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2017/07/12

■節子への挽歌3600:多惑の時代

節子
昨日も深夜に目が覚めました。
目が覚めるといろんなことが気になりだす。
歳をとるごとに、不惑に向かうどころか多惑に向かっている気がします。
特に最近、人間関係が気になりだしました。
人を傷つけるのも、人を幸せにするのも、みんな人です。
年を重ねるにつれて、付き合う人は増えてきます。
となれば、不惑よりも多惑に向かう人の方が多いのではないか。
そう思います。
それに最近は傷つけられることが増えています。
たぶん私自身が弱くなっているからでしょうが、時代の影響もあるでしょう。
みんなイライラしているような気がします。

昨日から私も参加しているメーリングリストで、投稿の多い人への批判がなされていました。
たしかにその人は毎日、10数個の投稿をします。
それに対して、除名しろとか投稿記事にオリジナルがないとか、非難が続いています。
しかし、情報は受け手の問題であり、読まなければいいだけです。
自分の問題を他者の問題にして非難する。
みんなイライラして、自らさえも管理できないでいる。
現代は「多惑の時代」なのでしょうか。

「多惑の時代」はまた「相談の時代」かもしれません。
今朝も2人の人から会いたいという連絡がありました。
時間調整して、湯島で会うことにしましたが、特に具体的な相談があるわけでもないでしょう。
人に話すことで、多惑を放すことができるのです。
私もそういうタイプで、鬱積したものを誰かに話し放すことで、少しの安らぎを得る気分になることもある。
しかし本当は、放した「惑い」は必ず大きくなって戻ってくるのです。
ですから、ますます「多惑」になってしまう。

「不惑」で思い出しましたが、佐久間(一条真也)さんが最近、子供向けに「はじめての「論語」」という本を出版しました。
子供向きなので、私は読んでいなかったのですが、机の近くにあったので目次を開いてみました。
「不惑」の項目はなかったですが、目次を読んでいるうちに、私が大切にしていることがたくさん書いてありました。
もしかしたら、「多惑」になったのは、その大切なことをおろそかにしているからかもしれません。
この本に、「多惑」から抜け出るヒントがあるような気がします。
字も大きいので読んでみようかと思います。
「多惑」から抜け出ないと、人生は面白いけれど疲れますので。

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