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2017/06/08

■「国を守る」ということは意味のある言葉なのか

「ザ・クリミナル 合衆国の陰謀」(Nothing But the Truth)という映画があります。
情報源守秘という信念を貫いてアメリカの国家権力と対立する女性記者を描いた映画ですが、実際にアメリカで起こった「プレイム事件」(イラクには大量破壊兵器などなかったことを暴いた事件)に基づいて制作されたと言われています。
もっとも、この事件を題材にした映画は、他にも「フェア・ゲーム」というのがあり、そちらの方がより事実には近いようですが、私が好きなのは「ザ・クリミナル」です。
国を守ることの本質が見えてくるからです。

共謀罪成立に取り組んでいる人たちは、おそらくみんな「国を守ろう」と思っているのでしょう。
国を守ることが国民を守ることだと思っている人も多いでしょう。
そこには、「悪意」などあろうはずがない。
反対する人たちも同じです。

話は違いますが、金正恩もトランプも、言うまでもありませんが、それぞれ「国を守ろう」としていると思います。
しかし、見方によっては、国を危うくしているようにも見えてしまう。
そこに大きな落とし穴があるような気がします。

私は、コラテラルダメッジという発想には否定的です。
私の信条は、全体よりも個を大事にするからです。
誰かを犠牲にして得られる幸せは、宮沢賢治も言っているように、私には幸せではない。
誰かを蹴落として、自分が幸せになれるはずがない。
しかし、これは私の価値観であって、だれもがそう考えるわけではないでしょう。
そしてどちらが「正しい」とは言えません。
人にはそれぞれの考えがある。
反対意見に耳を傾けない人の意見は、意見とは言えないというのが私の考えです。

ところで、
阿部さんも金さんも、トランプさんも、あるいはプーチンさんも、みんな国を守ろうと頑張っていることが、戦争への不安を起こしているわけです。
そこに問題があります。
つまり、「国を守る」という言葉に問題がある。
国とは何なのか。
いやもっと言えば、「守る」という発想に問題があるというべきでしょう。
言い換えれば、「守る」とは、自らと違う相手を「敵」と考えることだからです。
「国を守る」という言葉にだまされてはいけません。

先日、テレビで、トランプ支持派と反トランプ派とが話し合うサンデルの白熱教室を放映していました。
私は再放送で見たのですが、とても大きな気づきをもらいました。
それを見て、私は、問題の立て方を間違えているのではないかと思ったのです。

そんなこともあって、今日、改めて「ザ・クリミナル」を観ました。
信条とはいったい何なのか。
いろいろとまた考えさせられてしまいました。
サンデルのような白熱教室をいつか湯島で開催したいです。

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