■節子への挽歌3661:節子に代わって庭の手入れを少しだけしました
節子
今日もさわやかな秋の日です。
節子がいたらきっとどこかに出かけていたでしょう。
庭の琉球朝顔が今年も庭中を走り回っています。
注意しないと樹木に絡まり痛めつけ、隣家にまで侵入しようとします。
その成長力のすごさには圧倒されます。
そういえば、ワイヤ-プランツも一時期すごかったですが、なぜか最近はおとなしいです。
まあ植物の様子を見ていても、その遷移状況が面白いです。
琉球朝顔は最近は延びてきているのを見ると有無を言わさずに刈り取っています。
購入した時には、大事に育てていましたが、いまは野草の一種の位置付けになっています。
人の評価はまさに移ろいやすいものです。
小さな庭ですが、水やりは結構面倒です。
手入れがきちんとできていれば簡単なのでしょうが、何しろ手入れ不足で鉢は時々倒れているし、肝心の植物よりも割り込んできた野草が生い茂っていたりなのです。
節子がいた頃は毎朝声をかけていましたが、まあ私も時々思い立ちますが、一週間とはつづきません。
声をかけないと花木は素直に育ってくれないのです。
節子が大事にしていたかなりの花木が枯れてしまっています。
困ったものです。
今日、気が付いたのですが、生い茂っている野草の影に曼珠沙華が咲きだしていました。
この花は、独特の雰囲気を持っていて、私の心象風景としては、お墓とつながっています。
死人花とも彼岸花とも言われますが、昔はお墓でよく見かけました。
わが家に咲いている理由は、節子と無縁ではありません。
曼珠沙華の球根を節子の闘病時代につかったのです。
残念ながらあまり効果がなかったので、たくさん買った球根を庭に植えたのです。
節子が旅立った翌年から庭で花が咲きだしました。
よく咲くときもあれば、あまり咲かない時もありますが、今年は3か所で花が咲きだしていました。
節子がいれば、この時期は花の苗を買いによく出かけたものですが、最近は手入れも大変なのでまとめ買いに行くこともなくなりました。
もう今あるものを維持するだけも大変なのです。
彼岸はそんなに忙しくないでしょうから、たまにはボランティア活動に現世に来てほしいものです。
たくさんの花木を残していくと残った家族は大変なのですから。
まあすでに半分くらいは枯らせてしまったかもしれませんが。
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