聞いて、もう一度、オムスビサロンを再開しようと考えだしています。

どんなサロンになるか、とても楽しみです。
関心をお持ちのまわりの人にもぜひお誘いください。
みなさんのご参加をお待ちします。

〇日時:2017年7月8日(土曜日)午後1時半~3時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
h ttp://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「無縁化防止に取り組んで6年」
〇話題提供者:北原千香子さん(無縁化防止団体OMUSUBI代表)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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2017/06/17

■節子への挽歌3575:子どもの心

節子
今日も孫が来ていました。
子どもたちはみんな同じように見えます。
その子どもたちが、大人になるとなぜ変わってしまうのか。
私が子どもの頃、赤ちゃん共和国という漫画がありました。
あまり鮮明な記憶ではないので、間違っているかもしれませんが、大人たちが子どもの心を失うことがなければ、社会はとてもゆたかで幸せで、住みやすいことでしょう。
なぜ大人になると、みんな変わってしまうのか。
それが不思議でなりません。

幼児の頃に親から捨てられ、苦労して生き抜いてきた友人がいました。
数年前にがんで亡くなりました。
彼は男前の生き方を目指していました。
彼は私によく言っていました。
生きるためには悪いこともしなくてはいけなかった、と。
彼の気持がよくわかりました。
しかし、彼にはどこか「子どもの心」が残っているような気がしました。
ですから彼を全面的に信じて、それなりに彼の危機に、私ができることをしました。
彼の男前の生き方を信じたのです。
しかし、それは完全に裏切られてしまいました。
最後は、たぶん私にまで嘘を言ったのかもしれません。
彼にとってはやむを得ないことだったのでしょうが、私には大きなショックでした。
最後に裏切られたのがとても哀しかったです。
本当のことを言ってくれれば、対応の仕方もあったでしょう。

大人になってからも、子どもの心を持ち続けることは、至難のことです。
もちろん何の苦労もしないで、子どものわがままさだけを維持している人はいるでしょう。
しかし、それは本当の「子どもの心」ではありません。

自分で生きる生活費を得ていくためには、時に人をだまさなければいけないのかもしれません。
生きるためには、子どものような赤心は邪魔になるかもしれない。
しかし、もしそうであるとしたら、生きるとはいったい何なのか。
孫と遊びながらそう思います。
そして改めて思うのですが、大人の先生は子どもたちです。
裸の王様の寓話が示すように、私たちは子どもからもっと学ばなければいけません。

節子から教えてもらったことはたくさんあります。
娘たちから教えられたことも少なくありません。
しかし、孫から教えられることはもっとありそうです。

いい1日でした。

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2017/06/16

■節子への挽歌3574:部屋の南側に琉球朝顔を植えました

節子
さわやかな朝でした。
気分もさわやかにしたいのですが、いろいろあって、いささかさわやかではありません。
困ったものです。

部屋の窓の外に、琉球朝顔を受けることにしました。
宿根そうですので、手入れを上手くやれば定着してくれますが、その自信は正直あまりありません。
でも頑張ろうと思います。

私の自宅の仕事場はとても小さく、細長い部屋の両側は書棚になっています。
書籍に囲まれた、小さな空間にデスクが3つあって、そのひとつで私はパソコンをしています。
以前、中国からの若い留学生だった友人から狭いですね、と言われました。
その言葉が今でも忘れられません。
たしかに狭いのです。
しかもその両側に雑誌や書類が山と積まれています。
他にも両側書棚の細長い書庫があります。
ですから時に思い立って、ある書籍を探すとなると大変なのです。

その部屋は南側が窓になっていますが、夏には西日も差します。
ですから窓には朝顔を植えていましたが、水やりを忘れるので、枯れてしまい、最近はネットだけが残っている状況です。
そこにまた琉球朝顔を植えることにしたのです。
琉球朝顔は強い草なので、昨年はわが家の庭を席巻しました。
それで娘たちからは嫌われているのですが、私は大好きです。
節子はどちらかと言えば、弱い花が好きでしたから、琉球朝顔好みではないかもしれません。

仕事場にはエアコンはありません。
ですから冬と夏は快適ではなく、とても仕事ができる環境ではありません。
それで冬と夏はリビングが私の仕事場になりますが、ノートパソコンがあまりいいものがないので、仕事はあんまりできないのです。
しかし今年は、琉球朝顔の応援で何とか夏も仕事をしようと決めました。
まあ、仕事といっても大した仕事はないのですが。

節子がいなくなってからもうじき10年が立たとうとしています。
最近ようやく自分が正常化してきているように思います。
2年ほど前にもそう思ったことがあるのですが、いまから考えれば、やはりまだ正常化していなかったように思います。
まあまた2年後に同じ思いを持つかもしれませんが、最近かなり自分が復活してきた実感を持てるようになりました。

昨日まで、実は体調が良くなかったのですが、今日はめずらしくすっきりです。
さわやかでないのは気分だけですが、今日の青空で気分もよくなるでしょう。
今日は出かける予定でしたが、昨日までの体調の関係で延期させてもらいました。
ですから今日は、何もしなくてもいい1日になったのです。
さて何をしましょうか。
いや何もしなくてもいいのですから、何もしなくてもいい?
表現を間違えました。
今日は何をしてもいい日なのです。
さて何をしましょうか。
何をしようと今日はいい1日になるでしょう。

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2017/06/15

■節子への挽歌3573:また確保していたはずの日曜が埋まってしまいました

節子
時評にも噛みましたが、いわゆる「共謀罪法」が深夜、成立しました。
とんでもない方法で、強行採決された結果です。
昨夜はそれを見ていて、あまり寝ていません。
国会前でのデモにも誘われましたが、いまはデモには疑問を感じているので、行きませんでした。
しかし今回は行くべきだったかもしれません。

それはともかく、朝、5時にパソコンを開きました。
こんなメールが入っていました。
北陸に住んでいる若い女性からです。

お久しぶりです。
夜分遅くにすみません。
変わらず行き詰まっており、限界でご連絡させていただきました。

複雑な気持ちになりました。
共謀罪法成立への暴力的な取り組みが進められているなかでも、それどころではなく目の前の問題でぎりぎりになっている人がいるのです。
そういえば、この1週間、いろんな相談にいろんな人が来ましたが、共謀罪法など話題にもなりませんでした。
みんなそれどころではない。
しかし、実はそういう状況に追いやられていることは、まさに政治や経済のあり方に深く関わっているのです。
そこがぷつんと切られている。
その構造が可視化されてくれば、事態は変わりだすでしょうが、なかなか見えては来ません。

行き詰っている人たちの問題は、一見、多様で、それぞれ関係がないように見えますが、実はそれらはつながっている。
いろんな人の話を聴いていて、それがよくわかります。

昨日、気分直しに「壮烈第七騎兵隊」と言う大昔の西部劇を見ました。
私が生まれた年に制作された映画です。
有名なカスター将軍の話ですが、予想もしていなかったセリフが出てきます。
「金か名誉か」.
すでに1941年に、これが問題になっていたことに驚きを感じました。
その映画では、お金の亡者になってしまった人が、最後はカスターと共に死ぬことで名誉を挽回しましたが、今やそんな人はいないでしょう。
金を目指すことが社会の大きな流れになってしまった。
だからそれになじめない人は、行き詰ってしまう。

金を目指して行き詰った人も少なくありません。
そういう生き方は、私はとりませんが、だからと言ってそういう生き方を否定する気にはなれません。
そういう人はたぶん、そう生き方をするように社会から誘導されたのでしょうし、私もまたそういう生き方をしている人の恩恵も受けていることは否定できません。
だからそういう人の相談にも乗らなければいけません。
どうしたら「事業で収益を得る」ことができるか、をアドバイスしなければいけないこともあるわけです。

北陸から上京する女性に何ができるかわかりませんが、相談に乗ることにしました。
また休日がなくなりました。
でもまあ、これが私の役目なのでしょう。
節子が手伝ってくれていたら、もう少し楽ができるのですが。

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■寝不足ですが、眠くありません

寝不足です。
「共謀罪法」が成立しました。
ずっとではないですが、昨夜から見ていました。
国会前のデモには参加しませんでしたが。

法の内容にはいろいろな意見があるでしょう。
しかし、私が恐ろしさを感じるのは、法を成立させるプロセスです。
民主主義を標榜する法治国家とは思えないほどの進め方です。
一部の人が指摘していますが、参議院の存在意義を葬ってしまうようなやり方です。
子の進め方にこそ、「共謀罪法」の本質が象徴されていると思います。

さらに恐ろしいのは、自民党にはだれも反対行動を取る人がいなかったことです。
昨日書いた武蔵越生高校サッカー部の部員と同じです。
どう考えても、金田法相は大臣どころか、人間としておかしいでしょうし、ご自分でも公言されたように、金田さんの頭脳は今回の法案を理解できていません。
再び、映画「続猿の惑星」の議会風景を思い出します。

山本太郎議員が、投票する時に、怒りを込めて「恥を知れ!」と議場に向かって叫んだ姿を、私は忘れることはないでしょう。
自民党に属している議員には良識のある人は一人もいないことを知らされました。

寝不足ですが、怒りで眠くありません。
昨日から頭痛に悩まされていますが、このせいだったのでしょうか。
医者に行こうと思っていましたが、医者では直りませんね。

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2017/06/14

■節子への挽歌3572:ホームページを1か月更新していません

節子
気が付いたら、この1か月以上、ホームページを更新していませんでした。
2002年1月1日にホームページを始めて以来、毎週日曜日には更新してきました。
節子が逝ってしまった時でさえ、それを守ってきましたが、この1か月は更新せずに来てしまいました。
niftyのサービスを利用して、私が手づくりしたホームページです。
そのniftyサービスが打ち切りになり、niftyが提供してくれた新しいサービスに切り替えたのですが、これまでとはかなり違うサービスになってしまいました。
それに私は、dreamweaverというソフトを使ってホームページを自作したのですが、ソフトのバージョンが古いので使いにくくなってきてしまっています。
新しく作りかえようかと思い新しいソフトも購入しましたが、15年以上、どんどん蓄積してきたホームページなので移管するのは無理でしょう。
そんなこともあって、ホームページ更新へのモチベーションが低下してしまいました。
しかし、節子が元気だったころに立ち上げたホームページであり、節子のこともかなり書かれているので、新しいホームページにするのも抵抗があります。
それに、このホームページには私の考え方がかなり込められています。
最近はしっかりとは更新していませんが、最初の頃はかなりの思いを入れ込んでもいたのです。

このホームページはもともと友人にホームページの作り方を半日レクチャーしてもらい、2001年の年末2日をかけて作ったものがベースになっています。
あの年の大晦日は、節子が新年の料理を作っている傍らで、除夜の鐘が鳴りだしてからもパソコンに向かっていました。
あれから17年半がたったわけです。
私の人生も大きく変わりましたし、世界も変わりました。

このホームページは、私がまた戻ってきた時に、つまり来世にも出会えるようにという思いもあります。
しかし多くの場合、前世の記憶はなくなるようですので、私がこのホームページに出会っても、それが私の書いたものだと気づかない可能性が大きいでしょう。
それは仕方がありませんが、残しておけば、もしかしたら気づくかもしれません。
あるいは、節子が気づいてくれるかもしれませんし。
そう思いながら、更新を続けてきていますが、1か月もさぼってしまいました。
この1か月は、ちょっと厭世観と無力感に襲われていたのです。

いまもなお、その状況から抜け出せたわけではありません。
しかし、このじょうきょうにもだいぶ慣れてきました。
節子がいない人生にも慣れたのですから、どんな人生にも慣れることができるはずです。
今度の日曜日に、久しぶりにホームページを更新しようと思います。
さてその準備をしなければいけません。
挫折しなければいいのですが。

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■節子への挽歌3571:久しぶりの頭痛

節子
ユカが仏壇に庭のアジサイを供えてくれました。
庭のアジサイが咲きだしています。

昨日は集中して、いろんな人と会いました。
みんなそれぞれに問題を抱えています。
いつもは元気な50代の男性が、湯島に来て話し出すなり、泣き顔に変わりました。
仕事柄、外ではそんな表情はできないのでしょう。
湯島に来る前に駅のプラットホームで時間待ちしていたそうです。
いささか恐ろしい話です。

私も自分の問題で頭がいっぱいの時に、駅のホームでふらっとしたことがあります。
以来、駅のホームではできるだけ真ん中にいるようにしていますが、突然に身心が動くこともあるでしょう。
いろいろとあるので、彼には少しきついことを言ってしまったかもしれません。
相談に乗るのはいいのですが、的確な応対ができないと、あとで自分を責めることになります。
それで私自身が疲れてしまうのです。

今日は自宅にいます。
最近は連続して相談に乗れるのは2日が限界で、2日の次には1日、休むようにしています。
以前は、1日4~5組も苦になりませんでした。
対価をもらっていたら、今ごろはきっとビルが建っていたでしょう。
ですが、私自身はダメになっていたかもしれません。
ビルは建ちませんでしたが、友人知人はたくさんできました。
相談に来てくれる人たちは、みんな友人です。
ありがたいことですが、疲れることでもあります。

昨夜から頭の左側に痛みがあります。
最近あまり頭痛は体験していないのですが、久しぶりの頭痛です。
たぶんかなりの負担が左脳にかかっているのでしょう。
首を動かすだけで痛みが走ります。
娘は医者に行けと言いますが、血圧の薬を飲んでいないので、つまりその医者さんの言うことを守っていないので、気が重いです。
まあもう少し様子を見ましょう。

いろいろと相談を受けた後は、自らのリハビリも必要です。
自分が元気でないと他者を元気にはできません。
自分が幸せでないと他者は幸せにできない。
それはわかっているのですが、元気になって幸せになるのは、一人ではなかなか難しい。

頭がまた痛み出しました。
医者からは頭痛があったら、きちんと血圧の薬を飲めと言われていますが、たぶんこの痛みは血圧のせいではありません。
少し頭を空にしろ!と言うメッセージでしょう。
少し休むことにします。

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■立ち上がる勇気

武蔵越生高校サッカー部の体罰映像がユーチューブに流れて話題になっています。
たしかにひどい暴力事件だと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=KmzXOXW0ZyE

ただ私がこの映像を見ていて恐ろしさを感じたのは、コーチの暴力ではありません。
暴力を振るわれている高校生とコーチの間には、ある特別の信頼関係もあったような報道もありましたし、コーチのインタビューも聞きましたが、あまり一般論で考えたくはありません。
私が恐ろしさを感じたのは、映像に見るように、サッカー部員の誰もが座ったまま動かないことです。
これほどの暴力を目の当たりにしても、動かない部員。
その姿に、私も含めていまの日本の国民の姿を感じたのです。
こういう風景が、いまも文科省や内閣府で展開されているのでしょうか。

この映像を撮影したのはサッカー部員のようです。
それがせめてもの救いですが、同時にこういう手段しかなかったことにやりきれなさを感じます。
ちなみに学校側には、この暴力的な指導はアンケートなどで届けられていたそうですが、学校側は無視していたため、サッカー部員はこうした手段をとったのでしょう。
コーチだけが悪者になっていますが、一番悪いのは学校の校長だと私は思います。
権力をもつ者は、責任を持つべきです。
JR西日本の福知山事件の判決にも、そういう思いを持ちました。

立ち上がる勇気をもちたいです。

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■権力に対峙するためにはつながりが必要

私が一番嫌いなことは、「嘘」と「無視」です。
いまの国会での閣僚や官僚の答弁を聞いていると、「嘘」と「無視」が満ち溢れている。
先日の菅さんの記者会見で、司会の人が「同じような質問を繰り返さないでください」と注意されていましたが、そう言われた女性記者は「明確な回答をいただけなかったので」と応えていました。
他の人が、そうしたやりとりに共鳴して、女性記者を応援して、政府の「嘘」と「無視」を糾弾しないのが残念ですが、その記者のねばりに少しですが、私は救われた気がしました。
司会者は、「同じ回答を繰り返さないでください」と言うべきでした。
仲間を司会者にしている限り、公正な記者会見など実現しません。

この記者会見でも明らかですが、「一強体制」をつくっているのは、野党であり国民です。
権力に対してはバラバラでは絶対に対峙できません。
権力構造の原理は、どれだけの力を結集することができるかですが、逆に言えば、自ら以外をどのくらいバラバラにできるかでもあります。
つまり、菅官房長官に対峙するには、記者会見場での記者が横につながらなければいけません。
繋がるという意味は、記者会見の意味を共有し、それぞれが求めるものを効果的に引きだす場にするということです。
ただただ話を聴く場ではないはずですが、いまはそうなっているように思います。

国会の議論もそうです。
野党は少しだけ横につながって言動しはじめていますが、もっと国民や社会とつながらなければ権力には対峙できません。
1950~60年代はそれが経済や政治でも実現していました。
つながりが大切なのは、福祉の世界の話だけではありません。
それに福祉は、経済と政治に深くつながっています。
ちなみに、現在の経済と政治の原理は、つながりを壊すことです。
つながりを壊すことで新しい市場が生まれます。
つながりを壊すことで権力が生まれます。
もちろんそれとは逆な経済や政治はありますが、いまの経済や政治はそうなっています。

市民活動や福祉活動をしている人たちが、経済や政治にあまりに無関心なのが、私には理解しがたいです。
ヒットラーナチスは、そうした善良な人たちのボランティアや横のつながりに支えられて、大きくなりました。
いまの日本にも、その兆候を感じます。
だれが一強国家をつくったのか。
それに気づかなければ、日本は変わりません。
アメリカやヨーロッパの国民たちは、それに気づきだした気がします。

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2017/06/13

■節子への挽歌3570:遺言書を書いています

節子
遺言書を書いてみました。
といっても、私の遺言書ではありません。
私の場合、娘たちも私の考えはほぼすべて理解しているでしょうし、争いになるほどの遺産もないでしょう。
ではなぜ遺言書など書いてみたかといえば、友人に頼まれたからです。

独身を通した友人が先月、突然胃がん宣告を受けました。
そして私に電話してきました。
手術の前にやっておきたいことがあるというのです。
何事かと思って急いで会ったのですが、要は遺言書を書いておきたいというのです。
親族が3人いるのだそうですが、その3人に自分の遺産をうまく配分しておきたいのだそうです。
すでに考えは決まっているのですが、自分が死んだ後、それを3人に伝える役目を私に託したいというのです。
私よりも先に逝くことが決まっているわけではないのですが、突然のがん宣告で、ちょっと不安になったのでしょう。
人は、時に混乱するものです。

予め3人に言っておけばいいではないかと思うのですが、均等相続ではないので、いろいろと問題が起きるのを避けたかったのでしょう。
私が言うのもなんですが、なかなかいい配分の考えです。
それに、死後、友人が遺言書を開示するというのもドラマティックです。
できれば、がんで死ぬのではなく、殺害された方が劇的ですが、そこまで期待するのは欲が深すぎます。
しかし、先に私が死んだらどうするのかという問題もあります。
それで、もう少し死ぬ時期を遅らせてもらうことにして、手術後に相談するようにしました。

しかし、そもそも弁護士でもない私が、そんな役割が果たせるのでしょうか。
そういうわけで、遺言について調べ出したのです。
それで、自分の遺言書でもないのに遺言書も書いてみたのです。
書いてみると、自分のも書いてみたくなってきました。
できればちょっと謎解きの要素を入れるのもいいかもしれません。
そのためには、相続遺産をもう少しためておくべきでした。
できれば、どこかに隠し子がいると、もっとドラマティックになります。
生き方が単純すぎたようです。

そういえば、むかし、会社の後輩に頼まれて、ラブレターを書いたことがあります。
自分のラブレターも書いたことはなかったのですが、後輩から頼まれたら仕方がありません。
まだ節子と付き合う前の話ですが、その後輩は節子も知っているスポーツ選手でした。
残念ながら、その直後に私は転勤になり、私の代筆したラブレターが功を奏したかどうかは定かではありません。
私のラブレターはたぶん特殊でしょうから、うまくいかなかったのではないかという気もします。
頼むときには人を選ばなければいけません。

さて遺言書は私に頼んでいいものでしょうか。
たぶんこれは大丈夫でしょう。
自分の遺言書はともかく、他人の遺言書はやはり責任重大です。
もう少し勉強しなければいけません。

がん宣告を受けた友人は、手術の前に玉川温泉に行きたいと言い出して、いま、温泉で湯治中です。
10日温泉湯治してくれるので、もしかしたら胃がんが治っていて、手術もしないですむかもしれないと言っていましたが、こういういい加減な友人なので、遺言書を私が開示する役割はたぶん果たせないでしょう。
つまり私よりも長生きするということです。
さてそれでは誰に委ねるか。
なんでそんなことまで私が考えなければいけないのか。
人生は不条理の連続です。

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2017/06/12

■節子への挽歌3569:相談が押し寄せてきました

節子
今日はまたいろんな相談がやってきました。

まず朝、Uさんがわが家に相談に来ました。
Uさんたちのことは気にはなっていましたが、いろんな人が応援する仕組みができたのと何よりもある「有名な方」が応援しだしたようなので、私の役割は終わったなと最近は身を引いていたのです。
しかし、どうもうまくいっていないようです。
ちょっとどころか、とても「重い」相談でしたが、私はあまりお役立ちできそうもありません。
あの元気なミセスUさんも、ちょっとダウンしているようで、いささか心配ですが、さらにそのつながりでYさんのことも心配になりました。
あまりにもうまくいくことの落とし穴もあるのです。
人生はゆっくりと、地道に進むのがいいです。

以前はよく相談に来ていたAさんが、最近来なくなっていました。
だいたいにおいて、みんなうまくいきだすと湯島には来なくなります。
それはもう現金なもので、いろいろと相談を持ちかけてきた人がうまくいき出すとパタッと来なくなることも多いのです。
そんな人がテレビで話しているのを見ると、人の哀しさを感じます。
節子は時に怒っていましたが、でもまあうれしいことでもあります。

今朝、その相談に来なくなっていた人から1行メールが届いていました。

どうにも、心と体がついていかなくて、うつ状態で、困っています。

私の言うことを聞いてくれないからだろう、と言いたかったのですが、すぐに1行返事を送りました。

助けが必要ですか?

いつもはなかなかメールの返事が来ないのに、今日はすぐ返信が届きました。

はい。お願いします。 今日、これからは無理でしょうから、明日とか、お時間ありますか?

やれやれ、そんなに大変になっているのか。
明日もまたゆっくりできそうもありません。
明日は、本当はもっと困っているはずの人に会いたかったのですが、その人は体調を崩してしまったようです。
みんな無理をしているのでしょうか。
無理をしないと生きていけない時代になってしまったのでしょうか。
私も誰かに助けを欲しくなることがあります。
だからやはりここはがんばって助けを求められたら、何とかしなければいけません。

節子
また今日の午後から頭が痛いです。
奈良と京都で楽をしてきた罰が下されているような気がします。
いつになっても楽のできない人生は、困ったものです。

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■なんでまだ豊洲が候補に残っているのか

豊洲か築地かがまだもめています。
今日もテレビでやっていましたが、築地市場の人たちの怒りはよくわかります。
でももっと早く声をあげろよと言いたいです。
しかし、たぶん私も同じように、声を上げるべき時にあげていないのでしょうね。

私はこの問題の一番の責任者は、築地市場協会会長の伊藤さんと専門家委員会の平田さんではないかと思っていますし、豊洲移転などあり得ようもないと思っています。
「安全宣言」した「専門家」(何の専門家でしょうか)の平田さんがいまになって、より安全な案など出しても、信頼されるはずはないと私は思いますが、信頼する人がいると言うので不思議です。
しっかりした専門家でまともな常識があれば、安全などと言えるはずもなかったのですが、その肝心の責任が問われないのが私には不思議です。
そういえば原子力規制委員会の田中さんもそうでした。
みんな「専門家」に許容過ぎるように思います。

伊藤さんがどんな人かは知りませんが、まともに自分の仕事場を知り、仕事に誇りを持っている人ならば、そもそもこんな話に乗るはずがありません。
いささか極端に聞こえるかもしれませんが、伊藤さんも平田さんもお金に負けた人にしか見えません。
このテーマの報道で、よくすでに豊洲に6000億円投資したからということが言われます。
だからなんだと、私は思いますが、長い目で見れば6000億円などは些末な金額です。
これからの30年、市場にお世話になる人口が1000万人として、一人あたりにしたら、わずかな金額でしかありません。
そんな計算さえできない人が増えているのが情けないです。
6000億円投資したのだからなどと考える人もまた、私にはお金に負けた人に思えます。

でもまあそもそも巨大な市場という制度にこそ問題があるのではないか。
まあその便宜を享受せざるを得ないのが悔しいですが、築地に残るしか道はないはずなのですが。
まあ、今回の議論はいかにも暴論かもしれませんが。

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2017/06/11

■猿の惑星にワープしてきてしまったのでしょうか

加計学園問題は、安倍首相の指示で、きちんとした調査が行われることになったようです。
森友問題での理事長の証人喚問も、首相の指示でした。
このことを見ても、首相の関与は明らかですが、なぜかみんなそう考えないようです。
ちなみに、首相が直接指示したかどうかよりも、実質的に首相の意向が明らかになっていて、それが何らかの形で決定に大きな影響を与えたかどうかが私は重要だと思っています。
自らをそんな存在にした首相の責任が問われるべきでしょう。
権力をもつものは、常にそれくらいの知性を持つべきです。

それにしても私は、最近、「猿の惑星」にワープしてきたのではないかと思うことがあります。
しかも、政権トップの人の顔を見ると、どうも猿に見えてしまうのです。
こんなことを言うと、それこそ失礼で侮辱されたと怒られそうですが、まあ幸いにこのブログの読者にはたぶん猿はいないでしょう。
念のために言えば、私が失礼かなと思うのは、もちろん猿のみなさんにであって安倍政権のみなさんにではありません。
それに、猿まねというのは、たぶん猿の文化ではなく、人間の文化だと私は思っていますので。
猿はもう少し知的ではないかと思うのです。
第一、お金などの奴隷にはなっていませんし。

でも文科省の人たちが、少しずつ知性を取り戻してくれているような気がして、とてもうれしいです。
大変でしょうが、知性と思考をなくしてしまえば、猿に戻ってしまいますから。

しまった!
また猿に失礼なことを言ってしまいました。
私は人間中心主義者ではないつもりですが、最近、どうも猿のような権力者への嫌悪感から、猿が嫌いになってきています。

あれ? これってどこか矛盾していますね。
だれが人間で誰が猿なのか?
私は一体どちらなのでしょうか。
ここはやはり「猿の惑星」なのでしょうか?

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■節子への挽歌3568:敬愛する先輩との再会

節子
昨日、京都で会社時代の敬愛する先輩に会いました。
技術系の先輩で、実はやめてからずっと気になっていた人です。
出張の仕事を早く切り上げて、京都でちょっと時間ができることをフェイスブックに書いたら、みんなから京都駅近くの渉成園を薦められたのですが、それを読んでくれて、田中さんが案内を申し出てくれたのです。
それで久しぶりに田中さんに再会できたのです。

田中さんは江戸っ子だと思いますが、今は滋賀にお住まいです。
会社を辞めた後、大学で教えられていましたが、いまもまだ大学で教えられています。
私よりも年上ですが、余人をもっては変えられない講座を独自につくってこられたようです。
その科目を聴いて驚きました。
一つはご自身の専門分野ですが、もう一つはなんと留学生への日本語授業です。
日本語教育と言っても、田中さんのはどうも「日本人の生活文化」を踏まえて講義内容のようです。
その話が実に魅力的でした。

田中さんと話していて、はっときづいたのですが、私と田中さんとは一緒に仕事をしたこともなく、ただ4年間、職場が隣の部屋だっただけだったのです。
にもかかわらず、なぜか私は田中さんに会いたいと思っていました。
なぜでしょうか。
人の縁の不思議さを感じます。
田中さんは理科系、私は文科系。
たぶん会社時代、そう話したことさえなかったかもしれません。
でもお互いになんとなくその存在を気にしていたのかもしれません。

田中さんは京都駅近くの渉成園を案内してくれました。
渉成園の入り口の石垣はさまざまな形の石でできています。
組織もまたさまざまな個性の人で成り立っていますが、田中さんも私もたぶん少し変わった形をしていたのかもしれません。
だからお互いにちょっと気になっていた。
私も田中さんも、しかし個性を強く打ち出すタイプではありません。
存在が、なんとなく変わっていただけかもしれません。

田中さんとはゆっくりお話ができました。
もしかしたら、会社時代でさえこんなにゆっくり話したことはなかったかもしれません。
でも私にとっては、気になっていたことが実現できて、とてもうれしい2時間でした。

渉成園の石垣の前で、ちょっと変わった石垣を選んでそれぞれ写真を撮りました。
このブログに、私の写真を載せるのはもしかしたら初めてかもしれませんが、田中さんの写真と一緒に掲載しておきたいと思います。

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2017/06/10

■節子への挽歌3567:朝の奈良公園を散歩しました

節子
朝食前にならまちと奈良公園を散歩して来ました。住民の方や観光客の方にも数名すれ違いましたが、こちらから挨拶すると必ず返事が戻って来ます。
これが観光地の良さかもしれません。
観光地であれば、声をかけやすいのです。
そして、だれもみんなほんとは挨拶をしたいのです。
でも、観光地ではないところでは、最近はなかなか声をかけられません。
何かきっかけがあればいいのですが、声をかけても無視されることが少なくありません。
私はATMを出て、誰かが順番を待っていたら、必ず「お先でした」とか「お待たせしました」と声かけをしますが、滅多に返事は帰って来ません。
でも、観光地では安心して声をかけられます。
それだけでも気持ちが良くなる。
だから散歩嫌いな私も、観光地では必ず朝の散歩をするのです。

ところで、昨日、東京駅に向かう電車で、飛鳥山田寺の仏に会ったことを書きました。
失礼になるので確認はしませんでしたが、彼女は間違いなく東京に遊びに来た山田寺の仏です。

それで新幹線の中では、時間の合間に会いに行ってみようとも思ったのですが、東京であったので不在かなと思い、昨日は新薬師寺の十二神将に会いに行ってしまいました。
そして今朝、奈良公園に向かう途中、興福寺を通ったのですが、そこになんとその仏頭の写真がありました。
いま仏頭は600年ぶりに脇侍の月光、日光に会って、興福寺で特別展示されているのだそうです。
それを知っていたら、昨日は彼に会いに行ったのにとても残念です。
今日はもう行く時間がありません。
もしかしたら昨日東京で会った薬師は、それを私に教えようとしていたのかもしれません。
新幹線の中ではそう思っていたのに、昨日はなぜか心変わりしてしまったのです。
それで昨日の新薬師寺の薬師は、気分を害していたのかもしれません。
いつものように、私に声をかけてくれなかったような気がします。

奈良公園の鹿にも会って来ました。
5分ほど鹿たちと一緒にいました。
節子と50年前に歩いた時に会った鹿たちと同じに、平和そうでした。

今日はこれから西ノ京の薬師寺に行きます。団体行動はとても不得手ですが、午前中は付き合う予定です。
これからセッションが一つあるのですが、まあ私の出番はないでしょう。
ついつい話しすぎるので、出番を作ってもらえないのかもしれません。
困ったものです。

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2017/06/09

■節子への挽歌3566:50年ぶりの新薬師寺十二神将

節子
奈良ホテルで合宿です。
仕事の合間に、こっそりホテルを抜け出して、近くの新薬師寺に行きました。
前に来たのはもう50年以上前でしょうか。
節子と付き合い出す前で、職場の3人の女性たちと来たのですが、残念ながら節子とは来たことがありません。
新薬師寺が奈良公園からこんなに近いとは思っていませんでした。
ホテルで聞いたら、歩いていけるというので、抜け出したわけですが、暑さもあってちょと遠かったです。

新薬師寺で有名なのは十二神将です。
本尊の薬師如来坐像(これも国宝です)を十二体の神将たちが囲んでいるのは圧巻です。
ところが、50年ぶりにお会いした十二神将たちは私の記憶とはちょっと違って、みんな年取ってしまった気がします。
私の気のせいなのでしょうが、そんな気がします。
坐像の前でしばらく座っていましたが、私の精神状況のせいでしょうが、伝わってくるものがあまりありませんでした。
そう言えば、興福寺に行ったら今朝、電車で会った山田寺の仏に会えたかもしれませんでした。
すっかり忘れていました。

新薬師寺の周辺はまだあまり観光化されておらずに、町並みも風情があります。
節子好みのお店もところどころにありました。
抜け出したこともあって、残念ながらどこにもよらずにホテルに戻りました。
だれにも気づかれずに終わりました。

奈良ホテルは今回は旧館の部屋です。
天井がとても高く、すごくほっとします。
でも、ホテルの部屋の浴室は、私は苦手なのでシャワーで済ませました。
今もホテルでの宿泊は苦手です。

合宿メンバーは今も二次会をやっていますが、今日は朝早かったので、もう眠くなったので、参加せずに部屋に戻りました。
明日は早く起きて、また奈良公園を散策しようと思いますが、今日、暑い中を急ぎ足でかなり歩いたので起きられないかもしれません。
長い1日でした。

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■節子への挽歌3565:山田寺の仏に会いました

節子
久しぶりに東海道新幹線に乗っています。
それも朝一番の列車ですので、4時半に起きました。
起きるのが早すぎたので、パソコンを開いたのが間違いでした。
昨夜は早く寝たため、いろんなメールが入っていました。
それを見ながら、一部に返信していたら、また時間を忘れてしまい、ユカから大丈夫かと声をかけられ、気づきましたが、食事をする時間がなくなりました。
ユカが駅まで送ってくれたので、無事、新幹線には間に合いましたが、まあこういうことはなかなか治りません。

久しぶりに早朝の電車に乗ると、最近の自分の怠惰な暮らしぶりを反省する気分になります。
早朝からみんながんばっているのです。
いつもと違い、車内でスマホをやっている人はいません。
ほとんどの人が寝ています。
朝早くから働いている人、夜遅くまで遊んでいる人、さまざまでしょうが、最近の私はそのいずれでもありません。
働きもせず、遊びもせず、困ったものです。

上野から京浜東北線に乗り換えたのですが、もう電車は混んでいました。
ふと前の座席に座っている人を見たら、見覚えのある人が目を瞑っているのです。
知り合いではありません。
飛鳥の山田寺のあの有名な仏頭の顔です。
私は高校の頃から、この仏頭の顔が大好きでした。
実に安らかで、見ていて心が平安になれるのです。
あれほどの不幸を見てきたにもかかわらず、すべてを受け入れているようです。
ちなみに、私はあまり科学的ではないですが、たとえ仏像であろうと、表情は変化していくと信じています。

その女性に声をかけたいほどでしたが、痴漢と間違えられるといけないので、やめました。
でもあの人は仏に違いありません。
私が最後に山田寺の仏に会ったのは5年ほど前です。
たしか興福寺でした。
有名な阿修羅像と一緒に見たのですが、私はやはりこちらのほうが好きです。

今日は奈良ホテルで合宿です。
研修会のコーディネーターのような仕事ですが、途中で抜け出して、会いに来いということでしょうか。
いやそもそも抜け出せるでしょうか。

新幹線に乗った途端に寝てしまったので、起きたら浜名湖でした。
今は伊吹山がよく見えています。
間もなく京都です。
天気はとてもいい。
今日はいい日になりそうです。

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2017/06/08

■「国を守る」ということは意味のある言葉なのか

「ザ・クリミナル 合衆国の陰謀」(Nothing But the Truth)という映画があります。
情報源守秘という信念を貫いてアメリカの国家権力と対立する女性記者を描いた映画ですが、実際にアメリカで起こった「プレイム事件」(イラクには大量破壊兵器などなかったことを暴いた事件)に基づいて制作されたと言われています。
もっとも、この事件を題材にした映画は、他にも「フェア・ゲーム」というのがあり、そちらの方がより事実には近いようですが、私が好きなのは「ザ・クリミナル」です。
国を守ることの本質が見えてくるからです。

共謀罪成立に取り組んでいる人たちは、おそらくみんな「国を守ろう」と思っているのでしょう。
国を守ることが国民を守ることだと思っている人も多いでしょう。
そこには、「悪意」などあろうはずがない。
反対する人たちも同じです。

話は違いますが、金正恩もトランプも、言うまでもありませんが、それぞれ「国を守ろう」としていると思います。
しかし、見方によっては、国を危うくしているようにも見えてしまう。
そこに大きな落とし穴があるような気がします。

私は、コラテラルダメッジという発想には否定的です。
私の信条は、全体よりも個を大事にするからです。
誰かを犠牲にして得られる幸せは、宮沢賢治も言っているように、私には幸せではない。
誰かを蹴落として、自分が幸せになれるはずがない。
しかし、これは私の価値観であって、だれもがそう考えるわけではないでしょう。
そしてどちらが「正しい」とは言えません。
人にはそれぞれの考えがある。
反対意見に耳を傾けない人の意見は、意見とは言えないというのが私の考えです。

ところで、
阿部さんも金さんも、トランプさんも、あるいはプーチンさんも、みんな国を守ろうと頑張っていることが、戦争への不安を起こしているわけです。
そこに問題があります。
つまり、「国を守る」という言葉に問題がある。
国とは何なのか。
いやもっと言えば、「守る」という発想に問題があるというべきでしょう。
言い換えれば、「守る」とは、自らと違う相手を「敵」と考えることだからです。
「国を守る」という言葉にだまされてはいけません。

先日、テレビで、トランプ支持派と反トランプ派とが話し合うサンデルの白熱教室を放映していました。
私は再放送で見たのですが、とても大きな気づきをもらいました。
それを見て、私は、問題の立て方を間違えているのではないかと思ったのです。

そんなこともあって、今日、改めて「ザ・クリミナル」を観ました。
信条とはいったい何なのか。
いろいろとまた考えさせられてしまいました。
サンデルのような白熱教室をいつか湯島で開催したいです。

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■節子への挽歌3564:人は話すと楽になる

節子
私より若干年下の人が活動の合間に湯島に来てくれました。
そして、なにか自分のできることはないか、と言ってくれました。
私の最近の様子を少し心配してくれたようです。
心配してくれる人は多いのですが、具体的に何かできることがあれば引き受けると実際に申し出てきてくれた人ははじめてです。
とても元気が出ました。

その人と何かをかつて一緒にやったことがあるわけではありません。
彼は30年間、まさにビジネスの真っただ中で仕事に取り組んできた人ですが、いまは私が知る限り、私の友人の仕事を無償で(たぶん資金的にも応援しながら)、それも半端ではない時間をかけて支援しています。
私が、その人と知り合ったのは、その活動のおかげですが、実はその前にもその人の姿は見ています。
私がコーディネーターをつとめたシンポジウムで、会場から発言してくださったのです。
終了後、その人と話したかったのですが、会場が広くて、その人にたどり着く前に、いろんな人につかまってしまい、話せませんでした。
それが、まったく別の理由でお会いでき、以来、ささやかにフェイスブックでつながっていたのです。
最近の、私のある投稿に反応してくれ、コメントだけではなく、わざわざ湯島まで出かけてきてくれたのです。
それだけでも感謝しなければいけません。

先日お会いしたコミーの小宮山さんのよくいう言葉に、講釈だけの人は信用できないというのがあります。
私も同感で、実践のない人や相談に乗る場合、身を引いて相談に乗る人は私の世界の人ではありません。
誰かの相談に乗るのであれば、自分の人生とつなげながらでなければいけません。
自らもリスクをとらずに相談に乗れるわけがないと私は考えています。
そういう意味で、お金をもらって相談に乗ったり、仕事として相談に乗ったりする人は、私には別の世界の人です。
もちろんそういうことが悪いとか意味がないとかいうわけではありません。
それも十分に価値があり、必要な仕事です。
それを否定するつもりはありません。
ただ単に私の趣味ではないということです。
あるいは私にはできないことなのです。

その人、Kさんと話していて、少し元気が出てきました。
ついつい調子に乗って、これまでの話や私の私的な問題などを話してしまいました。
人は話すと楽になるものです。
しかしその一方で、話しすぎたなといつも悔いも残ります。
たぶん私のところに来て、自分のことを話してくれる人も、そうなのかもしれません。

昨日は、「話を聴くこと」と「話をすること」とふたつをやりましたが、いずれもそれなりに難しいです。
そのいずれにおいても、ちょっと悔いが残っています。
話をするのも話を聴くのも、まだまだ未熟のようです。

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2017/06/06

■節子への挽歌3563:今日もしっかりと朝食を食べました

節子
早起きが気持ちのいい季節になりました。
最近は5時起床が少しずつ定着してきました。

私は朝の新聞は5分ほどしか目を通しません。
以前、会社にいた頃は会社では10種類近い新聞を読み、自宅でも2種類以上の新聞をそれなりに読み込んでいましたが、最近は紙面の雰囲気や大見出しに目を通すだけです。
気になった記事は、デジタル版でダウンロードしておき、後で読みます。

最近はテレビのニュースもほとんど見ません。
以前は7時台のNHKを見ていましたが、最近のNHKは私の好みではなくなりましたし、特に、政治がらみのニュースや殺人事件のニュースは、見ていて腹立たしくなるだけですので見なくなりました。
ちなみに、腹立たしくなる理由は、報道姿勢に関してです。
それに、最近のNHKの若いアナウンサーの軽薄さには、受信料を払いたくなります。
ブラタモリの近江友里恵アナウンサーの無邪気さは好感が持てますが。
民放は、さらに腹立たしいですが、時に共感できるジャーナリストのコメントに出会うことがありますので、出かけるのをやめて見入ってしまうこともあります。

いずれにしろ、朝の時間はたっぷりあるのです。
鳥の声に耳を傾けることも、朝顔のツルが静かに伸びているのも、楽しめる時間です。
ぼーっとする時間もあります。
ただ、起きて最初にすることは、隣室の隣の部屋にあるパソコンでメールとフェイスブックのチェックです。
そこから1日の予定が決まります。

今週は8日か9日から奈良に行く予定です。
と言っても、物見遊山ではありません。
古くから付き合いのある研究所の合宿です。
今年こそやめる予定でしたが、なんとなくずるずるやっているうちに断わるチャンスを失しました。
奈良ホテルでの合宿なので、朝、奈良公園を散策できるのが、私が断れない理由です。
朝の奈良公園はちょっと魅力があるのです。
翌日、京都なのですが、途中で抜け出そうかと考えています。
予定では伏見稲荷に合宿参加者全員で行く予定ですが、大人数でそういう場に行くのは、私の趣味ではありませんので、後半は解放してもらおうかと思います。
それで2~3時間時間が空くのですが、大津に行って旧友に会うか、当時で空海の曼荼羅世界を観じてくるか、どうしようかと考えています。
しかし、昨夜、ちょっと思いついて、フェイスブックでアイデアを募集しました。
いくつかのアイデアが今朝届いていました。
もう少し考えてみようと思います。

フェイスブックは不思議な世界です。
そこに問いかけるといろんな人が応えてきてくれます。
ですからなんとなく孤立感をもたずにすみます。
私にはとてもいいものですが、これを悪用したり、これで迷惑をこうむったりしている人もあるようです。
社会の仕組みは、裏と表があります。
私はいまのところ運よく、フェイスブックの世界には相性がいいようです。

朝食だけは毎日きちんと食べています。
これだけは節子がいなくなってからも守っています。
しかし、これも極めて簡単な朝食です。
マーガリンとソーセージとレタスをはさんだトーストサンドとたっぷりのコーヒ。
それに娘が作ってくれる青汁入りのバナナジュース。
気が向けば、私がハムエッグをつくりますが、私の健康診断結果だと卵はあまり食べない方がいいらしいです。
さらに気が向けば、わかめも食べます。
海藻類は私の好物です。
朝、ちゃんと食べているので、時にお昼を食べそこなっても大丈夫なのです。

さて今日は、どんな日になるでしょうか。
きっとよい日になるでしょう。
節子にもきちんと般若心経をあげましたので。

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2017/06/05

■節子への挽歌3562:家でのんびりしたかったのですが

節子
今日はたまった仕事を整理するために自宅でした。
節子も知っているように、私は何かデスクワークをする場合は、自宅で取り組みます。
湯島ではいろんな人が来ることもあって、まとまった仕事はできないからです。
ですから自宅にいる時の方が忙しいので、節子は最初理解デモクラシーができなかったはずですが、その内、それが普通なのだと思ってくれるようになりました。
まあ最近はそうでもなくなり、在宅していてものんびりすることは多いのですが、なぜ節子が元気だった時にそうしなかったのか、いまでは少し悔いています。
まあいまさら悔いたところで、何の意味もないことですが。

今日はいい天気だったので、思い立って、娘夫婦に連絡し、昼食を一緒にしました。
娘の連れ合いはイタリアンのトラットリアをやっていますが、今日はお休みなのです。
食事の後、娘家族はわが家に来ましたが、畑にハーブを植えたいというので、畑に行ってみました。
今年は一度も来ていなかったのですが、3年前の荒地に戻ってしまい、野草が覆い茂っていました。
それで、少し野草の刈り取りをしましたが、とても手が負えません。
しかし、私にとってはちょっといい汗仕事になりました。
空き地に家が建つ予定が噂されているので、今年は畑をやらないつもりだったのですが、家は建たないかも知れなくなりました。
さてどうしましょうか。
畑作業は楽しいのですが、半端でない大変さもあるのです。
娘たちはもちろん手伝ってくれませんので、やるとしたら一人ですが、その気力がなかなか戻ってきません。
やはり歳をとってきたのでしょう。
それにしても植物の成長力や生命力には驚くばかりです。

思い出して、がん宣告を受けた友人に電話しました。
元気そうですが、やはり気にはなっているようです。

のんびりしていると、いろんなことが気になります。
それではのんびりしていることにはなりません。
困ったものです。

テレビを見ると腹立たしいことばかりです。
自宅でのんびりするのも、あんまりいいものではありません。

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■ワークショップ「大災害に備えるために~東日本大震災の実例から教訓を得る」報告

上原さんによるワークショップ「大災害に備えるために」は定員ぴったりの10人が参加しました。
東北被災地で活動している方も3人参加してくださいました。
女性の参加がなかったのがとても残念でした。

上原さんは、まずある状況において、「あなたならどうしますか」というイエス/ノーの問いかけをしてきました。
たとえば、「あなたは9歳の娘と一緒に自動車で避難中に、歩いて避難している娘の同級生を見かけて自動車に乗せましたが、その子が家に祖母がいるのを思い出し、その子から戻って一緒に避難させてほしいと頼まれました。あなたは祖母を助けにその子の家に戻りますか?」というように問いかけるのです。
参加者は、それぞれ一斉に、イエスかノーのカードを出します。
そして、そういう判断をした時に最も重視したことを書いて、それを順番に発表するのです。
それからみんなで3分ほど話しあいます。
そして次の問いに行きます。
これが基本形ですが、そこから発展した、さまざまな問いかけや話し合いの仕組みが考えられています。
そういう判断を迫られることのないようにするには、普段から必要なことは何か、というような問いかけもありました。

上原さんの狙いは、正解を見つけることではなく、価値観の多様性を知り、それぞれがより適正な判断力を身につけることです。それが大災害での「生き残る確率」を高めることにつながると上原さんは考えています。
問いかけは、すべて実際にあったことを材料にしていますので、リアリティがあります。報道を見て、いろいろと批判することは簡単ですが、実際にその場に立ったとして考えれば、その場での判断がいかに難しく、また「正解」などないことが実感できます。

3.11の後、女川などで活動してきた宮崎さんは、東日本大震災の教訓を風化させないためにも、この種のテーマでのサロンの企画は大切だと言ってくれましたが、単なる事例を学ぶのではなく、自らがその立場になって一人称自動詞で考えることで、教訓を刻み込むことの意味を、私も実感しました。

テーマは、大震災に備えてでしたが、このワークショップから気づかされたことはたくさんあります。
上原さんの、今回のワークショップのベースにあるのは、クロスロード防災ゲームだと上原さんから教えてもらいました。
クロスロード。
分岐点というような意味ですが、それはさまざまな活動に関して、出会うところです。
上原さんは、防災のほかにもいくつかのテーマでこのワークショップに取り組んでいます。
私が最近体験したワークショップの中では一番気付きが多かったです。
参加者もとても面白いと言っていました。

自治会や行政や、あるいはさまざまな問題に取り組むNPOにも、有効な手法だと思いました。
もし自分のところでやってみたいという方がいたら、上原さんをご紹介しますので、ご連絡ください。

最後に、上原さんは一番判断が困難だったことや驚いたことなどを全員に問いかけました。
私は、社会的な役割と家族関係のどちらを優先するかに少し迷いがありました。
驚いたのは、最後の問いかけへのイエス/ノーが私だけ違っていたことでした。
私は自分がとても人間的な、常識的な考え方をすると自負していましたが、10人中、私だけが違う判断をしたことに正直驚きを感じました。
その問いかけは、そう難しい問いではなかったのですが。
こんな形で、自らの判断基準や他者との違いにも気づかせてくれるワークショップでした。

今回の私の教訓は、自らの生き方の原理原則を明確にしておくことの大切さです。
それはそんなに難しいことではないのではないかというのも、今回改めて実感しました。

とてもいいワークショップをしてくださった上原さんに感謝します。
遠方から参加してくださった実践者のみなさんにも。
いつかパート2を開催したいと思っています。


20170604


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2017/06/04

■節子への挽歌3561:クロスロード

節子
今日はクロスワードというゲーム手法をベースにしたワークショップサロンを湯島で開きました。
テーマは「大震災にあったときどうするか」です。
クロスワードとは、分岐点というような意味ですが、ある状況の中での決断を迫られ、それにイエス/ノーを答えて、いろいろと話しあうワークショップです。
ファシリテーターは、阪神淡路大震災の経験から3.11で防災に使命感を抱いた上原さん。
東北で実際に活動されてきた3人の友人が参加してくれました。
習志野の校長だった宮崎さん、技術者として放ってはいられないと福島で3年間活動してきた櫻井さん、それに今年から櫻井さんの紹介で南相馬に行っている佐藤岳史さんです。
加えて、長年海外で仕事をしてきた塩幡さんや石井さんも参加。
いつもの常連もいましたが、いつになく実践思考のつよいメンバーが集まりました。
節子が知っている人は一人だけだったかもしれません。
ワークショップには退屈していましたが、久しぶりに面白いワークショップでした。
その理由は、合意形成を目指さないワークショップだったからかもしれません。
このワークショップの目的は、多様な考えの存在を実感することだと、ファシリテーターの上原さんは説明してくれました。

人の考えが実にさまざまであることを、この頃、改めて痛感します。
私からみれば、みんな敢えて苦労の多い道を歩んでいるように見えますが、たぶんその人から見れば、私のほうがそうなのかもしれません。

私のクロスロード、分岐点はどこだったのでしょうか。
昨日のワークショップでもそうでしたが、私は生き方においてはめったに迷いません。
一応、基本的な原則が決まっているからです。
節子との結婚も迷わなかったですし、25年間勤めた会社を辞める時も迷いませんでした。
周りの人は、いずれの場合も驚いたでしょう。
でも大きな分岐点では、人は自らの心身に従えば迷わないのではないかと思います。
むしろ迷うのは小さなクロスロードかもしれません。
それは自らでも判断できるからです。
しかし大きなクロスロードは、判断材料が十分に見えてこない。
だとしたら、素直に心身のおもむく方に従うのがいい。

すべては最初のクロスロードから始まっているという気もします。
映画「ニュールンベルグ裁判」でのヤニング弁護士のことを思い出しました。
「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」と彼は言いました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2007/06/post_d133.html
私の運命が決まったのはいつだったのでしょうか。
節子と石山から京都に向かう電車の中だったのかもしれません。
偶然に会い、そのまま奈良に誘いました。
あれがすべての始まりだった。

この週末、奈良に行きます。
時間があったら、また少し奈良公園を歩こうと思います。

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2017/06/03

■書籍を買わずに図書館から借りていたことへの反省

私はこの十年余り、月15万円の年金以外収入はあまりありません。
時々、仕事などの関係でお金をもらうことがありますが、それは活動費に充てますので、生活費にはなかなかまわりません。
と言っても自宅のため家賃は不要ですし、私はほとんどお金を使わないので、生活費に困ることはありません。
しかし、節約できるところは節約することとしたため、書籍の購入をほとんどしなくなっています。
昨年1年間で、驚いたことに書籍代は5万円ほどでしかありませんでした。
以前の十分の一以下です。

会社時代や私が対価をもらう仕事をしていた頃には、私が使うお金は喫茶店でのコーヒー代と書籍代くらいでした。
お酒も飲まないし、とりわけお金のかかる趣味もない、無粋の生活をしていたからです。
ところで、なぜ書籍代が不要になったかと言えば、近くの図書館を利用するようになったからです。
先月もたぶん10冊以上の本を借りていますが、かなり高価な本が多いので、自分で購入したら、3万円以上になったでしょう。
図書館で借りると期間内にきちんと読まないといけないので集中的に読破できますし、何よりもいいのは、読後の書籍管理が不要になります。
それにシェアリングの価値を高く感じているものとしては、よい仕組みだと思っていました。

しかし、今朝の朝日新聞で、角川春樹さんとから佐伯泰英さんへの書簡を読んで、間違いに気が付きました。
その一部を引用させてもらいます。

昨年の11月に、2600館の図書館に複本(2冊以上)の購入を控えて欲しいという嘆願書を日本書籍出版協会の文芸書小委員会から送付しました。佐伯さん、私はアマゾン等のネット書店よりもリアルな書店を大切に思っています。町から本屋がなくなれば町ではないからです。 人間は2度死ぬけれど、本屋さんが1度潰れたら、2度目はありません。リアルな書店がなくなれば、出版社も本の取次店も小説家も、この日本からなくなります。現在(いま)のままでは10年以内に現実になります。

たしかに最近の図書館はベストセラーを数冊購入しています。
私もそれには大きな疑問を持っていましたが、そのほうが私には好都合なので、見過ごしていました。
しかし角川さんが危惧されているように、みんなが図書館で本を読みだしたら、書籍はますます売れなくなってしまうでしょう。
そのことを忘れていました。

以前、平和のためにできることの一つとして、『地球的平和の公共哲学』を購入することで意思表示ができますという呼びかけをしたことがあります。
私のホームページにまだ残っていますが、2003年のことです。
http://cws.c.ooco.jp/heiwa-net.htm
少なくとも4人の方が賛同して下さって購入してくれました。
著者のお一人の小林さんも喜んでくれました。
そういう呼びかけをしていたにもかかわらず、最近、お金がないことを理由に、書籍を購入せずに図書館に頼っていたことを、いささか反省しました。
私も以前は、多くの人に読んでほしい本をまとめて購入して配布していた時期もあります。
今もその残りの本が残っています。
青学の名誉教授の本間さんは、書籍を出した人を支援するためにも、積極的に購入しようという姿勢を強くお持ちで、それを実践されています。

とりあえず、やはり本の文化を終わらせないために、これからはこれはと思う本は購入しようと思います。
価値のある本を購入することは、それなりの意思表示にもなるでしょう。
自分のことだけを考えていると、見えなくなってしまうことがあるものです。
気をつけなければいけません。

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2017/06/02

■リンカーンクラブサロン「私の憲法改正草案」のご案内

憲法改正がいよいよ現実的な話題になってきました。
これまでも何回かこのテーマに関するサロンを開催しましたが、
今回は湯島サロンのメンバーの畑さんが、ご自分で考えた「憲法改正私案」を話していただき、それを材料に、改めて、憲法改正問題を考えてみたいと思います。

ご存知の方もいると思いますが、畑さんは憲法学者でも運動家でもなく、まったく別の分野でお仕事をされている「市民」です。
その畑さんから、次のようなメールをいただきました。

実は、自民党の憲法草案に刺激を受け、
少し前から自分なりの憲法草案の検討を行ってまいりました。
しかし、先日安倍総理が「2020年公布」で憲法改正を、と発言されたことを受けて、
あまりのんびりはしていられないのではないかと思い、
草案を取り敢えず取りまとめました。
リンカーンクラブの場などで一度ご紹介させて頂き、
皆様からご意見を頂ければ幸いです。

畑さんは、リスクマネジメントのエンジニアですが、まさか畑さんからこういうメールをいただくとは思ってもおらず、どんなサロンになるか楽しみです。
参加される方は、できれば事前にご連絡ください。
予め資料を配布させてもらうようにします。
よろしくお願いいたします。

○日時:2017年6月24日(土曜日)午後2時~4時
○会場:湯島コンセプトワークショップ(文京区湯島3-20-9-603)
http://cws.c.ooco.jp/lcmap.pdf
○問題提起者:畑孝也さん(事故・トラブルの原因分析エンジニア/アナリスト)
○テーマ:私(畑孝也さん)の憲法改正草案
○会費:500円
●主催:リンカーンクラブ
http://lincolnclub.net/
●申込先:リンカーンクラブ事務局(info@lincolnclub.net)

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■節子への挽歌3560:久しぶりのお墓

節子
夕方、お墓に行きました。
実は最近、なかなか時間がとれずに、行けていなかったのです。
案の定、お墓に野草が生えていました。
墓へのお見舞いをさぼっていたことがよくわかります。

節子の墓の近くにある、東さんのお墓に花が入っていませんでした。
東さんは、節子が通っていた書の先生で、伴侶に先立たれているのですが、そのお墓がたまたま節子の墓のすぐ近くなのです。
東さんは、毎月2回お墓参りに行きます。
そしてそのたびに、節子にもあいさつしていってくれているのです。
その東さんのお墓が、最近、お参りに来ている雰囲気がありませんでした。
不思議なもので、お墓はそういうことがなんとなくわかるものなのです。
東さんもご高齢ですので、ちょっと気になりますが、私との交流はありませんので、確かめようがありません。

そういえば、わが家の墓の隣は、かなりご高齢の女性が、以前はよく来ていました。
この数年、姿をお見かけしません。
このお墓は少し変わっていて、墓石がなく、一本の柱が立っているだけです。
ですから墓碑銘もなく、その方の安否は確認しようもありません。

時間が過ぎていることを、そういうことからも感じられます。
私はこの墓に入る予定ですが、そう思うと奇妙な気分がします。
墓の中からは、墓前で線香をかげているものはどう見えているのでしょうか。

般若心経を唱えて、帰宅したら、孫が来ていました。
仏壇の節子に、墓参りに行ってきたことを伝えました。
なにやら複雑ですが、まあ深く考えるのはやめましょう。

明日は久しぶりにゆっくりできます。
体調を整えないといけません。

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■節子への挽歌3559:空海の過ち

節子
空海は、「一身独り生没す」と書いています。
わが身は一人ぽっちで生まれて死んでいくというのです。
これは明らかに間違いでしょう。
空海がこの言葉で何を伝えたかったかを別にして、これだけを考えれば、空海の過ちとしか言いようがありません。
弘法も筆の誤り、です。

先日、みなさんから誕生日のお祝いメッセージをもらいましたが、私は誕生日に生まれた記憶は皆無です。
たしかに母胎から生まれ落ちたのはその日かもしれませんが、私の生命が誕生したのはそれ以前でしょうし、私という人格が生まれたのは、たぶんそのずっと後です。
人は、他者や自然との関係性の中で、生まれていくのだと思います。
孫を見ていると、それがよくわかります。
孫はこの世に出現してから1年ちょっとですが、まわりの人や時代環境のなかで、具体的な「自分」を育てているように思います。
人は、まわりの支えによって生まれ、育ち、支えによって死んでいく。
決して、「一身独り生没す」ではないのです。

そう思うと、人生は、あるいは自らの心身は、自分だけのものでないことに気づきます。
そして、人はそれぞれに自分とは別の大きな流れの中で生きていることにも気づかされます。
さらに、自らの役割も見えてくる。
たとえ不満であろうとも「役割」は果たさなければいけません。

「一身独り」でないのは、なにも「生没」に限ったことではありません。
むしろ「日常を生きる」のも「一身独り」ではない。
どんなに引きこもろうと山にこもろうと、一身では生きていけないことは明らかです。
必ずや他者の世話になっているはずです。
他者が人間ではない場合もありますが、間接的に捉えれば、すべての生命もまた人間とは無縁ではありません。
なにしろ同じ地球に存在しているわけですから。

私は、たくさんの友人知人に恵まれています。
そして今も、毎週、数名の新しい出会いがあります。
そういう生き方をしていると、人の考えや生き方がいかに多様であるかに気づかされます。
誠実に勤勉に生きている人もいれば、狡猾に放逸に生きている人もいる。
人にだまされて生きている人もいれば、人をだまして生きている人もいる。
あるいは、自分にだまされて生きている人もいれば、自分をだまして生きている人もいる。
歳をとって、いろいろな人と出会ったおかげで、そういうことが少し見えるようになってきました。

私自身も感ずるのですが、最近はとても生きにくい社会になった気がします。
しかし、もしかしたらそれは、誠実に勤勉に生きている人にとっての話かもしれません。

空海の「一身独り生没す」と関係ない話になってしまったように思えますが、そうではなくて、私は、この「一身独り生没す」という空海の考えが、すべての原因ではないかと思い出しています。
人は決して、「一身独り」で生きているのではありません。
「一身独り」で生きていると思うから、「お金」が大切だと思ってしまうのかもしれません。
みんなで一緒に生きていると思えば、「お金」より大切なものが見えてくるような気がします。

ちょっと大きな話を書いてしまいました。
いろいろと考えることの多い昨今なのです。

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2017/06/01

■節子への挽歌3558:老人と若者といろいろじっくり話しました

節子
昨日は、がんが発見された同年の友人と未来に大きな夢を持つ若者の2人に会いました。
人生のふたつの側面に、つづけて触れて、いろいろと考えることがありました。

がんが見つかった友人は、高血圧だったのが血圧が低下し、それを契機に検査をしたら、まさかの胃がんだったのです。
先週それがわかりました。
早速に私に電話してきたのは、彼が独り身で、私とは幼なじみだからです。
今日も病院でしたが、病院終了後、食事もせずに湯島まで来てくれました。
がんになったおかげで湯島に来られたと、いつものように冗談を言いながら入ってきました。
私たちの年になると、人生はもうさほど執着はありませんから、死もまた、あっけらかんと語られます。
彼から、遺言を書くのでお前に任せたいと言われました。
ついてはどう遺言を書けばいいか教えろと言うわけです。
それで自分が死んだら親戚の人たちに、それを伝えてほしいというのです。
ちなみに私は彼の縁戚の人とは面識はないのです。
彼は私が法学部を卒業しているので、法律に関しては何でも知っていると誤解しているところがあります。
困ったものです。
それに、私が彼より後まで生きているとは限りません。
勝手に死ぬ順序を決めないでよと言いましたが、まあ今のところは彼の希望をできるだけ叶えることが彼の友情に応えることでしょう。

すれ違いにやってきたのは、以前から約束していた若者です。
あるフォーラムで私の話を聞いて、FBで探して直接アクセスしてきました。
私は誰であろうと、会いたいと言ってきた人には会うようにしています。
だからどんな人に会うのかは、会うまでわからないことも多いのです。
先入感を入れてしまうと、本来の「その人」とは会えないこともあるので、会うまでは何も調べません。
少し話して、彼の生き方の誠実さを感じました。
彼にささやかにでも役立つことを探さねばいけません。
おかげで、元気が出てきました。

70代と20代の、しかもおかれている状況が全く違い、私との関係も全く違う2人に会って、いろんなことを気づかされました。
いい1日でした。

しかし、帰宅したら急に疲れが襲ってきました。
そういえば、昼食をしていなかったことに気づきました。
なぜか最近、疲れやすくなっています。
困ったものです。

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