« ■節子への挽歌3597:カサブランカが咲きました | トップページ | ■節子への挽歌3599:高月からの便り »

2017/07/11

■節子への挽歌3598:難問をまた抱えてしまいました

節子
今日もまたカサブランカの花が2つ咲きました。
庭の琉球朝顔もたくさんの花を咲かせています。
花を見ると明るくなります。
幕末期に日本に来た外国人たちは、その自然の豊かさに感動したと言いますが、豊かな自然に囲まれて生きている日本人たちの優しさと豊かさは、そうした自然の恩恵だろうと思います。
その自然のありがたさをあまり感じていない、現在の経済文化が、いま日本人を変えているような不安がありますが、自然をゆっくりと眺め、そこに関わるようになると、その不安もなくなります。
私自身、こんなにすぐ近くに自然がありながら、ゆっくりと会話していないではないかと、気づきました。
節子は、こうした自然との会話の中で、きっと自らを育てていたのでしょう。
もう少し節子の手ほどきと教えをもらっておけばよかったです。

植物の成長力は、それはそれはすごいです。
たぶんじっと見ていれば、草が伸びていることは見えるはずです。
耳を澄ませば、草の声も聞こえてくるのではないかと思います。
まあそれほど植木鉢から野草を排除するのは難しい。
ちょっと目を離していると肝心の花は野草に負けてしまいます。
野草にも生きる権利があるなどと偉そうなことを言って、野草を容赦なく抜いてしまう節子にクレームをつけたこともありますが、いざ、自分で手入れするとなると、そんなことを言っていたら、両方共がダメになってしまいます。
植栽を豊かにするには、厳しい選択も不可欠なのです。
しかし、野草とは何なのか。

先週、松永さんの「呼吸器の子」というゴーシェ病の子どもの物語を読みました。
松永さんは、以前もトリソミーの子どもの話を書いていますが(「運命の子」)、今回の本は、心に深く刺さりました。
何かとても大きな示唆をもらいながら、それが整理できずに、モヤモヤした雲が頭を覆っているようです。
1週間もしたら雲も晴れるだろうと思っていましたが、なかなか雲は晴れません。
答はわかっているのですが、どうもすっきりしない難問があるのです。

今日は在宅の予定なので、畑にでも行って、自然と会話しながら、もやもやを整理しようと思います。
カサブランカと朝顔が、そういう気にさせてくれました。

空が私の好きな夏の空です。

|

« ■節子への挽歌3597:カサブランカが咲きました | トップページ | ■節子への挽歌3599:高月からの便り »

妻への挽歌18」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/65519975

この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌3598:難問をまた抱えてしまいました:

« ■節子への挽歌3597:カサブランカが咲きました | トップページ | ■節子への挽歌3599:高月からの便り »