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2017/09/21

■カフェサロン「今を生きる先住民族」のお誘い

サロンをやっていると、次々と「知らないこと」が見えてきます。
先日、イスラムのサロンを開きましたが、国内にも知らないことが山のようにあります。
そこで今回は、日本の先住民族である「アイヌ」との交流を重ねている写真家の井口康弘さんにお話をしてもらうことにしました。
井口さんは、いろんな国のマイノリティ(少数民族)とお付き合いがある方ですが、そうした人々の生き方に魅了されているようで、私から見るとご自身も見事にマイノリティの世界を生きています。
だからきっとマイノリティの魅力が見えているのでしょう。

私はアイヌの人たちとの交流は全くありません。
同じ日本人でありながら、イスラム以上に遠い存在です。
アイヌ文様の美しさには魅了されますが(南米のマヤの文様との類似性を強く感じます)、ユーカリの世界には共感しながらもなかなか入れません。
それはたぶん、アイヌの人との接点がないからかもしれません。
知識だけでは世界は見えてきません。
ですから生活の次元でもアイヌの人たちと交流のある井口さんの話をとても聞きたいと思っていました。

井口さんの視点は観察者の視点ではありません。
相手の世界に見事に溶融しながら、しかし、視座がぶれることはありません。
もしかしたら、これが写真家の感性であり、哲学者の理性なのかもしれません。

アイヌに関しても、「歴史を踏まえて、私たち和人(マジョリティ)は先住民族に対してどのような生き方ができるだろうか」というのが井口さんの視点です。
どうしたらアイヌ民族の権利の回復に役立てるか、そのために自分ができることはないか。
常に自らの生き方につなげて考えている。
「後から住みだした人々(和人)が何を奪ってきたのか、という点は明らかにしておきたい」と井口さんは考えています。

アイヌに対するイメージも、さまざまでしょう。
どこかに差別の意識がある一方で、文化や精神性に関しては、どこかに羨望の意識もある。
そんな多面的な視点から、アイヌの人たちの生き方を通して、私たち自身の生き方を問い質してくれるはずです。
もしかしたら、私たちの中にある「マイノリティ」の世界に気づかせてくれるかもしれません。

これは、過去の話ではありません。
アイヌとの関係のようなことは、いまもさまざまな形で、世界に満ち溢れているのかもしれません。
自らのうちにある「マイノリティ」の自分に気づけば、私たちはもっと寛容に、もっと優しくなれるかもしれません。

東京オリンピックの開会式では100人規模のアイヌのパフォーマンスが検討されているそうです。
オリンピックの開会式で少数民族のパフォーマンスを行う最近の風潮には、私は否定的ですが、それでもそれによって、アイヌへの理解が深まることになるのであれば、そのチャンスは活かしたいとは思います。
井口さんは、「日本人として日本の先住民族のことを少しでも語れないと恥ずかしい」と言いますが、それにも共感します。
そんなわけで、このサロンに参加すると少しだけ恥をかかなくてすむようになるかもしれません。

当日は、写真や映像を交えて、身近な存在としてのアイヌのお話をしてくださる予定です。
きっとまた大きな発見があるはずです。
みなさんの参加をお待ちしています。

○日時:2017年10月14日(土曜日)午後2時~4時(1時半開場)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○問題提起者:井口康弘さん(写真家の哲学者)
○テーマ:「今を生きる先住民族」
○会費:500円。
○申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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