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2017/07/05

■節子への挽歌3590:安寧と平和を呼吸していた社会

節子
あることで思い出して読みだした「逝きし世の面影」を結局また全部読んでしまいました。
以前読んだ時には感じなかった、何かとてもホッとするような気分になりました。
かつて日本には、「全てが安寧と平和を呼吸していた」(明治維新前に来日したプロシア人のルドルフ・リンダウの言葉)社会があったのです。

実はこの本の最初の部分だけを読み直すつもりが、結局、最後まで読んでしまったのは理由があります。
そこで紹介されている、かつての日本の名残を、節子のおかげで私は実際に体験したのですが、それが懐かしくて、ついつい読み終えてしまったのです。
もし私が節子と結婚してなかったら、たぶんそれは頭だけの知識的なものになっていたでしょう。
出も節子と結婚して、滋賀の節子の生家に戻るたびに、私は「安寧と平和を呼吸している」人の繋がりを実感させてもらいました。
そこでは、すべての存在が許される。
もちろん私が接したのは、ほんの数十人の人たちでしかありません。
しかし法事などで集まった人たちから、それとなく伝わってくるものは、とてもあったかく、とても陽気で、とても素朴で、魅了されるところがありました。
節子は、むしろ都会生活にあこがれるタイプでしたし、私がそういう社会にはなじめないだろうととても心配していました。
お酒も飲めませんし、猥雑さもある雑談になじめないだろうと、節子は思っていた節があります。
付き合いのルールもわからないので、法事などではいつも節子の指南を受けていました。
時折、節子からは、そんなに合わせなくてもいいと言われたこともあります。
しかし、私は決して合わせていたわけではありません。
素直に、とても新鮮だったのです。
たぶんそういう体験の中から学んだことは山のようにあります。
そして、いま思い出せば、江戸時代末から明治の初めにかけて、来日した外国人が味わった感動に似たささやかな体験をさせてもらったような気がします。
そういうわけで、この本には改めて引き込まれてしまったわけです。

私が願っているのは、やはりこういう社会です。
そういう意味では、生まれたのが遅すぎました。
しかし、そう思う一方で、もし江戸末期に生まれたら、たぶん私はうまく生きていけなかったような気もします。

節子のおかげで、私の世界は大きく広がりました。
友人からどうして会社を辞めたのかとよく言われます。
その大きな理由は、たぶん節子と結婚したからです。
生きるとは何かなどと悩まなかったのも、たぶん節子と結婚したからです。

ちなみに、「逝きし世の面影」は、滅んでしまった文明の墓碑銘だと著者は書いています。
でもそうでしょうか。
私は、あの「安寧と平和を呼吸する社会」は、いまもなおこの国には残っているような気がします。
少なくとも、私はその空気を呼吸し、生きているつもりです。
いささか酸欠状態になることはありますが、まだまだそれは残っている。

とてもいい本です。
よかったら読んでみてください。
ちょっと厚いので努力は必要ですが。

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