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2017/07/25

■憲法を考えるサロン「元軍国少女が語る憲法への思い」

憲法を考えるサロンは、この2回、個人が起案した新憲法案を材料に話し合ってきましたが、今回はそれに触発されて、憲法私案づくりに取り組んだ、元軍国少女を自称されている85歳の高林さんに、ご自身の体験と後世に残したいメッセージを語ってもらう会にしました。
高林さんは、京都の宇治にお住まいですが、NPO法人認知症予防ネットの理事長として、長年、認知症予防活動に取り組んでいる方です。

高林さんは、今年、地元の中学校で40分ほど戦争の話をされましたが、その話を聴いた生徒の感想文を読んで、憲法問題に関しても、「軍国教育をもろにうけた者」の視点で語り部的責任があるのではないかと考えるようになったそうです。
京都新聞に、添付のような「9条 民意で生まれた「宝」」も投稿されました。

高林さんはこう言っています。
ちょっと長いですが、ぜひお読みください。

敗戦の経験がなければ、憲法に注文をつけたくなるなど思いもしなかった筈です。 戦争体験と憲法は、私にとりましては表裏一体で、同学年の女学生達の中で、突出した思想の持ち主だったと思い至ります。 いびつな女学生がなぜ出来たか、オモシロイ命題かもしれません。 怨霊のような軍国少女にも、1ミクロンの魂が残っていて、面白いものです。 今日まで、生きていて良かったです。

ミミズの戯言かもしれませんが、戦前の日本人の生き残りの義務として、敗戦まで連綿と続いた日本独特の神観・宿神の弁解もしたいです。
明治維新が成功した理由は、2000年来続いた国学が基礎だったからと、思っています。
国学の精神が、何度も歪み、曇りながらも日本の国是でした。それを敗戦で止めるのですから、憲法で一言の挨拶が必須だと思います。
それが無いから、政府要人が靖国神社に参拝したり、皇族が伊勢神宮を参拝したり、旧来の陋習を引きずるのだと思います。
ケジメの思想がないので乱世を招くと思います。

憲法と聞くだけで、何時も欲求不満がくすぶります。
私も自分なりの憲法を書いてみようと思った途端、目の前が明るくなりました。
言論の自由の前に、自分の要求を書いてみることが先だと気が付きました。
有り難うございました。
1分の虫にも1ミクロンの魂です。

高林さんの思いの一端が伝わってくる気がします。
高林さんに語る責任があるのであれば、後世には聴く責任がある。
それで、急遽、このサロンを企画することにしました。

どういう話になるかわかりませんが、高林さんが起案した新憲法の前文も紹介されます。
これまでのサロンの話し合いとは、かなり異質なものになりそうですが、ぜひ多くの人たちに聴いてほしいと思っています。
憲法サロンに敷居の高さを感じていた人も、ぜひ、高林さんの積年の思いを聴くつもりで、気楽にご参加ください。
きっと新しい何かを見つけられると思います。
これを機会に、憲法シリーズのサロンも、世界を広げられればと思います。
まわりの人もぜひお誘いください。

〇日時:2017年8月8日(火曜日)午後4時~5時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「元軍国少女が語る憲法への思い」
〇話題提供者:高林實結樹さん(NPO法人認知症予防ネット理事長)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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