■節子への挽歌3663:「認知症」より「心身老衰」
節子
昨日はダウンしてしまいました。
一昨日3つの集まりが重なり、しかもいずれもどうもすっきりした結果にならなかったので、なんとなく気力体力ともにダウンしてしまったのです。
昨日は朝起きてもすっきりせずに、でも地元の友人との約束があったので、めずらしく朝、シャワーを浴びて元気を装って出かけました。
評判のいいお店で、お昼をご馳走になったのですが、そんな状況だったので美味しくありませんでした。
まあいろいろあって、2時過ぎには帰宅し、そのまま実はダウンしていました。
やることが山のようにあったのですが、テレビで映画を観るでもなく見ないでもなく、見ていました。
一応、他の人には忙しいと言っていますので、ここに書いてしまうと非難されそうですが、「忙しい」というのは「心を亡くす」ということですから、私としては嘘は言っていないのです。
まあ時々誤解されるのですが。
困ったものです。
前日のサロンの報告も書く気が起きずに、ただただ「忙しく」していたわけです。
夜になってようやく少し気が戻ってきて、サロンの報告を書きましたがどうも頭が回らないのです。
私はどうも「認知症」ではなく、「心身老衰」のほうに向いているようです。
最近の老衰ぶりはかなりのものです。
またつまらないことを書いてしまいましたが、今朝も寝坊をしてしまいました。
今日もまた予定が山積みですが、今日は忙しさに陥らないようにしなければいけません。
そう思いながらパソコンをしていたら、窓の外の手すりに鳩が止まって、私に何か呼びかけてきました。
私は鳩が嫌いですが(鳩に限らず鳥が嫌いです。これは手塚治虫の漫画の影響です)、実はこれは2度目なのです。
もしかしたらわが家の庭の巣から巣立った鳩かもしれません。
そう思って舞冊を返そうと思って窓を開けようとしたらなぜか逃げていきました。
失礼な鳩です。
だから私は鳩が嫌いなのです。
でも、もしかしたら、あれは節子だったのかもしれません。
節子は旅立つ直前に、また「花や鳩になってちょいちょい戻ってくる」と言っていました。
なんで鳥なのかわかりませんでしたが、鳥だと戻ってきやすいのかもしれません。
しかし、だとしたらなんで飛び立っていったのか。
世界には悩むべき問題が山積です。
少しはゆっくりとしたいです。
忙しくない、つまり心を研ぎ澄ませるようなゆっくりさです。
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