■節子への挽歌3644:秋の気配とちょっとの憂鬱
節子
朝には季節の表情が感じられます。
猛暑はもどってきましたが、今朝は秋の気配があります。
節子がいたら、きっと喜びそうな朝を感じます。
しかしなぜか今朝、目が覚めたら、得も言われぬ不安感が浮かんできました。
こんなさわやかな朝に、なぜでしょうか。
朝、起きた時の心は、いつも実に素直に、自分をむき出しにしてきます。
左脳がまだ寝ているのかもしれません。
起きてからもうすでに1時間近く経過していますが、
外ではキジバトや蝉がもう鳴きだしています。
遠くのお寺の、朝の鐘も聞こえました。
今日はすでに始まっています。
今年もまた、夏はどこにも行かず終わり、たぶん秋もどこにも行かずに終わる。
そんな気がします。
テレビで、いろんな場所を見ても、行きたいという気分が起こらないのです。
節子がいた頃は、そんなことはなく、すぐにでも行きたくなっていたのですが。
やはり外に、あるいは前に向かう気が萎えているのでしょうか。
その一方で、時間がここにきてまた速まっている。
最近それにちょっとついていけていないのです。
先日、若い友人が生き方に関する相談に来ました。
誠実な人ほど、人生に悩むのかもしれません。
今朝、彼からもう大丈夫ですとメールが届いていました。
ところが、今度は私のほうが、あんまり大丈夫ではない感じです。
誰かが相談に来る。
それが、生き方につながる相談である場合は、必ず私自身も、自分の生き方を考えさせられます。
最近、そういうことが重なっていたせいかもしれません。
今朝、私の気持を覆っているのは、次に問いかけです。
いまの生き方は、果たして本当にいいのか。
なにか嘘をついているのではないか。
素直なようで、素直ではないのではないか。
秋の気配は、人を考える人にするようです。
さて元気を出して、今日も前に進みましょうか。
残念ながら、いまの私には前にしか道はありませんので。
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