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2017/09/26

■節子への挽歌3674:死を意識すると生も意識できる

節子
今日は友人のお見舞いに行こうと電話したら、なんと温泉旅行に行っていました。
電話で話したのですが、とても元気そうです。
なんだか肩すかしを食らったような気がしましたが、うれしいことです。

こう考えていくと、もしかしたら一番、見舞いに来てほしいのは私かもしれません。
しかし誰も来てくれません。
まあこういうところに、その人の徳が現れるのでしょう。
わがままに生きてきた結果でしょう。
困ったものです。

ところで、私のまわりにいま癌が発見され、手術した友人が数名います。
その一人は私と同世代ですが、家族がいない独り身です。
さぞかし不安ではないかと思っているのですが、そんなことはないようで、今日も温泉旅行だったのです。
私よりかなり若いの友人は、がん宣告以降、フェイスブックなので見ていると実に豊かな時間を過ごしています。
夫婦でコンサートに行ったり散策したり、子どもたちと会食したり、実にあったかい毎日を過ごしているのが伝わってきます。

他にもいるのですが、がん宣告をされ、死への意識を持つと、人は生き方が変わります。
癌になって、はじめて自分の生き方を考えるようになったという人もいます。
死を意識すると人は生も意識できるのかもしれません。
節子もそうでした。
しかし、いまから思えば、実に悔いが残るのですが、私自身は死も生も意識できていなかったような気がします。
節子の死など考えられずにいたのです。
ということは、節子の生も考えていなかったということかもしれません。
そんな悔いが、いまも心の中に刺さってしまっています。
夜中に目が覚めると眠られなくなるのはそのせいです。
心の底から笑えなくなったのもそのせいです。
でもだれも見舞いに来てくれません。
困ったものです。

今日もまたお昼を食べそこなってしまいました。
急な相談があったからですが、見舞いに来てくれる人はいませんが、相談に来る人は相変わらず多いです。
これが私の定められた生き方なのでしょうか。

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