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2017/07/15

■節子への挽歌3603:「ぶらぶら」と生きる

節子
近くの八坂神社のお祭りです。
実につらい思い出のあるお祭りです。
お祭りは楽しいものですが、お祭りの思い出は楽しいことばかりではありません。

私はお祭りにもかかわらず、湯島に出かけました。
節子がいなくなってからは、お祭りに限らず、地域のいろんなイベントに背を向けたい心情が、どこかにあるのです。
地域活動をしなければという思いとは全く矛盾するのですが、仕方がありません。

今日は午後からサロンがあるのですが、サロンをやろうと思い立ったのは3週間ほど前です。
もしかしたらあえてこの日に重ねて設定してしまったのかもしれません。
自分では意識はしていないのですが、考えてみると毎年、このお祭りの日はいつもどこかに出かけています。
夕方、我孫子駅から昼間は練り歩いていたであろう神輿が並んでいる横を通って帰宅している記憶がたくさんあります。
今日も駅を降りたら、まだ祭の余韻が残っていました。

サロンには、仙台や群馬の人も参加してくれて、予定の時間を1時間も超えるほどでした。
めずらしく今回は、私が話し手だったのですが、やはりサロンは、話し手と引きだし役が必要だなと感じました。
何ごとも、一人ではうまくいかないものなのです。

群馬から参加してくださったのは、「ゆいの家」を主宰している高石さんです。
私も一度、ゆいの家での集まりに参加させてもらったことがあります。
高石さんも、私とほぼ同じころにがんで伴侶を失っています。
しかし、その状況をあっけらかんと自分が発行している通信で報告していました。
見事なほど、淡々としたものでした。
外から見ていると、彼女の生き方はあまり変わっていないように思っていました。

サロンの帰り、駅まで2人で歩きました。
彼女は今回、「いつもぶらぶらと生きている」というような言葉を何回か言っていましたが、それにつなげて、「とおちゃんがいたときには…」という言葉が時々出ました。
そういえば、最近、高石さんは亡くなった伴侶が愛用していた車を、新しい車に替えたことを思い出しました。
それがとてもさびしいという心情が伝わってくる文章が、通信に書かれていました。
それに関しては、前にこの挽歌でも書いたような気がします。
伴侶の死は、高石さんの生き方を大きく変えたのだなあとはじめて気づきました。

そして、私も今、「ぶらぶら」生きているのだと思いました。
伴侶を失ってしまうと、人は「ぶらぶら」としか生きられないのかもしれません。

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