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2017/07/14

■節子への挽歌3602:アントシアニン型幸せ

節子
3回目のサンチアゴ巡礼から戻った鈴木さんが湯島に来ました。
話を聴いている内にあっという間に2時間半がたってしまいました。
今回、ますます人生は巡礼だという実感を強くしてきたようです。
そして、巡礼中は知らない人にも声をかけられるし、ハグも抵抗なくできる。
見ず知らずの人でも、心が通じる。
巡礼路でできるのであれば、日本でもできるはずだ、というのです。

幸せは、ドーパミン型とアントシアニン型があって、前者は強く刺激的な幸せ、後者は弱く、でも長く続く幸せなのだそうですが、巡礼路で体験するのは後者の幸せ、喜びだそうです。
スペイン語しか通じない、ある宿泊所で、宿主が鈴木さんの肩をトントンとたたいて、心を通じてくれたという話をしてくれたのですが、話しながら鈴木さんはその時のことを思い出して涙ぐみました。
思い出すたびに、心があったかくなるのだそうです。
アントシアニン型幸せをどれだけ体験できるかで、人生の豊かさは決まってくるのかもしれません。
私にも、そうしたアントシアニン型幸せがたくさんなりますが、それがいまの私を支えていることは間違いありません。

鈴木さんは今回、いわゆる「北の道」を歩いたそうですが、そこはまだ古い巡礼の文化が残っているようです。
宿泊所やレストランもドネーションによるところが多く、出る時に出口に置いてある箱に、それぞれがお布施をおいていくのだそうです。
誰も見ていないので、金額ももちろんですが、箱に入れようが入れまいがさえも、その人次第です。
鈴木さんは、それにとても不思議さを感じたようです。
でもそれは、人類がずっと続けてきた文化、あるいはマナーだと私は思っています。

鈴木さんが、湯島の集まりも同じですね、と言いましたが、湯島のサロンもそういうスタイルで維持されています。
机に箱があって、基本的には毎回500円ずつ入れていくのです。
特に声をかけなくとも、みんなそれぞれが入れるのです。
もちろん忘れる人もいますが、まあお布施とはそんなものでしょう。
時々、入れ忘れたなどと言ってくる人もいますが、まあ入れられる時にいれればいいだけの話です。
会の参加費だと思っている人もいます。
私がいつも何も言わないので、会費をここに入れてくださいなどと呼びかける人もいますが、それは私の本意ではないのです。
まさに湯島のサロン活動を維持していくためのお布施システムなのです。
なかには1万円札を入れていく人もいますが、特にお礼は言わないようにしています。
しかし、金銭などがない時代は、みんなこうやって支え合ってきたはずです。
そうしたスタイルが、人類がここまで育ってきた理由のような気がします。
ですから、そうしたお布施の発想を大事にしたいのです。
それが壊れだしたのが、日本ではこの40年のような気がします。
何でもが、お金と契約で覆われだしています。
困った人を対象にした相談が有料のビジネスになるのは、どう考えても私には理解できません。

鈴木さんの話は、まだいろいろとありますが、8月下旬か9月に鈴木さんのサロンをやってもらうことにしました。
鈴木さんの心身からは、オーラが出ていました。

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