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2017/09/21

■森友・加計学園問題は「小さな問題」?

今朝の朝日新聞の社説に、「森友・加計 どこが「小さな問題」か」と題して、自民党の二階幹事長の記者会見が批判されていました。
臨時国会冒頭での解散について、森友・加計学園の「疑惑隠し」ではないかと問われて、二階さんが、「我々はそんな小さな、小さなというか、そういうものを、問題を隠したりなどは考えていない」(朝日新聞社説の表現)と答えたことへの批判です。
たしかに、森友・加計問題は「小さな問題」などではないことは同感です。

しかし、二階さんの記者会見をテレビで見ていた者としては、ちょっと違和感があります。
二階さんは、森友・加計問題が「小さな問題」だとは言っていないように感じています。
たしかに文字にしてしまうと、そう思われるかもしれません。
しかし、二階さんが言ったのは、野党が非難するような具体的な理由からの解散ではなく、国政の大きな方向を国民に問うための大義に基づいての判断だということだと思います。
少なくとも私にはそう聞こえました。
二階さんは失礼ながら口下手ですが、その朴訥とした発言からいつも感ずるのは大きな視点からの判断です。
もちろん私はその判断そのものに、いつもほとんど否定的なのですが、それは価値観やビジョンの違いです。
そのレベルで批判するのはいいのですが、言葉をあえて都合よく解釈しての批判は、私には賛成できません。

そうした形の批判がいま蔓延しています。
野党の批判が常に私には腹立たしいのは、本質を突くのではなく、表層的な批判に堕しているからです。
要するに批判する基準がないとしか思えません。
なぜなら民進党も小池新党も、要はその基本理念において、安倍政権となんら変わらないため、そういう些末な批判しかできないのではないかと思います。
前原さんの発言も、なんだか借り物のような発言ばかりで信念を感じません。
小池新党に至っては、内容が全くありません。
だからこそ何も考えていない大衆に受けるのでしょうが。

ちなみに、森友・加計学園問題を「小さな問題」にしてしまったのは、野党とマスコミだと思います。
野党は国会であれだけの時間をかけながら、週刊誌での話題のレベルに問題を矮小化してしまいました。
マスコミへの話題提供のサービスとしか思えません。
方針は揺らぐことなく、森友学園は抹消され、加計学園は認可前だというのに校舎の建設はすでにかなり進んでいます。
首相によって憲法が無視される国ですから、国会の議論などどうでもいい話なのです。
野党が分裂と言いますが、要するに野党などないのです。

こんなことは書くつもりはなかったのですが、私の書いた別の記事のコメントについつい徴発されて、またいささか過剰に書いてしまいました。
ついでに言えば、テレビの報道番組はみんな安倍政権支持のキャンペーンを張っているように思えてなりません。
みんなよほど安倍さんが好きなのでしょうね。
だから解散を喜んでいないのではないかと思えてなりません。

久しぶりに書きすぎてしまいました。
困ったものです。
はい。

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