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2017年8月

2017/08/31

■節子への挽歌3650:「3ヶ月働けばあと9ヶ月寝ていても大丈夫」な生き方

節子
今日は寒いほどの日です。
ちょっと疲労が重なっているので、午後は早めに帰宅しました。
なにかやらなくてはいけないことがありそうな気もしますが、まあいいでしょう。
疲れた時は休まなければいけません。

毎週何回かハガキをくれる鈴木さんのハガキが届いていました。

長い海外の旅を終えて、わたしが日本に帰ってきたのは、1989年の8月でした。 旅の途中で出会った人が「アルバイトがあるから」と紹介してくれた仕事で、佐藤さんと出会うことになりました。 佐藤さんとわたしの新スタートが同時期だったことがわかって意味もなくうれしくなりました。

人は生き方を変えると新しい出会いがあります。
1989年、私は「会社人から社会人へ」と生き方を変えました。
そこから実にいろんな人と出会いました。
もし会社にずっといたら、これほど豊かな人との出会いはなかったでしょう。
鈴木さんのような、ビジネスとは距離を置いた生き方をしている人とも会えなかったかもしれません。
25年間の会社人生活も刺激的なものでしたが、会社を辞めてからの社会人生活は、それ以上に刺激的でした。
鈴木さんの生き方は、そんな中でも、かなり印象的なものでした。
私の生き方にも少なからず影響を与えているような気がします。

そういえば、昨日、あるビジネススクールで話をさせてもらったのですが、私の話を聞いた若い人からこんなメールが届きました。

講義の方、とても興味深いものでした。 私は以前から幸福度の横ばいという問題に興味を持っており、 例えば「1930年代の暮らしを今実現すると3ヶ月働けばあと9ヶ月寝ていても大丈夫なのに誰もやらない」みたいな話がずっとひっかかっていてたのですが、講義ではこの疑問解決に対するヒントが幾つもあったように感じました。

「3ヶ月働けばあと9ヶ月寝ていても大丈夫」な生き方。
鈴木さんはまさにそういう生き方を、私に先んじて実践していました。
一度、鈴木さん的生き方をテーマにしたサロンをやりたくなりました。
私もそこから学ぶことがまだまだありそうです。


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■節子への挽歌3649:「自らの生き方」という幻想

節子
人が、自らを生きることのむずかしさを、最近つくづく感じます。
というか、そもそも、そうした「自ら」などというものは存在するのか、という気もします。
私自身は、そうした「自らの生き方」を大事にしてきたつもりですが、果たしてそんなものはほんとうにあるのか。
私のまわりにも、自分の考えに基づいて時代に迎合することなくしっかりと生きているように感ずる人はいます。
しかし、それもまたもしかしたら、定められた生き方なのかもしれません。

今度、湯島でイスラムをテーマにしたサロンを始めようと思います。
それで改めてイスラムのことを学び直していますが、イスラムには、すべての人間(あるいは万物そのもの)の運命は神によって定められているという「カダル」という信仰があるそうです。
もっともシーア派のムスリムの信仰には、この思想はないようですが。

「カダル」は「定命(ていめい)」と訳されますが、仏教でいう「定命(じょうみょう)」は、生れ落ちる前に定められた寿命のことですから、人の生きる時間はあらかじめ定められているということになります。
いずれにしろ、こうした信仰のなかには「自らの生き方」という発想はないわけです。
つまり、信仰とは「自らの生き方を捨てること」であり、神や仏や天に帰依することです。
しかし、それはまた「自らの生き方」に気づくこととも言えます
そう考えれば、与えられた「自らの生き方」(ミッション)を守ることこそが信仰とも言えます。
そこで、頭が混乱してきます。
もしそうなら、「自らの生き方」は、自らの外にあることになりますから。
そして「自ら」とはいったい何者だという、根源的な問題に行き当たってしまうわけです。

社会や時代に迎合して生きている人を、私は「別の世界の人」と感じてきました。
そして、自分はやはり「異邦人」だなとずっと思ってきました。
大学生の頃、カミユの「異邦人」を読んで、「異邦人」という言葉を知って以来です。
その言葉は、私の心情に見事すぎるほどにぴったりしたからです。
カミユの小説の主人公と違い、私は「別の世界の人」ともなかよくやってきましたが、意識的には「異邦人」としての自分の生き方を大事にしてきたつもりでした。
たしかに、時流からは脱落し、生きづらさも感じていますが、自分の世界の中では逆に実に生きやすいのです。

話がまた広がりすぎだしましたが、なぜ私が、生きづらくもあり生きやすくもあるのかが、最近少しわかってきた気がするのです。
それを一言で言えば、要するに「自らの生き方」などはないということに行きつきます。
時代に合わせて生きる自分と幾分「異邦人」の要素を持った自分とが、混在しているだけの話なのです。
それは当然のことでしょう。
なにしろ「私」は、「大きないのち」の一部が、期限付きで遊ばせてもらっているだけのことなのですから。

今朝は、なんだかとても大きな話を書いてしまいました。
幻想かもしれませんが、最近、世界がとてもよく見えてきました。
言葉では説明できないのですが、すべては仮想。
そんな考えが、少し理解できるようになってきたのかもしれません。
いのちの火が消えつつあるのかもしれません。
こんな言い方をするとまた誤解されそうですが、最近自分が長生きしそうな気がしてきて、それに怖れを感じだしています。

私には、自らの死よりも他者の死を体験する生が怖いのです。
自らの死はこわくはありませんが、他者の死は時にとても恐ろしい。
そういうことから早く自由になりたいものです。

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2017/08/30

■節子への挽歌3648:コンセプトワークショップ設立29年目

節子
前の挽歌を書き終えて気づいたのですが、今日は2人で株式会社コンセプトワークショップを立ち上げて、ちょうど29年目です。
1989年の8月30日が、コンセプトワークショップの設立日なのです。
いまはもう亡くなってしまった椎原さんが、今日は阿弥陀が久しぶりに地球に降り立った、記念すべき日だと話してくれました。
さらにいえば、1989年は、いろんな事件があった年で、その年に人生を変えたのもまあそれなりに意味があったのだろうなと思っていました。
実のところ、そんな深い意味はなく、会社生活を25年間過ごしたので、次の25年間は個人で生きようと思っただけなのですが。
しかし、椎原さんから言われたことはいまもはっきり覚えています。

あれからもう29年がたったわけです。
湯島も、当初と全く同じですが、久しぶりに来る人のなかには、変わったと思う人もいるようです。
つまりは、その人が変わったわけですが。

湯島29年目ということに気づいたら、少し気分がしゃきっとしました。
湯島は、私にとっても節子にとっても、人生を大きく変えてくれた場所です。
経済的に維持するのが難しくなった時も何回かありますが、みんなに支えられて何とか最初のままで維持できています。
この場所は、私が湯島に来られるうちは、維持しようと思います。
いろんな思い出が詰まっているところですから。
でもまあそんなことを知っている人は、もう少なくなってきましたが。

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■節子への挽歌3647:2日間また挽歌が書けませんでした

節子
また時間の落とし穴に落ちてしまいました。
忙しいわけでもないのですが、なぜか時間の需給のバランスが崩れ、できないことややらないことがたまりだすのです。
言い換えれば、無駄な時間が多くなり、生活の整理ができなくなるのです。
そうなると、これも不思議な話で、トラブルが襲ってきます。
自らを律せよ、という天の配慮かもしれません。
いや、これは私の本性かもしれません。
困ったものです。

この挽歌も2日間、書けずにいました。
実はその間、時々、パソコンを開いて、書きだそうとしたのですが、書けません。
なぜでしょうか。

このころ、生きていることの偶然性ということを少し考えています。
人が生き続けるのは、簡単なようで簡単ではありません。
いつ交通事故に遭うかもしれません。
昔は家族でよく海に行っていましたが、何事も起こらずにいたのは、いまとなって思えば、幸運だったような気がしますが、それを偶然と考えれば、幸不幸から解放されます。

また少し訳の分からないことを書き出してしまいましたが、いささか気持ちが少しさまよいだしています。
一昨日、元気な若者と成熟した穏やかな高齢者に会ったからかもしれません。
いろんな生き方に触れると、自分の生き方がますます相対化されると同時に、そのあまりの「異質さ」を意識してしまいます。
ふだんはそんなことなどまったく思いもせずに、平安に生きているのですが、虚しさが嵩じてきます。
デモに久しぶりに参加したのも、影響しているかもしれません。
いやそれ以上にやはり「忙しさ」が災いしているのかもしれません。

生きていると、実にいろんなことがあります。
今日もまた、ちょっと拘束時間の多い1日です。
夜にはビジネススクールで講義ですが、それまで気力が持つといいのですが。
節子に、気を送ってもらいたいです。

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2017/08/29

■北朝鮮の人たちは、私たちどころではないでしょう

毛里和子さんの「日中漂流」(岩波新書)の中にこんな文章が出てきます。

1971年7月から10月、周恩来首相は実は依然として日本への強い警戒心と不信を抱いていた。秘密訪中したキッシンジャーとの会談中、周恩来が、米国が台湾から兵力を引き揚げた後、日本軍が空白を埋めるのではないか、日本の軍事的膨張は止められないのではないか、などと日本を抑止することを米国が約束するよう執拗に求めていることからも、それは明らかである。

毛里和子さんの「日中漂流」(岩波新書)の中にこんな文章が出てきます。
1971年7月から10月、周恩来首相は実は依然として日本への強い警戒心と不信を抱いていた。秘密訪中したキッシンジャーとの会談中、周恩来が、米国が台湾から兵力を引き揚げた後、日本軍が空白を埋めるのではないか、日本の軍事的膨張は止められないのではないか、などと日本を抑止することを米国が約束するよう執拗に求めていることからも、それは明らかである。

1971年においてさえ、中国でさえ、日本の攻撃を恐れていたということを知って驚きました。
北朝鮮が、今日、弾道ミサイルを北東方向へ発射した報道を見ていて、その話を思い出しました。
報道では、日本人が脅威に感じているという報道ばかりでてきますが、北朝鮮の人たちの恐怖感は、日常的に広がり深まっているのかもしれません。
最近はむしろそのことが気になって仕方がありません。
アメリカや日本の為政者は、北朝鮮の立場を全く理解しようとしていないのではないか。
そしていうまでもなく、それぞれの国民もです。

北朝鮮は朝鮮半島を統一することが目的だから、核兵器開発はやめないだろうと武貞さんが話していました。
私もそう思いますし、その姿勢を非難する気にはなれません。
そもそもそういう行動を始めたのはアメリカでした。
いわゆる核抑止力戦略です。
それを捨てずに、他の国の核兵器開発を非難するのは、私には理解できません。
まずは自らの核兵器を廃棄してからこそ、北朝鮮に核兵器開発をやめろという資格が出てきます。
それが私の「常識」ですが、こんなことを言うと非難されそうです。

核拡散条約に署名しないのであれば、むしろ核兵器をだれももてるようにすべきではないかとさえ、私は思います。
自分だけ核兵器を所有して(いうまでもなく日本も実質的には核兵器所有国だと思います)、相手が核兵器を持とうとすると悪の国家と呼ぶことが、私にはまったく理解できません。
素直に考えれば、北朝鮮の行動はとても納得できます。
私には理にかなっているとさえ思えます。
理解できなのはアメリカと日本の政府です。

北朝鮮の人たちの恐怖感への、僅かばかりの想像力があれば、世界の見え方は変わってくるように思います。
誤解のないように書き加えますが、私は北朝鮮の金政権を支持しているのではありません。
しかし金政権がなんでこんな行動を取り続けているかには、きちんと理由があるということを忘れてはいけないと思います。

自らを変えずして、相手を変えることなどできません。
相手を知らずして、相手と対話することなどできません。
そして、それらがない限り、世界は見えてこない。
ただ、そう思っているだけのことです。

最近のマスコミ報道は、かつての大本営発表と同じなのではないかという気がしてなりません。
たぶんこんな感じで、鬼畜米英観がみんなの常識になったのでしょう。

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2017/08/28

■カフェサロン「となりのムスリムにイスラムのことを聞いてみましょう」へのお誘い

■カフェサロン「となりのムスリムにイスラムのことを聞いてみましょう」へのお誘い
イスラムサロンを始めることにしました。

湯島のサロンで、時々、イスラム教やイスラム世界のことが話題になります。
そのたびに感ずるのは、イスラムに対する捉え方がみんな大きく違うことです。
言い換えれば、私たち日本人は、イスラムのことをあまりに知らなすぎるような気がします。
そこで、「イスラム」をテーマにしたサロンを少し継続的に開催することにしました。
と言っても、勉強会ではありません。
実際のムスリム(イスラム教徒)と触れ合いながら、イスラムへの理解を深めようというサロンです。

第1回目は、バングラディシュの出身で、日本に12年間お住まいの、40歳のオプさん(男性)に話題提供してもらうことにしました。
すべて日本語でやってもらいます。
オプさんは日本の商社で働いています。
パートナーは日本人で、2人のお子さんがいます。
趣味はクリケット。
仕事の関係で、いまも日本とバングラディシュを行き来しています。

オプさんも、日本の人たちにイスラムのことを話す場があまりないので、ぜひ参加者と話し合いたいと言ってくださっています。
湯島では知識ベースではなく、人の触れ合いや考えの交流を大事にしていますので、ムスリムのオプさんの生活や信条なども含めて、ライブなイスラムへの理解を深める機会になればと思っています。
私たちが感じている、イスラムのイメージも、オプさんに伝えられればと思います。
オプさんのパートナーの美希さんも参加してくれますので、伴侶の目から見たイスラムの話もしてもらえるかもしれません。
イスラムの知識がない人もある人も、いずれも歓迎です。

ただ、繰り返しますが、勉強会ではありません。
ムスリムの人と話しあうことで、お互いの理解を深め、お互いの世界を広げられればと思います。
1回だけではなく、こういう場を少し継続的に開催できればと思っています。

ぜひ多くの人に参加してもらいたいです。
よろしくお願いします。

〇日時:2017年9月17日(日曜日)午後2時~4時(1時半開場)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「となりのムスリムにイスラムのことを聞いてみましょう」
〇話題提供者:オプさん(バングラディシュ出身のムスリム)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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■8・26原発いらない茨城アクション‎に参加しました

茨城県の東海村で行われた「8・26原発いらない茨城アクション」に一昨日参加しました。
私にとっては、久しぶりにデモ参加です。
暑い日でしたが、なんとか無事に戻ってきました。

最近、デモという活動にいささかの疑問を持ち出しているのに、今回行こうと思ったのは、友人が行くというので一緒なら大丈夫だろうと思ったからですが、実はもう一つ理由がありました。
東海原発が私の反原発の起点だったことです。

東海原発のたぶん2号機が建設されている時に、見学に行ったことがあります。
当時は私はまだ会社にいて、新事業の企画などのためにいろんな情報を集めていた活動の一環でした。
まだ大江健三郎さんでさえ、原子力の平和利用に期待を表明していた頃です。
しかし東海原発を見せてもらって、大きな違和感を持ちました。
正確には覚えていませんが、ある作業は被曝状況下で作業しなければいけない場所があり、その作業は「季節工」がやっているという話でした。
話の内容から、明らかに「人の使い捨て」という印象を受けました。
私が反原発になった起点です。

そこから原子力の平和利用について本を読みだしました。
それ以前から、パグウォッシュ会議などでの動きは関心を持っていましたのですが、原子力の平和利用への疑問が大きくなってきました。
原爆と原発は、所詮は同じではないかと気づいたのです。
いずれも人間の管理下には置けないものです。

そんな思いもあって、東海村に出かけて行ったのです。
現地で折原さんに会い、一緒に参加しました。
折原さんは、川内原発にも2度ほど行っていますし、巻町の原発に関わる住民投票のことも調べられています。

会場に着いたら、ちょうど集会が始まるところでした。
参加者は思ったよりも少なく、主催者の発表によれば1100人でした。
福島からも「原発いらない福島の女たち」の方が参加し、スピーチをしてくれました。
とても共感できる内容で、もっとたくさんの人に聞いてほしかったです。
集会の後、日本原電に向かい、その敷地を囲んだ人間の鎖をつくり、原電に向かってコールしました。
そこに向かう途中、何人かの人と話しました。
北茨城から参加した遊座さんはソーラーに取り組んでいる方ですが、ソーラーのほうがコストが格段に安いのがなぜ伝わらないか残念だと嘆いていました。
取手から来た寺田さんは安保法制デモ以来、いまも国会デモに参加しているそうです。
安倍政権を支持する人がなんで多いのか不思議がっていました。
土浦で放射線測定活動をしている村上さんは、罪滅ぼしです、と言っていました。
昔、動燃にいたのだそうです。

若い世代の人が少なかったのが残念でしたが、個人的に参加している中高年世代の人たちが多かったのが、まさに現実を象徴しているような気がしました。
若い世代の人たちは、余裕がないのかもしれません。
それが一番恐ろしいのですが。

東海村でこうした活動が行われるのは5年ぶりだそうです。
事務局によれば、1000人を超える反原発活動は東海村では初めてなのだそうです。
茨城県で住民主役のまちづくりに関わっていた時に、東海村は原発があるために財政が豊かで住民運動が起こらないという話を聞いていました。
その東海村で、住民たちが中心になって起こしたアクションです。
とても手づくりっぽくて、それがまた私には好感が持てました。
とても穏やかなデモでしたが、とても暑く、同行した折原さんが熱中症対策で私に水を飲めと時々言ってくれたので、なんとかしのげました。
たまにはデモもいいものです。
でもやはり国会前のデモには行く気はまだ起こりません。

帰ってきたら、我孫子は駅前でカッパ祭りの踊りをやっていました。
なんだか「ソドムとゴモラ」を思い出してしまいましたが、それはやはり「ひがみ」というべきでしょう。
若い世代は、デモどころではなく、生きるのが精いっぱいで、休日はデモではなく、カッパ祭りの方を優先するのも、残念ながら現実です。
たぶん私たち世代の生き方が、間違っていたのだろうと、思わざるを得ません。

疲れましたが、いろんなことに気づかせてもらえました。
その気にさせてくれた折原さんに感謝しなければいけません。
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2017/08/27

■節子への挽歌3646:他者の存在こそが、人に生きる元気を与えてくれる

節子
今日はまた嬉しい出会いがありました。
バングラディシュの若者です。
10年ほど前に湯島に来たことのある東さんの伴侶です。
湯島で、イスラムをテーマにしたサロンをやりたいとFBに書いたら、早速、連絡してきてくれた一人です。

バングラディシュにはささやかな思いがあります。
半世紀ほど前の建国時に興味を持ち、支援グループに入っていました。
と言っても活動をしたわけではなく、本当にささやかな応援だけでしたが、定期的に送られてくるニューズレターを読んでいました。
そんなこともあったので、なんとなく親近感がありました。

いろいろと話していると、お互いにいろんな接点がありそうです。
彼の思いにも共感できることが多く、サロンを発展していきたいと、改めて思いました。
もうひとり、レバノンの人と結婚している人からも連絡をもらっています。
こちらの方は、節子も知っている福田さんの教え子です。
私は面識はないのですが、近々お会いしたいと思っています。

今回連絡をくださった東さんとは、たぶん2度、もしかしたら1度だけお会いしただけです。
ある件で、相談に来た人のスタッフで、最初はその人に同行してきただけです。
なぜかその件は、それで終わってしまったのですが、その後、3人ともその組織を離れてしまったようで交流はなくなりました。
しかし、その後も東さんは私のFBをフォローして下さっていたようです。
うれしい話です。

私は、一度でも会った人とは基本的にできるだけつながりを維持したいと思っていますが、以前は会う人も多く、なかなかフォローしきれませんでした。
節子は、付き合うのであればもっと丁寧に付き合うべきだと言っていましたが、毎週かなりの人に会っていましたから、なかには失礼な対応をしていたこともあるかもしれません。
しかし、基本的には一度会った人はできるだけ頭に入れて、忘れないようにしています。
時々、会ったことを忘れてしまい、冷や汗をかくこともありますが。
ただ、交わした言葉には責任を持つようにしています。
おかげで、いまもなお、とても豊かな友人知人に恵まれています。
節子がいなくなっても、私が生きながらえているのはそのおかげかもしれません。
他者の存在こそが、人に生きる元気を与えてくれるからです。

イスラムの若者アプさんは、未来を見つめるとても誠実なまなざしをしていました。
サロンは9月17日の午後に開きます。
もしお時間があれば、若いムスリムと話しに来てください。


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■自分の問題と他者の問題とでは判断基準が変わるようです

また北朝鮮がミサイルを3発発射しました。
そんなことをやればやるほど北朝鮮はむしろ自らを滅ぼすのではないかと思う人は少なくないでしょう。
そんなことをやっても米国の核兵器には勝てるはずがないので、抑止力は高まらないと思う人は多いでしょう。
金正恩体制の政策に共感する人はあまりいないと思います。

しかし、その同じ人が日本では核抑止力を信奉しています。
人は立場によって、思考を反転させることができることがよくわかります。
自分のことは見えなくなるのかもしれません。
前にも書きましたが、核抑止力を信奉し、日本の軍事力強化や米軍基地が日本の平和に寄与すると考える人は、金正恩と同じ思考をしているように思います。
だとしたら、北朝鮮を非難するのは自らを非難していることにならないのか。
同じ仲間、同志であることを自覚したほうがよいように思います。
昨日からの報道を見ていて、改めてそう思います。
テレビのキャスターやコメンテーターも、どこが金正恩やトランプとちがうのかもわかりません。
みんな「日本ファースト」「自分ファースト」でしか考えません。
視野の狭さよりも、私欲の深さを感じます。
それを党名にするような人がいるのは驚き以外の何ものでもありません。
でもヒトラーはそれで一時の成功を収めました。
日本でも小池さんが、それで知事になりました。
ここでも私は感じます。
ナチスを支えたドイツ人たちと、いまの日本人のどこが違うのか、と。
私の生き方はこれでいいのだろうか、と。

昨日、茨城県の東海村で行われた「8.26原発いらない茨城アクション」に参加してきました。
東海原電を人間の鎖で囲もうというアクションです。
その前の集会で、「原発いらない福島の女たち」の方が話をしてくれました。
原発事故を体験した人たちは、それを何とかして他の人にも伝えたいと活動していますが、原発再稼働の動きは止まりません。
そこにも立場の違いでのコミュニケーションのむずかしさを感じます。
なぜか「体験者」の話は特別のものになってしまい、自分の問題になりません。
困っている人を支援するというNPOの人たちと付き合っていて感ずるのも、同じことです。

私もそうでしょうが、人の判断基準は、自分に関することと他者に関することでは違ってしまうようです。
気をつけなければいけません。

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2017/08/26

■節子への挽歌3645:久しぶりにデモに参加しました

節子
久しぶりにデモに参加しました。
茨城県の東海村で行われた「8.26原発いらない茨城アクション」です。
安保法制反対の国会デモで、安保法制が強行採決された2015年9月17日以来です。
その日の国会前のデモで少し違和感を持ってから、行けなくなってしまいました。
今回は原発再稼働反対の人の輪づくりだというので、思い切って参加しました。
折原さんが参加するというので、まあそれなら熱中症で倒れても大丈夫だろうと思った次第です。

節子が最初にデモに参加したのは、イラク派兵反対の時です。
議員会館前ではもみくちゃになり、節子にとっての初体験はかなり刺激的だったと思います。
にもかかわらず翌日の新聞には何も報道がなく、節子はそこで報道の偏りを確信して、私の話を信頼するようになったのを思い出します。
以来、時々、一緒に明るいデモに参加しました。
銀座をデモ行進したのも新鮮な体験でした。

まあそんなことも思いながら、人の輪づくりの会場までみんなで歩きました。
とても親しみを感じたのは、個人参加の人がたくさんいました。
何人かとはつながりもできそうです。

疲れて我孫子に戻ったら、駅前でカッパ音頭をみんなが踊っていました。
カッパ祭りだったのです。
出店も多く、たくさんの人でにぎわっていました。
東海村の反原発アクションよりも参加者は間違いなく多いです。
比較するのはまったく的外れですが、なにか「ソドムとゴモラ」を思い出してしまいました。
人類はこうやって踊りながら原発事故で滅んでいくような気がしてしまいました。
なんだか寂しい気になって家に戻って、節子に報告しました。

疲れました。
なにしろ最近、夜が暑くて寝不足なのです。
今夜は眠れるといいのですが。

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2017/08/25

■節子への挽歌3644:秋の気配とちょっとの憂鬱

節子
朝には季節の表情が感じられます。
猛暑はもどってきましたが、今朝は秋の気配があります。
節子がいたら、きっと喜びそうな朝を感じます。

しかしなぜか今朝、目が覚めたら、得も言われぬ不安感が浮かんできました。
こんなさわやかな朝に、なぜでしょうか。
朝、起きた時の心は、いつも実に素直に、自分をむき出しにしてきます。
左脳がまだ寝ているのかもしれません。

起きてからもうすでに1時間近く経過していますが、
外ではキジバトや蝉がもう鳴きだしています。
遠くのお寺の、朝の鐘も聞こえました。
今日はすでに始まっています。

今年もまた、夏はどこにも行かず終わり、たぶん秋もどこにも行かずに終わる。
そんな気がします。
テレビで、いろんな場所を見ても、行きたいという気分が起こらないのです。
節子がいた頃は、そんなことはなく、すぐにでも行きたくなっていたのですが。
やはり外に、あるいは前に向かう気が萎えているのでしょうか。
その一方で、時間がここにきてまた速まっている。
最近それにちょっとついていけていないのです。

先日、若い友人が生き方に関する相談に来ました。
誠実な人ほど、人生に悩むのかもしれません。
今朝、彼からもう大丈夫ですとメールが届いていました。
ところが、今度は私のほうが、あんまり大丈夫ではない感じです。

誰かが相談に来る。
それが、生き方につながる相談である場合は、必ず私自身も、自分の生き方を考えさせられます。
最近、そういうことが重なっていたせいかもしれません。
今朝、私の気持を覆っているのは、次に問いかけです。

いまの生き方は、果たして本当にいいのか。
なにか嘘をついているのではないか。
素直なようで、素直ではないのではないか。
秋の気配は、人を考える人にするようです。

さて元気を出して、今日も前に進みましょうか。
残念ながら、いまの私には前にしか道はありませんので。

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2017/08/24

■「信用」ではなく、「好意」こそ「通貨」ではないのか

今日はなぜか「通貨」と縁のある日で、3つの通貨と出会いました。

朝、起きて、昨日から読みだした「BORN to RUN 走るために生まれた」を読みました。
そこにとてもいい話が載っていましたので、フェイスブックで紹介しました。
書いたことの要旨はこんなことです。

メキシコの西シエラ・マドレの山岳に住んでいるタラウマラ族の生活の基盤にあるのは“コリマ”という文化です。
コリマとは、「あなたが分けることができるものは何でも、即座になんの見返りも期待せずに分け与える義務がある」ということだそうです。
タラウマラ族には通貨制度がなく、コリマにしたがって取引がおこなわれるそうです。
好意の交換としての経済。
「信用」ではなく、「好意」こそ「通貨」ではないのか、という気がしてきました。

そのことをふぇすブックに書いて、約束の人に会いに出かけました。
我孫子まで訪ねてきてくれた人がいて、駅前のドトールで会うことにしていたのです。
何か相談が有るような話でしたが、用件は聞きませんでした。
用件を聞くと会うのがつらくなることもあるので、私は基本的には用件をあまり聞かずに人と会います。
全く思いもしていなかった、仮想貨幣「クローバーコイン」の話でした。
私に勧めに来てくれたようですが、私が一番嫌いな話です。
もちろんお断りしただけではなく、かなり激しく否定的な私見をお話しました。
1時間半かけて。
人は状況によって世界の見え方がこんなにも違うのかといささか虚しい気分になりました。

3つ目はビットコインに絡んだ話です。
友人がある政治家の講演の動画を送ってきてくれました。
その政治家の考えは私とはかなり違うことを知っている人ですが、考えが違っても誠実に政治に取り組んでいるのであれば、私がきちんと聞くことを知っているので、送ってきてくれたのだと思います。
長い動画で苦労しましたが、なんとか一つだけ見ました。
そこにベーシックインカムやビットコインなどの話が出てくるのです。

さらに言えば、もう一つ、貨幣がらみの話にいま関わっています。
公共貨幣の話ですが、メーリングリストに参加させてもらいましたが、そのやりとりにまだついていけていません。
今日も数通のメールのやりとりを読ませてもらいましたが、理解できるところまでもいきません。

素人論議で、金融を語ることのむずかしさと虚しさに襲われています。
私にはどうも、通貨は理解を超えた世界のようです。
私にとっての理想的な通貨は、15年ほど前に挑戦したコモンズ通貨「ジョンギ」です。
あれはとても私になじめる通貨でした。
途中でやめてしまったことを後悔しています。

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■節子への挽歌3643:猛暑のお施餓鬼

節子
毎年、お施餓鬼の日は猛暑です。
今年は数日前まで涼しかったので、もしかしたらと思っていましたが、昨日から暑さがぶり返し、今日はうだるような暑さでした。
例年のようにお寺でお施餓鬼の行事がありました。
自宅での準備もあり、私はかなり遅れてついたのですが、人がごったがえし状況で、本堂前のテントのなかもぎっしりでした。
本堂前でお焼香をしたのは久しぶりでしたが、もうみんな終わっているのか、だれもやっていなかったのですが、お焼香させてもらいました。

今年は新盆の人が多いともお聞きしましたが、年々、お施餓鬼も人が多くなってきています。
お祈りをしてもらった卒塔婆を、それぞれのお墓に持っていて、そこでまたお線香をあげるのです。
兄も来ていましたので、みんなでお線香をあげました。
般若心経を読経しだしましたが、周り中に人がいたので、途中で一休みしたら、次が出なくなりました。
ちょっとごまかしてしまいましたが、まあ許してもらえるでしょう。

地元の人がほとんどなので、私にはあまり知っている人はいません。
私がいま住んでいるところとは、ちょっと離れているところにお寺はあります。
娘がこのお寺の子どもと同じクラスだったので、お世話になることができたのです。
とてもいいご住職でしたが、いまは体調を崩され、息子さんがすべてをやっています。
私もこのお寺のお世話になるでしょうが、いまのうちに様子をしっかりと頭に入れておかねばいけません。
今回は娘も同行してくれたので、どう対応したらいいかわかってくれたでしょう。

お施餓鬼も終わり、後は節子の命日を迎えるだけです。
11回目の命日ですが、今年は特にお寺での法事はなく、家族たちと会食でもしようと思いますが、なにしろ食べることにほとんど「意欲」のない家族なので、どうしようかいつも迷います。

お施餓鬼が終わると、もう秋です。

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2017/08/23

■節子への挽歌3642:「明るく死ぬ」?

節子
私が知らないのに節子は知っているかもしれないことがあります。
死から始まる世界のことです。
哲学者の中島義道さんは「明るく死ぬための哲学」という本のなかでこう書いています。

私が死ぬとき、私はまったく新しい〈いま〉に直面するのではないのか。

つまり、死という瞬間を超えた時に、私はどうなるのか。
実に興味ある問題です。

中島さんはこうも書いています。

死んだ後の私こそ実在する、となぜ言ってはいけないのであろうか?
死ぬ前の、いまの世界だって、実在しているかどうかわからないではないか、という文脈のなかで語られています。 現世が「無」であれば、そこから離れるということはどういうことなのか。

死は否定的な「無」から離れ、完全に肯定的な「無」に突入することではないのか。
そして、それは「永遠」と紙一重に区別された何かであるように思われる。

いささか難解でわかりにくいですが、なんとなく共感できるところです。

中島さんの書いた「明るく死ぬための哲学」を読んだのは、偶然に目に留まった、その書名です。
「明るく死ぬ」?
問題の捉え方によって、その人の生き方や世界がわかります。
私には、この書物のタイトルは理解しがたいものですが、やはり通読して、理解できませんでした。
「明るく生きる」が、たぶん正しい表現でしょう。
死は、自分ではとらえられない概念だからです。

しかし、中島さんの「私が死ぬとき、私はまったく新しい〈いま〉に直面するのではないのか」という言葉は心に響きます。
ワクワクさせられます。
どんな〈いま〉に直面できるのでしょうか。

東尋坊で活動している茂さんから、「命の番人」のDVDが送られてきました。
改めて観てみました。
茂さんの死に対する姿勢は、実に共感が持てます。
死にワクワクするなどと言ったら、茂さんから蹴飛ばされるような罪悪感がありますが、でも死から始まる物語への誘惑は強いです。
いずれにしろ、人は必ずそれを体験できるのです。
しかし急いでしまうと、体験しそこなうかもしれません。
明るく死ぬためには、誠実に生きつづけなくてはいけません。

そして、生きることには「暗さ」も「明るさ」もないのかもしれません。
すべては煩悩のなせる業、なのかもしれません。

今日はまた夏が戻ってきた暑さです。
この暑さは、地獄の釜の暑さを思わせます。
明日はお施餓鬼です。


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2017/08/22

■節子への挽歌3641:他の人々の生が自分の生を満してくれる

節子
眼医者でいつも2時間近く待つ時間があるので、第1部を読んだまま終わっていた「大衆の反逆」の第2部を読みました。
スペインのオルテガ・イ・ガセットが80年ほど前に書いた本です。
3回目のですが、今回はかなり丁寧に読んでいます。
まあ理解力や直観力が低下しているからかもしれません。

ところで、そこに面白い話が出てきました。
かなり長いですが、少し修正して引用します。

スペイン人は、外国人からある広場とか建物とかがどこにあるかを聞いたりすると、親切にも自分の道中を犠牲にして、その場所まで連れて行ってくれることがよくある、と言われる。 こうした性向の中に、寛容さがいくらか認められることを否定するものではないが、私はそうした話を聞いたり読んだりするたびに、道を聞かれたわたしの同国人は、本当にどこかへ行こうとしていたのであろうかという疑念を禁じえないのである。 というのは、そのスペイン人はどこに行こうとしていたのでもなければ、計画も使命もなく、どちらかといえば、他の人々の生がいくらかでも自分の生を満してくれるのではなかろうかと外に出てみたにすぎないということも、多くの場合十分にありうるからである。 私は、多くの場合、私の同邦は、誰か案内でもしてやる外国人に出会いはしないかと思って外に出るのだと思うのである。

このくだりは、ヨーロッパに生まれた大衆たちが、いまどこに向かって進んでいるのかわからないという文脈の中で紹介されているのですが、これを読んで、もしかしたら、最近の私は、このスペイン人と同じかもしれないと、ふと思ったのです。

というのは、実は先ほど、友人から電話があり、我孫子で会えるのはいつかと訊かれました。
先月は彼女の伴侶が相談に来ました。
彼女たちがいまかなりの苦境にあるのはなんとなく知っていますが、会ってもあまり力にはなれない気もしますが、自宅まで来るというのであれば、それなりに大変な相談事があるのでしょう。
あいにく我孫子にいるのは、お施餓鬼のある24日だけですので、お施餓鬼前に会うことにしました。

どうつながるのか。
つまり、オルテガが指摘するように、「他の人々の生がいくらかでも自分の生を満してくれるのではなかろうか」ということで、私はいろんな人の相談に乗っているのではないか、というわけです。
相談ごとに関して言えば、私がどんなに時間をかけて対応しても、経済的にはまったく収入にはなりませんし、むしろ出費になるのですが、代わりに私の「生が満たされる」というわけです
そう考えるとそんな気もします。

私は「生」に満たされていないのかもしれません。

節子がいたら、今のような、何でも相談引き受け人生にはなっていないのかもしれません。
いまの生き方は、節子の遺産なのかもしれません。
遺産相続を否認したほうが、私の老後は豊かになったかもしれませんね。
いやはや、節子には困ったものです。

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■節子への挽歌3640:順調に老化が進んでいるようです

節子
やはり私は順調に老化が進んでいるようです。

東京と大阪にある2つの会社の社長を引合す約束をしました。
その日程調整に苦労していたのですが、相手からなかなか返事が来ません。
お盆休みがあったので忙しいのだろうと早合点してしまっていました。
それにしても返事が遅いので、気になって調べてみました。
そこで判明したのは、肝心の相手の社長にメールを出していなかったのです。
事態は、それほど簡単ではないのですが、まあ基本は私のメールミスでした。
昨夜、もしかしたらと思い、朝起きて確認してわかったことです。
送った相手を間違えていたのです。
久しぶりにちょっと大きなミスをしてしまいました。
困ったものです。
老化によるミスの増加は仕方がありませんが、他者に迷惑をかけることは避けたいです。

同じようなミスは他にもないでしょうか。
もしかしたら、ミスを犯したことさえ気づかないでいることもあるかも知りません。

人は、問題が起きると他者のせいにする傾向があります。
それも老化と共に強まる傾向の一つのような気がします。
同世代の友人知人を見ているとそれがよくわかります。
他者の批判の多くは、実は自らが行なっていることであることが少なくありません。
私もきっとそうした傾向が強まっているのでしょう。
気をつけなければいけません。
まあ気をつけて直るわけでもないのですが、それを自覚しておくことは大切です。
誰かに気になる言動があれば、まずは自らも同じことをしていると考えるのがいいでしょう。
人は、自らの欠点を他者に見るものです。

それにしても、今回のミスはちょっとひどかった。
さすがの私も、いささか滅入ります。
うまく修復できるといいのですが。

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2017/08/21

■企業を考えるサロン「生物学からみた企業」報告

4回目の企業サロンは、趣向を変えて、細菌学の研究者である益田さんに「生物学からみた企業」を話題提供してもらいました。
直前になって参加申し込みが増えて、結局、14人になりました。
しかも個性的な経営をしている企業の社長が2人参加しました。

生物の特徴は「復元性」だと益田さんは話し出しました。
また生物と環境は、図と地の関係にあるが、その境界は明確でないとともに、一方が消えたら、もう一方も消えてしまうという話もありました。
そして、そのわかりやすい例として、朱鷺が滅びたのは、朱鷺が生きていける環境が滅びたことでもあると話し、朱鷺を連れてきても環境がそのままではだめだろうということを示唆されました。
まさに企業にも通ずる話で、まさに昨今の日本企業が置かれている問題に通じていく話です。

図と地の関係で、どこまでを図の地、つまり主体にとっての環境と捉えるかが大切です。
そこで、ジフテリア菌をモデルに人間と企業(組織)の話になりました。
一部のジフテリア菌には、ファージという毒素を持つウィルスが寄生しているそうですが、ジフテリア菌が人間に悪さをするのは、そのファージなのだそうです。
言うまでもありませんが、ファージには「悪意」などありません。

それらは三層構造をしています。
ファージにとっては、地(環境)はジフテリア菌になり、ジフテリア菌にとっての地(環境)は人間の人体になります。
人はジフテリアを発病すると死に至ります。
でもそれは、ジフテリア菌の意図ではなく、ファージのせいなのです。
つまり細菌もウィルスも、自らの「直接の環境」を破壊することはないのです。
なぜなら図は地あってのものだからです。
ファージはジフテリア菌のために、人体を壊しますが、長い目で見ればそれはジフテリア菌にとっても不幸な結果をもたらすのです。
自らの生存を考える時に、どこまでを環境と考えるかはとても大切です。

企業になぞらえれば、「会社のため」と思ってやったことが社会に迷惑を与え、会社が倒産するという、企業不祥事の話につながっています。
こうした認識は、アメリカの企業で1980~90年代に広がりました。
企業にとっての地は、顧客や狭義のステークホルダーではなく、社会そのものだという意識が高まりました。
当時、IBMは社会にどう関わるかは企業にとっての「マターオブサバイバル」だと言っていました。
しかし、その後、どこかでまた、企業は「図と地」の捉え方を間違ってしまっているように思います。
救いの一つは、CSVですが、それも単なる経営戦術論になっているような気もします。
ちなみに、日本の商人道は、顧客のみならず社会を環境と認識していたように思います。

いささか先走りましたが、ファージとジフテリア菌と人体の話は、企業経営を考える上で示唆に富んでいます。
いろいろと考える材料があったように思います。

ところで、企業を三層構造で考えた時に、ファージの場所には何が入るでしょうか。
今回も少しだけ話が出ましたが、これがとても大切な問題です。
ここを深掘りできればよかったのですが、私の不手際でそこまで行けませんでした。
しかし、サロンでいろんな話を聞いたみなさんがそれぞれに考えてもらえればと思います。
「人」、それも「経営者」なのか「社員」なのか「出資者」なのか、あるいは「お金」なのか。
そこに今の企業を考えるポイントがあるように思います。

「復元性」の問題もとても重要な視点だと思います。
生物学における「進化」、とりわけ「共進化」の考えは示唆に富んでいますが、この復元には動的なダイナミズムがあるように思います。
参加者の石井さんや小宮山さんは、それぞれの地元で、地域社会を豊かにすることを視野に置いた経営に取り組んでいます。
そんな話にまで持っていきたかったのですが、時間切れでした。
そこで今度は横浜で造園業の会社石井造園を経営している石井さんに、企業サロンをお願いすることにしました。
石井造園は、数少ないBコーポレーションに認定会社の一つです。
10月になるかと思いますが、ご期待ください。


Masuda20170820


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■節子への挽歌3639:靴を脱ぐ勇気

節子
昨日、北千住駅のホームで、靴を履かない裸足の人に出会いました。
夕方のかなり混雑していた時間ですが、一瞬、立ち止まってしまいました。
その服装などからして、主義を通している人だとわかりました。
50前後?の男性です。
鍛えられて感じの、しっかりした足で、日焼けの具合から見て、たぶんいつも裸足で通している人ではないかと思います。
感激しました。
そもそも私は、靴が嫌いですが、靴を脱ぐ勇気がありません。

実はその少し前に、友人から結婚式に関する相談を受けました。
その時に少し思い出したのですが、私は若いころは、世間の常識や儀礼に関しては、かなり反発的な生き方をしていました。
靴は嫌いで、サンダルを愛用し、大学にもサンダルで通っていました。
いまもサンダルを愛用していますが、電車には乗らなくなりました。
少しずつ常識を身につけてきたのです。
でも、昨日、靴を履いていない人を見て感激しました。
主義を貫いている人がいるのだと。

だからと言って、靴を脱ぐ勇気は出てきません。
自宅の庭くらいでは履物を脱ぎたいですが、アリや虫やダニにやられてしまうでしょう。
それほど私自身が生命力を失っているわけです。

人は言葉によって生きているわけではありません。
その人の考えは実践に表れます。
そう考えると、最近の私の生き方は、私がそうはなりたくない人たちの生き方とそう違わないのかもしれません。
そう思うと、また自己嫌悪に陥りかねないのですが、もうたぶん社会的な生命は終わったような気がしだしています。

昨日はもう一人、会いたいと思っていた人に会いました。
話していたら、見取師の話が出ました。
さらに話していったら、どうも細い線で私ともつながっているようです。
実践する人と実践しない人。
どうも私は、後者の住みだしているようです。
困ったものです。

靴を脱ぐ勇気を、どうやって取り戻そうか。
これは難問です。

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2017/08/19

■節子への挽歌3638:「同事」

節子
最近、またいろんなネットワークの立ち上げに関わっています。
今月はじめには「ほっとスマイルプロジェクト」というゆるいネットワークを立ち上げました。
世界中を笑顔で埋めようという思いを持った人々と一緒に立ち上げました。
中心になっているのは、すでにいろんな実践活動をしている人たちです。

一昨日は、生きづらさをかかえている人の支援活動をしている人たちと、また別のゆるやかなネットワーク組織を立ち上げました。
他にもそういうゆるやかなネットワークは、かたちになっていないものも含めて、いくつか関わっています。
しかし、最近のものは、私が言い出しっぺではありません。
相談に来る人と話しているうちに、そういう方向に向かい、いつの間にか私自身も巻き込まれているのです。
私が考えていたことを先取りして組織化する人もいます。
たとえば、「寄り添いネットワーク」というのが立ち上がりつつあるようですが、湯島に相談に来ている人が、私が考えていた「寄り添い相談」という言葉にヒントを得たネットワークです。
私もそれに関わることを誘われていましたが、いまは距離を置いています。
話していて、どうも私の思考とは違うことがわかってきたからです。

実は、私自身が関わっているものも含めて、話していると違和感を感ずることが多いのです。
たとえば「寄り添い」という言葉一つとっても、私が考える「寄り添い」とは似て非なる意味で「寄り添い」という言葉が使われています。
そんなことが重なって、私自身、いまは「寄り添う」という言葉に違和感を持ち出しています。
「つながり」という言葉も、少し違和感を持ち出しています。

最近、それらに代わる言葉に出会いました。
「同事」です。
だいぶ前に、テレビの「こころの時代」で知った言葉です。
道元に「海の、水を辞せざるは、同事なり」という言葉があるそうです。
それを知ってからずっと気になっていて、道元の原典に当たってみようと思っていたのですが、いまもって当たってはいません。
ネットで簡単に調べると、「同事」とは「一つになること」。「一つになる」とは「差別しない」ということ。差別しないから一つになりうるのだ、というような説明がありました。
「寄り添い」や「つながりづくり」よりは、私の思いにはふさわしい言葉のように思います。
私がやっていることの理念は、「同事」ではないかという気が最近しています。

そういう視点に立つと、いろんな組織の立ち上げで集まってきている人たちとはどうも思いが違うような気がしてなりません。
福祉活動やNPO活動に取り組んでいる人たちとの世界の違いを最近感ずることが多いのです。
そもそも「ボランティア」という言葉を使う人には、どうも溝を感じます。
でもまあ、あんまり目くじら立てずに、一緒にやっていこうと頑張っています。
なにしろいずれもゆるい組織を目指しているのですから。
時々、違う世界だなと思うことが増えていますが、節子ならわかってくれるだろうと言い聞かせて、あまり異論を唱えないようにしていこうと思います。

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2017/08/18

■節子への挽歌3637:野路さんのモモ

節子
野路さんからモモが届きました。
早速、節子にも供えさせてもらいました。
野路さんは節子の友人で、節子がとても信頼していた方です。
節子の来ていた服を裂き織りにした手持ちのバッグを、節子が亡くなった後につくってくれました。
私はそういうものをあまり使わないので、飾ってあるだけですが、娘たちは愛用しています。

野路さんは数年前に事故で記憶を一時失ってしまいましたが、パートナーのケアで少しずつ記憶も戻り、私も電話で話すこともできましたが、最近はまた物忘れが増えてきたようです。
モモを送ってくれるのは、野路さんの伴侶の方ですが、節子が付き合っていた頃に私も一度お会いしたことがあります。
私たちが直接話をするようになったのは、節子がいなくなり、野路さんが記憶を失ってからです。
これもまた不思議な話なのですが、人の縁とはそんなものでしょう。
お話を聞くと野路さんのケアも大変そうで、私たちが直接お会いする機会はなかなかできません。
今回も電話させてもらうと元気そうでしたが、節子の友人の野路さんは電話には出られませんでした。

それにしても、旅立ってから10年もたつのに、節子にはいまもお花や果物が届きます。
節子は実に幸せなのです。
思い出してくれる人がいるということほど、うれしいことはありません。
そのお相伴を、私はいただいているわけです。

先日、あるお宅に行った時に、夫婦がそろって玄関まで出てきてくれました。
それがなにかとてもあったかい感じで、うらやましく思ったのですが、年をとった夫婦のありようはいろいろです。
野路さんも苦労は多いでしょうが、伴侶がいるだけでも、いないものから見れば幸せです。
苦労と幸せはコインの裏表かもしれません。

野路さんはつい最近義兄を見送ったそうです。
私にも最近訃報が届きましたが、私たちの歳になると、身近な人の訃報は少なくありません。
いつ自分の番がやってくるかもしれませんが、順番は間違えてほしくないといつも思います。
旅立ちは早い方がいいに決まっています。
そんなことを考えるような歳になってきました。

野路さんのモモはとてもおいしかったです。
私の大好きな川中島でした。

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■『ほっとスマイルプロジェクト』交流会のお誘い

NPO法人認知症予防ネットを中心にして全国に広がってきている「みんなの認知症予防ゲーム」の実践者を中心にして、「だれもが気持ちよく暮らせる明るい社会」に向けて、思いを共有した人たちのゆるやかなつながり「『ほっとスマイルプロジェクト』がスタートしました。
キックオフミーティングの様子は次のところに紹介されています。
https://www.facebook.com/groups/hottosmile/permalink/1637100152988767/

まだ活動が始まったばかりですが、参加者みんなでゆっくりと、このゆるやかなネットワーク組織を育てていくことになりました。
当面は、フェイスブックのつながりを軸にしていきますが、実際に出会って交流する場も大切だということで、交流会も1~2か月に1回程度、開催していく予定です。
最初の交流会は、下記の通り、9月12日の午後開催します。

交流会では、メンバーの活動の紹介や体験から得たノウハウの学び合いの場、さらには「みんなの認知症予防ゲーム」だけではなく、さまざまな活動との交流も行っていく予定ですが、最初の交流会では、どんなことをしたら参加者に役立てるか、どんな仕組みが欲しいかなどを、みんなで話し合いながら、これからの方向性を考えたいと思います。
大きなビジョン(「世界を笑顔でいっぱいにしていく」)や理念(思いを共有した人を広く巻き込みながら、みんなが主役になって活動を支え合っていく)の方向性はまあぼんやりとは決まっていますが、実際にどう活動していくかは、参加者みんなで決められればと思います。

日程は、前回のキックオフミーティングで決めさせてもらいました。
お時間が許せば是非ご参加ください。
初めての方も歓迎です。

また具体的な提案などある方はどんどん提案してください。
交流会から次々と新しいプロジェクトが起こっていくことを目指したいと思います。

☆『ほっとスマイルプロジェクト』交流会
・日 時:2017年9月12日(火)13時半~15時半
・テーマ:ほっとスマイルプロジェクトをどう育てていくか(自由な話し合い)
・会場:湯島コムケアセンター(http://cws.c.ooco.jp/cccentermap.pdf)
・申込:佐藤(qzy00757@nifty.com)

なお、フェイスブックをやっていない方もいると思いますので、当日は開催30分前から、メンバーの櫻井さんによるフェイスブックの参加方法の説明会を予定していますので、ご希望の方は30分前にお越しください。

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2017/08/17

■節子への挽歌3636:お盆休みボケがもどっていないようです

節子
お盆休みが終わったら、また急に忙しくなりました。
忙しいというよりも、たまっていた課題に取り組む気になったという方が正しいかもしれません。
久しぶりに湯島に行きました。
約束の時間ぎりぎりだったのですが、もう相手の人は来ていました。
出足に失敗。
先が思いやられます。

午後は、待てども待てども約束の来客は来ず。
ますます先行きが心配ですが、幸いに陽がさしてきました。
これで調子は戻るかな、と思っていたら、今日は行けなくなったという連絡。
理由は聞きませんでしたが、まあよくあることなので流しましょう。

となるとしばらく時間ができました。
それで思いついて気になっていた友人に電話。
1か月ほど前に手術した友人です。
これからだと見舞いに行くだけの時間はないので、いささか不安に思いながらの電話でしたが、幸いに元気な声で安心しました。
もっとも昨日までは大変だったようです。
見舞いはもう少し先のほうがよさそうです。
しかし、詳しく聞いてみたら、調合されていた薬をどうもめちゃくちゃに飲んでしまったようです。
なにしろ入院中に抜け出してしまうような友人なので、まあそれはそれで仕方がない。
私も同じような性癖があるので、何とも言えませんが、でもまあ大変な状況も抜け出したようでほっとしました。

もしかしたら私の「疲れ」は、付き合っている友人たちのせいかもしれません。
誰かが、類は類を呼ぶと言っていましたが、友人を見れば自分がわかるのかもしれません。
しかし、私の場合は、私の周りにいる友人知人と自分が「同じ類」だとは思いたくないのですが、困ったものです。

と書いていたら、めずらしく電話が鳴りました。
出ると営業の話。
でもまあ相手の人の感じがよかったので良しとしましょう。
そんなことをしているうちに何やら急に睡魔が襲ってきました。
そういえば、昼食を食べるのを忘れてしまっていました。
睡魔とともに、空腹感も襲ってきました。
どちらを優先すべきか。
まあこの時間お店はもうしまっていますから、睡魔を優先しましょう。

今日からがんばろうと思って勇んで湯島に出てきたのですが、結果的にはこんな、きわめてゆる~い日になってしまいました。
もっとも今夜はまた何やら不思議な人たちが集まるミーティングがあるのですが、それまで私の「がんばろうという意志」がもてばいいのですが。
さて、それでは一眠りしようと思います。
眠れるといいのですが。
はい。

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2017/08/16

■節子への挽歌3635:何もなかったお盆が終わりました

節子
お盆の最終日、ようやくみんなが揃いました。
と言っても、たった5人です。
5人で全員。
節子を含めれば6人ですが。

両親が元気だったころは、何かの時にはみんなが集まりました。
そういう昔のようなにぎやかな集まりは、もうなくなりました。
なくなってはじめて価値を知ることは少なくありません。
今から考えれば、私の両親は幸せだったと思います。
いろいろとありましたが、家の行事はいつも賑やかでしたから。

私の友人のなかにも、10人以上集まってにぎやかな人もいます。
素直にうらやましいですが、でも多ければ多いだけ、またいろんな苦労もあるのかもしれません。
独り身の友人もいますが、そういう人が不幸なわけでもありません。
自由に生き、自由に死んでいく幸せもあるでしょう。
人にはそれぞれ生き方がある。
どういうのがいいのかは、人それぞれです。

いまのような形は、まさに私の生き方が結実した姿なのでしょう。
それを素直に受け入れるしかありません。
それしか選択肢はないのですから。
でもやはり、家族が集まった時にこそ、節子の不在を実感します。
母親は、いつも家族の中心なのかもしれません。

みんなで会食をし、久しぶりにケーキを食べて、それからみんなで節子をお墓まで送っていきました。
お墓はにぎわっていましたが、はじめてわが家の墓のお向かいさんにお会いしました。
自宅から持って行ったロウソクの火でお線香をあげて、般若心経をあげました。
孫も何回かのお墓参りです。
まだ何のことかわかってはいないでしょう。
しかし、お墓や家族を通したいのちのつながりは、孫にもしっかりと伝えておきたいと思っています。

節子が逝ってしまってから10回目のお盆は、こうして終わりました。
たぶんこれまでで一番何もなかったお盆です。
私の魂も、なぜか今年は動きませんでした。
彼岸とのつながりを感じなかった。
それ以上に、何か脱落感で過ごした4日間でした。

大宰府の加野さんから電話がありました。
お元気そうな声でした。
送らせてもらった梨を、娘さんにお供えしてくれたそうです。
加野さんが元気なうちに、一度、福岡に行きたいと思っています。
そういう友人知人が全国にたくさんいます。
今年のお盆にことさら彼岸を感じなかったのは、私の日常が彼岸に近づいているからかもしれません。
でも結局、伺うこともなく、みんなとは彼岸で会うことになるのかもしれません。

今日も訃報が一つ届きました。
美空ひばりが、「愛燦々」で歌ったように、人は哀しいものなのです。
そして、人生って、ほんとうに不思議なものです。

明日からは、またしっかりと現世を生きようと思います。

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■企業を考えるサロン「生物学からみた企業」のご案内

案内をするのを忘れていました。
参加者が少ないなあと思っていましたが、どうもそのせいです。
直前のご案内ですが、よろしくお願いします。

企業経営をテーマにしたサロンはあまり人が集まりません。
しかし、現代の社会は、企業を抜きには考えられないので、継続していきたいと思います。

ただ4回目は思い切り視点を変えることにしました。
テーマは「生物学からみた企業」。
問題提起するのは、細菌学の先生の益田昭吾さんです。
益田さんはこう言っています。

社会に絶対的に必要な企業というものがあるのかどうか分かりませんが、生物も同じで環境を維持するために絶対必要な生物というのは実は存在しないようです。
人間中心に考えている環境というのはあくまで人間にとっての環境だからです。
また人間の体をひとつの社会と考え各臓器を企業と考える比喩も成り立つと思います。
臓器には社長のようなものはいないようです。
企業の立場から生物学をみるといろいろ新しい見方ができるかもしれません。

どうでしょうか。
ちょっと違った視点で企業を考えると、新しい気づきがあるかもしれません。
企業だけではなく、NPOやコミュニティにもつながるかもしれません。

テーマは難しそうですが、気楽に話しながら、思考実験してみるというサロンにしたいと思っています。
企業に勤める人も企業と縁のない人も、どなたでも歓迎です。
気楽に遊びに来る感じでご参加ください。

〇日時:2017年8月20日(日曜日)午後2時~4時(1時半開場)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「生物学からみた企業」
〇話題提供者:益田昭吾さん(元慈恵医大教授)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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2017/08/15

■節子への挽歌3634:鳩がまた生まれました

節子
考えてみると、8月はいろいろと辛いことがたくさん起こった月でした。
黙とうすることの多い月です。
8月と言えば、夏休みで海や山へと楽しい月だという印象が子どもの頃からずっとありましたが、この歳になって初めて、そんなことに気づきました。
8月15日は、いつも暑い日だったような気がしますが、今日の我孫子は涼しいうえに雨が降っています。

ところで数日前に気がついたのですが、また庭に鳩が巣をつくっていました。
前回はせっかく孵化した雛が翌日にカラスに襲われてしまったので、今回はそっとしておきました。
カラスに気づかれないためです。
数日前に雛が孵化したようで、親鳩が巣から離れません。
今日、親鳩がいない時に近くに行ってみましたが、2羽の雛がかえっていて、もうかなり大きくなっていました。
しかし、木の枝が重なり合っているので、写真を撮ろうとしたのですが、うまく撮れません。
幸いに最近はカラスの姿を見かけません。
カラスにも見えないのでしょう。
庭木の手入れをしなかったおかげです。
いささか手前味噌な考えですが。

写真がうまく撮れていませんが、なんとなく2羽の雛が見えると思います。
今年のお盆休みに起きたことと言えば、これくらいでしょうか。
もっとも世間では北朝鮮と米国の関係が騒がれています。
まあこれもまた仕組まれた茶番なのでしょうが、私にはほとんどリアリティを感じられません。
人類も、せめて鳩ぐらいの知恵を残しておけばよかったのですが。

20170815


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2017/08/14

■節子への挽歌3633:すぎのさんの幸水

節子
わが家のお盆にはなくてはならないものがあります。
「すぎの梨園」の幸水です。
杉野さんの幸水は、わが家のお盆には欠かせません。
節子は大好きでした。
もちろん私も大好きです。

私が杉野さん夫婦と知り合えたのも、節子のおかげです。
節子がすぎの梨園に梨を購入に行くときに一緒に行ったのが縁でした。
とても気さくなご夫婦で、家族みんなで梨園をはじめ、さまざまなものを手がけています。
http://www.geocities.jp/suginofarm/

ユカに頼んで連れて行ってもらいました。
歩いていくのは無理な遠さです。
私は運転免許を早々と返却してしまったので、自分ではもう運転できないのです。
ちょうどみんなで出荷作業をしていました。
いつもと違って、たくさん梨がありました。
あまりの人気で梨がなくなることもあり、最近はあまりたくさん購入するのは気が引ける感じだったのですが、今年は大丈夫そうです。

出荷作業所の前に、おしゃれな2階建ての建物ができていました。
息子さん夫婦の新居ですが、外観はおしゃれなカフェのようです。
すぎの梨園が出している「のらやま通信」に紹介があったようですが、見落としていました。
カフェでもやらないのですかと言ったら、杉野さんがお茶なら飲めるというので、雰囲気を楽しませてもらいました。
なかなかいい雰囲気です。
奥さんが手掛けている加工食品も並んでいました。

写真ではわからないでしょうが、かなり凝ったつくりです。
サッシが全面開くようになっているので、ウッドデッキと一体感した開放感が味わえます。
たぶん息子さんたちの趣向でしょう。
たぶんこの空間から何かが始まるような予感がします。
魅力的な場所は、新しい物語を生み出します。

久しぶりに杉野さんと少し話しました。
杉野さん家族は、私には理想的な家族に見えます。
節子も、もしかしたら、杉野さんのような家族を理想としていたかもしれません。
杉野さんたちと会うたびに、節子がいたらちょっと違った付き合いができたかもしれないと思うこともあります。
私はどうも家族単位の付き合いが苦手なのです。

帰宅したら、ジュン親子が来ていたので、みんなで食べました。
杉野さんの幸水は、やはり美味しいです。
節子の位牌の前にも、大きな幸水梨を供えました。
これで節子の精霊棚は完成です。

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2017/08/13

■節子への挽歌3632:節子が帰ってきました

節子
ようやく少し頭のなかが正常化してきました。
心身の時間が現実の時間に追い付いてきたようです。
いや反対かもしれませんが。
昨日、ほとんど外部との接触がなかったのがよかったです。
平常な心身で、お盆を迎えられそうです。

朝、精霊棚を整えました。
この間は仏壇は閉じられ、その前に精霊棚がつくられますが、わが家の場合は、とても簡単なものです。
年々、簡単になっていき、最近はスーパーの6点セットですませています。
それが少し気になっていて、昨年は畑で育てたきゅうりと茄子で馬と牛をつくりましたが、今年は畑をやらなかったので、また既成のものに戻ってしまいました。

花とお供えは、新鮮なものがいいので、朝、娘と一緒に買いに行き、きちんと整えてから、お墓に節子を迎えに行きました。
まだ兄は来ていないようで、両親はお墓にいましたが、節子は一足早い帰省です。
灯明で自宅まで連れてくるのは、節子がいた頃からの通りです。

お墓はにぎわっていました。
幸いに今日は涼しいので助かります。
いつものように、提灯ではなくガラスランプの火で、節子を自宅まで連れてきました。

近所のMさんが、今年もまた花束を届けてくれました。
今年は節子が好きな百合も入ったとても立派な花束です。
その横に、ユカが庭のアジサイを少しぜいたくに切り取って飾ってくれました。
まあわが家の場合、花は飾っても食べ物はあまりお供えしないのです。
まあそういう家なのです。

節子が戻ってきたからと言って、何かが変わるわけではありませんが、
今日はずっと灯明をあげていましたので、部屋をあまりあけられないので、なんとなく位牌の近くで過ごしました。
午後、ジュンが娘のにこを連れてやってきましたが、にこがいつもになく、元気にはしゃいでいました。
幼児は霊界とつながっているのかもしれません。
別れ際に私と手でタッチし合うのが恒例なですが、今日はその際、私の顔ではなく、どこか焦点の定まらない目で私の斜め後ろをみながら私にタッチしていました。
もしかしたら、そこに節子がいたのかもしれません。

さて今夜は夢に節子は出てくるでしょうか。
まあ例年のことで言えば、出てこないでしょうね。
困ったものです。

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2017/08/12

■節子への挽歌3631:お盆が近づきました

節子
今年もお盆が近づきました。
お盆は、人のつながりを確認し合うための、とても大切な行事だと思いますが、その意味を私が理解したのは、節子を見送ってからかもしれません。
お盆は、彼岸から亡くなった人が戻ってくると言われても、なかなか実感できませんが、自らが死を体験すると、その意味がわかってきます。
私はまだ自らの死を体験していませんが、哲学者のウラジミール・ジャンケレゲィッチが書いているように、「第二人称態の死」つまり「あなた」であるところの、自分にとって親しい存在の死は「ほとんどわれわれの死のようなもの、われわれの死とほとんど同じだけ胸を引き裂く」のです。
節子の死は、私には自らの死の疑似体験、あるいは死の予行演習だったのかもしれません。

ところで、日本では古来、死者はある一定の期間を経て、個人から先祖に溶け込んでいくとされています。
33回忌とか49回忌など、地方によって違うようですが、「弔いあげ」あるいは「問い切り」と言われて、そこで個人としての死者の法要は終わります。
そうした「最後の死者儀礼」が終わると、仏壇の位牌を檀那寺へ持って行き焼却してもらったり、個人ごとに建立されている墓石は横倒しにしたりすることもあるそうです。
そして、死者は個人の霊を離れ、「ご先祖さま」になっていくのだそうです。
最近読んだ波平恵美子さんの本で改めて知ったことなのですが。
節子が「ご先祖様」になるまでにはもう少し時間がかかりますが、まあその前に私は同じ個人の霊として彼岸で節子に会えるでしょう。

明日は迎え火ですので、わが家の仏壇も掃除しました。
節子のお墓は個人のものではなく、私の両親と同じお墓です。
両親の仏壇は私の兄の家にありますので、実はお盆には、それぞれのところに戻るわけです。
したがって節子はいつも同居している、私の両親と別れて、わが家に戻ってくるというわけです。
戻ってきた節子は、私たちと一緒に、兄の家に戻ってきている私の両親のところに挨拶に行く。
なにやら複雑です。
兄の家にはお寺のお坊さんが読経に来てくれますが、わが家までは最近手がまわらないので、私が般若心経を読経します。
いささか心もとないですが、まあ私たちにはそのほうがお似合いなのです。
今年は節子の初孫もたぶん手を合わせてくれるでしょう。

涼しいせいか、私の疲労感もかなりなくなりました。
気になることも少なくないのですが、この期間は忘れることにしようと思います。

今日はめずらしく静かな1日になりそうです。

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2017/08/11

■節子への挽歌3630:気が熟すのを待つ生き方

節子
目が覚めたら8時を過ぎていました。
こんなことは年に1回あるかどうかです。
でもまだ疲れがとれた気がしません。
だいぶたまっているようです。
今日は10時から地元の集まりがあるので、のんびりはできません。
でもこういう時でもネットで他者とつながっていると、いろんなことが飛び込んできます。
幸いに今朝は、大きな問題はなく、定刻には集まりに参加できそうです。
ここまで書いて、出なければいけない時間になってしまいました。
続きはまた後で。

午後は来客があったものの、のんびりと過ごしました。
それに、むしろ肌寒さを感ずるほどの涼しさになりました。

メールでいささか小難しい論争に巻き込まれましたが、それ以外は、何もない休息日になりました。
来客が帰った後、DVDでミッション・インポシブルの5部作のうちの3つを観ました。
いずれも何回か観ていて筋書きはほぼ知っているのですが、ポイントだけを観るという見方なのです。
こういう観方は、節子には理解されませんでしたが、映画にはいくつかの見せ場がありますので、そこだけを観れば満足なのです。
しかし、2時間も飛ばしながら観ていたので、頭は休まるどころか疲れた気もします。
どうも最近は休み方がわからない。
困ったものです。

それで本を読むことにしました。
読みかけや読む予定の本が何冊か机の上にあるのですが、いずれも今日は読む気になりません。
本は、読む気が熟すまで待たないと読む速度が違ってきます。
私の長年の体験から、そう感じています。
気が熟せば一気呵成に読めますが、そうでないと時間がかかることもあります。

いま気づきましたが、「気が熟す」は「機が熟す」の間違いですね。
パソコンで「きがじゅくす」を漢字変換すると、なぜか「気が熟す」となってしまっていましたが、「気が熟す」という表現はたぶんありませんね。 
念のために今、国語辞書で調べましたら、案の定、出てきません。
しかし、むしろ「気が熟す」のほうが、少なくとも読書に関する限りはぴったりします。

いや読書だけではありません。
私の場合、特に節子がいなくなって、一人でわがままに生きるようになってからは、気が熟さないと動けないようになってきている気がします。
「機」ではなく「気」が、最近の私の行動の基準になっているように思います。
「気が熟すのを待つ生き方」
これはいい言葉ではないかという気がしてきました。

今日の休息日の収穫は、この生き方への気づきです。
それがなんだと言われそうですが、なかなかいい気づきではないかと思います。
いや、そう思うこと自体が、まだ疲れから抜け出ていない証拠かもしれません。

そんなことはどうでもいいのですが、選んだ本はなんと「大衆の反逆」。
100年ほど前に書かれたオルテガの本です。
読むのは3回目ですが、この本を選んだのは、もしかしたら鈴木さんのハガキの影響です。
巡礼者の鈴木さんはこのお盆の時期は静岡の生家に戻っているそうですが、読む本の一つに鎌田茂雄さんの「正法眼蔵随聞記講話」を選んだとはがきに書いてきました。
鈴木さんは、この本を毎年のように読んでいるような気がしますが、読み返すたびに新しい気付きがあると話していました。
私も鈴木さんを見倣って、もう一度、「大衆の反逆」をちゃんと読んでみようと思います。
お盆に「大衆の反逆」とは、ちょっとふさわしい気はしませんが、まあいいでしょう。
実は昨年、入院時にこの本を読んだのですが、なにしろ目の手術での入院時でしたので、辛い読書であんまり消化できなかった気がしていますので、再挑戦です。
この本を読む気になったのは、それなりの意味があるような気がします。

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2017/08/10

■節子への挽歌3629:杉本さんにまた宿題をもらいました

節子
いささかハードな、刺激の多い3日間でしたが、なんとか乗り換えられました。
この3日間で、40人を超す人に会いました。
なかにはきわめてハードなものもありました。
それは節子もよく知っている杉本さんとのミーティングです。

杉本さんは、最後の仕事として決めていた書籍を書き上げました。
テーマは、団体組織法です。
ところがそれをまとめることによって、大きな問題にぶつかったというのです。

会社経営者から法律研究者へと変身した、杉本さんの実践的な行動力には感服するしかありませんが、これまでの者を集大成したのが、この書籍です。
そのエッセンスは、これまでも何回か部分的にはお聞きしていますが、今回はわざわざ図解したシートを作成し、レクチャーしてくれました。
しかし、今回ぶつかった問題は、いささか厄介で、それに関して頼みたいことがあるというのです。
人の頼みはいつも気楽に引き受けるのですが、杉本さんの頼みは気楽には引き受けられません。
しかしもちろん断ることなどできません。
だからいささか恐ろしいのです。

杉本さんは、日本の民法の基本理念は、未だに我妻栄理論に基づいているというのです。
昨年、民法が改正されましたが、団体組織論の根底にあるのも我妻栄理論だというのです。
日本の民法学会は、未だに我妻栄理論から抜け出せないでいるというのが杉本さんの主張です。
と言われても、私には異を唱える知識もありません。
杉本さんは60歳を過ぎてから法学を学びだしたのですが、杉本さんと法律論議をするたびに、私は自らの不勉強を思い知らされます。
杉本さんの論理展開を理解するだけも大変なのですが、午前中、いささか気の重いミーティングと暑い中を街中を歩いていたせいもあって、思考力が低下してて、なかなか理解できなくて、杉本さんをイライラさせたかも知れません。

我妻パラダイムはともかくとして、杉本さんの主張には共感するところが多いのです。
企業経営の理論の変遷に関しては、私の方が少しだけ詳しいかもしれません。
私も、経営論ではなく組織論に関心があったため、経営コンサルタントとしてはまともな仕事の機会を得られませんでしたが、昨今の企業の実態を垣間見る限り、1980年代に日本の企業は路線を間違えてしまったとしか思えません。
ですから、杉本さんとは違った視点からですが、共感するところがあるのです。

杉本さんには、私のような文系の論理の積み上げ方はいかにも粗雑に見えるはずです。
それに私は、あまり論理的ではなく感情的な思考展開をしがちですので、議論がかみ合わなくなることも少なくないです。
にもかかわらず杉本さんは、私を信頼してくれて、試論をぶつけてくるわけですが、それに応じて議論をするのは、かなりのエネルギーが必要です。
2時間話しただけで、心底疲れます。
その上、ある提案があって、結局、約束してしまいました。

疲れ切ったまま、久しぶりに「みんなのゆる~いカフェ」に入ったのですが、数名を意図していたのに18人の参加です。
しかも個性豊かな人ばかりです。
発達障害、LGBT,自殺企図者、引きこもり、人間とすべて縁を切りだした人、など、多彩な人が押しかけてきたのです。
そのまままた3時間のサロン。
精根尽き果てて、自宅に帰りましたが、そこでパソコンを開くとまたまた問題。

今日は出かけるのがやっとでしたが、神様は私のために暑さを和らげてくださいました。
そのおかげで、何とか今日の用事はやり終えることができました。
まあ宿題はいろいろと残ってはいますが。

明日からお盆休みです。
やらなければいけないことがたくさんありそうですが、まずはゆっくり寝たいです。

挽歌らしからぬ内容ですが、杉本さんとのことを節子に報告しておこうと思って書きだしました。
節子の訃報を聞いて、すぐにわが家まで杉本さんは来てくれました。
それが不思議でなりませんが、杉本さんは節子までをも「同志」と呼んでいましたので、杉本さんのことは節子に伝えておきたいのです。

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■居場所をテーマにした「みんなのゆる~いカフェ」報告

久しぶりに平日の夜開催した「みんなのゆる~いカフェ」(みんカフェ)は、18人のにぎやかなサロンになりました。
今回は、自分の居場所を実感できるような「ほっとできる場」を探しているモモさんからのリクエストで開いたので、「居場所」をテーマにしました。
湯島が初めての人も数名参加してくれました。
居場所など山のように持っているだろうと思われる人も来てくれましたが、おかげで「居場所」に関する私のイメージもとても広がりました。

最初は自己紹介も含めた雑談をしていましたが、だいたい集まったところで、モモさんから、「こんな場所があったらいいな」という話をしてもらいました。
そこから「居場所」や「生きづらさ」などをそれぞれが話し出しました。
みんな自分の問題として語ることを、湯島では大切にしていますが、今回は見事なほどにみんな自分を語っていたように思います。
改めて感じたのは、みんな実に誠実に生きているということです。

いろんな意味で「生きていくうえでの障害」の度合いの高い人にとって住みやすい社会になってきているかどうかに関しては、インフラや人々の意識という点では、いい方向に向かっているという話がある一方で、人のつながりが弱くなっていることや社会の流れに「優生思想」を感ずるという話も出ました。

モモさんは、みんなに迷惑をかけてはいけないという思いが強くて、なかなか外出できない人なのですが、迷惑をかけるということについても、いろんな話が出ました。
そもそも誰かに迷惑をかけないで生きられる人などいるはずもないのですが、もしかしたら「迷惑をかけてはいけない」という思いが、「障害」の原因なのかもしれません。
「障害」とは、そうした意識が生み出すものかもしれません。

湯島のサロンは、いろんな人が比較的に素直になれる場だと思いますが、今回は自らが、あるいは家族が「発達障害」「LGBT」だと話す人も多く、それがまたまったく違和感なく語られていました。
自助グループ(self-help group)の価値は私も理解していますが、それだけではむしろ社会が分断されていきます。
障害者と健常者、マイノリティとマジョリティという捉え方にも、私は大きな違和感があります。
人間はつまるところ、みんなそれぞれに生きづらさをかかえている弱い存在です。
自らの弱さに気づけば、他者の弱さを思う気持ちも生まれます。
世の中には障害者も健常者もいない。
言い方を変えれば、みんな障害者で健常者なのです。
そういう意味で、障害を持つ人たちに画一的なレッテルを張ることで問題を捉えるのではなく、それぞれの多様な問題を分かり合えることが大切だと思います。
さまざまな人が集まる湯島のサロンを長年続けているのは、そうした思いからです。

こうした意見に関して、「生ぬるい」という指摘もありました。
たしかに「生ぬるい」。
現実はとても厳しく、障害を持つ人にとっては生きにくく、不快な思いをすることは少なくないでしょう。
でもそれは障害の有無にかかわらないのかもしれません。
だれもかれもが生きにくい社会に向かっているのかもしれません。
しかし、だからこそ、私は「障害」を「障害」として閉じ込めておくのではない生き方をしていくことが大切だと思います。
ほんの少しだけ「青い芝の会」の話もさせてもらいました。

看取りや介護に関わっている人たちの話もとても考えさせられましたし、テーマがあれば居場所は見つかるというような話もありました。
農業や環境の話も出ましたし、長い人生での居場所のような話も出ました。
もし時間があれば、久しぶりに参加してくれた冠地さんに、「イイトコサガシワークショップ」のさわりをやってもらおうかとも思っていましたが、3時間が過ぎてもなかなか話し合いはとまらず実現できませんでした。
居場所があれば、みんな話しあいたいのです。
だとすれば、そうしたサロンの場をどんどん増やせばいいのです。

長くなってしまいましたが、その割には話し合いの内容が報告できていませんね。
でもまあ、なにしろ「ゆる~いサロン」ですから、報告など不要かもしれませんね。

今回の言い出しっぺのモモさんはなかなか定刻に会場に到達することが難しい人なのです。
数日前から出かける準備をしていても、いざ出ようとすると、なぜか出られない。
でもそのモモさんが参加してくれました。
そして、いろいろとヒントをもらったと言ってくれましたので、サロンをやってよかったです。

最近、平日の夜のサロンはやめていましたが、むしろ夜のほうがいいという人も多いことがわかりました。
次回の「みんカフェ」も夜にしようと思います。

Momocafe


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2017/08/09

■節子への挽歌3628:今夏一番の暑さ

節子
今日は今夏一番の暑さになるようです。
朝からすごい湿度と暑さで、まさに「うだる」ような感じです。
さすがに今日はエアコンがないと過ごせない感じですが、幸か不幸か朝から夜まで大忙しの1日です。
最近久しぶりに少し時間に追われています。
まあ、それだけ私の対応力が低下しているというだけの話ですが。

暑さのせいもあって、少々ダウン気味なのですが、今週を乗り切れば何とかなるでしょう。
いろいろと考えなければいけないことも、やらなければいけないこともあるのですが、すべては来週に任せて、今週は目の前の課題を消化していこうと思います。
それにしても暑いです。
パソコンを打っていても、汗がにじみだしてくる感じです。
夏だけでも彼岸に避暑に行きたい気分です。

そろそろお盆です。
節子がこちらに来る時期です。
涼しくなるといいのですが。

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2017/08/08

■節子への挽歌3627:世界中を笑顔で埋めていきたい

節子
西日本に大きな被害を与えた台風は、滋賀・福井を通って北上しました。
そのため、今日の関東はいい天気にありました。
今日は2つの集まりを企画していましたが、その一つは報告してもらう高林さんが京都の人でしたので、昨日急遽、延期にしてもらいました。
高林さんのところは大雨で、がけ崩れの恐れから避難所までつくられたそうですが、大きな事故はなかったようです。

もう一つの集まりは、予定通り開催することにしました。
「ほっとスマイルプロジェクト」という、新しいプロジェクトのキックオフミーティングです。
世界中に笑顔を広げていこうというプロジェクトです。
10人を超える人が集まってくれました。

そもそもこのプロジェクトは、認知症予防ゲームの実践者の交流会の中から生まれたものです。
メンバーがほとんど女性なので、私とはかなり感覚的に違います。
それに私は認知症がなんだ、という考えの持ち主ですので、波長が合うはずがありません。
しかし、いろいろと事情があって、このゲームの全国普及に協力する約束をしてしまったのです。
しかし、幸いに、私が目指している「大きな福祉」の路線に少しずつ近づいてきたので、このあたりでゆるやかな組織化をしてもいいかなと思ったのですが、いざ組織化となると、そこでまた違いが出てきてしまいました。
でもまあ、そんなことよりも、大きな目標で合意できるならばと、このプロジェクトに参加することにしたのです。

台風が心配される中を14人もの参加がありました。
男性も4人。
私もいれてですが。
話をしていて、コムケア活動を立ち上げた頃のことを思い出しました。
当時のことを知っていてくれるSさんも参加してくれましたが、何とその人は我孫子の友人を連れてきました。
わが家の近くに住んでいるOさんです。
ふたりは久しぶりに会ったそうですが、SさんがOさんに、我孫子にはもう一人友人がいると話して、それが私だとわかり、今日一緒に来たのだそうです。
本当に人の繋がりはわからないことがあります。

キックオフミーティングの様子や主旨は時評編に書きました。
私の笑顔が戻ってくるといいのですが。
最近、いささか疲れ気味なのは、サロンのせいではありません。
まあなんでも書いてしまう私にも、書けないこともあるのです。
明日はまた、気の重いミーティングがあります。
それを乗り切れば、午後は2つのたぶん気の休まるミーティングですが。
人生は疲れるものです。

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■ほっとスマイルプロジェクトがスタートしました

ご案内の通り、「スマイル記念日」とされている8月8日、ホットなスマイルを広げていこうという、壮大な思いをもって、ゆるやかなネットワーク「ほっとスマイルプロジェクト」が立ち上がりました。
台風が心配されていましたが、幸いに台風の影響もなく、14人の人が集まりました。

「ほっとスマイルプロジェクト」は、NPO法人認知症予防ネットを中心にして全国に広がってきている「みんなの認知症予防ゲーム」の実践者の交流会のなかから、生まれたものです。
これまでの何回かの交流会の中で、単に認知症予防のためのゲーム活動だけではなく、「だれもが気持ちよく暮らせる明るい社会」に向けて、実践者がゆるやかにつながりながら、活動分野も少しずつ広げていけないかという意見が出てきました。
これまでも何回か産まれそうになったことはありますが、いつもどこかで曲がってしまいましたが、ようやく大きな方向での合意が育ち、今日、スタートにたどり着きました。

しかし、みんな忙しい時間の合間を活かして、活動している人たちばかりですから、新たに新しい組織を立ち上げたり、そのために時間を取られたりするのは難しい。
そこで、
・それぞれが取り組んでいる現在の活動を、そのまま活かしたカタチでつながっていく。
・他の人の活動をシェアしながら、ゆるやかな協力関係を育てていく。
・定期的に集まる場をつくる。
ということを基本にし、さらに、
・みんなの認知症予防ゲームを核におきながらも、ほかの活動ともつながっていけないか。
・認知症予防だけではなく、子どもも含めて、社会全体を元気にしていくことはできないか。
といったことを目指そうということになりました。

そこでまずは、「笑顔を世界中に広げよう」という主旨に共感してくれる人たちの、ゆるやかなネットワークをつくることになったわけです。

そうした経緯から、今回は「みんなの認知症予防ゲーム」の実践者が中心でしたが、徐々にネットワークを広げていくことになりました。
活動の内容も、これからみんなでゆっくりと育てていくことになりました。

参加者それぞれの活動内容の紹介の後、ネットワークとしてどんなことがあればいいかなどの話し合いを行い、これからの方向性がなんとなく見えてきました。
それぞれの体験を話し合うだけでも、大きな気づきや刺激をそれぞれ受けたのではないかと思います。
当面は、フェイスブックを中心にそれぞれの活動をシェアしながら、なかまをふやしていくことになりました。
ご関心のある方は、ぜひフェイスブックのコミュニティに参加してください。
https://www.facebook.com/groups/1607233655975417/
ご自分の簡単な紹介や参加の意図などを送ってもらえればと思います。
みんなの認知症予防ゲームを実践されている方はそのことをお書きください。

また定期的に、交流会や勉強会も行っていく予定です。
ネットワーク全体として活動するというよりも、当面はメンバーそれぞれがいろんなプロジェクトやプログラムを起こしていくというスタイルです。

まだスタートしたばかりですが、ゆっくりと、小さく、しかし大きなビジョンを持って、仲間が広がっていけばと思います。
内容に関する問い合わせなどは、フェイスブックのコミュニティにお願いします。

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2017/08/07

■節子への挽歌3626:人の繋がりには見えないことがたくさんあります

節子
相変わらずこちらは暑いですが、そちらは涼しいでしょうね。
お施餓鬼も近いのでお墓に行ってきました。
昨日、新潟から枝豆が届いたので、それもお供えしました。
まあ1分ほどのお供えですが。
一番暑い時間に行ったせいか、だれもいませんでした。

昨日の花火の様子をFBにアップしたら、思わぬ人からアクセスがありました。
節子も知っている我孫子在住のSさんです。
我孫子市の市民活動に取り組んでおり、当時私が取り組もうとしていた若者のネットワークづくりも応援してくれていました。
しかし、家業を継ぐことになり市民活動から離れてしまいましたが、節子の葬儀には来てくれました。
節子ともつながっていたことはあまり知りませんでしたが、なぜか不思議に彼女が葬儀に来てくれて、いろんなことをやってくれていたような気がしています。
私の勘違いかもしれませんが、あの時にはいろんな不思議なことが起こりました。
人の繋がりは、たとえ伴侶といえども、見えない部分がいろいろとあるものです。

西日本は台風で大変なようですが、千葉は少し風がある程度で、予想ができません。
明日は2つの集まりを湯島で予定していて、いずれも10人を超えるたくさんの参加申し込みが来ていますが、台風で肝心の話し手が来られなくなるかもしれません。
予定通り流れる時間よりも、そうした予定が壊れてしまう時間の流れのほうが私は好きなのです。
それに、台風も、私自身は大好きなのですが、そんな不謹慎なことは大きな声では言えません。
明日からの3日間は、ちょっとストレスも多い打ち合わせも含めて、たくさんのことがあります。
にもかかわらず、用意をほとんどしていません。
それもこれも、「暑さ」のせいです。
最近ちょっとどころかかなり怠惰な自分を過ごしています。
困ったものです。

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2017/08/06

■戦後使われていた社会科の教科書をお薦めします

先日のサロンで参加者の濱中さんから、1948年から1953年の間に実際に使われた中学・高校社会科教科書のエッセンスを編集した「民主主義」(幻冬舎新書)という新書を教えてもらいました。
早速、読んでみました。
当時の政府や教育界の真摯な姿勢に、改めて感心しました。
この教科書よりもずっと試用期間は短かったですが、1947年に中学校で使われた「あたらしい憲法のはなし」を読んだ時にも感激しましたが、それからさらにこうした教育が行われていたことを初めて知りました。
改めて日本の教育界の劣化(民主主義を目指すという視点からの評価ですが)を残念に思います。

たとえば、こんな文章が出てきます。

多くの人々は、民主主義とは単なる政治上の制度だと考えている。民主主義とは民主政治のことであり、それ以外の何ものでもないと思っている。しかし、政治の面からだけ見ていたのでは、民主主義をほんとうに理解することはできない。 政治上の制度としての民主主義ももとよりたいせつであるが、それよりももっと大切なのは、民主主義の精神をつかむことである。なぜならば、民主主義の根本は、精神的な態度にほかならないからである。 それでは、民主主義の根本精神はなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。 人間が人間として自分自身を尊重し、互に他人を尊重しあうということは、政治上の問題や議員の候補者について替戎や反対の投票をするよりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである。

私は、民主主義とは個人の尊厳の尊重であり、それをできるだけ実現することが民主政治の課題であると考えています。

それに続いて次のような文章が出てきます。

これまでの日本では、どれだけ多くの人々が自分自身を卑しめ、ただ権力に屈従して暮らすことに甘んじて来たことであろうか、正しいと信ずることをも主張しえず、「無理が通れば道理引っこむ」と言い、「長いものには巻かれろ」と言って、泣き寝入りを続けて来たことであろうか。それは、自分自身を尊重しないというよりも、むしろ、自分自身を奴隷にしてはばからない態度である。

これを読んで愕然としました。
まさに今もなお、私たちの社会はこうなっていないか。
つまり、戦後70年間、私たちは民主主義に関しては進歩していないのではないかと思ったのです。

編者の西田亮介さんも、「民主主義とは何かという、ときに青臭くも感じられる問いを、真剣に吟味する作業を怠ってきたこの社会は、今、何から始めればよいのだろうか」と問いかけています。
そして、「現代の大人が読んでも気づきが多数あるはずだ。何より、当時どのように民主主義が語られたかという「論調」に目を向けてほしい」と書いています。
「近い将来訪れるかもしれない大きな政治的選択の場面において、いやそれにかぎらず、日常生活における政治的選択の場面において、日本の民主主義がどのように発展し、固有性を確立し、あらためてそれらを「自分たちのもの」にできるのかどうか。あとは読者各位の判断と議論に委ねたい」という西田さんのメッセージが、私の心に深く響きました。
さて何かやらないわけにはいきません。

まずはこの本を多くの人に読んでもらおうと、この文章を書きました。
読むのは結構大変ですが、ぜひ手に取ってみて下さい。
ついでに、「あたらしい憲法の話」なども、お薦めしたいです。

コモンズ書店
http://astore.amazon.co.jp/cwsshop00-22/detail/4344984102

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■節子への挽歌3625:手賀沼の花火

節子
昨日は久ぶりの大勢の来客に合わせて、準備なども含めて、それなりに頑張ったので疲れてしまいました。
私の知り合いではなく、娘の知り合いなので、どれもまた疲労の一因です。
幼児も人、犬も一人でした。
幸いに用事も犬も、花火の音に泣き出すこともなく、最後まで見てくれていました。
今年の花火は、評判が良かったです。

お祭りの後は、いつも不思議な静かさがあります。
今日の手賀沼界隈はまさにそんな感じです。

今日は挽歌に代えて、昨日の花火の最後の1分をアップしておきます。

https://www.facebook.com/cwsosamu/videos/10203581150445233/

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■今年も8時15分の黙禱をしながら考えました(2017年8月6日)

8時15分の黙禱をしながら考えました。

なぜ平和祈念式典に安倍首相が参列できるのか。
いつも不思議に思っています。
広島市長の平和宣言では、核兵器を絶対悪と断定しました。
「市民社会」についても言及しました。
とてもわかりやすい演説でしたが、やはり気になるのは、日本は「核兵器保有国」と「核兵器禁止条約参加国」との橋渡し役になってほしいというくだりです。
日本は核兵器禁止条約に参加しなかったのは、自らを核保有国と自覚しているからだろうと思います。
つまりアメリカの属国を自覚しているということです。
国家として自立しようとせず、主体性もない国に「橋渡し」などはできようはずもありません。
平和宣言で呼びかけるべきは、そんな政府にではなく、「市民社会」ではないかと思います。

つづく、子どもたちの平和宣言はとてもよかったです。

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2017/08/05

■節子への挽歌3624:おもてなし文化

節子
今日は手賀沼の花火大会です。
花火が好きで、私たちがここに転居した理由の一つが花火会場の近くだったからです。
わが家の小さな屋上からは、すぐ目の前が花火の打ち上げ場所です。

転居したころは、いろんな人たちに来てもらいましたが、節子がいなくなってからは誰にも声をかけなくなりました。
娘たちの友だちや私の兄夫婦が来ることもありますが、私自身が花火で元気になることはありません。
節子の一番大変だった時に花火大会があり、いろんな人たちが来てくれていましたが、私たちは暗い病室で音だけを聞いていました。
節子はその音の響きが身体に応えていたようです。
その時の記憶がどうも薄黒く残ってしまっています。
そんなこともあって、花火では私は元気は出ないのです。

私たちは花火が好きで、熱海の花火にも何回か行きました。
しかし、隅田川の花火にはつい一度もいきませんでした。
ですからあんまり花火に関する思い出はないのです。
いや私が思い出したくないだけかもしれません。
人の記憶はいかようにも変えられてしまうものです。

今年は久しぶりに10人ほどの人が来るようです。
それで朝から大掃除をしていました。
屋上にある椅子などはもう劣化していて、使えません。
それでもなんとかお客様を迎え入れられる用意ができました。

節子がいたら、いろいろと用意したでしょうが、節子がいない今はおもてなしもシンプルです。
お稲荷さんと枝豆とビールくらいですが、昔はテーブルに山のように何かがあり、見終わった後の軽食まで用意されていました。
いささかやり過ぎなのは、わが家のおもてなし文化の影響です。
湯島でかつてやっていたサロンも、節子がいた頃はテーブルがあふれていました。
今は、コーヒーだけです。

今日は若い世代が多いようなので、誰かが何か持ってきてくれるかもしれません。
次女の連れ合いのお店は、今日は臨時休業にして、お店で出しているバーニャ・カウダを持ってきてくれるようです。
私は、丸いスイカを買ってこようと思っていましたが、あんまり天気が良くなくスイカ日和ではないので、やめました。

節子がいたら、それはそれは張り切って賑やかでした。
おもてなしの文化は、かつてはわが家には大切なことでしたが、残念ながら娘たちには十分には伝わっていませんし、私にもちょっと対応力が不足しています。
とても合理的で、無駄はしないのです。
私は、おもてなしとは無駄をすることと思っているところがあるのですが、彼らの考えの方が合理的出ることは間違いありません。

天気はまだいささか危うい感じですが、夕方に晴れてくれるといいのですが。
娘が買い物に行くというので、私もついていって、何か買ってこようと思います。

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■カフェサロン「オランダの社会と教育」のご案内

湯島のサロンでは、しばしば日本の教育問題の話が出てきますが、その時に時々言及されるのがオランダやフィンランドの教育です。
今回は、折原利男さんから「オランダの社会と教育」について、話題提供していただき、日本の現在の学校教育への理解を深める話し合いができればと思います。

子どもたちは学校にどういうイメージを持っているかで、その社会の教育の実相が見えてくると思いますが、2007年のユニセフ調査によれば、オランダでは「学校が楽しいという子ども」が90%だったそうです。
別のWHO調査によれば、「勉強にストレスを感じない生徒」の割合が世界一だったのもオランダだそうです。
宿題なし、塾なし、でも、「学力」は世界トップクラスというのがオランダなのだそうです。
日本の学校とどこが違うのでしょうか。
あるいは英米の教育改革とどこが違うのか。

今回は、2013年にオランダ在住のリヒテルズ直子さんのコーディネートで行われたオランダの教育現場視察報告のDVDを冒頭に紹介していただき、それから折原さんのお話を聞いた後、みんなで話し合いたいと思います。

単に「学校教育」や「子どもの問題」だけの問題ではなく、ご自身の実践活動も踏まえながら、折原さんは私たちの社会の方向性や問題点を問題提起してくれると思います。
ぜひ多くの人に、そしてさまざまな立場の人に参加していただきたいサロンです。

なお、折原さんは、フィンランドとオランダの教育と社会を鏡とした、日本の教育問題の構造分析と、日本の教育はどうあるべきかの提言をまとめた『現場からの教育再生』(2011年3月、すずさわ書店)を書かれています。同書はまた、ご自身の高校でのさまざまな教育実践の報告にもなっています。
関心のある方はぜひお読みください。
書籍の案内チラシを添付させてもらいました。

〇日時:2017年9月9日(土曜日)午後2時~4時(1時半開場)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「オランダの社会と教育」
〇話題提供者:折原利男さん
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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2017/08/04

■世の中には「おかしいこと」が多すぎます

ちょっと考えると「おかしい」と気づくことはよくあります。
たとえば、内閣への信頼感が失われた状況を打破するために、一部の大臣を変えることで信頼が回復すると囃し立てているテレビの報道バラエティ番組はどう考えてもおかしく、そのおかしなことを視聴者に植え付けているのはますますおかしい気がします。
そういう番組に出ている、政治ジャーナリストは口では内閣改造では信頼感は回復しないと言いながら、実際にやっていることは問題を矮小化し、視聴者をはぐらかしているだけです。
まともな政治ジャーナリストのやることではないでしょう。
彼らはみんな道化役のタレントでしかありません。

国会での審査会での官僚の回答は、これもどう考えてもおかしいです。
小学校に戻って国語の勉強をして来いと言いたいですが、もうたぶん遅いでしょう。
彼らの下で働いている人たちに同情しますが、たぶんその人たちもまた同じようになるでしょう。
なにしろ人は先輩を真似て育っていくからです。

おかしなことが山のようにあっても、みんな「王様は裸だ!」などとは言いません。
そんなことを言えば、仲間外れにされかねません。
しかし、「おかしなこと」に目をつぶって生きていると、いつの間にか自分の「おかしなこと」をやってしまうことにもなりかねません。

トランプのアメリカファーストを悪くいいながらも、小池都政の都民ファーストは支持するのも、おかしい話です。
ついでに都政についていえば、有害物質の埋められた場所に生鮮食材の市場を置くなど、あり得ない話です。
でもそれがいつの間にか決まっていました。
それが「おかしい」と改めて声をあげたにもかかわらず、結果的には何も変わりませんでした。
どう考えても私には納得できません。
昨日の火事は、土地の神様のメッセージではないかと思ったほどです。

原発は、要するにそこから出てくる極めて有害な廃棄物の処理ができない技術です。
そんなものをつくって良い訳がありません。
技術としても不完全で、誇りある技術者であれば、受け入れがたいはずではないかと思います。
そんな不完全な技術は、原発でないとしたら、だれも認めないでしょう。
それがかつての公害の原因だったわけですが、それを知っているのに、まだやめようとしない。
中小企業が廃棄物を排出していたら、操業停止になるでしょう。
でも国家がやると止まらない。
これもどう考えてもおかしいです。
原発はそもそも核兵器開発のために必要だから国策として取り組まれたことが文書などでもだんだん明らかにされてきていますが、私はそれよりも、ただ廃棄物処理の目途が立っていないのに続けられていることにおかしさを感じます。
すなおにただ、「おかしい」と思うだけです。
自分で廃棄物も処理できない技術は、技術と言えるのかと思うほどです。
それを認めている技術者に、私は不信感を持っています。

とまあ、こんなように、おかしなことが横行していることにおかしさを感じています。
それはたぶん私たちみんなが「おかしくなってきている」からでしょう。

今日、FBで「ちょっといい話を集めよう」というコミュニティを開設し、呼びかけを始めましたが、それと並行して、「おかしいことをおかしいというコミュニティ」をつくろうかと考えました。
つまり「王様の耳はロバの耳」という倉庫づくりです。
そこに向かって、みんなが言いたいけれど言えないことを投げ込んでいく。
もしかしたら、原発廃棄物の貯蔵庫よりも、危険な倉庫になるかもしれません。

でもやはりそれは、ちょっと暗い人生を支援することになりそうなので、やめました。

さて今日は、「おかしなこと」に出会わないことを祈ります。
今日こそ、心温まる1日でありますように。

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■節子への挽歌3623:神戸のFさんにお世話になりました

節子
節子も知っている神戸のFさんから、知り合いにレバノンの人がいると連絡がありました。
私がイスラムの人に湯島のサロンで話をしてほしいことを知ってのことです。
Fさんの教え子の伴侶がレバノンの人なのだそうです。
うれしい話です。
イスラムシリーズのサロンは発展しそうです。

湯島のサロンは、謝礼はありません。
それどころか、講師役を果たす人も会費を払っていくような集まりです。
にもかかわらず、いろんな人が話に来てくれます。
最近はみんな忙しさの中にいますので、参加するのもかなりエネルギーが必要です。
それでも毎回、10人前後の人が集まってくれます。
なかには遠方から来てくれる人もいます。
毎回参加してくれる人までいるのです。
テーマもいろいろですが、目先の利益にはつながりにくいのです。
それが理由ではないでしょうが、企業の人はあまり来ません。
むしろ会費の500円を払うのさえ大変なような、経済的にも時間的にも苦労している人が参加してくれます。
会費は一種のお布施なので、自分で缶に入れる仕組みです。
払わなくてもいいのですが、貧しい人ほど入れていくような気がします。

できれば、湯島では常時サロンをやっているような場にしたいのですが、なかなかそうはいきません。
せめて参加した人の間では、ゆるやかな、弱い、支え合いの関係ができればいいなと思っていますが、これも難しいです。
いつかは湯島を、みんなの居場所にしたいと思っていますが、まだまだ展望が開けません。
でもここに、イスラムの人がささやかな居場所を見つけてくれるとうれしいです。

Fさんとはなかなか会う機会がありません。
でもFBのおかげで、つながりを感じます。
もう少し技術が進歩して、FBでこの世とあの世がつながるといいのですが。


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2017/08/03

■節子への挽歌3622:孫はなぜかわいいのか

節子
兄から教えてもらったのですが、一昨日の地元の市報に、孫の写真が載りました。
赤ちゃん紹介のコーナーです。
当然娘夫婦は知っていましたが、私が気づくかどうかと思い、連絡してこなかったのです。
残念ながら、私は気づきませんでした。
気づかなかったのか、と失望されてしまいました。
親の思いと祖父の思いは、どうも違うようです。

その孫は、昨日わが家に来ていました。
1歳3か月で、まだ言葉でのコミュニケーションはできませんが、少しずつコミュニケーションできるようになってきました。
しかし、娘を見ていて、子育てとはこんなに大変なのかと改めて思うことが多いです。
子どもは勝手に育ちはしないようです。

市報では毎回2人の子どもが紹介されます。
子どもはみんなかわいいですが、娘は自分の子どものほうが可愛いと思っているようです。
これも不思議で、みんな自分に近い子供のほうがかわいく思えるようです。
そんなことは当たり前だと言われそうですが、私はむかしからそれが不思議だったのです。
これに関しては、節子には理解してもらえませんでしたが、結局、私は実際には真逆に娘たちを溺愛して、子育てできなかったという反省があります。

人の評価は、関係性によって決まるのかもしれません。
私にとって節子はかけがえのない存在でしたが、要は夫婦だったからです。
節子に価値があるわけではなく、夫婦関係に価値があったわけです。
人の価値は、関係によって決まってくる。
だとしたら、だれもが自信を持って生きられるような社会のあり方は考えられそうです。
でもそれは、近代西欧が目指す個人主義や自由主義の社会ではないかもしれません。

孫の顔をみていても、最近はこんなことを考えてしまいます。
いささかおかしいような気がします。
困ったものです。

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■節子への挽歌3621:死を繰り返すムスリム

節子
昨日、唐突にイスラムに言及しました。
それには理由があって、やはり私はあまりにイスラムを知らないという気がしてきたからです。
イスラムに関しては、昔からそれなりに興味を持って、井筒俊彦さんの「イスラーム文化」をはじめとして、それなりに書籍は読んで少しは知識はあると思っていましたが、だれかと話すにはあまりに知識不足です。
たとえばジハードが戦争を是認しているなどと指摘されて、そんなはずはないと思いながらもうまく反論できないのです。
イスラムは寛容な宗教だという思いが、私にはあるのですが、それもうまく説明できません。
それで、湯島のサロンで、ムスリムの人に来てもらって、イスラムについて話し合いをしてもらおうと思い立ったのです。
フェイスブックで呼びかけたら、すぐに数人の方が反応してくれたのですが、とてもぴったりの方から連絡をもらいましたので、9月にはイスラムサロンは実現できそうです。
バングラディシュの方です。
バングラディシュは、インドからの独立の時に、私もきわめてささやかに応援した記憶があります。

それはそれとして、ムスリムの人たちにとっては、死ぬことは「あの世」への引っ越しであると聞いたことがあります。
だからムスリムは死を恐れないというのです。
そして、ムスリムは毎日生と死の世界を往復しているとも聞きました。
夜、就寝するのはアッラーがその人の精神を一時的に奪って死をもたらすのだそうです。
そして、朝、アッラーによって精神が戻されて目が覚める。
そこで、ムスリムの朝一番の仕事は、生を戻してもらったことへの感謝なのだそうです。
朝の目覚めのない死は、「大死」と呼ばれるそうです。
それもまた、アッラーの行為です。
自らをすべてアッラーにゆだねる。
なんと平和な宗教でしょうか。

でも私にはあまり納得はできません。
と言っても深い意味はありません。
ただ、私の場合、最近は夜中によく目が覚めるので、ぴんとこないだけです。
しかし、寝ている時に、「あの世」に行っていたような気がしないでもないのですが。

イスラムは、ある意味ではとても仏教につながっているような気がしています。
それは私の直観的なイメージなのですが、砂漠の宗教などという表現に出会うと、私の直感が間違っているような気もします。
でもなぜか私はイスラムに親しみを感じます。

節子とはイランに行ったことがあります。
サファビー朝の首都だったイスファハーンのイマーム広場の美しさは感動的でした。
そこの近くのショップで節子はなぜか料理用の小道具を買いましたが、それが使われたのは見たことがありません。
バスの時間を気にしながら買ったお皿は、いまリビングに飾っています。
あの旅は、とても思いで深い旅でした。
旅で知り合った人たちは、もうみんな旅立ってしまっているでしょう。

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2017/08/02

■カフェサロン「食はしあわせのたね」のお誘い

6月に無縁化防止活動OMUSUBI代表の北原さんに、居場所づくりをテーマにお話ししていただきましたが、その第2弾として、高崎で長年、食と居場所の活動に取り組んできている高石知枝さんに、「食」を切り口に、「人がつながるしあわせ」をテーマに話題提供してもらおうと思います。
高石さんは、手書きをふんだんに取り込んだ、「しあわせのたねのたね」という小冊子を長年発行されていますが、その記事を読むと、高石さんがいかにフットワークよく、人をつなぎ、想いをつなぎ、活動をつないでいるかがよくわかります。
高石さんの世界は実に広いのです。
最近は、居場所の活動よりも食の活動が多いそうですが、それらは決して別々のものではないでしょう。
高石さん自身の思いの変遷も含めて、いろんなお話が聞けるだろうと思います。

人は食べるということを通してつながる。
それを実践している高石さんの話は、私たちの生き方にも大きな示唆を与えてくれると思います。
食とつながりと居場所に関心のある人がいたら、ぜひお誘いください。
どんな話し合いが広がるか、とても楽しみです。

〇日時:2017年9月2日(土曜日)午後2時~4時(1時半開場)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「食はしあわせのたね 人は食べるということを通してつながる」
〇話題提供者:高石知枝さん(「ゆいの家」主宰)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com

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■節子への挽歌3620:この世とあの世はつながっている

節子
8月になった途端に、秋風が吹きだしたような涼しい朝です。

先日、この挽歌でも書いた佐久間さんの「般若心経自由訳」ですが、佐久間さんから動画を制作したという連絡がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=r00AKzL_YpA&feature=youtu.be
早速、フェイスブックで紹介したところ、2人の人がシェアしてくれました。
2人とも節子が知っている人です。
一人は良く、一人はちょっとだけ、ですが。
たぶんそれぞれに思いがある人です。
一人は「般若心経は魅惑的で摩訶不思議な世界」、一人は「般若心経とは究極の共同体感覚」と書いていました。
2人のことを少しだけ知っている者として、とても納得できる表現です。
人は、自らの置かれた立場や体験から、世界を見ます。
般若心経をどう受け止めるかで、その人のことが少しだけわかる。
そんな気もします。

挽歌でのこの本への言及は、著者の佐久間さんへは連絡していなかったのですが、昨日、思い出して、佐久間さんにメールをしました。

般若心経自由訳、読ませてもらいました。 真言の説明には目からうろこでした。 まさか「おぎゃあ」につながっているとは気づきませんでした。 海と波の写真も文章もとても心に響きます。 ありがとうございました。 ところで、筧次郎さんの「死を超えるということ」(現代書館)はお読みになりましたか。 「あの世」ではない「もうひとつのこの世」という捉え方をしている本ですが、 私にはこれも面白かったです。 もうお読みになっているかもしれませんが。

このメールを発信すると同時に、佐久間さんからメールが届きました。

御無沙汰しています。 毎日暑いですが、お変わりありませんか? ブログで『般若心経 自由訳』を取り上げていただき、ありがとうございます。 「色即是空」「空即是色」とは、「この世はあの世」「あの世はこの世」と解釈しました。 これから、筧次郎氏の『重助菩薩』と『死を超えるということ』を読むつもりです。

まったくの同時でした。
同じ時間に2人ともがメールを書いていたわけです。
驚いてまたメールを送りましたが、佐久間さんからもメールが届きました。

わたしも今、佐藤さんからのメールに気づき、驚いたところです。 シンクロ二シティですね! こんなことが起こるのも、この世とあの世がつながっているからだと思います。

あの世は、まさにもうひとつのこの世なのかもしれません。
数日前に、急にイスラムをもっと知りたいと思いました。
イスラムでは、人は、毎日生と死の世界を往復しているとされていると何かで読みました。
それを思い出したのです。

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2017/08/01

■節子への挽歌3619:i生きることの大変さ

節子
節子が知っている私の友人知人も、それぞれに歳をとったり、体調を崩したり、いろいろです。
節子もよく知っているSさんは、心臓の調子が悪く湯島にもなかなか来られなくなっていますが、独身なので、気になって、時々メールしていますが、昨日、彼からこんなメールが来ました。

知人が66歳で亡くなったので、戸田斎場に行きましたが、明日は我が身で自分にも他人にも興味がなくなっています。

そして、最近、ある雑誌に寄稿した論文を送ってきましたが、その中に、「遺書のつもりで書いた」という文言があったので、ドキッとしました。
サロンに来るたびに、節子が気にしていましたが、当時以上に世間から脱落してきています。
いろいろと考えてみましたが、なかなか支援の仕方が見つかりません。

いろいろと活躍していたHさんが、病気で倒れていまは自由に動けない状況に陥っていることをフェイスブックで知りました。
大学の教授もやっていましたが、2年ほど前にやめて、いまは「無職」だそうです。
生活も大変そうで、私よりも経済的に苦しそうですが、私の記事への彼のコメントをよむと、なにやら「アリとキリギリス」を思い出してしまいます。
かつて高収入で華やかな暮らしをしていた人が、収入がとだえてしまうと大変なようです。
幸いに私の場合は、20年かけて、生活を変えてきました。
節子がいたおかげでそれができたのですが、私の場合は、実に幸運だったのかもしれません。

幸いに私の場合は、身体的にはあまり病気らしいところはありません。
経済的にも適度な水準ですし、精神的にも適度の悩みに恵まれています。
いまもし死んでしまうと、喜ぶ人より悲しむ人が多いことには自信があります。
それだけでも、私の人生には意味がある。
Sさんのように、「自分にも他人にも興味がなくなっています」というような状況になったら、逆に他人から興味を持ってもらわなければいけません。

ということは、やはりSさんにもう一度声をかけるだけではなく、会った方がよさそうです。
口だけの人は、私は一番不得手です。
せめて自分がそうならないように、思ったことは実行しなければいけません。
Sさんのことは、節子も気にしていましたし。
ちなみに、Hさんには奥さんがいますから大丈夫でしょう。

自宅にいても、ネットを通じて、いろんなことが入ってきます。
平安は期待できない時代になってしまいました。

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■節子への挽歌3618:ゴミ屋敷に住んでいるような状況

節子
8月です。
いろんなことに巻き込まれていて、あまり状況を整理できないまま、8月になってしまったというような感じです。
生きていることの面白さがどんどん広がりながら、しかし関わる消化力はどんどん低下する。
人生は、「余剰」のなかで終わるのだなということがよくわかります。
独り身の友人が、財産を余剰なくきれいに使い切って終わりたいと言っていましたが、そんなことはできないでしょう。
人は必ず何かを残していく。
時にそれが「借金」だったり「未決のトラブル」だったりするとしても、それもまた「余剰」と言えるでしょう。
人生を自己完結することはできない。

最近の日本では、3世帯に1世帯が預貯金を持たない無資産階級だそうです。
そういう意味では、私はとても恵まれています。
貯金はついに100万円を切ってしまい、なかなか出張もできなくなってきていますが、自宅はありますし、その気になれば、収入になる仕事もできるでしょう。
実際に時々させてもらっています。
幸いに今は、年間の収支はほぼバランスしていて、余命期間を考えながら身軽になれる状況です。
ただ、関心や活動はなかなか整理できずに、綺麗な終焉は迎えられそうもありません。
友人を少しずつ減らしている友人もいますが、私は今なお友人が増える一方です。
だから「不惑」どころか、「多惑」「創惑」から抜け出られません。
物欲はあまりないのですが、知欲や活動欲が抑えられない。
実に困ったものです。

困ったというのは、そうした知欲や活動欲に誠実に取り組めればいいのですが、身体がなかなかついていきません。
やらなければと思いながらも、ついつい「まあいいか」などと気を抜いてしまう。
この歳になったら、身の丈を超えた思いを持ってはいけないのですが、ついつい歳のことを忘れてしまう。
考えてみれば、いまの私は「ゴミ屋敷」に住んでいるような状況かもしれません。
そういえば、私の狭い仕事部屋は、まさにゴミ屋敷のように、散らかっています。
でも片づける気力もない。

8月は、私は活動が大幅にダウンするつきです。
無理をするのはやめましょう。
しかし、世界はあまりにも面白いことが多すぎて、まだまだ世界を広げたくなります。
これはたぶん、節子がいないせいです。
大切なものがない人は、むやみやたらに気を向けられるものを探していく。
ゴミ屋敷の住人は、大切なものを失った人なのです。
それを見つけさせてやれば、きっとゴミ屋敷人生から抜け出せるでしょう。
それはわかっているのですが、どうにも抜け出せずに困っています。
ほんとうに、困ったものです。

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■『ほっとスマイルプロジェクト』へのお誘い

NPO法人認知症予防ネットを中心にして全国に広がってきている「みんなの認知症予防ゲーム」の実践者の交流会のなかから、単に認知症予防のためのゲーム活動だけではなく、「だれもが気持ちよく暮らせる明るい社会」に向けて、実践者がゆるやかにつながりながら、活動分野も少しずつ広げていけないかという意見が出てきました。
しかし、みんな忙しい時間の合間を活かして、活動している人たちばかりですから、新たに新しい組織を立ち上げたり、そのために時間を取られたりするのは難しい。
そこで、
・それぞれが取り組んでいる現在の活動を、そのまま活かしたカタチでつながっていく。
・他の人の活動をシェアしながら、ゆるやかな協力関係を育てていく。
・定期的に集まる場をつくる。
ということを基本にし、さらに、
・みんなの認知症予防ゲームを核におきながらも、ほかの活動ともつながっていけないか。
・認知症予防だけではなく、子どもも含めて、社会全体を元気にしていくことはできないか。
といったことを目指そうということになりました。
ゆっくりと、小さく、しかし大きなビジョンを持って、です。

そこで、関心を持っていただきそうな人に声をかけて、下記の通り、8月8日(笑いの日)に、「ゆるやかなプロジェクト」のキックオフを開くことにしました。

☆『ほっとスマイルプロジェクト』キックオフミーティング
日時*8月8日(火)13時~15時
場所*湯島コムケアセンター(http://cws.c.ooco.jp/cccentermap.pdf)
申込*櫻井珠喜(yukasaka1218@gmail.com)もしくは佐藤(qzy00757@nifty.com)

もし共感してもらえるようであれば、そしてお時間が許せば、ぜひご参加ください。
みなさんが取り組んでいる活動を紹介してもらいながら、
・今後どういうカタチでつながっていけるのか、または、いきたいのか、
・それぞれの活動の中で、どんなことがあればいいと思っているのか、
そんなことを気楽に話し合いながら、これからの展開を考えていきたいと思っています。

当日は、「みんなの認知症予防ゲーム」に取り組んでいるNPO法人認知症予防ネットの高林さんも参加します。将来的には『認知症予防ゲーム』にこだわらず、みんなが『ほっとスマイル』になるツールの紹介&実践&勉強会などもしていきたいですし、一人ではなかなか取り組めない活動にも取り組めればうれしいです。
すでにフェイスブック『ほっとスマイルプロジェクト』を立ち上げていますので、そこにもぜひ参加してください。
そこにみなさんの活動の予定なども紹介していければと思っています。

みなさんのまわりに、興味を持ってもらえる方がいたらお誘いください。
また当日は参加できないが、参加したいという方がいたら、上記のいずれかに連絡してください。


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