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2017年7月

2017/07/21

■久しぶりの「みんなのゆる~いカフェ」を開きます

久しぶりに、湯島で、「みんなのゆる~いカフェ」(みんカフェ)を開きます。
しかも、久しぶりに平日の夜です。
再開を促してくれたのは、湯島にも時々来てくれるモモさんです。
モモさんって、だれ? という人もいるでしょうが、私も2回しか会っていないので、紹介できませんが、人生を誠実に生きている人です。
まあ、みんなそうですが。

テーマは特に決めませんが、自分の居場所を実感できるような「ほっとできる場」ってなんだろうというような話もできればと思います。
そして、このサロンそのものも、参加した人がほっとできる場にしたいので、話などしないでそこでねむっていてもいいです。
そんな、とっても「ゆる~いサロン」です。
途中での出入りももちろん自由。
私は、今回はコーヒーを淹れる役に徹します。
たぶん、いやもしかしたらですが。

予定としては、今回のきっかけをつくってくれたモモさんに、「こんな場所があったらいいな」という話を最初に話してもらいます。
それを聞いて、自分ならこんな場所がいい、というような話を、気が向いた人がしていく。
居場所が大切な理由や居場所の見つけ方などもみんなで話しあう。
途中の雑談も大いに歓迎。
そんなイメージです。

居場所がもっとあるといいなと思っている人。
居場所が見つからないでちょっと疲れている人。
だれでも歓迎です。
居場所のある人には、自分の居場所のことを話していただければ、それぞれが自分の居場所を増やしていくヒントになるでしょう。
このサロンが、だれにでもあたたかな場をみんなで育てていくきっかけになれば、と思います。

どんなサロンになるかわかりませんが、気楽に遊びに来てください。
突然の参加も歓迎です。
申し込んでいたけれど、当日行けなくなったという人は、無断不参加も歓迎です。
ともかく、だいたいのことが何でも許される、ゆる~いサロンです。
お会いするのを楽しみにしています。

〇日時:2017年8月9日(水曜日)午後6時~8時半(途中の出入り自由)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇話題提供者:モモさん
〇参加費:気が向いたら机の上にある缶にワンコイン(1円でも500円でも自由)を入れてもいいし、入れなくてもいいです。ともかくみんなでつくるサロンを目指したいです。

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■安倍政権は詐欺集団か認知症集団ですね

稲田防衛相や山本地方創生相をめぐる疑惑の新事実がまたまたマスコミを賑わわせています。
先ほどのテレビで、伊藤惇夫さんがもう「お笑い」ですねと言っていましたが、稲田さんも山本さんもできの悪い芸人か脳みそのない操り人形にしか見えません。
それにしても、最近の状況を見ていると、安倍内閣は素直に考えれば、明らかに詐欺集団と言ってもいいように思います。
おれおれ詐欺集団とどこが違うのか。
ひどい内閣です。
多くの人はそれに気づいているのでしょうが、やはりはっきりとは口にしませんでしたが、ここにきてそういう主旨で話す人が増えてきました。
いまとなっては詐欺集団を詐欺集団と言っても、抹殺されることもないでしょうから、おかしいことをおかしいと言い出す機運ができて来たようです。
でもまあ、政治評論家の田崎さんのように、相変わらず安倍内閣を弁護する人もいますが、筋を通すという点では私はむしろその素直さを評価したいです。
それにしても、素直に考えればおかしいことがすぐわかることを、国会でのらりくらりと議論するようなことをしなければいけないような政治は、詐欺集団にはとても好都合でしょう。

彼らは詐欺などとは思って思おらず、憂国の士と思っているのかもしれません。
それにしても、同じ詐欺集団に牛耳られるのであれば、もう少しまともな詐欺集団にだまされたいものです。
しかし、日本語の意味も理解できていない山本さんや稲田さんでも大臣が務まるのは、とても平等ないい国なのでしょう。
それにまもなく日本は5人に1人が認知症になるらしいですので(私はまったく信じていませんが)、認知症の人が大臣になる実験をしているのかもしれません。
いや、大臣になると認知症になるのかもしれません。
以前、議員会館で認知症予防ゲームの体験フォーラムをやった時に、議員の人たちにこのゲームをやってほしいとついつい発言してしまったことを思い出します。

ところで、企業で働いている人やNPO活動をしている人たちは、きちんと政治の動向を見ているでしょうか。
せめてテレビの報道で彼らの言動を映像で見てほしいです。
それだけでたぶん詐欺だと気づくでしょう。
経済活動や市民活動も大事ですが、もっと大事なこともある。
忙しいからといって、大切なことをないがしろにしてはいけません。
それに、忙しいという人に限って、暇な人が多いのです。

日本に比べれば、アメリカも北朝鮮も、しっかりした政府であり、国民だと思います。
そう思うとますます暑さが襲ってきます。

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■節子への挽歌3609:初秋の風

節子
久しぶりに兄と会食しました。
生き方や考えが違うので、会えば必ず論争になります。
節子がいた時には、緩衝役を果たしてくれていましたが、いまはもろにぶつかるので大変です。
でもまあ必ず最後は仲直りで終わります。
そういうことを長年ずっと続けています。
節子が最初に会った私の家族は兄でした。

私もそうですが、節子も家族を大事にしました。
そのくせ、私も節子も親の意向に反する傾向もありました。
次男次女のせいかもしれませんが、どこかで親に反発しているところがあります。
そのくせ、節子は私の親との同居を選びました。
私はよくシェークスピアの「リア王」を思い出します。

節子は62歳で旅立ちましたが、なんとか両親を見送ることができました。
節子と同じ時期に、節子の母親も胃がんになりましたが、節子が一時元気になった時に、家族みんなでお見舞いに行き、葬儀にも行きました。
節子としては、親を送る責任を果たせました。

節子の生家は、浄土真宗ですから、法事も長いです。
結婚した時はそれこそ3日3晩という感じでした。
何もわからない私に、節子は法事での立ち居振る舞いを教えてくれましたが、早くから家を出ていた節子も、実際にはほとんど知らないはずでした。
でも、法事の時の、喪服姿の節子は見間違えるほどにきれいでした。
その節子に、私の葬儀を仕切ってもらえないのは残念です。

私も兄も孫は一人ずつしかいません。
ですから今は家族が集まるといっても、以前のようなにぎやかさはありません。
こうなってしまったのは、私と節子のせいだろうと思います。
いや私のせいでしょう。
いまさら反省しても始まりませんが。
それでも節子が元気だったら、違った形になっていたかもしれません。

今日も暑い夏日です。
でもなぜか風が初秋を感じさせます。
気持のせいかもしれません。
兄と話していて、むかしのことをいろいろと思い出しました。
私はどうもまだ大人になれていないのかもしれません。
いまなれないということは、結局、未熟な人間として終わりそうです。
でも人の最高の状態は、子ども時代かもしれないとしたら、私はとても幸運なのかもしれません。
わがままというべきかもしれません。
なにか今日は、朝から夏の終わりを感ずる不思議な気分です。

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2017/07/20

■節子への挽歌3608:過去も未来の現在の中にある

節子
まあよくあることではあるのですが、たぶんこの10日ほどに読んだ本の中のある文章が気になって、どの本かを探すのに1時間以上取られてしまいました。
この10日では読んだ本は10冊にも満たないのですが、思い出した文章がありそうな本に限れば4冊しかありません。
手元にある3冊は3回も見なおしましたが、見つかりません。
1冊は図書館から借りた本なので、図書館にいって調べてみましたが、そこには見つかりません。
私の思い違いでしょうか。
私の頭のなかには、左ページの最後の10行くらいで、次のページにわたっていたというイメージは浮かんでくるのですが。
文章の内容は、北欧とイギリスの学校制度にまつわるものです。
どうして見つからないのか、実に不思議です。
私の思い違いでしょうか。

実はこういう経験はこれまでも何回もあります。
いまもなお見つからないのもあります。
もう30年近く前ですが、アメリカのナバホ族の7代先の掟に関する記事です。
その時は心当たりのあるかなりの本を読み直しましたが、見つかりませんでした。
いまもなお見つかりません。
私の蔵書の中の、どこかの本にあるはずなのですが。

そうしたことから、キーワードをパソコンに残し後から検索できるようにしてきているのですが、今回の文章は気になりながらも、残す必要もない私も知っていることだと思ったのでしょう。
ところがこれも奇妙に思われるかもしれませんが、その気になる文章の中身も思い出せないのです。
となるとこれは夢かもしれません。

節子も知っているように、私は夢と現実を時々混同して話します。
夢もまた私には現実だという感覚がどこかにあるからです。
ですから今回のことも夢なのかもしれません。
しかしこうしたことは気になりだすと頭から離れません。
今日も朝からまた心あたりの本をぱらぱらとめくってその文章を探そうとしていますが、もう4回目なので、探そうというよりも頁をくっているだけです。

自分の記憶が、新しい記憶を生み出していく。
もしかしたら、過去もまた時間と共に変わっていっている。
そういうことが最近よくわかってきました。
過去は終わってはいないし、未来ははじまってもいないわけではないのです。
そういうことを改めて実感させられる体験の、いま渦中にいます。
ちょっとモヤモヤしてすっきりしないのです。

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2017/07/19

■節子への挽歌3607:人はなぜ死を恐れるのか

節子
胃がんの手術をした友人が今日退院です。
あまりみんなには知らせていなかったのですが、しばらく連絡がなかったので心配していました。
連絡をもらったのは数日前なのですが、元気そうな声でした

彼もまた、生きることへの執着はありません。
だからといって死への願望もありません。
ただただ生きるだけ。
私も次第にそういう心境になってきました。
生や死にこだわるのは、生きていないからだと思うようになってきたのです。
まあそのあたりはまだなんとなくそう思うというだけで、整理はされていません。

いまここをしっかりといくることが唯識の健康観だという話を聴いたことがあります。
唯識が言う「健康」とは煩悩から解放されることですが、身体的な病気もまた煩悩のなせるものです。
煩悩の最たるものは、死へのおそれだと私は思いますが、死を恐れる人が多いことには驚かされます。
死は、避けがたい人生の目標値です。
なぜ人は、いつかやってくる死を恐れるのか。
たぶんそれは「痛み」や「苦しみ」ではなく、「別れ」や「執着」からでしょう。
であれば、死を恐れるのではなく、死を悲しむべきです。
恐れて生き続ける人生は、生きることにはならないような気がします。

この年齢になると、友人知人の訃報も多くなりますし、病気の話も多くなる。
私には日常にしか思えない話も、「大変なこと」と感じて、細かに話してくる人もいる。
もう死んでいるのに、死への怖れを話す人もいる。
世の中はさまざまです。

筧次郎さんの本を読んで、死への関心が少し戻ってきました。
人はなぜ死を怖がるのか。
サロンで一度話しあってみようと思っています。

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2017/07/18

■最近体験したことですが

大企業の名前を冠したあるエネルギー関係のサービス会社から営業の電話がありました。
同社のサービスを受けると、電気代とガス代を合わせて、40%削減できるというのです。
あり得ない話なのですが、4割も安くなるという魔法の話を聞きたくなりました。
数日後に営業マンが説明に来ました。
おしゃれな靴を履いた今様の若い営業マンでした。
一生懸命に説明してくれるのでついつい聞いてしまいましたが、わが家の場合、実際にいくら節約できるかを計算するというのです。
わが家では電気代とガス代が、毎月15000円くらいかかっているようですが(実際にはもう少し少ないと思いますが)、新しいシステムにすると毎月6000円ほど安くなる可能性があるというのです。
私の感覚ではありえない話ですが、計算上はそうなるそうです。
もしそれが本当なら誰でもが新しいシステムに切り替えるでしょう。

ところが実は、新しいシステムを導入するには、イニシャルコストがかかります。
そして毎月安くなったお金をそれに回すと15年で回収できるのだそうです。
つまり、4割安くなった分をわが社でいただきますという話で、私には何のメリットもないのです。
しかも、安くなる金額は計算上のものであって、たぶん最大限に計算しているはずです。
その営業マンには、その趣旨を理解しているかどうか確認しましたが、彼はわかっていました。
彼はまじめそうな若者でしたが、これって理解しないで契約する人がいますよね、といったら、否定はしませんでした。
おれおれ詐欺とどこが違うのか、とまでは言いませんが、多くの高齢者は4割安くなると言われればついつい契約してしまうかもしれません。
ちなみにそれもあって、契約は69歳以下でないとできないので、私も娘に同席してもらいました。
娘は最初から否定的でしたが。
実はこういう話は頻繁に来ます。
ネット費用に関しては在宅していると週に1~2回、かかってきます。
面倒になって時々魔がさして契約してしまいますが、どう変わったのかよくわかりません。
その上、いま私は誰と契約しているのかさえよくわかりません。
そういえば、7月下旬に何とかのサービスは終わりますという手紙が来ていましたが、何が終わるのかもよくわかりません。
不都合が起こらなければいいのですが。
困ったものです。
はい。

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■節子への挽歌3606:今年初めてのミンミンゼミ

節子
今日もまた猛暑日になりそうです。
西日本では豪雨による被害が広がっていますが、千葉はただただ暑いだけです。
暑さは、何かけだるさを感じさせて、豪雨などの自然災害さえなければ、ある意味での平和を感じさせます。
平和というよりも、倦怠感と言ったほうがピッタリかもしれません。
思い出すのは、若いころよく観たミケランジェロ・アントニオーニの映画です。
がんばらなければ戦争や争いは起きません。
不謹慎の話で、被災された人たちには申し訳ないのですが、千葉にいると自然の猛威が想像できないほど、穏やかな日です。

朝、歯医者さんに行ってきましたが、その帰り道、今年初めてのミンミンゼミの声を聞きました。
気のせいかもしれませんが、今年は夏の生き物がみんな元気です。
トンボもよく観ますし、蝶々もよくやってきます。
庭ではカマキリもよく見かけます。
生き物がみんな活性化している。
そんな気がします。
そういえば、庭でよくトカゲを見かけます。
なにか今年はいつもと違います。

もしかしたら、それは私が元気になったからかもしれません。
そういえば、いつもならミンミンゼミの前にニイニイゼミがやってくるはずですが、まだその声を聞いたことはありません。
蜂も少ないような気もします。

今年は、私の怠惰さのために、自然との付き合いがいささか不十分です。
こんな暑さだと自然と付き合うのも結構大変なのですが、やはりもっと自然と触れなければいけません。
がんばって早朝の畑仕事を回復しようかとも思っていますが、なかなか踏み切れません。
ミンミンゼミの声を聴いて、やはりもう少し頑張ろうと思いました。
夏の暑さにも負けず、と宮沢賢治も言っていますから。

それにしても暑いです。
涼しいだろう彼岸にいる節子は、この暑さを体験できないのを残念に思っていることでしょう。
暑さの思い出も、たくさんあります。
節子はどちらかというと、冬よりも夏が好きでしたから。

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2017/07/17

■節子への挽歌3605:もうひとつのこの世

節子
先日、筧次郎さんという「百姓暮らし」をしている人の書いた「王の愁い」という短編小説を読みました。
前に書いたかもしれませんが、「ミリンダ王」にまつわる恐ろしい話です。
筧さんは、作家ではなく哲学者です。
哲学や思想にまつわる本を書くたびに、論理を超えた感情の世界が広がるようで、それを「一種の挿し絵」として書き溜めていたのが、「王の愁い」が収録されていた短編小説集なのだそうです。
ということは「王の愁い」の「本編」があるはずです。
たしかなことはわからないのですが、筧さんの著作の中から探すとどうもそれは「死を超えるということ」という本のようです。
それを読みました。
もしかしたら違うかもしれませんが、たぶんそうでしょう。

その本は違和感なく読めました。
論旨はこういうものです。

仏陀は、分別的な認識に現われる「人間のこの世」とは別の、無為自然な「もう一つのこの世」を経験したのであり、これが悟りと言われる体験である。

筧さんは、子どもの頃から死が怖かったそうですが、仏陀によって示された「もう一つのこの世」に気づけば、死は怖くないと言います。
「もう一つのこの世」では命も未分化であり、死というものが存在しないからです。
分別的な眼差しに「私」の死と見えたものは、全体の大きな流れの一部分にすぎないのです。

これだけではよくわからないかもしれませんが、要は私たちを取り巻く「個物の集まりである世界」は実相ではなく、それと同じように、個物や時空を超えた「もう一つのこの世」を生きているというのです。
「もう一つのこの世」は、死後の世界、いわゆる彼岸ではありません。
現に今、ここにある「もう一つのこの世」なのです。

先ほど読み終えたばかりなので、まだ消化できていませんが、まあざっとこんなことが書かれていました。
衝撃を受けた「王の愁い」の話とはなかなかつながりませんが、ポイントは「言葉」のようです。

この本を読んでまた新しいことに気づきました。
最近、「彼岸」は死後の世界ではなく、いまここにあるのではないかという気がしだしていました。
考えてみれば、ずっとそう感じていた気もします。
仏陀のように、悟りを得たわけではありませんが、素直に考えれば、そうなるような気がします。
もう少し考えてみたいと思いますが、「この世」は多層構造なのです。
唯識の世界でも、そういうことが言われていると思いますが、死はますます身近になってきました。

ちなみ私は、死への恐怖はむかしからありません。
しかし「別れ」への未練は大きいです。
だから、一度でも袖触れ合った人との繋がりは大事にします。
私ほどではありませんでしたが、節子もそうでした。
それはもしかしたら「もうひとつのこの世」を感じていたからかもしれません。

最近思うのは、どうして多くの人は「人のつながり」を大事にしないのだろうかということです。
みんな「人間のこの世」だけで生きているからでしょうか。

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2017/07/16

■カフェサロン「企業の社会性を考える」の報告

猛暑の中を10人の人が集まりました。
しかも仙台や高崎からの参加者もありました。
企業の現役の人は3人、女性は1人でした。

私が考える「企業の社会性」とは、企業のありかたは社会のあり方に大きな影響を与えるとともに、企業が提供する商品やサービスは、社会を大きく変えていくというという認識を企業がしっかりと持っているかどうかです。
企業の社会貢献活動は、私にとってはマーケティング戦略でしかありません。
社会を単なる「市場」として捉えて「経済的発想」で経営するのではなく、社会の「善き一員」としての「社会性」を持つことが、これからの企業にとって大切だろうと思っています。
正確に言えば、企業に関わる人たち(経営者、従業員、出資者)の「社会性」が尊重され、育むようになっているかどうかです。
不祥事を起こした会社の謝罪会見を見れば、なぜ不祥事が起こったのかはすぐわかります。
経営者にそうした「社会的認識」や「社会性」が感じられないことが多いのです。

30年ほど前に「コーポレート・シチズンシップ」(講談社)という本を、コーポレート・シチズンシップ研究会の名前で出版しましたが、その時からそう考えています。
しかし残念ながら日本の企業は、社会性よりも経済性を重視する方向を選びました。
それがたぶん日本企業が直面しているさまざまな問題の根底にあるように思います。

ですから今回も、企業の社会貢献活動とかCSR・CSVなどの話ではありません。
また社会起業家やソーシャルビジネスの話でもありません。
企業は、そういう「社会性」を大事にしているのか。
企業の活動が、社会にどう影響を与えているかを考えるサロンです。
企業が提供する事業のかたちや社員の働かせ方は、社会を方向づけていきます。
教育も福祉への影響も非常に大きいのです。
家族や地域社会にも、大きな影響を与えています。
しかし果たして会社の人たち、特に経営者たちはそういう認識を持っているかどうか。
つまり経済活動という領域でしか考えていないのではないかというのが、今回の私の問題意識です。
それでは結局は社会を劣化させ、回り回って自らの経営を困難にしていきかねない。

最初に問いかけたのは「社会にとって企業ってなんだろう」と「企業にとって社会ってなんだろう」という問いかけです。
ここを深掘りするだけでも、さまざまなテーマが出てきますが、今回はこれは前座。
そうした総論的なやりとりをやった後、具体的な事例や新聞への投書記事などを材料に話し合いをしました。
たとえば、こんなテーマです。
・内気な人たちに、あなたは「社会不安障害かもしれない」という抗うつ薬の広告
・途上国に化粧品を低価格で提供した結果、子供用品への支出が減ってしまった顧客創造戦略
・家族のために忙しく働いているという父親への疑問を投げかけた子どもの投書
・冬にトマトを食べることで豊かさは高まったのか
・利便性の向上(翌日到着の宅急便・元日開店のスーパー)で失われたものはないか
・会社の不祥事を告発することの是非

たとえば最初の2つの事例で言えば、会社に勤める人とそうでない人の反応は違います。
話しているうちに、会社役員の人が、会社を悪者扱いしすぎではないかと発言する場面もありましたが、会社に勤めていない人から見ると会社はあんまり信用できない存在のようです。
私は両方の世界に棲息しているバイリンガルなので、いずれの思いもわかります。
問題は、そもそも会社が悪いのではなく、会社という仕組みを使って悪いことをする人がいるだけの話なのですが(消費者にもいます)、それ以上に、それぞれに属する人たちの日頃の交流があまりにもないのが問題だろうと改めて思いました。

社会の中でここまで会社の存在が大きくなると、会社での働き方や会社が提供する商品や事業が社会の方向性を大きく決めていくことになります。
にもかかわらず、最近の会社は自閉的になってきているように感じます。

会社のあり方を決めるのは、会社に直接かかわる人たちだけではありません。
会社は、商品を購入し、サービスを受容する消費者がいて成り立っています。
ですから、いまの会社にもし何か問題があれば、その一因は消費者にもあるはずです。
それに会社を実際に構成しているのは、消費者でもある個人です。
にもかかわらず、よく言われるように、「会社の常識」と「社会の常識」の乖離は大きくなってきています。
不思議なことです。

もっともっと会社の経営管理にあたっている人と、会社とは縁の少ない主婦やNPO活動家や学校の人たちが、本音で話しあえる場が増えていくといいなと思っています。
それぞれが別々に話していても、何も変わらないでしょう。

めげずにもう少し企業を考えるサロンを継続することにします。

170715


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■節子への挽歌3604:暑い夏には丸いスイカです

節子
念願の丸いスイカ(小玉スイカではありません)を買ってきました。
食べられないのだからとか、冷蔵庫に入らないとか、娘からは反対されましたが、娘と一緒に買い物に行って、むりやり買ってきました。
夏には家のどこかにスイカが転がっている。
これが私の小さいころの夏のイメージです。
特に節子の生家に行った時には、家の中に大きなスイカがいくつか転がっていました。
なければ近くの畑に行って、大きいのを取ってきました。
いずれにしろ、夏は、スイカが転がっていなければいけません。
今年は、スイカのほかにメロンもあります。
昨日、節子の姉から届いた大きなナスもあります。
その上、立派なカサブランカが2本も咲いている。
節子の生家の夏に少し近づいています。

今日もすごい暑さで、わが家のリビングの温度計は32度を超えています。
エアコンは入れていませんが、風邪が入ってくるし、丸いスイカもあるので、まあ快適です。
そういえば、風鈴がありません。
どこかにあるはずだと思ったら、私の仕事場にかかっていました。
音がうるさいので風が当たらないところにぶら下がっていました。
リビングに持ってきました。

庭の朝顔は、毎朝、20個くらい花を咲かせています。
それに今年はなぜかトンボや蝶もよくやってきています。
今朝も、アゲハチョウとクロアゲハがなかよく遊んでいました。

さて後は何のお膳立てがあれば、夏の暑さにふさわしいでしょうか。
後は、転がっての昼寝でしょうか。
今日はあまりの暑さに出かけるのをやめて、在宅することにしました。
スイカを食べたいのですが、食べると丸くなくなるので、食べられません。
やはりうたた寝が最高の夏の過ごし方かもしれません。

暑さは楽しまなければいけません。
エアコンはつけるのをやめましょう。
と思ってハッと気が付きました。
昨日サロンの後、湯島のオフィスのエアコンを消すのを忘れてきてしまいました。
この連休は湯島はさぞかし涼しいでしょう。
それに比べて我孫子のわが家は、実に暑い。
でもまあ、どちらがいいかはわかりません。
暑さもまた、いいものです。

20170716


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2017/07/15

■節子への挽歌3603:「ぶらぶら」と生きる

節子
近くの八坂神社のお祭りです。
実につらい思い出のあるお祭りです。
お祭りは楽しいものですが、お祭りの思い出は楽しいことばかりではありません。

私はお祭りにもかかわらず、湯島に出かけました。
節子がいなくなってからは、お祭りに限らず、地域のいろんなイベントに背を向けたい心情が、どこかにあるのです。
地域活動をしなければという思いとは全く矛盾するのですが、仕方がありません。

今日は午後からサロンがあるのですが、サロンをやろうと思い立ったのは3週間ほど前です。
もしかしたらあえてこの日に重ねて設定してしまったのかもしれません。
自分では意識はしていないのですが、考えてみると毎年、このお祭りの日はいつもどこかに出かけています。
夕方、我孫子駅から昼間は練り歩いていたであろう神輿が並んでいる横を通って帰宅している記憶がたくさんあります。
今日も駅を降りたら、まだ祭の余韻が残っていました。

サロンには、仙台や群馬の人も参加してくれて、予定の時間を1時間も超えるほどでした。
めずらしく今回は、私が話し手だったのですが、やはりサロンは、話し手と引きだし役が必要だなと感じました。
何ごとも、一人ではうまくいかないものなのです。

群馬から参加してくださったのは、「ゆいの家」を主宰している高石さんです。
私も一度、ゆいの家での集まりに参加させてもらったことがあります。
高石さんも、私とほぼ同じころにがんで伴侶を失っています。
しかし、その状況をあっけらかんと自分が発行している通信で報告していました。
見事なほど、淡々としたものでした。
外から見ていると、彼女の生き方はあまり変わっていないように思っていました。

サロンの帰り、駅まで2人で歩きました。
彼女は今回、「いつもぶらぶらと生きている」というような言葉を何回か言っていましたが、それにつなげて、「とおちゃんがいたときには…」という言葉が時々出ました。
そういえば、最近、高石さんは亡くなった伴侶が愛用していた車を、新しい車に替えたことを思い出しました。
それがとてもさびしいという心情が伝わってくる文章が、通信に書かれていました。
それに関しては、前にこの挽歌でも書いたような気がします。
伴侶の死は、高石さんの生き方を大きく変えたのだなあとはじめて気づきました。

そして、私も今、「ぶらぶら」生きているのだと思いました。
伴侶を失ってしまうと、人は「ぶらぶら」としか生きられないのかもしれません。

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■箸りんぴっくサロンのご案内

■箸りんぴっくサロンのご案内(2017年7月15日)
久しぶりに、国際箸学会の小宮山さんに来てもらって、箸ぴーゲームサロンを開催します。
先日、湯島に来た2組の人たちにやってもらったら、とても好評で、ぜひやってほしいという要望があったのです。
箸ぴーゲームは、殻つきのピーナツを箸で1分間にいくつ移動できるかを競うゲームです。
いろんなところで開催していますが、昨年は小宮山さん自らがアメリカのシアトルに出かけてやってきました。
大好評だったそうです。
ゲームの効用もいろいろと出てきています。
多文化交流や多世代交流にも効果的ですし、認知症予防や養護学校などでの活用も進んでいます。
詳しくは、国際箸学会のホームページをご覧ください。
http://www.kokusai-hashi.org/index.html

今回はさらに、新しいゲームもお披露目してもらいます。
「箸輪ゲーム」です。
5つの輪を、箸を使って、動かしていくゲームです。
私もまだ体験していませんが、サロン開催日までには体験しておきます。

国際箸学会としては、こうしたゲームの効用を多くの人に知ってもらい広げていきたいと考えています。
また2020年には、国際箸りんぴっく開催の計画もあります。
サロンでは、国際箸学会の紹介や箸の話もしてもらいますが、基本は参加者みんなでゲームを楽しんでもらい、最後にはその活用策や広げるためのアイデアを出してもらえればと思います。

誰でもが楽しめるゲームです。
ぜひ遊びに来てください。

〇日時:2017年7月30日(日曜日)午後2時~4時(1時半開場)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「箸ピーゲームをみんなで楽しもう」
〇話題提供者:小宮山栄さん(国際箸学会理事長)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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2017/07/14

■節子への挽歌3602:アントシアニン型幸せ

節子
3回目のサンチアゴ巡礼から戻った鈴木さんが湯島に来ました。
話を聴いている内にあっという間に2時間半がたってしまいました。
今回、ますます人生は巡礼だという実感を強くしてきたようです。
そして、巡礼中は知らない人にも声をかけられるし、ハグも抵抗なくできる。
見ず知らずの人でも、心が通じる。
巡礼路でできるのであれば、日本でもできるはずだ、というのです。

幸せは、ドーパミン型とアントシアニン型があって、前者は強く刺激的な幸せ、後者は弱く、でも長く続く幸せなのだそうですが、巡礼路で体験するのは後者の幸せ、喜びだそうです。
スペイン語しか通じない、ある宿泊所で、宿主が鈴木さんの肩をトントンとたたいて、心を通じてくれたという話をしてくれたのですが、話しながら鈴木さんはその時のことを思い出して涙ぐみました。
思い出すたびに、心があったかくなるのだそうです。
アントシアニン型幸せをどれだけ体験できるかで、人生の豊かさは決まってくるのかもしれません。
私にも、そうしたアントシアニン型幸せがたくさんなりますが、それがいまの私を支えていることは間違いありません。

鈴木さんは今回、いわゆる「北の道」を歩いたそうですが、そこはまだ古い巡礼の文化が残っているようです。
宿泊所やレストランもドネーションによるところが多く、出る時に出口に置いてある箱に、それぞれがお布施をおいていくのだそうです。
誰も見ていないので、金額ももちろんですが、箱に入れようが入れまいがさえも、その人次第です。
鈴木さんは、それにとても不思議さを感じたようです。
でもそれは、人類がずっと続けてきた文化、あるいはマナーだと私は思っています。

鈴木さんが、湯島の集まりも同じですね、と言いましたが、湯島のサロンもそういうスタイルで維持されています。
机に箱があって、基本的には毎回500円ずつ入れていくのです。
特に声をかけなくとも、みんなそれぞれが入れるのです。
もちろん忘れる人もいますが、まあお布施とはそんなものでしょう。
時々、入れ忘れたなどと言ってくる人もいますが、まあ入れられる時にいれればいいだけの話です。
会の参加費だと思っている人もいます。
私がいつも何も言わないので、会費をここに入れてくださいなどと呼びかける人もいますが、それは私の本意ではないのです。
まさに湯島のサロン活動を維持していくためのお布施システムなのです。
なかには1万円札を入れていく人もいますが、特にお礼は言わないようにしています。
しかし、金銭などがない時代は、みんなこうやって支え合ってきたはずです。
そうしたスタイルが、人類がここまで育ってきた理由のような気がします。
ですから、そうしたお布施の発想を大事にしたいのです。
それが壊れだしたのが、日本ではこの40年のような気がします。
何でもが、お金と契約で覆われだしています。
困った人を対象にした相談が有料のビジネスになるのは、どう考えても私には理解できません。

鈴木さんの話は、まだいろいろとありますが、8月下旬か9月に鈴木さんのサロンをやってもらうことにしました。
鈴木さんの心身からは、オーラが出ていました。

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2017/07/13

■節子への挽歌3601:ミリンダ王の問い

節子
昨日は朝から夜まで4つのミーティングを湯島で行いました。
いずれもまったく別のテーマです。
ちょっと重いテーマもあり、いささか疲れましたが、帰りの電車で、地湧社の増田さんからいただいていた筧次郎さんの短編小説集「重助菩薩」を読みました。
今日は本を持ってくるのを忘れてしまったため、もらったままになっていた、その本を選んだのです。
小説にはあまり興味がないためずっと湯島に放置しておいたのです。
たぶん読みだしてすぐやめるだろうと思っていました。
ところが、一言で言えば、すごい本でした。
電車の中では読み終えず、帰宅してからも読んでしまいました。
5編の短編が収録されていますが、いずれも心に響く作品です。
特に、その中の最後の「王の愁い」は衝撃的でした。
まだきちんと消化できていませんが、輪廻にまつわる壮大な実験の話です。
おかげで昨夜は目がさえてしまい、今日もまた寝不足です。

本の帯に、筧さんは「この小説集は、いわば今まで書いてきた本の挿し絵のようなものです」と書いています。
挿し絵から読んでしまったわけですが、筧次郎さんの著作を読みたくなりました。

「王の愁い」は、有名な「ミリンダ王の問い」に関する話です。
もちろん「ミリンダ王問経」にはない筧さんの創作ですが、「存在の本質」「輪廻転生」「悟り」に関する壮大な(そしておぞましい)エピソードです。
読み終わった後、頭がくらくらしました。
それで眠れなくなったのですが。

それに比べて最初の「重助菩薩」はとても心温まる、でも少し悲しい話です。
5つの作品が、たぶん筧さんの著作のどれかの「挿し絵」なのでしょう。
昨日の昼間の4つのミーティングからもいくつかの宿題をもらい、少し気が重くなっていたのですが、それどころではない「大きな宿題」を背負い込んでしまったような気分です。

昨日は湯島で9人の人に会いましたが、それぞれの生き方は大きく違います。
それぞれの生きる姿勢のあまりの違いにいつもながら驚くのですが、死に直面した人の言葉には真実を感じます。
昨日は昼間、ちょっとした体験があったために、筧さんの作品にはまってしまったのかもしれません。
生きているように見えて、生きていない人があまりに多すぎる。
真実が見えているようで見えていない人があまりに多すぎる。
私もそうかもしれません。
心しなければいけない。
そう思いました。

今日も風がさわやかな日です。
心身共にいささか疲れ切っていて、元気が出ませんが、お墓に行きたくなりました。

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2017/07/12

■節子への挽歌3600:多惑の時代

節子
昨日も深夜に目が覚めました。
目が覚めるといろんなことが気になりだす。
歳をとるごとに、不惑に向かうどころか多惑に向かっている気がします。
特に最近、人間関係が気になりだしました。
人を傷つけるのも、人を幸せにするのも、みんな人です。
年を重ねるにつれて、付き合う人は増えてきます。
となれば、不惑よりも多惑に向かう人の方が多いのではないか。
そう思います。
それに最近は傷つけられることが増えています。
たぶん私自身が弱くなっているからでしょうが、時代の影響もあるでしょう。
みんなイライラしているような気がします。

昨日から私も参加しているメーリングリストで、投稿の多い人への批判がなされていました。
たしかにその人は毎日、10数個の投稿をします。
それに対して、除名しろとか投稿記事にオリジナルがないとか、非難が続いています。
しかし、情報は受け手の問題であり、読まなければいいだけです。
自分の問題を他者の問題にして非難する。
みんなイライラして、自らさえも管理できないでいる。
現代は「多惑の時代」なのでしょうか。

「多惑の時代」はまた「相談の時代」かもしれません。
今朝も2人の人から会いたいという連絡がありました。
時間調整して、湯島で会うことにしましたが、特に具体的な相談があるわけでもないでしょう。
人に話すことで、多惑を放すことができるのです。
私もそういうタイプで、鬱積したものを誰かに話し放すことで、少しの安らぎを得る気分になることもある。
しかし本当は、放した「惑い」は必ず大きくなって戻ってくるのです。
ですから、ますます「多惑」になってしまう。

「不惑」で思い出しましたが、佐久間(一条真也)さんが最近、子供向けに「はじめての「論語」」という本を出版しました。
子供向きなので、私は読んでいなかったのですが、机の近くにあったので目次を開いてみました。
「不惑」の項目はなかったですが、目次を読んでいるうちに、私が大切にしていることがたくさん書いてありました。
もしかしたら、「多惑」になったのは、その大切なことをおろそかにしているからかもしれません。
この本に、「多惑」から抜け出るヒントがあるような気がします。
字も大きいので読んでみようかと思います。
「多惑」から抜け出ないと、人生は面白いけれど疲れますので。

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2017/07/11

■節子への挽歌3599:高月からの便り

節子
今日は節子の故郷(滋賀県高月)から2つの便りが届きました。
ちなみに今日の高月は、33度だったそうです。
わが家もほぼ同じ温度でしたが、エアコンなしでも大丈夫でした。
でも熱中症のおそれがあるので、畑に行くのはやめました。

最初の便りは、節子の同級生からです。
昨日が唐川の赤後寺の千日会で、そこに今年も節子のお姉さんがお参りに行ったそうです。
そのことを教えてきてくれました。

もう一つは高月メロンでした。
恒例の節子へのお供え物です。
メロンが届くと夏が始まります。

もう数年、高月には行っていません。
節子の両親の墓参りもあるのですが、どうも足が伸びません。
節子が元気だったころは毎年数回は行っていたのですが。
節子と一緒に行った高月は、あまりにもあたたかな思い出が多いので、一人では行く気が起きないのです。
私にとっては、節子のいない高月は想像もできないのです。

高月にはたくさんの観音がいます。
しばらく会っていないので、行きたい気もしないではないのですが、行く気が起きません。
というよりも、そもそも旅行に行こうという気が起きないのです。
どうも私は一人旅ができない性格です。

独りでサンチアゴ巡礼をしていた鈴木さんが帰ってきました。
帰国後2日半、食事もせずに寝ていたそうです。
今日届いたハガキに、「身体はもどってきても、心と魂はそれに追いつかないのかもしれません」と書いてありました。
鈴木さんらしいです。
独り旅ができる鈴木さんがうらやましいです。

今日はもう一つ連絡が届きました。
訃報です。
その人も一人旅でしょう。
さて、私は一人で旅立てるでしょうか。
そろそろ現世で練習しておいた方がいいかもしれません。
いや、たぶん節子が迎えに来てくれるでしょうから、心配はないでしょう。

今日は暑い日でしたが、我孫子は快い風がずっと吹いていました。
いまも快い風が窓から入ってきています。
高月の夏も、いつも暑かったですが、風が快かったのを思い出します。

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■節子への挽歌3598:難問をまた抱えてしまいました

節子
今日もまたカサブランカの花が2つ咲きました。
庭の琉球朝顔もたくさんの花を咲かせています。
花を見ると明るくなります。
幕末期に日本に来た外国人たちは、その自然の豊かさに感動したと言いますが、豊かな自然に囲まれて生きている日本人たちの優しさと豊かさは、そうした自然の恩恵だろうと思います。
その自然のありがたさをあまり感じていない、現在の経済文化が、いま日本人を変えているような不安がありますが、自然をゆっくりと眺め、そこに関わるようになると、その不安もなくなります。
私自身、こんなにすぐ近くに自然がありながら、ゆっくりと会話していないではないかと、気づきました。
節子は、こうした自然との会話の中で、きっと自らを育てていたのでしょう。
もう少し節子の手ほどきと教えをもらっておけばよかったです。

植物の成長力は、それはそれはすごいです。
たぶんじっと見ていれば、草が伸びていることは見えるはずです。
耳を澄ませば、草の声も聞こえてくるのではないかと思います。
まあそれほど植木鉢から野草を排除するのは難しい。
ちょっと目を離していると肝心の花は野草に負けてしまいます。
野草にも生きる権利があるなどと偉そうなことを言って、野草を容赦なく抜いてしまう節子にクレームをつけたこともありますが、いざ、自分で手入れするとなると、そんなことを言っていたら、両方共がダメになってしまいます。
植栽を豊かにするには、厳しい選択も不可欠なのです。
しかし、野草とは何なのか。

先週、松永さんの「呼吸器の子」というゴーシェ病の子どもの物語を読みました。
松永さんは、以前もトリソミーの子どもの話を書いていますが(「運命の子」)、今回の本は、心に深く刺さりました。
何かとても大きな示唆をもらいながら、それが整理できずに、モヤモヤした雲が頭を覆っているようです。
1週間もしたら雲も晴れるだろうと思っていましたが、なかなか雲は晴れません。
答はわかっているのですが、どうもすっきりしない難問があるのです。

今日は在宅の予定なので、畑にでも行って、自然と会話しながら、もやもやを整理しようと思います。
カサブランカと朝顔が、そういう気にさせてくれました。

空が私の好きな夏の空です。

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2017/07/10

■節子への挽歌3597:カサブランカが咲きました

節子
植木鉢で育てていたカサブランカが見事に咲きました。

カサブランカは、節子も私も好きな花の一つです。
節子に絡む節目の日の前後には、カサブランカの花を供えますが、どうせなら球根から育てようと、娘たちが球根を買ってきました。
同時に植えると花が咲くのも同時だろうから、10日ほど間をおいて植えました。
ところがなんと全く同じ日に咲いてしまったのです。
しかも一挙に咲きだしてしまいました。
1本は枝切りし節子の供え、1本はまだ植木鉢です。

カサブランカが好きな理由は、その強い香りにあります。
花が咲くと仏壇のあるリビングに香りが拡散します。
そこにいると、強い香りがいろんなことを思い出させます。

節子を見送ってからの数か月は、節子の位牌の前はいつも花に囲まれていました。
香りの強いカサブランカだけではなく、さまざまな花の香りで異様な雰囲気がありました。
香りと白さが、ずっと残ってしまい、一時はそこに沈み込んだようなこともありました。
いまはさすがに、花は少なくなりましたし、時には庭の花で飾っていることも少なくありません。
しかしカサブランカがあると、それだけでリビングの雰囲気は一変します。
もちろん私の意識のなかだけの話ですが。

切り花にさせてもらったカサブランカには、お礼の肥料を施して、来年もまた咲いてもらおうと思います。
節子ががんばった、あの年のように、暑い夏がやってきました。
今日は来客ですが、リビングのエアコンが壊れているので、大変です。
カサブランカの香りが、暑さを癒してくれるといいのですが。

201707


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2017/07/09

■節子への挽歌3596:自己嫌悪していますが、だれも慰めてくれません

節子
昨日はサロンで少し話しすぎて、自己嫌悪に陥っています。
時々、誰かに何かをぶつけたくなるのですが、その悪い癖が少し出てしまいました。
歳をとっても未熟さからは抜けでられません。
節子がいたら、きっと帰りの電車で厳しく批判されたでしょう。
いまは止める人がいなくなってしまっています。
困ったものです。

このブログにも、そうした私の不安定さが出ているようです。
しっかりした基軸を持って生きている人には、すべては見透かされてしまうのでしょう。
昨日のサロンに参加してくれたNさんは、この挽歌を読んでくれているのですが、
節子さんがいなくなったので佐藤さんが揺れ動いている、というような発言をチラッとされました。
お互いの席が一番離れていた場所だったのと、うまく聞き取れなかったのですが、たぶんそう感じているのでしょう。
私自身がそうですから。
でも私よりもずっと若い人からそう指摘されると、いささかの恥じらいを感じます。
もっとしっかりしろよ!と自分に言いたい気もします。

実は、節子がいなくなってからの数年は、心この世にあらずという感じでした。
いま思いだしても恥ずかしい記憶がたくさんあります。
その危うい私になんの負い目も感じさせずにしっかりと付き合ってくれた友人には感謝しています。
自分がようやくしっかりしてきたと思い出したのは、2年ほど前ですが、不思議なことにそうなってからが精神的には一番不安定になってきています。
いや、それまでは、不安定であることさえ気づいていなかったのかもしれません.
感情が戻ってきたといってもいいかもしれません。
ともかく最近は次第にその不安定さが高まっているような気さえするのです。

心配されるのは不本意なので、あえて付け加えれば、根っこのところではとても安定しています。
娘たちが心配するような暴挙はもうないでしょう。
ただ日々の気分が、時に落ち込み、時に高揚し、それが身体の動きに連動するのです。
そうした私の状況が、ブログを通して露出しているのでしょう。
みっともない話ですが、まあ仕方がありません。
まあ、それが私ですから。
 
昨日のサロンは私にはとてもうれしいサロンでした。
しかし、そのサロンに参加を申し込んでいたのに来られなかった人がいます。
外に出るのが怖いという精神状況にある人です。
その人から、やはり参加できなかったというメールが来ました。
サロンの報告を時評編に書きましたが、いつもサロンの裏側にもいくつかのドラマがあります。
サロンをやっているおかげで、見えない社会の実相も、時に見えてきます。
なかにはとてもつらくて重い話もあります。
もちろん不快な話も、時には危険な話も、です。
今回もちょっと躊躇するような裏の話もあるのです。
それをシェアできる相手がいないのが、私のような精神的に弱い人間には辛いのです。
Nさんは、それがわかっているのでしょう。
そういう人がいるというだけでも、実は元気が出ます。
Nさんがもしかしたら、この記事も読むかもしれないので、書きにくいのですが、Nさんには感謝しています。

昨日の発言に関する自己嫌悪は、まだ心に救っていますが、気分転換に昨日から始まったテレビドラマ「シャーロック」を見れば元気が戻るかもしれません。
「シャーロック」は1年以上、待ち望んでいた番組ですから。

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■コムケアサロン「無縁化防止に取り組んで6年」報告

今回のコムケアサロンは、6年前に「無縁化防止団体OMUSUBI」を立ち上げた心理カウンセラーの北原千香子さんに話題提供をお願いしました。
12人の人が参加しました。
無縁化防止団体OMUSUBIのミッションは、「孤独で居場所のない思いを抱えている人を一人でも少なくする」ことです。
そのため、毎月2回「ホームルーム」という居場所づくりをしています。
なぜOMUSUBIなのか。
おむすびを食べながらのサロンなのかと思いましたが、そうではなく、OMUSUBIのOの文字が丸い円に見えることから、円=縁をむすぶ、おむすびと命名したそうです。

Kitahara201707

北原さんがこの活動を始めようと思ったのは7年前の2011年2月。
あの3.11の1か月前です。
NHKスペシャル「無縁社会」を見て、雷に打たれたような強烈な感覚で、孤独死を防ぐために何かをしなくては、と思ったことがきっかけだったそうです。
北原さんは「あれは今でも不思議な体験です」と言っています。
それまで精神科クリニックや企業でたくさんの人の話を聞く中で、孤独な人が多いと感じていたこともあって、ともかく何かをしなくてはと思い、仲間と一緒に、まずは人の集まる場所を探し出したそうです。
そして始めた「ホームルーム」という居場所の提供は、いま7年目を迎えています。
しかし、一緒にやっていた仲間も転勤や仕事などの関係で活動が難しくなり、いまは北原さんがほぼ一人で活動を継続しているそうです。

私がとても共感するのは、思い立ってすぐに活動を起こす姿勢、欲張らずにできることからやってしまう姿勢、一人になっても持続していく姿勢です。
北原さんは、テーマを決めたり、世代を限ったりではなく、だれもが気楽に集まれる場をつくりたいと考えていますが、それにもとても共感できます。
そういう漠然とした活動には、行政もなかなか耳を傾けてくれませんが、いま必要なのは「個別問題の解決」ではなく、だれもがホッとする場を広げていくことだろうと思います。

北原さんの話を聴いていると、だれもがもしかしたら自分でも取り組めそうだと思える気になります。
しかし、実際には、こういう活動を持続していくことが一番難しいのかもしれません。
それに大変なこともあります。
つい最近ですが、集まりに来てくれる独り暮らしの人がなぜか来ないので、気になってご自宅を訪問したら、亡くなっていたそうです。
警察から北原さんは関係を質問され、普段付き合いのある近隣の知り合いというよりも説得力があるだろうと思い、無縁化防止団体OMUSUBI代表と自己紹介したそうです。
そうしたら、警察からはむしろ、不信感を持たれてしまったらしいのです。
最近は、高齢者などを対象とした、いささか怪しい団体が多いということを示唆している話のように、私には思えました。
そこにこそ、最近の福祉の深い問題があるように思います。
北原さんにとってもきっと大きなショックだったと思います。

無縁化防止団体OMUSUBIは任意団体です。
私は、NPO法人よりも、こうした住民たちのささやかな活動こそが大切だと思っています。
それも、だれもがその気になれば取り組めるような活動こそが、社会を変えていく。
困っている人たちを支援していくというようなサービス提供活動よりも、お互いに支え合う仕組みこそが本来的な市民活動ではないかと思うのです。
それにOMUSUBIに集まった高齢者が、それぞれの自宅でまた集まりを開いていけば、それだけでも「無縁社会」を変えていけるでしょう。
そこに私は、北原さんの活動の大きな意義と可能性を感じます。

いろいろと示唆に富む話し合いはありましたが、3つだけ紹介しておきます。
人が孤立しないためには、社会のなかでの役割があることが大切だという意見がありました。
あまり集まりに参加したがらなかった父親が、ある役割を見つけて以来、進んで参加するようになったという体験も紹介されました。
ただ人をつなげばいいわけではなく、つながるためには、やはりお互いの役割がみつけられるようにすることが大切で、そのためには参加者を「お客様」にしないことも必要かもしれません。
人はみんな、世話されるよりも、世話する方が楽しいのです。

活動を広げていくためには、工夫も必要かもしれないという話もありました。
人はそれぞれ得意なことややりたいことを持っています。
OMUSUBIの集まりでも川柳が好きな人がいて、いまは川柳もメニューの一つになっているそうです。
今回のサロンには、箸ピーゲーム、ラフターヨガ、琵琶で万葉集を語るなど、さまざまな活動をしている人が参加していましたが、そういう人に遊びに来てもらうだけで、仲間が増えたり、別の世界の人たちが仲間になってくれたりするかもしれません。
今回参加してくださった方は、北原さんから声がかかればきっと集まりに参加して、何か新しい風を吹き込んでくれることでしょう。
そういうかたちで、人のつながりが育っていけば、お金を介さずにできることはたくさんあるはずです。

とはいえ、活動には時にはお金が必要で、資金を提供してもらうための活動も必要かもしれません。
北原さんは、企業から助成金を提供してもらうためには企業にどういう価値を提供できるかという問いかけをしました。
活動の主旨をしっかりと相手に分かってもらうためにはそれなりの準備が必要ですが、要はその活動に価値を見出してくれる人を見つけることかもしれません。
ただ私はこの問題に関してはちょっとこだわりがあるため、いささか誤解されそうな発言をしてしまい、反省しています。
私は、そもそも「助成金をもらう」という発想が、間違いではないかと最近思いだしています。
「もらう」というよりも「活用してあげる」と考えられないか。
お金をしっかりと活用していくことで、むしろ相手を助成するのはこちら側。
ますます誤解されそうですが、助成金をもらっているという発想があると出資者への借りの感覚が生まれてきますが、活用させてもらうという発想が持てれば、自らの活動に自信が持てます。
なんだかとても傲慢なことを言っているように聞こえると思いますが、お金を稼ぐのと同じくらい、お金を活用するのは難しいことだと私は思っています。
いつかこの話題でのサロンもやってみたいですが、まだ私自身、説得力のある論理建てができていません。

いつもながら、話し合いのほんの一部の、それも私の視点での紹介になってしまいました。
北原さんの話を聴きながら、改めて福祉の原点を考えさせられました。
それと北原さんのような(華やかな世界を歩んでいた)若い人が、「無縁社会」に強く反応されて、行動を起こしたことにとても興味を持ちましたが、そこは残念ながら、突っ込こめずに終わってしまいました。

このシリーズも3~4回続ける予定です。
もし話題提供したい方がいたらご連絡ください。


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2017/07/08

■節子への挽歌3595:「人とのつながりを捨てる」ことの魅力

節子
世間のなかで生き続けることは、それなりに疲れます。
インドでは、人生を「学生期」、「家住期」、「林住期」「遊行期」と4つに分けて考えるそうですが、この分け方は私にはあまりなじめません。
日本では昔から「隠居」という生き方がありました。
この考えも、私はあまり理解できませんが、それを「人とのつながりを捨てる」というのであれば、共感できます。
「人とのつながりを捨てる」ことの魅力は、極めて大きい。

人は歳をとるにつれて、友人知人は少なくなっていきます。
それがさびしいという人もいますが、私にはある意味で自然の成り行きであり、最後は一人で死んでいくというのはとても納得できる話です。
おそらく私もそうなるでしょう。
ただし、それはあくまでも形の上の話です。

実際には、人は歳をとるにつれて、友人知人は増えていき、最後はたくさんの人たちに見守られて死んでいく。
私はそう考えています。
ちょっと言葉足らずでわかりにくいかもしれませんが、映画「おみおくりの作法」の孤独の主人公ジョン・メイの葬儀にはたくさんの人が集まりました。
現世の人たちではないので、現世の人には見えませんでしたが。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2014/11/post-5ba1.html
人は記憶のなかにも生きています。
記憶の中の友人知人たちは、年を重ねるたびに増えていく。
孤独死も孤立死も、私にはあり得ない話です。
そう思う人たちは、現世だけに、言い換えれば現世の欲の世界に行きすぎている。
そう思います。

つまりこういうことです。
私たちの友人知人は2つの世界に住んでいる。
此岸と彼岸です。
そして、ある時期までは、此岸の友人知人が増えていく。
その人たちは、時を経て、此岸から彼岸へと移っていきます。
そして次第に彼岸の友人知人が増えていく。
そういう彼岸の友人知人たちとの付き合いも、人生の大事な一面です。

此岸の友人知人と彼岸の友人知人は大きく違います。
此岸では人間関係に煩わされたり、付き合いを通して不快を味わうこともありますが、彼岸の友人知人はそんなことはしないのです。
時に嫌な思い出もあるかもしれませんが、彼岸に行くと人は(少し時間がかかることもありますが)みな善人になる。
現世に戻ってきて悪さをすることはとても少ない。
つまり安心して付き合えるのです。

この数日に関しても、現世の友人知人との付き合いは結構ストレスがたまります。
たとえば、昨日も尋常ではないメールが来ました。
何とか彼のためにと思って、これまでいろいろとやってきましたが、先方から絶縁状が来ました。
正直、ほっとしましたが、その一方で役立てなかった悔いが残ります。
まだ一度も会ったことのない、精神を少し病んでいる若者です。
いささかの身の危険も私は覚悟していたのですが、結局会えませんでした。
そういうことがたびたびあると、もう人には関わりたくないと思うこともあります。
彼岸にいる友人知人との暮らしに移りたいと思うこともある。
しかし、たぶん私にはその生き方は定められていないのでしょう。
なんとなくそんな気がします。

「人とのつながりを捨てる」ことは魅力的です。
それができたらどんなに幸せなことか。
しかし、此岸と彼岸はつながっている。
みんなその両方で生きているのです。
不快な思いも甘受しながら、やはり人とのつながりを捨てるわけにはいかない。

生きることは、本当に疲れることです。
マザー・テレサも、きっと疲れて生きていたのではないかと思います。
疲れのない人生など、きっとありえないのでしょう。

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2017/07/07

■節子への挽歌3594:丸いスイカが食べたい暑さです

節子
今日は朝から暑いです。
昨日も暑かったので、スイカを買って来てもらい、今年初めてのスイカを食べました。
ただし丸いスイカではなく、1/6のスイカでした。
丸くないスイカはスイカではないというのが私の考えなので、最近はなかなかスイカを食べさせてもらえません。
1/6のスイカでもどうせ食べきれないのだから、四角く切ったのでいいのではないかと娘は言いますが、そういうスイカはダメなのです。
娘は、スイカを買って来ても冷蔵庫にも入らないではないかと言います。
小玉スイカは、これまた私にはスイカではないのです。
そんなわけで、毎年、丸いスイカはなかなか食べられません。

今日も暑いです。
スイカが食べたいですが、丸いスイカは値段も高いので、買えません。
それで畑か庭にスイカを植えたらどうかと気が付いたのですが、ちょっと遅すぎました。
いつも気づくのが遅いのが、私の視野の狭さです。
困ったものですが、こればかりは直りません。

子どもの頃は、たぶんいまよりも貧しかったと思いますが、大きなまるいスイカを食べました。
食べ過ぎて、動けなくなったこともあります。
まあ他に食べるものがなかったのかもしれませんが、スイカは誰でも夏には食べられました。
しかし今は高価な食べ物になってしまいました。
わが家にとっては、という意味ですが。
いやそれよりも、スイカを食べられる家族構造や地域社会ではなくなったというべきでしょうか。

昨日テレビで、6500円の食パンが売れているという話をしていました。
どうも私は時代から取り残されてしまっているようです。
でもまあがんばって、まるいスイカを食べようと思います。


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2017/07/06

■節子への挽歌3593:私にとっての一つの時代の終わり


節子私たちが仲人役を果たしたMさんと久しぶりに会いました。
彼らしい、とてもいい生き方をしています。
Mさんと会うとなぜかホッとして、お互いにこの半年の様子を堰を切ったように話していました。
節子の葬儀の時には、Mさんはとてもよくしてくれました。
節子の訃報がいろんな人に届いたのも、たぶんMさんのおかげです。
本当はとても小さな葬儀にしたかったのですが、MさんのおかげでNPO関係の人たちに伝わったようです。
そしてMさんは2日目の告別式には、節子の写真が入ったカードまでつくって来てくれて、みんなに配ってくれました。

節子も知っている、いろんな人の話も出ました。
最近Mさんがうけたアーユルヴェーダの脈診から、Mさんは10年ほど前に大きな事件があり、そこからせっかくの才能が生きていないのだということがわかったそうです。
脈診を診てくれたのは、節子も診てもらったインドの先生です。

10年前と言えば、節子が亡くなった頃ですが、同じころ、Mさんにも大事件があったそうです。
彼らしく極めてスピリチュアルな事件ですが。

最近はMさんと会うことは年数回になっていますが、会うとホッとします。
自分を生きている人だからです。
彼もまた、私と会うとホッとしてくれるでしょう。
私の生き方をある意味では理解してくれている人だからです。
だからきっと仲人役を頼んできたのでしょうが、その結婚式に遅刻してしまったという大失策をしてしまいました。
ですからMさんには大きな負い目があるのです。
もっともいつもは忘れていますが。

ところで昨日の要件は、長年使っていたオフィスと会社を閉鎖したいという話でした。
いずれも一緒の開き、設立したものです。
節子が病気になって私が対価をもらう仕事をやめてしまったため、オフィスへの経済的負担はできなくなり、会社もみんなで話して社長を私からMさんに変えていたのですが、手続きがなされていなくて、まだ私が社長なのだそうです。
まあこれも利益を上げる会社ではないので、不都合は起きていないようですが、そろそろ閉鎖することにしました。
オフィスは私たちのNPO仲間がシェアしていますが、そこをどうして了承してもらえるかです。
そのオフィスは、コムケア活動の出発点なので、みんな思いがあるのです。
いまはコムケアセンターは湯島に移していますが、本郷の最初のオフィスへも愛着を持ってる人も少なくありません。

その一人から、オフィスの閉鎖はさびしいというメールも届きました。
わたしにとっての一つの時代が、また終わりました。


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■節子への挽歌3592:私の時計がなかなか進んでくれません

節子
ともかく時間がたつのが早い。
このころそう思います。
たぶん私の時計がゆっくりとなってしまっているのでしょう。
時々止まってしまっているのかもしれません。

今朝はちょっと元気づけられるメッセージが届きました。
テレビ局にいる若者からです。
私のフェイスブックへの書き込みへのコメントです。

私のフェイスブックへの書き込み記事は、多くの場合、私が意図していることが伝わらず、困惑することが多いのですが、彼はしっかりと受け止めてくれました。
うれしいことですが、彼は大学生のころからNPO活動に取り組んでいたので、頭ではなく身心で考えるタイプなのです。
たわいのないことですが、彼のコメントを読んでちょっと元気が出ました。
人の気持は、こういう些細なことで変わっていくものです。
昨日はあまりにコミュニケーションできないメッセージがいろいろと届き、いささか辟易していたのですが、今朝は救われた感じです。

ちなみにコミュニケーションできないのは、先方が悪いからではありません。
また私のフェイスブック記事が誤読されるのも、読み手が悪いからではありません。
いずれも私の問題なのです。
それにそもそも自分を理解してもらおうなどと思うことほど、傲慢なことはありません。
でもついついそう思い込んでしまう。
理解できなのは相手のせいにしたくなる。
でももし相手が理解しないとすれば、悪いのはこちら側であることは絶対の真理だと思います。
でもそう思いたくない。
困ったものです。

それにしても、最近はみんな忙しそうです。
暇なのは私だけかもしれないと思うほどです。
でもまあ、他者から見ると、私も忙しく見えるのかも知れません。
何しろ約束をしておきながら、期日を延期してほしいなどということが多いからです。
それは時間がないからではなく、私の時計が進まないからなのです。
以前にも書いたことがありますが、5分で終わる用事でさえ、もう2年近く先延ばしにしていることがあります。
ことほど左様に、気が向かないと私は取り組めないタイプで、それができるような、甘やかされた生活環境になってしまっているのです。
まあ人は歳をとるとだんだんそうなってくるのかもしれません。

さて今日は湯島に出かけます。
特に大きな用事があるわけではないのですが、1時間ほど相談したいという人に会うためにです。
あまりいきたくなかったのですが、今朝の若者からのメッセージでちょっと元気が戻ってきたので行くことにしました。

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2017/07/05

■節子への挽歌3591:「人は出て行くより、出て行かれたほうが傷つく」

節子
節子もよく知っている友人からメールが来ました。
一緒に始めたシェアドオフィスや組合的な会社が、私の手に負えなくなった(私が仕事をやめた)ので、彼に委ねたのですが、そろそろ次に転身することを考えたいという内容でした。
そのメールの中に、こう書かれていました。

長年、(シェアドオフィスを)やってきて、度々感じていたのは、「人は出て行くより、出て行かれたほうが傷つく」です。
出て行く方は、(たとえ追い出されたのだとしても)次に向かって進むのですが、出ていかれた方はなんだか釈然としない気持ちだけが残ります。
たつ鳥後を濁さずは、ほんとにそうだなあと思います。
そうやって思うと、自分は親の気持ちなんてこれっぽちも考えたことはありませんでしたが、子どもが出て行くときにはどんな気持ちになるんだろうと、恐ろしくもなります。
でも、今回の件は、「自分は出て行くので、みなさんもそれぞれに」という話なので、やはり申し訳ないです。

とてもよくわかります。
人は、体験したぶんだけ世界を広げられます。
だから人生は、常に後悔ばかりなのです。
歳をとるにつれて、それがよくわかってきます。

節子は、この世から出ていきました。
出ていく節子は、傷つくことはなかったかもしれません。
おかしな言い方ですが、死の向こうに体験したこともないような未来があるからです。
こう思えるようになったのは、節子を見送って数年してからです。
哀しくてさびしくて、釈然としないのは、残された者。
そうなのです。
死にゆくものは幸いなのかもしれません。
残されたものに比べれば、ということですが。

死の向こうにあるのはどんな未来なのでしょうか。

ところで私が出ていくときに、残される人がいないようにしなければいけません。
節子が出て行ったのは、ちょっと早すぎた。
ですから残され感が、家族には残りました。
そうならないように、私は節子の分までこの世に残り、みんなにもう早く逝ってよと思われるようになってから出ていくのがいいような気がしました。
なんだか生きる目標が見つかったような気分です。
みんなにいなくなってよかったなと思ってもらえるように、いや、生きているうちに存在感が消えてしまうように、生きるように心がけようと思い出しました。

今日、何かがあったわけではありません。
いや、なかったわけでもない。

人生にはいろいろあります。

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■節子への挽歌3590:安寧と平和を呼吸していた社会

節子
あることで思い出して読みだした「逝きし世の面影」を結局また全部読んでしまいました。
以前読んだ時には感じなかった、何かとてもホッとするような気分になりました。
かつて日本には、「全てが安寧と平和を呼吸していた」(明治維新前に来日したプロシア人のルドルフ・リンダウの言葉)社会があったのです。

実はこの本の最初の部分だけを読み直すつもりが、結局、最後まで読んでしまったのは理由があります。
そこで紹介されている、かつての日本の名残を、節子のおかげで私は実際に体験したのですが、それが懐かしくて、ついつい読み終えてしまったのです。
もし私が節子と結婚してなかったら、たぶんそれは頭だけの知識的なものになっていたでしょう。
出も節子と結婚して、滋賀の節子の生家に戻るたびに、私は「安寧と平和を呼吸している」人の繋がりを実感させてもらいました。
そこでは、すべての存在が許される。
もちろん私が接したのは、ほんの数十人の人たちでしかありません。
しかし法事などで集まった人たちから、それとなく伝わってくるものは、とてもあったかく、とても陽気で、とても素朴で、魅了されるところがありました。
節子は、むしろ都会生活にあこがれるタイプでしたし、私がそういう社会にはなじめないだろうととても心配していました。
お酒も飲めませんし、猥雑さもある雑談になじめないだろうと、節子は思っていた節があります。
付き合いのルールもわからないので、法事などではいつも節子の指南を受けていました。
時折、節子からは、そんなに合わせなくてもいいと言われたこともあります。
しかし、私は決して合わせていたわけではありません。
素直に、とても新鮮だったのです。
たぶんそういう体験の中から学んだことは山のようにあります。
そして、いま思い出せば、江戸時代末から明治の初めにかけて、来日した外国人が味わった感動に似たささやかな体験をさせてもらったような気がします。
そういうわけで、この本には改めて引き込まれてしまったわけです。

私が願っているのは、やはりこういう社会です。
そういう意味では、生まれたのが遅すぎました。
しかし、そう思う一方で、もし江戸末期に生まれたら、たぶん私はうまく生きていけなかったような気もします。

節子のおかげで、私の世界は大きく広がりました。
友人からどうして会社を辞めたのかとよく言われます。
その大きな理由は、たぶん節子と結婚したからです。
生きるとは何かなどと悩まなかったのも、たぶん節子と結婚したからです。

ちなみに、「逝きし世の面影」は、滅んでしまった文明の墓碑銘だと著者は書いています。
でもそうでしょうか。
私は、あの「安寧と平和を呼吸する社会」は、いまもなおこの国には残っているような気がします。
少なくとも、私はその空気を呼吸し、生きているつもりです。
いささか酸欠状態になることはありますが、まだまだそれは残っている。

とてもいい本です。
よかったら読んでみてください。
ちょっと厚いので努力は必要ですが。

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2017/07/03

■節子への挽歌3589:私の時計が止まってしまいました

節子
なにかまた時間に追われています。
と言っても忙しいわけではありません。
私の時間速度が急に止まりだしているだけなのです。
世間的な時間と私の時間が食い違い始めているのです。
何かやらなければいけないことがいろいろとあるのですが、それに取り組めないのです。
そのため、そうしたことが山積みになってきていて、何かとても大切なことを忘れているような気がしてなりません。
こういう時には、立ち止まって、やるべき課題をリストアップして、頭を整理するのですが、今回はそれができません。
なぜでしょうか。
自分の手が届かない話が、ちょっと多すぎるからかもしれません。
不安感ばかりが心身を襲ってきます。
だからといって、私の時計が動き出すわけでもありません。
5分もかければ処理できる課題がいくつかあります。
それが、しかし、どうしてもできません。
もう1週間以上、気になりながら手が付けられないのです。
困ったものです。
こういう状況はなかなか表現しにくいのですが、誰かがシェアしてくれればそれで解消されるのです。
それができない。
どこかに閉塞感がある。
精神的には、あまりいい状況ではないようです。

今日はとても暑い日でした。
それでイライラしてしまっているのかもしれません。
こういう時に限って、要領を得ない電話が入ってくる。
蹴飛ばしたくなりますが、それをていねいにやらないといけません。
今日はだいぶまた失礼を重ねてしまったかもしれません。
人と付き合うのは、ほんとうにめんどうです。

娘に、霧降高原に行こうと誘ったのですが、断られました。
そこで、というわけではないのですが、
手賀沼の対岸の湖畔にできた野菜レストランに行きました。
毎年行われるトライアスロンの水泳のスタート地点が目の前です。
節子の主治医が出場した年、節子と一緒に応援に来ました。
あの時の様子を思い出しました。
気分転換にと思っていたのですが、効果はありませんでした。
残念ながら不安感は払しょくできないままです。

そこからわが家が小さく見えます。
手賀沼はもう夏です。
はやく私の時計が動き出すといいのですが。

Taganuma201707031


Teganuma201707032


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2017/07/02

■節子への挽歌3588:「そろそろ終活」

節子
琉球朝顔が咲きだしています。
節子の献花台も朝顔で囲まれだしています。

新潟の金田さんから電話がありました。
新潟水辺の会を退会することに関して、私の意見を訊いてきたのです。
金田さんの尽力もあって、いまでは信濃川にもサケが上がりだしています。
その金田さんも、もう80代の後半になりました。
そろそろ「終活」ですと、ちょっと元気のない声でした。
高熱でこの数日休んでいたそうです。
新潟水辺の会の退会も、たぶんその間、いろいろと悩んだのかもしれません。
なかなか相談する人がいなくて、と笑いながら話してくれました。
がんばって活動していた人は、最後に相談する人がいなくなってしまうのかもしれない、とふと思いました。
特に金田さんのように、義理堅い人は大変かもしれません。
もう十分活動してきたのですから、もうわがままにしていいのではないですかと応えました。

ふと私のことを振り返りました。
私は、だれが止めてくれるのでしょうか。
自重しなければいけません。

実は昨日、日本中を笑顔で埋めようというプロジェクトを立ち上げようかという話し合いをしていました。
その前の日も、新しいプロジェクトを起こそうと友人と話していました。
昨日まではついついその気になっていたのですが、金田さんと電話で話していて、少し考え直した方がいいかなと思い出しました。
日本の社会は、もう壊れてしまってきています。
もう後戻りはしないでしょう。
久しぶりに、渡辺京二の「逝きし世の面影」を読み直しています。
私が望む社会は、もう終わったのでしょう。

私には居場所のない時代になっていることを薄々感じながらも、未練がましく、江戸時代的な生き方を目指しています。
そろそろあきらめて、私も終息すべきかもしれません。
今日はちょっと悩ましい1日でした。
異常な暑さのせいもあったかもしれません。

琉球朝顔を元気です。
朝顔の花は、子ども時代を思い出させてくれます。
しかし、今年は庭を占領されないように、気を付けています。


Asagao


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■「貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」

昨日、ケソン工業団地で働いていた人が語った北朝鮮のことを書きましたが、その本を読んで、渡辺京二の「逝きし世の面影」を思い出しました。
昨日湯島に行く電車の中で、最初のところだけを読み直しました。
読んでいる人も多いと思いますが、2つの話を紹介させてもらいます。
昨日私が言いたかったことを補足する意味で。

スイスの通日使節団長として1863年に来日したアンベールは、農村を歩き回っていると、人びとは農家に招き入れて、庭の一番美しい花を切りとって持たせてくれ、しかも絶対に代金を受けとろうとしなかったそうです。善意に対する代価を受けとらないのは、当時の庶民の倫理だったらしいと、彼は書いています。

イザベラ・バードの話からも一つ。バードは東北・北海道の旅の後、関西から伊勢に向かう途中でこんな体験をしています。奈良の三輪で、3人の車夫から自分たちを伊勢への旅に傭ってほしいと頼まれた。推薦状ももっていないし、人柄もわからないので断わると、一番としかさの男が言った。「私たちもお伊勢詣りをしたいのです」。この言葉にほだされて、体の弱そうな一人をのぞいて傭おうと言うと、この男は家族が多い上に貧乏だ、自分たちが彼の分まで頑張るからと懇願されて、とうとう3人とも傭うことになった。ところが「この忠実な連中は、その疲れを知らなぬ善良な性質と、ごまかしのない正直さと、親切で愉快な振る舞いによって、私たちの旅の慰さめとなったのである」。

また、「日本で貧者というと、ずい分貧しい方なのだが、どの文明人を見回しても、これほどわずかな収入で、かなりの生活的安楽を手にする国民はない」という、アメリカ人イライザ・シッドモアの言葉も紹介されています。
彼女はこうも書いているそうです。日本人は「木綿着数枚で春、秋、夏、冬と間に合ってしまうのだ」。そんな極限の状態でも、春と秋の素晴らしさを堪能するのに差し障りはない。「労働者の住、居、寝の三要件」は、「草ぶき屋根、畳、それに木綿ぶとん数枚」がみたしてくれる。穀類、魚、海草中心の食事は、貧しいものにも欠けはしない。

日本通だったチェンバレンは、日本には「貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」と言ったそうですが、現代の日本はどうでしょうか。

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2017/07/01

■競争の社会から共創の社会へ

最近読んだ「開城工団の人々」は、北朝鮮と韓国の共同事業として行われていたケソン(開城)工業団地で働いていた韓国の人たちの体験談を集めたものです。
とても示唆に富む話が多いのですが、こんな話は皆さんどう受け止めるでしょうか。
チーム長として、北朝鮮の人たちが働くチーム長として働いてきた人の発言です。

あちらは社会主義なので一生懸命働いてもインセンティブがありません。 いい加減に仕事をしても、我々に人事権がないために制裁できないのです。 それだから仕事ができない人ができる人に合わせるのではなく、できる人ができない人に合わせるようになります。 こんな状態が続くと生産が落ちる場合が出てきます。 我々が望む生産力に到達しようとすれば、人員を補充するしかありません。 一つのラインに南側では12名が必要だとすれば、開城では15名を入れるというふうにです。 そうやって生産性を100%に合わせています。

組織の生産力を高めるには、各自の生産性を高めるか、働く要員を増やすか、の2つの方法があります。
私たちのいまの社会では、前者が目指されています。
生産性をあげられない人は、職場には居場所がなくなる社会かもしれません。
その結果、組織の生産性は高まり、経済的な競争に勝ち抜いてきたわけです。

でも確かに、後者の発想があります。
一番ゆっくり働く人を基準にして、必要な生産力を実現するための要員数を決めていくわけです。
そんなことをやっていたら、激しいコスト競争にさらされている企業としてはやっていけないと思いがちです。
でもそうでしょうか。
要員数と人件費とは同じではありません。
限られた人件費を、みんなでなかよくシェアすれば、人件費をあげなくても大丈夫です。
できる人の給料は下がるかもしれません。
でも給料以外の何かが獲得できるような気がします。
無理してお金を消費しなくてもよくなるかもしれません。
そして組織全体の雰囲気が変わっていくかもしれません。

人工知能が、人の働く場を奪っていくという話があります。
2045年のシンギュラリティ仮説危機など、私にはまったくばかげた話だと思いますが、それはそれとして、人工知能に限らず機械化や自動化は人の職場を奪ってきました。
だから景気が良くなっても仕事は増えていきません。
しかし、発想を変えたらどうか。
そもそも「職場が奪われる」という発想は、まさに機械と人間を同じ次元で考える競争の発想です。
その時点で、たぶん発想を間違えているのです。
機械が職場を奪っているのではありません。
職場を奪っているのは、機械を使って私欲を得ようという人間です。
仕事を機械が代行してくれるのであれば、そこから生まれた時間をみんなでシェアし、働く時間を減らせばいいだけの話です。

ケソンの話は、いろんなことを示唆してくれます。
そろそろ「常識の呪縛」から抜け出たいと思っています。
そうすれば、いまもそれなりに生きやすい時代です。

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