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2017/06/28

■節子への挽歌3584:輝いていた涙顔

節子
体調はもどりましたが、そして覚醒感も得られましたが、何かまたすっきりしない精神状況に陥ってしまいました。
覚醒と迷いという、矛盾したものが混在している、何やら不思議な気分です。
昨日は、そういう状況で1日を過ごしました。

若い伴侶を亡くした市川海老蔵さんが、テレビで語っている映像に繰り返し触れたのが理由かもしれません。
あの会見から、たくさんのことが伝わってきました。
たくさんのことを思い出しました。
私がこれまで見た、一番輝いた涙顔でした。

彼は、最後に「愛している」といわれたそうです。
その一言が言えたことで、その一言を聴いただけで、ふたりは幸せだったように思います。
節子は言えませんでしたし、私は聴けませんでした。
節子はもう現世の向こうで生きていたからです。
現世での別れ方は、いろいろとあるでしょう。
私たちも、それについて話し合ったことはあります。
しかし、残念ながら私たちは、そういう別れ方はできませんでした。
だからといって、幸せでない別れ方だとは思っていませんが、いまから思うとちょっと悔いが残ります。

それでも家族3人に、3人だけに囲まれて、自宅のベッドで、みんなに声をかけられながら、節子は息を引き取りました。
あの数分は、私には現実感が全くありませんでしたし、何が起こっているかよくわからなかったのです。
医師と看護師がかけつけて来てくれて、ちょうど真夜の0時に、死を告げられました。
部屋の時計を見ると、時計はまさに深夜0時を指していました。
9月2日と3日の境目。
それは偶然とは思えませんでした。
節子が意識的に選んだのではないかと思いました。

それからは、医師と看護師に指示されて、わけのわからないままに家族はみんな動き出し、いろんな人が自宅にやってきました。
2日間は、私は寝た記憶がありません。
通夜の夜は、葬儀場で過ごしましたが、他の人は用意された部屋で寝ていましたが、私はがらんとした葬儀場の大きな部屋で、納棺された節子の横で過ごしました。
時に不思議な光を感じたり、節子からの声を聞いたりしました。
忘れていて、そんなことも思い出しました。

通夜が終わってからは、感情が消えてしまい、涙よりも笑顔になれました。
告別式が終わってからしばらくのことは、全く記憶にありません。
よくまあ、やってこられたものです。

愛する人の死は、自らの死以上のものがあります。
私の場合、もうまもなく10年です。
いまもなお、死をずっと抱えていています。
そういう10年を過ごしてくると、死とは生そのものだと思えるようになります。
誰かの死が誰かの生を引き起こすのです。

市川海老蔵さんのことをやっと書けました。
テレビで死が語られる番組は、私にはとても不謹慎に見えて好きではないのですが、海老蔵さんの両手で涙をぬぐった後の笑顔は忘れられません。

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